尻軽女は薄氷の上に佇む
「ところで、カナは修学旅行に参加できるの?」
ベッドの中でそう問われて、質問の意味を考える。
飛行機の距離を移動、自由の利かない班行動、選べない宿泊場所……
「もしかしたらできないかもしれない」
「だよなあ。今より強い薬もまだ無いし、参加するなら主治医の先生に相談しておいたほうがいいよ」
途中で発作が起きた場合の対策がとれないなら、修学旅行への参加は現実的ではないだろう。
現地の土地勘はないし、宿泊するホテルでアキ君と同室になることはない。
「お医者様に相談してダメそうでも我慢してなんとかならないかしら」
「さっき無理してリビングでのたうち回ってベッドに運ばれた人は信用できない」
だから聞いたんだよ、とアキ君は付け足した。
やっぱりそうだよね。
なんにせよ病院で相談は必要だけど、今のところ新しい薬の話は全く進んでないので期待できない。
担任に言って今の特例をそのまま適用してもらうわけにもいかないよね。
現在学校では私とアキ君の同棲が特例として認められている。
私の保護者が数年帰国できず、頼る親戚も近くになく、男性恐怖症により単身での電車通学はできないと診断書が提出されている。
あと発作のほうも別に診断書出してもらってる。原因不明で前触れなく激しい頭痛が起き、ひどいときは倒れることがあるって内容のやつ。
親しい同性の友人は私の救助には向かない小柄な体格だし、休学期間があっても成績優秀者として変わらなかったこと、私もアキ君も非常に真面目な生徒であるという評価だったので、一緒に暮らしても間違いは起こさないだろうと最終的な判断をされたようだ。
真面目に見えるだけで実態がそうかと言われると疑問があるが。
実際私がひとりで通学の電車に乗れないのは本当だし、行きも帰りもアキ君に付き添ってもらっているので学校に嘘を言っているわけではないのだけど。
えーと、これから連休があって、来月末に班分けがあって、再来月末に修学旅行よね。
参加不参加の判断は来月中にはしないといけないか。
そう考えるとあまり時間がない。
「どうしても修学旅行に参加したいなら、連休潰して入院してきたら? 検査するならそのほうがいいって言われてたと思うし」
「そうね、休みがちょっと勿体ないけど考えてみる」
「それでもだめなら、俺も一緒に留守番ってことになるし、修学旅行先へは夏休みにふたりで行こう」
ああ、そうなるか。
確かに私を置いては行かないよね。
友達と一緒に旅行したいってことならそれでもいいのか。
それはそれで楽しそうだけれど、今それを約束したらそれも叶わなくなるのかな。
あのときまた行こうって約束をしなければ、今みたいに苦しくならなかった?
私の体が強張ったからだろうか。抱きしめる腕の力が強くなった。
「高梨さんのこと思い出してた?」
「……うん」
「落ち着くなら、このまま話していいよ」
「ごめんね」
「カナの好きな高梨さんが俺の中にも残るなら嬉しいし気にしないで」
もう何度も同じ話をしているのにアキ君は必ず聞いてくれる。
壊れたレコードみたいだと、嫌になったりしないのかしら。
甘えることに慣れて、ある日アキ君がいきなり失われるようなことがあれば今度こそ私は死んでしまうから、もっと厳しく接してくれてもいいのに。
この狭い腕の中にしかない安心は、いつまでここにあってくれるのだろう。
定期検診のタイミングで入院と修学旅行のことを切り出してみたら、お医者様が早速入院の日程を組んでくれた。
去年から可能なら検査入院してほしいって言われてたしね。
しかし修学旅行は許可できないという。
入院中に効果的な薬が見つかったとしても、翌月修学旅行に参加して問題ないなんて太鼓判を押すことはできない、という話なのでそれもそうだなと思う。
どこにでも自由に行ける体になるために、今回は我慢するしかなさそうだ。
本当にそんな体になれるのかはわからないけれど。
処方箋を待つ間にアキ君に連絡し、病院の外で合流する。
「入院日程決まったよ」
「じゃあ準備しないとね。前の入院のときは秋だったから、新しく買うものはないかな?」
「前のときかなり手持無沙汰だったから手芸屋さん行って毛糸を買いたいかも。編み物くらいならベッドでもできるでしょ」
「点滴あったら編みにくくない?」
あるのかしら点滴。
検査入院だし食事制限もないから、具合が悪くなるくらい強い薬を使った後くらいかな。
そういうときはぐったりして手遊びするような余裕はないだろう。
前回の入院のときも食事制限はなかったけれど、最初の頃は胃が受け付けなくて全部吐いてたから栄養剤とか鎮痛剤とか点滴されていたし、実際にその姿を見ていないアキ君も多分話に聞いててその印象が強いのかな。
まあ意識がはっきりしているときに点滴されることがあったら脚に刺してもらえないか交渉してみよう。
「あと修学旅行は参加ダメだって」
「じゃあ担任には言っておかないと。修学旅行期間中登校するのか課題が出されるのかはわからないけれど、課題だといいな」
「流石に同学年誰もいないのにふたりだけ登校するのはちょっとね」
あの日から、楽しいと思うことに罪悪感を覚える。
だからもしかしたら、修学旅行に参加してはいけないと言われて、私はほっとしているのかもしれない。
きっとそんなことを気にしていたら絵麻さんに怒られるけれど、怒られてもいいからまた会いたい。
叶わない願い事ばかりの私の手をアキ君が握る。
いいな、アキ君は。
私と同じで叶わない恋をしているけれど、こうやって会って話せて触れることができるなんて羨ましい。
彼の恋心と親切心を利用しておいてお門違いに恨む私には、きっといつか天罰があたるのだろう。
セックスしながら色気のない話をするシーンが好きなのは、小学生の頃に読んだ赤川次郎の幽霊シリーズとか泥棒と刑事の夫婦のシリーズの影響かもしれない。
半年以内に、夜道で襲われて大怪我する→同性の友達に性的に襲われる→心を許している人が消滅する、の3コンボくらってたら今も引きこもっててもおかしくないくらいボロボロになると思うので、助けがあるとしても通学できてる鹿波さんは自覚がないだけでメンタル強め。




