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赤眼の聖剣士  作者: ヤクルト2億
影の村
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3/5

アスター

 ヒョウガに案内されながら、俺達は影の村の中を歩いていた。

 黒い天井に覆われた村。外からの光を一切通さないその空間では、家々の前に置かれた灯りだけが、ぼんやりと道を照らしている。


「……ん?」


 広場のように開けた場所で、俺はふと足を止めた。

 そこには、一体の銅像が建っていた。台座の上に立つ、一人の女剣士。長い髪を靡かせ、剣を胸の前で静かに構えている。鎧姿ではあるが、どこか神聖な雰囲気があった。


「始まりの聖剣士の像だ」


 俺の視線に気付いたのか、ヒョウガが説明する。


「さっき話した逸話に出てきた、あの女剣士の像だな」


「へえ……」


 近くで見ると、像はかなり丁寧に作られていた。剣も鎧も過剰な装飾は無い。むしろ実在した戦士をそのまま形にしたような、不思議な現実感がある。

 何故だろう、ただの銅像のはずなのに妙に目が離せなかった。


「いい像だろ?」


 突然、後ろから声がした。振り返ると、そこには見知らぬ男が立っていた。

 年齢は四十代くらいだろうか。無精髭を生やし、少しくたびれた外套を羽織っている。

 そして、その目は——黒かった。ディザスターのような血のにじむ赤でも、アリスやヒョウガのような澄んだ青でもなく、俺の感覚では、ごく普通の、人間らしい黒色の瞳だった。


「始まりの聖剣士様は、この世界を救った英雄だからなぁ。こうして像を見るだけで、なんだか安心するって奴も多いんだ」


「……へえ」


 俺もつられるように再び像を見る。


「まあ、俺としてはアリスさんの銅像も建ってほしいんだがな。俺たち村の人間からしたら、あの人だって十分英雄だ」


 男は腕を組みながら語った。どうやらアリスは、この村でかなり慕われているらしい。


「やはりそうですよね!やはり貴方は実に賢明な人だ!」


 案の定ヒョウガのテンションも上がる。なんともわかりやすい。


「ははっ。けど、銅像なんて簡単には作れねえよなぁ」


 男はそう言って、始まりの聖剣士の像を改めて見上げた。


「この像だって、もう二〇〇年くらい前に作られたものらしいしな。今の俺たちじゃ、こんな綺麗に石を彫る方法すら分からねえ」


 男は自嘲気味に笑った。


 すると、それを聞いていたヒョウガが、思い出したように口を開く。


「ああ、言い忘れていた。彼こそがタナシマさんだ」


「……え?」


 どうやら、いつの間にか目的の人物と喋っていたらしい。


「なんだ?俺に何か用があるのかい?」


「実は、アリスさんから、タナシマさんが貴重な剣を持ってるって聞いて来たんです」


「あぁ、あれのことかい。……そんな大したもんでもないんだけどねえ」


「まあいいや、気になるってんなら見せてやるよ」


 タナシマはそう言って踵を返す。


「ついてきな」


 どうやら、銅像のすぐ近くにあるあの家がタナシマの家らしい。

 木造のこぢんまりとした家だが、外には綺麗に薪が積まれており、手入れは行き届いているように見える。

 タナシマの後を追い、俺達は家の裏手へ回った。そこには、小さな木造の倉庫が建っていた。


「この中だよ」


 タナシマはそう言いながら、古びた扉を開ける。中には農具や薪、使わなくなった家具なんかが雑多に置かれていた。

  どうやら本当にただの倉庫らしい。その奥へ進むと、壁際に長い布で包まれた物が立て掛けられていた。

「これこれ」と言いながらタナシマは慣れた手つきで布を外す。現れたのは、一振りの剣だった。


「……これが?」


 思わずそんな声が漏れる。確かに剣ではある。だが、特別な力を感じる訳でも、神々しい装飾がある訳でもない。

 刀身にはうっすら錆が浮いており、柄の革もかなり擦り切れている。言ってしまえば、“古い剣”。それ以上でもそれ以下でもなかった。


「代々うちに伝わってるらしくてなぁ……ご先祖様がどっかで手に入れたとか聞いたが、詳しいことは俺も知らねえ」


「……確かに。聖剣でもなんでもない、ただの剣だな」


 ヒョウガも剣を眺めながら眉をひそめる。今まで見た聖剣達は、どれも一目で異質だと分かる存在感があった。

 冷気を纏う剣。影を揺らめかせる剣。

 だが、この剣にはそういったものが何もない。


「だから言ったろ?大したもんじゃねえって」


「……ちょっと持ってみてもいいですか?」


「ん、かまわんよ」


 タナシマさんから剣を受け取った。


「もしよかったら、この剣を使って試し切りとかを……」


 俺がそこまで言いかけたその時、


「な、なんだありゃあ!!!」


 外から焦りを含んだ大きな声が聞こえてきた。


「今の声は……?」


「気になるな。一度外に出よう」


 俺たちは倉庫を出た。そして、その光景に足を止める。外では、明らかに異常なことが起きていた。

 アリスが作り出した"影の檻"。外敵であるディザスターから村を守るための、絶対的で優しい防壁。

 それが今、崩れ始めていた。だが、俺はそれの現象を崩壊と呼んでいいのかも分からない。

 影の壁は砕け崩れ落ちるのではない。まるで最初からそうであったかのように、奥のほうから静かに()()()()()へと置き換わっていく。

 それは風に揺られ、空へと散っていた。やがて、その変化は村全体を飲み込み——気付けば影のドームは跡形もなく消えていた。

 代わりに差し込んでいたのは、久しくこの村が浴びていなかったであろう陽光だった。

 本来なら人を安心させるはずの暖かな光が、今はむしろ村人たちの心を一気に凍らせていく。


「……そんな、馬鹿な」


 タナシマさんが呟く。

 目を見開いたまま、その場から動けないでいる。信じられないものを見た顔だった。それは、この状況がどれほど異常なのかを、何より雄弁に語っている。

 ヒョウガの顔を見ても同じような表情だ。いや、アリスを師と仰いでいる分、むしろ彼の方が強く動揺しているようにも見えた。

 そうして、かつて“影”だったものだったはずの花びらが、俺たちの頭上へと降り注ぐ。地面を埋め尽くしていくそれは、あまりにも不気味だった。


「一体何が起きてるというのだ……!」


「これってまさか……」


「ああ、おそらくディザスターの仕業だろう……この花びら一枚一枚から災力を感じる」


 ヒョウガは花びらを睨みつける。特殊な能力を持つ得意個体のディザスター。話に聞くそれが近くにいるというのか。


「この"影の檻"は、五年間一度も破られたことがなかった。それをこうも容易く破壊するなど……只者ではない」


「取り合えず、アリスさんの元に戻って——」


 俺がそう言いかけた瞬間、ドスン、と重い足音が響いた。そこにいたのは、ヒョウガが以前倒した大型ディザスターよりもさらに巨大な個体だった。

 人型に近い形をしているが、胴体は異様に細く、その代わりに肩と腕だけが不釣り合いなほど発達している。特に両腕は丸太のように太い。だというのに、手首の辺りだけは逆に骨みたいに細く、不安定に繋がっていた。

 まるで無理やり別の腕を継ぎ接ぎしたかのような、どこか“壊れた人形”を思わせる不気味な異形。その怪物から、村人たちが必死に逃げ回っていた。


「ディザスター……!」


 俺が息を呑んだ次の瞬間には、ヒョウガがすでに剣を抜いて飛び出していた。

 ディザスターは大きな腕を振り下ろし、ヒョウガを叩き潰そうとする。しかしヒョウガはそれを軽く躱し、そのまま懐へ滑り込んだ。


 鋭い一閃で胸部を切り裂く。命中はした。だが、浅い。同時に聖剣の能力――凍結も発動するが、前回ほどの広がりはない。

 まるで“何かに押し返されている”ように、氷が途中で勢いを失っていた。これが災力の強さということなのか。

 それでもヒョウガは動じない。跳ねるように位置を変え、攻撃を避けながら確実に斬撃を重ねていき、じわじわとディザスターの体が凍りついていく。


「すごい……!」


 思わず声が漏れた。その横で、タナシマが静かに口を開く。


「強いだろう、あいつ」


「ヒョウガはな、アリスさんの強さに惚れて弟子入りしたんだ。聖剣に選ばれるよりずっと前からだ」


「アリスさんも見た目に反してスパルタでな……毎日容赦のない修行でよ。あいつ、まだ十五のガキだったんだぞ」


「それでも投げ出さずに続けてた。俺たちはたまに差し入れのおにぎり持って見てたよ」


 まるで成長した孫を見るかのような目で見つめている。タナシマの目は、まるで成長した孫を見るように細められていた。

 逃げていた村人たちも同じように、戦いを見守っている。巨大な敵を前にしているはずなのに、そこには妙な安心感すらあった。


「今じゃ聖剣にも選ばれて、あんなに立派になってな……」


 タナシマは空を見上げる。


「多少トラブルがあったのかもしれないが、この村にはアリスさんとヒョウガがいる。それだけで十分だよ」


 ヒョウガもまた、アリスさんと同じように信頼されているらしい。二人がここまで積み重ねてきた時間の重みが、そこには確かにあった。


 改めて戦場を見ると、ディザスターはすでに全身が凍りつき始めていた。このままいけば、勝つのはヒョウガだ。

 村人たちの空気に影響されたのか、俺もどこか安心しながらその光景を見ていた。

 その時だった、ディザスターが突然動きを止める。まるで何かを探すように、周囲をゆっくりと見回し始めた。


「何処を見ているッ!」


 隙を逃さず、ヒョウガが地を蹴る。空中からの一閃。だが、ディザスターはそれを巨大な腕で受け止め、そのまま力任せに薙ぎ払った。

 ヒョウガは吹き飛ばされるが、空中で体勢を立て直し、軽やかに着地する。

 その一瞬の間に、ディザスターは重い足音を響かせながら、別方向へと歩き出していた。


「ど、どこへ行く気だ!」


 そこで気付く。

 その先に――茂みの中で身を潜める、小さな少女の姿があった。


「しまった……!」


「まずいッ……!」


 俺とヒョウガの声が重なる。

 ヒョウガは急いで少女の元に向かうが、間に合わない。ディザスターの巨大な手が、少女を掴み上げた。


「くっ……!貴様ッ!!」


 少女は泣き叫ぶ。しかしディザスターはそれを殺さない。代わりに――ヒョウガへ見せつけるように、空高く掲げた。


「まさかあいつ……脅してるのか!?その少女を人質にして!」


 卑怯という言葉が脳裏をよぎる。だが同時に、それ以上に信じられないものを見ていた。

 ディザスターは“理解している”。この少女が、ヒョウガの動きを止める存在だと。ヒョウガの表情が、わずかに揺らいだ。


「っ……!」


 その一瞬の迷いを逃さず、ディザスターは再び襲いかかる。少女を掴んだまま、腕ごと叩きつけるように振るう。

 ヒョウガが反撃の構えを見せれば、すぐさま少女を盾のように突き出す。戦場の空気が、明確に変わっていった。


「グハッ……!」


 隙を突かれ、ヒョウガがディザスターの蹴りをまともに受ける。そのまま大きく吹き飛ばされ、今度は受け身も取れず地面を転がった。


「ヒョウガ……!!」


 空気が変わった。さっきまで優勢だったはずなのに、一瞬で形勢が逆転する。

 加勢するべきか――そう考える。

 だが、人質がいる以上、下手に動けば少女が危ない。むしろ刺激して、握り潰されでもしたら終わりだ。

 万事休す。そう思った瞬間、脳裏にあの時の光景がよぎった。

 ――最初に石を使った時。

 青く光った石。そして、離れた場所にいたヒョウガへ届いた“衝撃”。


「……もしかして」


 俺はディザスターを見る。倒れたヒョウガへ止めを刺そうと、怪物はゆっくり歩いていた。

 俺は腰の錆びた剣へ手をかける。鞘を押さえ、柄を強く握った。

 ――あのディザスターを斬る、“武器”として。

 その瞬間、剣が青白く輝き始めた。


「なんと……!」


 タナシマが目を見開く。ディザスターもまた、突然湧き出てきた聖力に反応したのか、慌ててこちらを振り向いた。


「貴様……何を――」


「ヒョウガ。ここは俺に任せてくれ」


 ディザスターは再び少女を脅すように掲げる。だが、むしろ好都合だった。

 狙うべき場所が、ハッキリと見えるのだから。


「ハアアアアアアアアッ!!」


 居合のように、一気に剣を抜き放つ。

 あの時の石は、遠く離れたヒョウガの剣へ衝撃を飛ばした。

 『触れた武器を聖剣化する』のは、おそらく副次的な現象。

 俺の聖剣そのものの力は――“斬撃そのものを飛ばす力”。

 次の瞬間、青白い斬撃の光が、一直線にディザスターの腕を走り抜けた。

 ズバッ――と。

 まるで空間ごと断ち切られたみたいに、巨大な手首が宙を舞う。

 一拍遅れて、怪物が絶叫した。自分の手が斬り落とされたことを理解したのだ。

 ヒョウガは即座に飛び込み、落下する少女を抱き留める。そのまま優しく地面へ下ろした。そして振り返る。怒りを宿した青い瞳でディザスターを見据えながら。

 当のディザスターは手を斬られた事への怒りに震えている。その元凶が俺だということを直ぐに理解し、こちらに向かおうとした。


「私の事を忘れないでもらおうか――災厄(ディザスター)


 氷結剣が、背後から怪物を貫いた。すでに全身へ広がっていた氷が一気に内側から侵食する。耐えきれずそのディザスターは完全に凍りついた。


「オラァッ!!」


 俺はそこへ追撃を叩き込む。青白い斬撃が凍った巨体を砕き、ディザスターは粉々に崩壊した。


「よっしゃあ!!」


 俺は勝利を確信し、思わず声を上げる。すると、ヒョウガがこちらへ歩み寄ってきた。


「おい、"アスター"」


 ヒョウガが、初めて俺の名前を呼ぶ。


「……その、感謝する。貴様のおかげで、ディザスターを倒すことが出来た」


 なんと喜ばしいことか。

 ついに、終始俺をディザスター扱いしていたヒョウガが、心を開いて俺を認めてくれたのだ。


「礼には及ばない――俺たちは、仲間だろう?」


「か、勘違いするな!そこまで認めた訳ではないッ!」


 顔を赤くしながらヒョウガが叫ぶ。どうやら完全に心を開いた訳ではないらしい。

 まだ何かが足りてないのだろうか。そう考えた時、ふと思い出す。ヒョウガは、アリスを褒める話になるとやたらテンションが高かった。

 つまり、アリスを称える事こそ、ヒョウガ攻略の鍵なのでは?俺は真理へ辿り着いた。ならばやるべき事は一つ。人間賛歌――改め、“お師匠賛歌”だ。

 俺は腕を天高く上げ、大きく息を吸い込み、熱唱リベンジをしようとした、その瞬間。

 今しがた倒したディザスターの残骸から、赤色の煙が立ち昇る。煙は生きているみたいに蠢き、そのまま俺へ纏わりついた。

 まさか、またあの声が聞こえるのか?と、そう思った直後。視界が、真っ白な光に包まれた。


「なんだ……!?」


 眩しさに思わず目を閉じる。そして再び目を開くと――そこは、見知らぬ空間だった。

 白い霧が漂っている。足元は柔らかく、まるで雲の上に立っているみたいだった。現実感のない、静かな場所。

 そして、そんな空間の中心に一人の女性が立っていた。


「はじめまして。ようやく会えましたね」


 その姿を見た瞬間、俺は目を見開く。――村で見た、“始まりの聖剣士”の銅像。

 目の前の女性は、その姿と瓜二つだった。

アスター

――斬撃を飛ばす力を持つ?

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