黒棘の厄災
「はじめまして、ようやく会えましたね」
どう見ても『始まりの聖剣士』そのものな女。その口から聞こえた声は、あの時頭に響いた謎の声と全く同じだった。
「あなたは、始まりの聖剣士……?」
「おや、知ってくれてるなんて嬉しいですね」
女はどこか楽しそうに微笑む。
「一体これはどういう……?」
混乱する俺を見て、彼女はくすりと笑った。
「ここは現実の場所ではありません。あなたの意識を、一時的にこちらへ引っ張ってきただけです」
「意識を……?」
「ええ。簡単に言えば夢みたいなものですね」
夢。そう言われても、足元を踏みしめる感覚も、肌を撫でる空気の冷たさも妙に生々しくてとても夢とは思えなかった。
「あの時、西へ行けって言ってたのも貴方が……?」
「その通り。あれも私の声です」
やはり。あの妙に頭へ直接響くような声は、この女のものだったのか。
「私は、ディザスターが死んだ時に解放される“災力”を介してあなたへ干渉してるんです」
「災力を……」
脳裏に、ディザスターを倒した時に漂っていた赤黒い煙が浮かぶ。恐らく、あれが災力そのものなのだろう。
「でも今までは、声を送るのが精一杯でした」
「……確かに」
今までは、あの声が聞こえるだけだった。
「あなた、今まで弱いディザスターしか倒してませんでしたからね。全然エネルギー足りなくて」
「そんな……」
「ですが、今回は違う。あれはそこそこ災力の強いディザスターでした」
彼女は少し満足そうに頷く。
「おかげで、こうして姿を見せられる程度には干渉できた訳です」
「つまり、強いディザスターを倒すほど、俺に接触できるってことか?」
「そういうことになりますね」
彼女はにこりと笑う。
「なので、これからも頑張って倒してください。私も会話しやすくなるので」
「……それはいいんだが、あなたは結局何者なんだ」
「さっき貴方が言ったじゃないですか。“始まりの聖剣士”です。きっと、貴方が知っている伝承の通りの」
「……だとしたらあなたは三〇〇年前の存在。まだ生きているなんて――」
「実際、私の肉体はとっくに死んでますよ」
彼女はあっさりと言ってのけた。まるで他人事みたいに。
「ですが私は、自分の力を聖剣として分散させた際に、自身の意識も同時に分け与えたんです」
「意識を……?」
「まあそのことは一旦置いておきましょう。今大事なのは、“災聖剣”のことです」
そう言って彼女は人差し指を立てる。
「そうだ、俺はそれがずっと気になってたんだ。災聖剣っていうのは何なんだ?これのことではないよな」
俺は腰の錆びた剣へ触れる。
「そんなんじゃありません。それはただのナマクラです」
「ナマクラって……」
「災聖剣とは、聖剣でありながらも災力を纏った剣」
その瞬間、空気が僅かに重くなった気がした。
「その剣は、普通の者では災力に呑まれまともに使いこなせない代物。ですが貴方なら、きっと使いこなすことができる」
彼女は真っ直ぐこちらを見る。
「……けど見つけたとして、俺に何をさせたい?」
「貴方にはそれを使い、”四災”を倒して欲しいのです」
「四災?」
「この世界でも指折りの災力を持つ、四体のディザスター。彼らは別格です。普通の聖剣士では太刀打ちできない」
「俺が災聖剣を使えばそいつらを倒せるのか?」
「はい。――それほどまでに災聖剣は強力な力を持ちます」
「……けど、なんで俺なんだ」
胸の奥に引っかかっていた疑問が、言葉となって溢れる。
「俺が何者なのか、あなたは何か知ってるのか……!?」
「おや」、と彼女は少しだけ不思議そうに首を傾げた。
「伝承についてもそこまで知っているのに、まだ分かってないんですか?」
次の瞬間、彼女は当然のように言った。
「貴方はディザスターですよ」
あまりにも、あっさりと。まるで空が青いと言うかのような自然さで、彼女は断言した。
ディザスター。俺が今まで戦ってきた、あの化け物達と同じ存在。確かに、特徴は揃っていた。ヒョウガ達の反応を見る限り、俺が普通ではないのは明らかだった。
それでも俺は、どこかで期待していたのだ。本当は人間なんじゃないか、と。何か特別な事情があるだけで、ディザスターではないのではないか、と。
だから俺は、“自分は何者なんだ”という言葉で誤魔化していた。ディザスターかどうか、そこから目を逸らしていた。
だが。目の前の女は、一切迷わなかった。その曇りのない断言を前にすると、不思議と否定する気力すら湧かなかった。
「……そうか。俺は、ディザスターなのか」
露骨に肩を落とす俺とは対照的に、彼女はいつも通りの調子で続ける。
「ええ。ですが、あなたは特別な存在なんですよ」
何も気にしていない素振りで始まりの聖剣士は続ける。
「特別?それは一体どういうことなんだ……!?」
「そもそもどうしてディザスターである俺に、ディザスター討伐を依頼する……?」
「俺は他のディザスターと――何が違う」
気付けば、勢いよくまくし立てていた。知りたいことが多すぎる。
だが彼女は、そんな俺を見ながら小さく目を瞬かせた。
「おや、どうやらそろそろ時間のようですね。残念」
「……は?」
「もう喋れる時間がないという事です」
そんな。まだ何も聞けていない。
俺が一歩踏み出そうとした瞬間、周囲が再び白い光に包まれ始める
「いいですか、更に西に向かいなさい。その先に”災聖剣”があります」
「ちょっとまってくれ!」
叫ぶ。だが、世界を埋め尽くす光は、容赦なく強さを増していく。
始まりの聖剣士は、すっとこちらへ顔を寄せた。吐息が触れそうな距離。そして、妙に艶めいた声で囁く。
「またディザスターを倒してください。できれば、なるべく強い子を。そうすれば、もっと長く貴方とお話できますから」
そう言って彼女はくすりと笑う。
次の瞬間。彼女はぱっと距離を取り、今度は舞台役者みたいに大仰な動きで両手を広げた。
「さあ行きなさい、勇敢なる者よ!貴方がこの世界を守るのです!」
まるで伝承劇の英雄譚。あまりにも芝居がかった口調。
だがその直後、彼女はふっと力を抜き――
「……期待してますよ」
今度は年相応にも見える、あどけない笑みを浮かべた。
その笑顔を最後に、俺の意識は、急速に光の中へ沈んでいった。
□
「――きろ!起きろアスター!おい!!」
目を開けると、ヒョウガが必死な表情で俺の身体を揺さぶっていた。
「……ヒョウ、ガ?」
「目を覚ましたか!突然倒れて、何事かと思ったではないか!」
どうやら、俺はあの空間にいる間気絶していたらしい。
「……心配してくれたんだな。ありがとう」
「べ、別に心配などしてない!」
ヒョウガは勢いよく顔を背けた。だが、その反応ですらどこか柔らかい。やはり、最初に会った頃と比べれば、ヒョウガが俺に心を開き始めているのは明らかだった。
……けれど、それはきっと。
俺の正体について、まだ結論が出ていないからだ。
赤い目を持ちながら、聖力を使う。そんな前例のない存在だからこそ、ヒョウガも判断を保留している。
だからこそ、伝えなくてはならない。
俺は――やはりディザスターなのかもしれない、と。
あの“始まりの聖剣士”を名乗る女の言葉を、全面的に信じていいのかは分からない。だが、少なくとも嘘を吐いたり適当を言っているようには見えなかった。
こちらを全て見透かした上で、事実を語っている。そんな確信めいた風格が、確かにあった。
少なくとも今の俺には、もう自分を人間だと信じ続ける気力は残っていなかった。
「なあ、ヒョウガ。話したいことが――」
意を決して切り出したが、ヒョウガが真剣な表情で言葉を遮った。
「そんな呑気に話している場合ではないぞ」
空気が変わった。
「あのディザスターは確かに強かった。知性もあった。だが、お師匠様の“影の籠”を破壊できるほどの力は持っていなかったはずだ」
「……ってことは」
「別に、この事件を引き起こしたディザスターがいる。そいつを見つけ出し、討伐する。今はそれが最優先だ」
……確かに、その通りだ。
あの異常な現象を引き起こした存在は、まだ別にいる。目的も、能力も、正体すら分からないまま。
「とにかく、急いでお師匠様の元へ戻るぞ」
「……分かった。すぐ行こう」
俺たちは、慌ただしくその場を後にした。
□
『影』とは、光が遮られて出来る領域。そこに何かが存在している訳ではない。
むしろ逆で、本来そこにあるはずの光が失われた空間。つまり、そこだけ何も存在していないという“無”に与えられた名前。それこそが『影』なのだ。
誰も存在しないものを壊すことは出来ない。
誰も存在しないものの中に足を踏み入れる事は出来ない。
故に無敵、故に不可侵。
私の聖剣――ダークパラドックスが生み出す“影”は、その性質だけを都合よく切り抜き、“実体”として固定したもの。
存在しないからこそ許されていた法則。その前提を無視し、結果だけを現実へ押し付ける。まさに、理屈を踏み倒したような力。
聖剣の力は、そうした“矛盾”すら可能にする奇跡なのだ。
――そんな影で作り上げた、私の“影の檻”が、呆気ないほど容易く破壊された。
その事実は、私の心を大きく揺さぶらせた。きっと、それは村の人達も同じだろう。
この檻は、五年間一度も壊されたことがなかった。誰もが信じていたのだ。この影は絶対に破壊されない。この村は永遠に守られている、と。
だが現実は違った。
まるで嘲笑うように村を照らす太陽と、皮肉みたいに真っ青な空が、それを証明している。
私が呆然と立ち尽くしていると、
「アリス!!あの影に一体何があったんですか……!?」
背後から、切羽詰まった声が聞こえた。
振り返ると、そこには近所に住む老人――カネキリさんの姿があった。
「……大丈夫、これはちょっとした事故。原因に目星はついてる」
せめて村の人を少しでも安心させようと、思ってもいない事を口にする。
しかし、それでもまだカネキリさんは怯えた表情をしている。
「……大丈夫。これは、ちょっとした事故。原因にも大体目星はついてる」
もちろん、本当は目星など付いていない。
だがせめて村の人達だけでも安心させようと、私はそう口にした。
「すぐに――」
何とかする。そう言い切るより早く、異変は起こった。
カネキリさんのすぐ後ろで、地面から太く黒い“何か”が勢いよく伸び上がる。
まるで植物の根。いや、それよりもずっと禍々しい。さらにその先端は鋭く尖り、真っ直ぐカネキリさんへ向かっていた。
「危ないッ!!」
反射的に聖剣を抜く。同時に影の壁を展開し、その黒い根を受け止めた。ガギィン、と重い音が響く。
「ひっ……!?」
カネキリさんが悲鳴を漏らしながら振り返る。
その先には、一人の青年がこちらへ歩いて来ていた。この場の緊張感とはまるで噛み合わない、妙に呑気な歩幅で。
黒い燕尾服のような服。無造作に伸びた白髪。そして何より――真っ赤な瞳。
その瞬間、背筋が冷える。間違いなく、こいつは。
「おっ、やっぱり君なんだね。あの黒い壁を作ってたのは」
男は、まるで世間話でもするみたいな軽い口調でそう言った。
「その壁壊したのは貴方?――災厄」
人型のディザスター。特殊能力持ちの特異体質だ。
これまた厄介そうな相手が来た。
「さあ、どうだろうね。自分で考えてみたらどうだい?――聖剣士」
男はゆっくりと片手を掲げる。
「これが僕の能力――『黒棘の厄災』」
禍々しい名と共に、男の両脇から、再び黒い根が地面を突き破ってニョキニョキと伸びた。
その根は生き物みたいに蠢きながら、先端だけが異様に鋭く尖っている。 まるで獲物を貫く槍だ。
「さあ、せいぜい逃げ惑え!」
次の瞬間、根は勢いよく向きを変え、一直線に突き進んだ。一本は私へ。もう一本は、逃げ遅れたカネキリさんへ。
私は即座に二枚の影を展開し、その両方を防ぐ。
「……早く逃げてッ」
カネキリに向かって叫ぶ。彼は腰を抜かしかけながらも、必死にその場から走り去っていった。
「余裕じゃないか、よそ見なんてさ!」
今度は私の足元から、黒い根が槍のように突き上がる。私は横へ飛んで回避した。
だが、猛攻は終わらない。着地地点の両脇から、さらに二本の根が伸び上がった。
一本は貫くように。もう一本は天高く伸びた後、鞭みたいにしなって私を押し潰そうと振り下ろされる。
突き上げる根は影の壁で防ぐ。振り下ろされる根は、直接聖剣で斬り裂いた。
その後、男に向かって突き進んだ。
「――はっ!」
私はその場で聖剣を振るう。本来なら、到底届かない距離だ。だが次の瞬間、聖剣の切っ先から“影”が薄く伸びる。
絶対的な強度を持つ影。それを極限まで細く、鋭く引き延す。そうすれば、薄い紙が時に人の手を裂くように、その影は、あらゆるものを断つ刃へ変わる。
私はその延長された剣で、男の横っ腹を薙ぎ払う。
不意打ち同然の間合い。だが男は、それを見てから大きく跳躍して回避した。
さらに空中で真下から根を伸ばす。男は、その根へ椅子みたいに腰掛けた。
「"影"……とか言ったかな?随分便利なんだねぇ、それ」
男は余裕そうに微笑む。私は無言のままその根を根元から切り捨てた。
足場が崩れ男は宙に放り出されるが、男は根を下から伸ばし、それを足場にして跳躍し、くるりと一回転して背後に立つ。
「やっぱり君は厄介だ。ここで始末させてもらうよ」
「……それはこっちの台詞」
男の足元から四本の根が伸びる。黒い槍のように地面を裂きながら、一直線にこちらへ迫ってきた。
私は大きく横へ跳んで回避する。だが、避けた瞬間に根がぐにゃりと軌道を変えた。まるで蛇みたいに、こちらを追ってくる。
私は走りながら、隙を見て一本ずつ斬り落としていく。斬られた後も動き続けるかと思ったが、根は糸が切れたみたいにその場へ崩れ落ちた。
……なるほど。切断された部分までは操れないらしい。
「――日陰者がッ!」
今度は私の前方から二本根を伸ばしてくる。
そして、きっと聞こえてきた音からして後ろからも何本か伸ばしてこちらに向けている。
振り向く余裕はないので大きく背中に大きめな影の壁を作り防ぐ。さらに目の前の一本の根を切りながら二本目も少し掠ってしまったが身体を逸らして何とか避ける。
今度は前方から二本。さらに、音からして背後からも何本か伸びている。振り返る余裕はない。
私は背後へ大きめの影壁を展開し、背中側の攻撃を受け止める。同時に前方の一本を斬り裂き、もう一本は身体を逸らして回避した。肩口を僅かに掠める。
私の“影”も、無制限に生み出せる訳じゃない。一度に瞬間生成できる量には限界がある。
今回みたいに背後へ大きな影を出してしまうと、前方へ即座に新しい影を展開するのは難しい。
さっきカネキリさんと私を同時に守れたのは、攻撃が見えていたので、必要最小限の影を正確に出せたからこそ成立した。
私が瞬時に生成できる影は、せいぜい六畳程度。距離も半径十メートル以内が限界。
――けれど、私一人を守るにはそれで十分。
私は男へ向かって駆ける。途中で根が何本も伸びてくるが、斬り捨てながら止まらず進む。
「……これはどうッ」
私はレイピアみたいに聖剣を男の頭に向けて突き出した。これもまた本来なら届かない距離だが、切先から伸びた影が、その間合いを無視する。
さらに、伸ばした影の先端の形状を変化し、より鋭く刺突向きの形へと変える。それを男は頭を逸らして回避した。
「はい残念」
男は煽るように笑う。だが、私の狙いはそこじゃない。男の顔の横を通り過ぎた影の剣の形状を、今度は横方向へ変化させる。
弧を描くように、男の首を囲うように。その形はまるで――処刑人の鎌。
私は聖剣を僅かに引き、横へ振り抜いた。
「うわっ!?」
男が初めて焦りを見せる。だが、もう遅い。
黒い鎌が、男の首を斬り裂いた。胴体から切り離された頭部が、地面を転がる。
――ごとり、と。静まり返った村に、不気味な音だけが響いた。
□
ある日、私は聖剣に選ばれた。その剣は、まるで祝福みたいに空から降ってきた。
手に取った瞬間、私は本能的に理解する。
――“影”を操る力。
絶対的な強度を持つ、不可侵の闇。その力は、あまりにも強力だった。
きっと私は、この力をもっと積極的に使っていれば、より多くのディザスターを狩れたのだろう。都市の聖剣士達が手を焼くような相手ですら、私が討伐に加われば、少しは楽に戦えたのかもしれない。
一人で全てを覆せる程ではなくとも、確かに戦況を変えられるだけの力が、この聖剣にはあった。
けれど。私はその力を村を守る為だけに使った。
長い時間を掛けて巨大な影のドームを作り上げ、自分自身もその中へ閉じこもり、外から物資を運び入れる時だけ影を開く。私は、そんな役割だけを担って生きてきた。
人類全体から見れば、私の行いは怠慢なのかもしれない。聖剣士でありながら、戦いから逃げ続けていたのだから。
……それでも。私は、この村が好きだった。生まれた時からお世話になってきた、この場所が。他の全てを投げ捨ててでも守りたかった。
みんなが笑って暮らしていけるなら、それだけで良かった。
――だから。これは、そんな私への罰なのかもしれない。
聖剣士としての責務から目を逸らし、世界ではなく、目の前の小さな幸せだけを守ろうとした。
その報い。
私の胴体を貫く黒い根を見ながら、そんな事をぼんやりと考えていた。
まるで走馬灯のように、今までの選択を思い返していた。
「首を切ったぐらいで、勝利したつもりにでもなっていたのかな?」
男は何事もないように笑う。切断面から細い枝のようなものがうねりながら伸び、地面を転がっていた頭部へ絡みつく。そして、そのまま当然のように喋り続けた。
そう。私は確かにこの男の首を落とした。しかし、死んではいなかったのだ。
首を斬り落とし、地面を転がる首を見ていたその時、突如として胴体から服を突き破って伸びた根に、私は身体を貫かれてしまったのだ。
「……身体からも生やせたのね」
「ああ。服が破けるから、あまりやりたくなかったんだけどね」
何事もなかったかのように男は肩を竦める。いつの間にか頭も枝に引っ張られ、元の位置へ戻っていた。
「まあまあ楽しめたよ。それじゃあ、バイバイ」
男はそう言って、こちらへ手のひらを向ける。きっと次は、あの手から根を伸ばし、私の頭を貫くつもりなのだろう。
抵抗しようとするが、身体が上手く動かない。こんな状態では、影もまともに生成できそうになかった。
――これで、終わり。私は、村を守りきることが出来なかった。
そんな絶望の中、突如として青白い斬光が空間を走った。次の瞬間、男の腕が宙を舞う。
「なっ……!!」
今度こそ、男は明確に動揺した。直後、ドタドタと騒がしい足音が近付いてくる。
「お師匠様!!」
聞き慣れた声に振り返ると、そこには焦った表情で駆け寄ってくるヒョウガの姿があった。
そしてその隣では、アスター君が、剣を振り抜いた体勢のまま立っていた。
今の斬撃は――まさか、彼が?
□
危なかった。
急いでアリスの元へ戻ってみれば、怪しい男が身体から生やした黒い根で、アリスの腹を貫いていた。
さらに、男は手をアリスの頭へ向けている。あのまま何かされていたら危なかったかもしれない。
あの後、剣を返そうとした時。
『いや、いい。この剣はお前さんに譲るよ。そいつも、自分をちゃんと使ってくれる奴に持たれる方が嬉しいだろうからな』
そう言って譲ってくれたタナシマさんには感謝しかない。
それにしても、あの男、赤目だ。これが話に聞く、人型のディザスターなのだろうか。
「貴様、お師匠様から離れろッ!!」
ヒョウガも剣を抜く。
「驚いたなぁ。まさかこんな辺鄙な村に、聖剣士が三人もいるなんて」
男はそう言いながら、自分で切り落とされた腕を拾い上げた。すると、断面から木の枝みたいな根がニョキニョキと伸び、落ちた腕へ接続される。そして、何事もなかったみたいに腕が元へ戻った。
「良かったじゃないか、影女。素敵な仲間達が来てくれたみたいだよ」
そう言いながら、アリスを貫いていた根を乱暴に動かし、そのままこちら側へ投げ飛ばす。
「お師匠様!!」
ヒョウガが慌てて受け止める。その光景を見て、俺の中に怒りが湧いた。
「……お前は誰だ」
俺が問い掛けると、男は飄々とした態度のまま数歩近付いてくる。
「いいだろう。折角だし名乗ってあげるよ」
男は笑った。
「――僕はドラシル。“四災”に仕えし者」
――四災。
あの始まりの聖剣士の言葉が脳裏をよぎる。まさかこんなにも早く、四災に近い存在と出会うだなんて。
「影を破壊したのは貴様か!?何が目的だ!」
ヒョウガが怒鳴る。
「僕は“災聖剣”を探しに来たのさ」
「災聖剣……!?」
俺以外にも、それもディザスター側に災聖剣を探している奴がいるというのか……!
「おや、その反応。何か知ってそうだね?」
ドラシルがこちらを見る。
「なにせ、この村には昔から伝わる伝説の剣があるらしいじゃないか。僕達はそれを怪しいと踏んで、わざわざここまで来たのさ」
恐らく奴が探しているのは、今俺が持っているこの剣。どこで噂を聞きつけたのかは知らないが、その話を頼りに来たのだろう。もしかしたら、途中で尾ひれも付いていたのかもしれない。
「貴様如きに渡すものなど無い!死ねッ!!」
俺が答えるより先に、ヒョウガが飛び出した。俺も剣を鞘へ収め、タイミングを窺う。
俺の能力は、抜刀の瞬間にしか使えない。とはいえ、埋まっていた石でも発動した辺り、“引き抜く”という行為そのものが条件なのだろう。
「ハハッ!随分威勢がいいねぇ!」
ドラシルが腕を掲げる。
「……ヒョウガ、気を付けて!」
アリスが叫ぶと同時、地面から無数の黒い根が飛び出し、ヒョウガへ襲い掛かった。
「ハッ!!」
ヒョウガはそれを次々と切り捨てる。切断された根は凍り付き、地面へ転がった。そのまま懐へ潜り込み、斬り掛かる。
だがドラシルは、腕から伸ばした根を絡ませ、塊のように圧縮して受け止めた。
氷は広がっていく。しかし、凍結が完全に回る前に、
「そぉれっ!」
ドラシルはその根塊をバネみたいに伸縮させ、ヒョウガを勢いよく吹き飛ばした。
「クッ……!」
「ほらほら、避けられるかなぁ?」
今度は巨大な根塊を鎖鎌みたいに振り回す。更に、ヒョウガの周りに何本か根も生やした。だが、この瞬間、ヒョウガが転がり体勢が低くなった。今ならヒョウガを巻き込まずに剣を振るう事ができる。
「させないッ!」
抜刀し、青白い斬光が走る。その直線上にあった根ごと、離れたドラシルの胴体が裂けた。
上半身が地面へ落ちる。……やったのか?
「……まだ生きてる!気を付けてッ!」
アリスが叫ぶ。
「勝手にネタばらしするなんて、無粋じゃないか……」
不機嫌そうに呟きながら、ドラシルは胴体の断面から根を伸ばす。そして、上半身と下半身を再び繋げてしまった。腕だけじゃない、胴体ごと斬っても再生するのか。
「ならば全身凍らせてやるッ!!」
ヒョウガが飛び掛かろうとした――その時。
「……ッ!?」
動きが止まる。見ると、いつの間にか足首へ根が巻き付いていた。
俺はまずいと思い再び剣を鞘に戻し、能力を使おうとする。その瞬間、ドラシルがニヤリと笑った。
次の瞬間には、俺の足元から根が飛び出し、剣を握る手ごと身体へ巻き付いていた。
「ヒョウガ……!!アスター君……!!」
アリスが焦った声を上げる。俺は何重にも巻き付く根に締め上げられ、身動きが取れない。ヒョウガも逆さ吊りにされていた。
強い。さっきまでのディザスターとは、格が違う。
「これでおしまいだね」
ドラシルが笑う。
「君達を殺して、それから村の連中も皆殺しにして……ゆっくり災聖剣を探させてもらうよ」
「……全員、殺す?」
アリスが低い声で呟く。
「そんなのは――絶対に許さない」
空気が変わった。
「こわいこわい。その身体で何をするつもりだい?」
確かにアリスは、今も腹を貫かれたままだ。本来なら立っていること自体おかしい。だが。
「――聖力、解放」
その瞬間。莫大な聖力が爆風みたいに噴き上がった。
「なっ……!?」
ドラシルの表情が初めて強張る。
「や、やめろ!勝手な真似をするな!!さもなくば今すぐこいつらを――」
言い終わる前に俺達を拘束していた根が、根元から切断された。逆さ吊りだったヒョウガが落下しかける。
だが地面から黒い腕が伸び、優しく受け止めた。よく見ると、俺の近くにも影の腕が生えている。しかもその手には剣が握られていた。
……影だ。俺達自身の影が、腕へ変わっている。
「な、なんだこれは……!!」
「――聖力解放。それは、聖剣に宿る全聖力を一定時間解き放つ奥義」
アリスが静かに語る。
「解放中、聖剣の能力は飛躍的に強化される」
「ふざけるなァ!!」
ドラシルが大量の根を放つ。だが。地面から伸びた瞬間、その根の“影”が腕へ変わり。一瞬で根を切断した。
「す、すごい……!」
思わず声が漏れる。
「……今の私は、全ての“影”を支配している」
アリスが告げる。
「誰も影を壊すことはできない。誰も影の中に足を踏み入れることはできない」
一瞬の静寂。
「――誰も自分の影からは逃れられない」
「クソがァ!!」
ドラシルが直接アリスへ突っ込む。だが、
「何ッ!?」
自身の影が腕へ変わり、足を掴んだ。ドラシルが勢いよく転倒する。アリスは、その前へ静かに立った。太陽に照らされたアリスの影が、ドラシル全身を覆う。
「ヒッ……!!」
すると。アリスの影となったドラシルの身体から無数の腕が生え、身体を拘束した。首を締め。腕を押さえ。
地面の影からも腕が伸び、完全に動きを封じる。根を生やそうとしても無駄だった。根を出した瞬間、その影がまた剣を持った腕となり、根を切り裂く。
「クソがああああああ!!!!」
叫ぶドラシルを見下ろしながら、アリスは巨大な影の腕を作り出す。
「……このまま押し潰す」
その腕は、ドラシル本人より遥かに大きかった。
「全身がグチャグチャになれば、流石に再生できないでしょ?」
誰もが勝利を確信した。――その時だった。
「――そこまで」
突如として、アリスの背後に仮面をかぶった銀髪の少女が立っていた。 いつ現れたのか、誰にも分からない。確かにそこには、さっきまで誰もいなかったはずなのに。
少女の白い指が、そっとアリスの肩へ触れる。
「なっ――」
アリスが振り返ろうとした、その瞬間。
――アリスの体が崩れた。
砕けたのではない、裂けたのでもない。
肩が、腕が、髪が。
その全てが、最初からそうであったみたいに、赤い花びらへと変化した。
無数の花弁が、音もなく宙へ舞い上がる。
まるで、"影の檻"が破壊された時のように――
黒棘の厄災
――黒い根を自在に操る




