表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
12/13

『積』

文化祭準備期間に入った。


高校生にとっては一大イベントらしい。


らしい、というのは私がそこまで熱心ではないからだ。


もちろん参加はする。


クラスの出し物にも協力する。


でも人生を懸けているような人たちの熱量は正直よく分からない。


「有紗、段ボール運んで」


「はい」


「有紗、買い出しの人数足りない」


「はい」


「有紗、レジ係お願い」


「はい」


気付けば便利屋みたいになっていた。


おかしい。


私はもっと目立たないポジションのはずだったのに。


「有紗って断らないよね」


美咲が言った。


「断る理由がないし」


「そういうところだよ」


何がだろう。


よく分からない。


---


文化祭当日。


校内は人で溢れていた。


保護者。


卒業生。


近隣住民。


そして他校の生徒。


歩いているだけで疲れる。


私はクラスのシフトを終え、少し休憩しようと中庭へ向かった。


その途中だった。


「あ」


見覚えのある顔。


榊原先輩だった。


書道部の展示教室の前にいる。


文化祭なので当然か。


しかし。


先輩は展示を見ているわけではなかった。


脚立を押さえていた。


その上では後輩らしい男子が飾り付けをしている。


「ありがとうございます!」


「気を付けてね」


それだけ言って離れる。


地味。


実に地味である。


文化祭なのだからもっと華やかなことをしていてもいいのに。


だが。


私は知っている。


晴人お兄ちゃんもそういう人だったことを。


---


「何見てるの?」


背後から声がした。


美咲だった。


「……別に」


「榊原先輩?」


「違う」


「違わない」


最近、美咲の洞察力が鋭い。困る。


---


午後。


クラスの仕事が一段落したので校内を回ることにした。


何の気なしにふらりと入ってみた教室は、馴染みのあるにおいがした。


それが墨汁のにおいと気付いたのは、もうUターンするのも不自然なくらい足が進んだ後だった。


偶然にも書道部の展示教室だったのだ。


本当に偶然である。


決して先輩を探したわけではない。


教室には作品が並んでいた。


力強い字、繊細な字、よくわからないが凄そうな字。


私は順番に眺めていく。


その時。


見覚えのある名前が目に入った。


榊原悠真。


作品タイトルは『積』


積み重ね、の『積』らしい。


私は作品の横に貼られた説明文を読む。


『特別な才能がなくても、積み重ねた時間は裏切らない』


短い一文だった。


だが。


妙に先輩らしいと思った。


---


「見つかった」


後ろから声がした。


本人だった。


私は飛び上がりそうになる。


「びっくりした」


「ごめん」


この人、本当に気配がない。


「作品どう?」


「素人なのでわからないですけど」


正直に答える。


「でも先輩らしいです」


すると先輩が少し笑った。


「何それ」


「なんか」


私は作品を見る。


「才能とかじゃなくて、ちゃんとやる人だから」


言ってから気付く。


なんだか偉そうだった。


失礼だったかもしれない。


だが。


先輩は怒らなかった。


むしろ少し驚いた顔をしていた。


「そう見える?」


「見えます」


「そっか」


それだけだった。


---


文化祭終了後。


片付けが始まる。


私はゴミ袋を運んでいた。


すると向こうから先輩が歩いてきた。


大きな段ボール箱を抱えている。


その後ろには後輩たち。


どうやら部長らしい。


初めて知った。


「先輩って部長なんですね」


思わず声をかける。


「一応ね」


「知らなかったです」


「地味だから?」


「はい」


即答してしまった。


先輩が笑った。


---


その日の帰り道。


私は珍しくあのノートを開かなかった。


代わりに考えていた。


将来性って何だろう。


学歴? 年収? 職業?


もちろん大事だと思う。


でも。


文化祭で見た先輩は、誰かに見せるためではなく、誰もやりたがらない仕事をしていた。


晴人お兄ちゃんもそうだったのだろう。


まりあさんが覚えていたのも、そういうところだった。


---


その夜。


評価シートを開く。


【榊原悠真】


・字が上手い


・年上にも年下にも優しい


・一緒にいて疲れない


・人が見ていない時に優しい


私は少し考えて、書き足した。


・積み重ねる人


書き終えた後、何故だか少しだけ嬉しかった。


先輩のことを、前より少し知れた気がしたからだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ