まりあさんのコンプレックス
文化祭が終わってしばらくした頃。
私は久しぶりに晴人お兄ちゃんたちの家へ遊びに来ていた。
「はい、どうぞ」
まりあさんがケーキを運んでくる。
モンブラン。
「おいしい……」
一口食べて思わず呟く。
普段食べるケーキと何かが違う。
「でしょう?」
まりあさんが嬉しそうに笑う。
「晴人くんが買ってきてくれたの」
「たまたま近く行ったからねぇ」
相変わらずふにゃふにゃした顔で言う。
この人は本当に結婚してからも変わらない。
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紅茶を飲みながら雑談していると、ふと思い出したようにまりあさんが言った。
「そういえば有紗ちゃん」
「はい?」
「文化祭どうだった?」
「普通でした」
「普通かぁ」
「でも楽しかったです」
それは本当だった。
「私ね、高校の文化祭、あんまり好きじゃなかったの」
意外だった。
絵が上手くて、ポスターも描いて。
文化祭向きの人だと思っていた。
「なんでですか?」
まりあさんは少し笑った。
「お金がなかったから」
私は言葉に詰まった。
まりあさんはさらっと言った。
まるで天気の話でもするように。
「高校の時も大学の時も、うちは余裕がなかったの」
晴人お兄ちゃんが何も言わない。
知っている話なのだろう。
「文化祭の打ち上げとか」
まりあさんが続ける。
「みんな普通に行くでしょう?」
私は頷く。
「私は毎回断ってた」
「え」
「お金がもったいなかったから」
笑いながら言う。
でも、私は笑えなかった。
「大学もね」
まりあさんは紅茶を見つめる。
「奨学金だったし、ずっとアルバイトしてた」
「大変だったんですね」
「当時はそれが普通だと思ってたから」
そう言って笑った。
「社会人になってからも」
まりあさんは続けた。
「コンプレックスがすごかったの」
「コンプレックス?」
「同僚は旅行の話とかブランドの話とかするでしょう?」
私はよく分からないが頷く。
「私、そういうの全然知らなくて」
まりあさんが少しだけ目を伏せる。
「育ちが違うなぁって思ってた」
晴人お兄ちゃんはきょとんとしていた。
「そうだったっけ?」
「そうだったの」
まりあさんが即答する。
「晴人くんは気付いてなかっただけ」
「へぇ」
本当に知らなかったらしい。
まりあさんが笑う。
「晴人くんは何も気にしなかった」
「気にすることある?」
晴人お兄ちゃんが不思議そうに言う。
本気で分かっていない顔だった。
「旅行の話できなくても別にいいし」
「うん」
「ブランドも知らないし」
「うん」
「むしろ僕の方が知らないし」
それは確かにそうかもしれない。
「だからね」
まりあさんが私を見る。
「結婚相手を考える時」
私は少し身構える。
婚活講座が始まる予感がした。
「条件も大事」
「はい」
「価値観も大事」
「はい」
「でも」
まりあさんは少しだけ考えた。
「自分が恥ずかしいと思っている部分を、平気で受け入れてくれる人っているの」
私は黙った。
恥ずかしい部分。自分の嫌いなところ。コンプレックス。
私にもある。
男子と話せない。変なことを言う。オタクっぽい。すぐテンパる。
たくさんある。
「有紗ちゃん」
まりあさんが言った。
「好きな人ができたらね」
「はい」
「自分がその人の前で無理してないか見てみるといいよ」
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帰宅後。
私は評価シートを開いた。
サッカー部エース。
学年一位。
吹奏楽部員。
榊原先輩。
並んだ名前を眺める。
そして。
初めて。
新しい項目を書き加えた。
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・見栄を張らなくていい
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書いた瞬間。
ある人の顔が浮かぶ。
書道教室の帰り道。
沈黙。
改札前。
「じゃあね」
自然だった。
無理がなかった。
私は慌ててノートを閉じた。




