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晴人お兄ちゃんの高校時代

「有紗ちゃん」


「はい?」


「それ、本当に続いてるんだ」


土曜日。


晴人お兄ちゃんの家。


私の膝の上には例のノートがあった。


夫候補評価シートだ。


「偉いねぇ」


「褒められてる気がしないんだけど……」


「褒めてるよぉ」


絶対嘘だ。


隣ではまりあさんが肩を震わせている。


夫婦そろって失礼である。


「ちなみに」


晴人お兄ちゃんがノートを覗き込む。


「僕の評価は?」


「え?」


「ないの?」


あるわけない。既婚者じゃないか。


「売約済みじゃん」


まりあさんが吹き出した。


「有紗ちゃん、結婚を事業みたいに言う」


「違うんですか?」


「「違うと思う」」


仲が良い。


「でも高校時代の晴人くんが有紗ちゃんのクラスメイトにいたとして、そのノートには載らない気がするなぁ」


まりあさんが言った。


「なんでですか?」


「だってかなり冴えなかったから」


まりあさんは即答した。


「ひどい」と晴人お兄ちゃんが抗議するが、否定はできないのだろう。


まりあさんは卒業アルバムを取り出した。


「見て」


開かれたページに高校生の晴人お兄ちゃんがいた。


「うわぁ」


思わず声が出た。


「うわぁって何」


「変わってない」


「それこの前も言われた」


本当に変わっていなかった。


今より少し痩せている。


髪型も微妙。


制服もなんだか野暮ったい。


だが顔は驚くほど変わらない。


「当時はねぇ」


まりあさんが懐かしそうに言う。


「女子から全然人気なかった」


「そうなんですか」


「うん」


即答だった。


「勉強はできたけど、目立たないし」


「うん」


「運動も普通だし」


「うん」


「服にも興味ないし」


「うん」


「なんかいつも漫画読んでた」


「うん」


相槌を打っているのは私だけで、晴人お兄ちゃんは黙っている。


反論できないらしい。


「でも」


まりあさんは続けた。


「良い人だった」


その言葉だけは少し違った。


声色が優しくなった。


「文化祭の準備とかね」


アルバムをめくる。


文化祭。


教室。


みんなで何か作業している写真。


「こういう時」


まりあさんが指差した。


「誰もやりたがらない仕事を黙ってやる人だった。ゴミ捨てとか」


「……地味」


「地味なの」


まりあさんが笑う。


「でもそういうのって意外と覚えてる」


写真の中の晴人お兄ちゃんは。


確かに目立たない場所にいた。


中心じゃない。


端の方。


でもちゃんとそこにいる。


「あとね」


まりあさんがまたページをめくる。


「私が文化祭のポスター描いてた時」


そこには高校生のまりあさんがいた。


短い髪。


眼鏡。


今よりずっと素朴な顔。


「放課後一人で残ってたら」


まりあさんが少し笑った。


「晴人くんだけ最後まで残ってた」


「へえ」


「何してたんですか?」


私は晴人お兄ちゃんを見る。


「覚えてないよ」


「覚えてる」


まりあさんが即答した。


「絵の具のついたパレットとか筆とか洗ってくれた」


「そんなこと?」


「そんなこと」


まりあさんが頷く。


「そういう人だったの」


私は少し考えた。


確かに、すごい話ではない。


感動エピソードとしては弱い。


ドラマならカットされそうなレベルだ。


でも、なんとなく分かる気がする。


「ねえ有紗ちゃん」


まりあさんが言った。


「高校生の頃の私ならね」


「はい」


「将来晴人くんと結婚するなんて思わなかった。だって当時は接点もほとんどなかったし」


「そう、なんですか」


何と返したらいいかわからなくて、変な間ができてしまう。


「だから不思議」


そう言って晴人お兄ちゃんを見る。


「人生って分からない」


晴人お兄ちゃんも少し笑った。


「分からないねぇ」


私は二人を見た。


確かに高校時代の写真だけ見たら、この二人が結婚するなんて思わない。


雰囲気は似ているというか、心の中だから言葉を選ばずに言うが二人ともいわゆる陰キャって感じだから「タイプが違いすぎて想像できない」ということではない。


恋愛の矢印がこの二人の間に存在するなんて思えないのだ。


恋愛というものとは全く無縁の二人って感じ。


こんな失礼なことを考えているとバレませんように。


「今、誰が人気とか、誰がモテるとか、十年後には全然関係なかったりするよ」


私は少しだけ、榊原先輩を思い出した。


地味で目立たなくて、女子人気もおそらく高くない。


でも、そういう人が十年後どうなっているかなんて誰にも分からない。


「なるほど」


私は頷いた。




帰宅後、評価シートを開く。


サッカー部エース。


学年一位。


吹奏楽部員。


榊原先輩。


その下に新しい項目を書き足した。


――地味な仕事をする


しばらく考える。


さらにもう一つ。


――人が見ていない時に優しい


あれ? これってほぼ晴人お兄ちゃんなのでは。


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