『積』
文化祭準備期間に入った。
高校生にとっては一大イベントらしい。
らしい、というのは私がそこまで熱心ではないからだ。
もちろん参加はする。
クラスの出し物にも協力する。
でも人生を懸けているような人たちの熱量は正直よく分からない。
「有紗、段ボール運んで」
「はい」
「有紗、買い出しの人数足りない」
「はい」
「有紗、レジ係お願い」
「はい」
気付けば便利屋みたいになっていた。
おかしい。
私はもっと目立たないポジションのはずだったのに。
「有紗って断らないよね」
美咲が言った。
「断る理由がないし」
「そういうところだよ」
何がだろう。
よく分からない。
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文化祭当日。
校内は人で溢れていた。
保護者。
卒業生。
近隣住民。
そして他校の生徒。
歩いているだけで疲れる。
私はクラスのシフトを終え、少し休憩しようと中庭へ向かった。
その途中だった。
「あ」
見覚えのある顔。
榊原先輩だった。
書道部の展示教室の前にいる。
文化祭なので当然か。
しかし。
先輩は展示を見ているわけではなかった。
脚立を押さえていた。
その上では後輩らしい男子が飾り付けをしている。
「ありがとうございます!」
「気を付けてね」
それだけ言って離れる。
地味。
実に地味である。
文化祭なのだからもっと華やかなことをしていてもいいのに。
だが。
私は知っている。
晴人お兄ちゃんもそういう人だったことを。
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「何見てるの?」
背後から声がした。
美咲だった。
「……別に」
「榊原先輩?」
「違う」
「違わない」
最近、美咲の洞察力が鋭い。困る。
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午後。
クラスの仕事が一段落したので校内を回ることにした。
何の気なしにふらりと入ってみた教室は、馴染みのあるにおいがした。
それが墨汁のにおいと気付いたのは、もうUターンするのも不自然なくらい足が進んだ後だった。
偶然にも書道部の展示教室だったのだ。
本当に偶然である。
決して先輩を探したわけではない。
教室には作品が並んでいた。
力強い字、繊細な字、よくわからないが凄そうな字。
私は順番に眺めていく。
その時。
見覚えのある名前が目に入った。
榊原悠真。
作品タイトルは『積』
積み重ね、の『積』らしい。
私は作品の横に貼られた説明文を読む。
『特別な才能がなくても、積み重ねた時間は裏切らない』
短い一文だった。
だが。
妙に先輩らしいと思った。
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「見つかった」
後ろから声がした。
本人だった。
私は飛び上がりそうになる。
「びっくりした」
「ごめん」
この人、本当に気配がない。
「作品どう?」
「素人なのでわからないですけど」
正直に答える。
「でも先輩らしいです」
すると先輩が少し笑った。
「何それ」
「なんか」
私は作品を見る。
「才能とかじゃなくて、ちゃんとやる人だから」
言ってから気付く。
なんだか偉そうだった。
失礼だったかもしれない。
だが。
先輩は怒らなかった。
むしろ少し驚いた顔をしていた。
「そう見える?」
「見えます」
「そっか」
それだけだった。
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文化祭終了後。
片付けが始まる。
私はゴミ袋を運んでいた。
すると向こうから先輩が歩いてきた。
大きな段ボール箱を抱えている。
その後ろには後輩たち。
どうやら部長らしい。
初めて知った。
「先輩って部長なんですね」
思わず声をかける。
「一応ね」
「知らなかったです」
「地味だから?」
「はい」
即答してしまった。
先輩が笑った。
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その日の帰り道。
私は珍しくあのノートを開かなかった。
代わりに考えていた。
将来性って何だろう。
学歴? 年収? 職業?
もちろん大事だと思う。
でも。
文化祭で見た先輩は、誰かに見せるためではなく、誰もやりたがらない仕事をしていた。
晴人お兄ちゃんもそうだったのだろう。
まりあさんが覚えていたのも、そういうところだった。
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その夜。
評価シートを開く。
【榊原悠真】
・字が上手い
・年上にも年下にも優しい
・一緒にいて疲れない
・人が見ていない時に優しい
私は少し考えて、書き足した。
・積み重ねる人
書き終えた後、何故だか少しだけ嬉しかった。
先輩のことを、前より少し知れた気がしたからだった。




