ヒーローは休みを持て余す
カナが入院したのでGWは実家に帰ることにした。
今回は面会の制限がないので隔日で行くつもりだけど、カナの家からより実家から行くほうが病院は近いのだ。
しばらくぶりに顔を合わせた母親が、随分肌艶が良くなってるとからかってくる。
実家と違い、向こうでは食の細いカナに合わせてゆっくりご飯を食べているのでその影響かもしれない。
普段食べてるものの話や覚えた料理の話をすると驚かれた。実家にいるときは料理なんてしてなかったからな。
好き勝手してるのだから、帰ってきてる間は夕飯くらい作りなさいと言われたので了承しておく。それくらいはしないとバチが当たるだろう。
持ち帰ってきた連休中の課題を置きに自分の部屋に入ると、灯りがついたことに気付いたのか、唯花から窓を開けるようにメッセージが飛んできた。
気が進まない。が、無視するわけにもいかない。
隣の家に面した窓を開けると、唯花が待ち構えていた。
「おかえり」
「ただいま」
交わす言葉に変わりはないけれど、以前俺たちの間にあった空気はもう存在しない。
学校ではカナに心配かけないよう振舞っているけれど、どうにも埋められない決定的な溝ができてしまっている。
唯花はなにも言わずに消えてしまった高梨さんや事情を知っていそうなのに口を閉ざす俺に不信感を抱いているし、交際中ではあったけれどカナに対して無体をはたらいた唯花を軽蔑している俺がいる。
ただ、ひとりにしたら今のカナは死んでしまいそうだという部分だけは意見が一致しているため、別れた後も一緒にいる俺に唯花はなにも言わないし、なにもなかったかのように付き合う前の距離感でカナに接する唯花を排除することはない。
「鹿波ちゃんはもう入院したの?」
「昨日からね。休みいっぱいと休み明けも数日休んで結局2週間くらいの入院になるらしい」
「ふーん……でも入院しても修学旅行は欠席になるんでしょ。鹿波ちゃんがいない修学旅行とか私も参加したくないな」
「唯花は休む理由ないだろ」
「アキト君はいいよね。鹿波ちゃんのお世話って名目で一緒に休めるんだから」
刺々しい物言いに苦笑で返す。
今の俺たちを傍目から見て、かつて甘酸っぱい雰囲気があったなんて信じる人はいないだろうな。
「私が天音ちゃんくらい大きければ、きっと私だって鹿波ちゃんのお世話ができたのに」
「成明寺さんでも倒れたカナを運ぶのは難しいと思うけど」
入学当時より痩せてしまったとはいえ、人ひとり運ぶのは結構大変だ。
慣れた今でもカナを抱えて階段を上るのは結構怖い。
「入院してまた痩せたらどうしよう」
「そこは病院だしちゃんと管理してもらえると思うけど」
「そもそも一緒に暮らしてるのに全然鹿波ちゃんを太らせられないのはアキト君の怠慢じゃない?」
そこは言われると辛い。
食が細いのは仕方ないので栄養価の高い料理を作ったりはしてるけれど、許容してくれるのをいいことにカロリーの消費が激しいことを何度もしてしまっている。
恐らく高梨さんには見せていたような表情を俺にも見せてくれるようになり、付き合っていた頃よりも更に好きになってしまったせい、というのは言い訳にならないだろう。
それでも朝起きて腕の中にカナがいるとほっとする。
細い糸で吊られたようにぎりぎり立っていて、いつ折れてしまうかわからない、薄玻璃の美しく痛々しい彼女が無事に朝を迎えたことを実感しないと心休まらない。
俺にできることは彼女の気を紛らわせることくらいで、生きる希望にはどうしたってなれないから、余計にそう思うのかもしれない。
「いい? 鹿波ちゃんが制服のスカートをベルト無しで穿けるようにならなかったら、私も家に押しかけるからね」
「わかったよ」
それだけは避けなければいけない。
カナと唯花をふたりきりにしたらカナの心身に負担がかかる。
「……偽物彼氏のくせに彼氏面しちゃって」
大切な人を守るために身を挺した高梨さんの代わりを務めるのだ。
どんな誹りを受けても、石にかじりついてでも、カナの傍にいることを選ぶさ。
限られた時間しか面会できないもどかしさや、ひとりでの登下校に違和感を覚えながら、退院の日は妙に早く目が覚めてしまった。
寝直すには落ち着かないし、またしばらく実家には帰らないつもりだから朝食でも作ろうか。
今日カナと一緒に家に帰ったら夕飯はどうしようかな。
投薬後以外は食事制限もなかったし自由に歩きまわってて元気そうだったけれど、久し振りの家だし、個人的にしたいこともあるかもしれない。
帰り道で希望を確認してから買い出しに行くか。
キッチンで手を動かしながらそんなことを考えているといつの間にか母親が横に立っていた。
心底驚いたので包丁を持っていないときで良かった。
その後朝食を口にしながら、うちでは皿出しも手伝わなかった息子が変わるものね、と母親が呟いた。
確かに実家での自分はそうだったなと思い出す。
いい方向に成長したならきっとカナのお陰だろう。
ここ数日は投薬で会えなかったから、早く会いたいな。
だけど病院で会いたくて堪らなかったカナの顔を見て、今日退院させず入院を延長させるべきではないかと思ってしまった。
なにがあったのかはわからない。
でも辛うじて彼女を支えていた細い糸は切れ、ついに折れて砕けてしまったのだと直感する。
今のカナはなにも映さない目をしながら、ただやわらかく子供のように微笑んでいる。
もし世界に神様がいて、芦川鹿波という作品をつくっていたならば、きっとこれはひとつの到達点だろうと思うほど、彼女は美しく壊れていた。
恋人と別れた後に恋愛感情が反転してめちゃくちゃ嫌いになるあの現象に名前はあるのだろうか。




