ヒーローは夜を駆ける
-突然の手紙に驚いたと思う。
今書いている私もこの手紙が誰の目にも触れることなく廃棄されることを願っている。
だけど読まれている時点で私に不慮の事態が起き、遺言めいたこの手紙が君に届けられてしまったのだろう。
私が去った世界で君にしか託せないことがある。
私と彼女の秘密についての話だ。
俄かには信じられないと思うけれど、破り捨てず最後まで読んで欲しい。
私には前世の記憶がある。
そして鹿波さんも私と同じように前世の記憶を持っている。
私は前世で芦川鹿波という人を知っていて、今世で出会った鹿波さんが本来の芦川鹿波の性格とは随分逸脱した言動をしていたので、私と同じ転生者であると気付いた。
秘密の共有をすることで仲良くなったから、私たちは傍目にもとても親密に見えていたのでは?
ただ私の場合は前世の意識が本来の高梨絵麻の自我に乗り移っているようなもので、いつか転生者としての意識が消滅する気がしていた。
まあ消えたら届くように準備したこの手紙が届いてるのだから、もう消えているのだけど。
でもこの世界に鹿波さんを独りにしたくないから、鹿波さんに無断で、北原君には教えてしまおうと思う。
彼女は前世のトラウマに囚われて、例え襲われたときの反撃であっても人に暴力を振るうことができない。
また、自分は恋愛をしてはいけない人間だと強く思い込み、恋愛をしたら誰かを不幸にすると本気で考えている。
私にはもう不可能だけど、いつかそんな鹿波さんを救って笑顔にしてあげたかった。
前世の話は信じても信じなくてもいい。
でも、信じたふりをして鹿波さんのそばで彼女を支えて欲しい。
ヒロインを救い出すヒーローのように、私が見込んだ君なら、きっとできると信じてる。
頼んだよ。-
今日は大掃除を終えて、夜は家族で外食の予定だった。
夕方俺を訪ねてきた見覚えのあるスーツ姿の人から封筒を受け取るまでは。
裏の高梨絵麻という署名と封蝋。只事ではない予感がして、すぐに中身を確認した。
そして書いてある信じられない内容に、でもこれは事実なのだろうと思ってしまった。
高梨さんは意味もなく嘘を吐くような人ではないし、鹿波さんを大切にしていることはよく知っている。
「高梨さんは?」
「昨夜トラブルに見舞われ、長い時間伏せっていましたが、先程意識を取り戻し、この手紙を届けるよう指示されました」
「そう、ですか……手紙は俺宛だけでしたか?」
「いえ、従姉妹のアイラ様宛とご友人の芦川様宛にあり、それぞれ別の者が向かっております」
ならばすぐに行かなくてはいけない。
でも高梨さん、頼むならせめてうちから鹿波さんの家までかかる時間を考えて欲しかったよ。
外食をパスすることを親に伝え、大して気にした様子もなく送り出される。
高校生になったなら自分の判断で動け、だっけ。義務教育の頃とは打って変わって放任主義になったのでこういうときはありがたい。
急ごう。
俺では代わりにはなれないけれど、今そばにいかないなんて選択はない。
最寄駅からダッシュして、息を切らせながら鹿波さんの家の前まで来ると、車が停まっていた。
まだ使いの人が中にいるのだろうか。
インターフォンを鳴らそうとした手を止め、中からなにか声が聞こえる気がしてドアノブに手をかけると、するりとドラは開いた。
そして目に飛び込んできたのは衝撃的な光景だった。
スーツ姿の女性が玄関で謝りながら土下座をしていて、鹿波さんは手紙らしき紙を持ったままへたり込み、謝罪の声に全くの無反応でどこか遠くを見つめている。
一目で不味いと思った。
「鹿波さん!」
俺の声にも反応を示さない。
謝っていたスーツ姿の人は頭を上げて、何事かと振り向いたけれど。
この人、高梨さんのそばにいることが多かった人だ。鶴見さん、だっけ?
目が合ったので会釈をして、隙間を抜けて鹿波さんの横へ移動する。
近くで呼びかけても、肩を揺すっても反応がない。
この状態の鹿波さんから目を離すのは怖いけれど、鶴見さんに立ち上がるように促し、一度玄関から外に出た。
「高梨さんに頼まれてここにきました」
「すみません……手紙を読まれてからずっとあの状態で」
この人は俺たちの知る高梨さんが失われてしまったことを知っているのだろうか。
「あの、今日はこのまま帰ってください。きっとまだなにも聞こえない状態だと思うので。それで支障がなければ、また今度教えてください。高梨さんになにがあって、失われたのか」
「……絵麻様は、北原様にお教えになったんですか?」
「はい」
「そうですか……残った絵麻様からなにがあったのかは聞き及んでおりますが、私の判断では話せないことですので、許可がおりましたら必ず」
高梨さんからなにかが失われてしまったことをこの人は把握しているようだ。
少し迷うような素振りをした後、頭を下げながら鶴見さんは車に乗り込み帰っていった。
再びドアを開けて家の中に入ると、先程と変わらない様子の鹿波さんが目に入って、何事もなかったことにほっとする。
立ち上がらせて、リビングへ連れて行く。
移動中、手紙の一部が目に入ってしまった。
鹿波さんの幸せを願うだけの文言だったけれど。
でもさ、この状態から幸せにするってなかなか厳しいと思う。鹿波さんの幸せの中には絶対高梨さんが必要だよ。
ソファーに座らせて、そのまま体温を分け与えるように抱きしめた。
まるで血が通ってはないかのように体は冷たくて、このまま鹿波さんまで死んでしまうのではないかと不安になる。
これが正解なのかはわからないけれど、高梨さんがこの場にいてこんな様子の鹿波さんを見たら抱きしめて只管待つだろうと思った。
何時間でも一晩でも抱きしめて、頭を撫でて落ち着かせようとする筈だ。
今この場所でこんなにも無力なのにヒーローになんてなれないと自嘲する。
そして気付いてしまった。
できれば気付きたくなかった。
こんなにも深く想い合っていたふたりに対して、俺の想いなんて一欠片も敵うことがないのだと。
これから先、未来永劫、彼女の一番にいるのは高梨さんだけ。
入れ替わったりはしない。
だけど、俺しかいないと見込まれて大事なものを託されたからには、期待に応える努力はしよう。
最初から彼女の一番になれるなんて思ってはなかったのだし。
昨日グリル鍋を衝動買いしました。
たこ焼きプレートつきだから小さいアヒージョやりたい。
日本酒も買ったし。




