時間制限
好きだと自覚してから、一つだけ困ったことがあった。
時間が気になるようになった。
書道教室は毎週ある。
来週も再来週も会える。
それが当たり前だった。
しかし榊原先輩は高校二年生だ。来年には受験がある。
私は今さら気付いた。
「有紗」
美咲だった。
「なに」
「最近また難しい顔してる」
鋭い。
「……別に」
「先輩?」
「なんで分かるの」
美咲が笑う。
「ついに隠さなくなったね」
墓穴だった。
「……卒業したらどうしようと思って」
私は正直に言った。
美咲が少し驚く。
「卒業?」
「うん」
「まだ一年以上あるじゃん」
そう。普通に考えれば十分長い。今から気にしすぎるのは早い。
だが、まりあさんの言葉が頭に残っている。
「若い時間は一瞬。その気になればいつだって。そのうち」
そんな言葉ばかり聞いてきた。
だから、一年なんて案外すぐかもしれないと思ってしまう。
「重症だなあ」
美咲が言った。
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その週の書道教室。
先輩は珍しく遅れてきた。
ほんの十分ほど。
それだけなのに、私は落ち着かなかった。
来ないのかな。休みかな。体調悪いのかな。
そんなことばかり考えていた。
「すみません、遅れました」
先輩が入ってきた瞬間、安心した。
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教室が終わった後、駅までの道。
「最近忙しいんですか?」
思い切って聞いてみた。
「ちょっとね」
先輩が笑う。
「進路関係で」
胸が少しだけざわつく。
「大学ですか?」
「たぶん」
たぶん? どういう意味だろう。
私は「志望校が決まらないのですか」とか、大変失礼ながら「志望校に学力が届かないのですか」とかそいう意味で尋ねた。
先輩の返事には、何だか「たぶん大学に行くと思う」というニュアンスがあった。
偏見だが、大学に行かないかもしれないなんて可能性は無いと思っていた。
実際、うちの高校から大学に進学しないのはレア中のレアだ。
思いもよらなかった先輩の返事に、今度はどう返したものかと戸惑う。
「まだ学部が決めきれてなくて」
なるほど、とホッとする。
ホッとしてしまった自分が、何だか偏見に満ちた嫌な奴に思えた。
「先輩でも迷うんですね」
「迷うよ」
先輩が笑う。
先輩は落ち着いていて、優しくて、ちゃんとしていて。
でも、私と同じ高校生なのだ、と思った。
迷うこともある。
少し嬉しかった。
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改札の前で、「そういえば」と先輩が言った。
「来年は忙しくなるかも」
「受験ですもんね」
「うん」
笑顔で頷く。
何気ない会話。
でも私には妙に重く聞こえた。
来年は忙しい。
つまり、会う回数が減ってしまう。
書道教室にも来なくなるかもしれない。
時間は進んでいく。
その夜、私は久しぶりに評価シートのフォルダを開いた。
昔のメモを眺める。
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・字が上手い
・年上にも年下にも優しい
・人が見ていない時に優しい
・一緒にいて疲れない
・見栄を張らなくていい
・積み重ねる人
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最初は本当に将来の結婚相手を検討するつもりだった。
だから観察した。
評価した。
分析した。
だけど、いつの間にかどうでもよくなっていった。
その人自身を好きになっていた。
理屈ではない。
良いところは沢山見つけられたけど、それは好きになった後から理由を探していただけだったのかもしれない。




