転生令嬢の守るもの
常に最悪を想定し、行動する。
それはなかなか難しいと常日頃から感じている。
私にできることと言えば、これは使わずに済めばいいなあと思う気休めを準備しておくことくらいだ。
人の上に立ち、まとめ上げ、ときに非常な判断をも下す。
私はそういった人間になれる器ではない。
今日これから出席するパーティで着るように指定された衣装が視界に入る。
どのような催しなのかは教えてもらっていないが、恐らくこれは父の後妻の衣装よりも格の落ちる振袖なのだろう。
私が後継者から駒へ落ち、新たな後継者が誕生したことをお披露目する。そのようなところだと予想している。
気にかかる点といえば、私のSPは全員待機命令が出ており、パーティへの出席が許されていない辺りか。
ずっと鶴見が父の秘書へ抗議を入れていたけれど、ついぞ許可が下りることはなかった。
自宅の宴会場で行われるのだから命まで取られることはないだろう。
いくら親子の情が皆無だったとしてもね。
命を取られることも想定しているけれど、可能性は低いと思う。
そのときはもっと人目につかない安全な場を選ぶでしょ。
鹿波さんがクリスマスにくれた帯留めをつける。
酷いことを言われたりしても、きっとこれは私の心の支えになってくれる筈だ。
パーティ会場に足を踏み入れると、私に視線が集中するのがわかった。
なんだろう、なにかがおかしい。
記憶の底をひっくり返して確認すると、親戚にあたる参加者は皆無のような気がする。
それに会場内に女性はおらず、全て父より年上に見える男性ばかり。
舐めつけるような、品定めするような不躾な視線の中、あからさまに私を見下す視線の先を見据える。
会場の奥で父はひとりだった。
てっきり後妻と弟が隣に居るものだと思っていたのに。
「お久し振りです、お父様」
「ああ絵麻。顔を合わせるのは久し振りだけど元気にしていたか?」
「おかげさまで」
なにも知らぬ人間が見れば、ちゃんと親子のように見えるのだろうか?
優しげにしながら全く笑っていない父の目は、私に情なんて持ち合わせていないと雄弁に語っているのに。
「ところで今日はなんの催しものなのでしょう?」
「それはまたあとで説明する」
あ、宴会場の扉が閉まったわ。
外界と断絶されたような、なんだか息が詰まるような気がする。
「本日の主役とゲストも揃ったところだ。まずは乾杯といこうか」
「さて、どこから話したものか。お前に弟が生まれたのは知っているね?」
「ええ勿論。おめでとうございます」
「それでありがたいことに息子にも娘にも縁談が舞い込むようになってね。どれもいい話だからまだ決めかねているんだが」
流石に高梨家本家の息子となると乳児の時点で縁談があるのだな。
私の縁談は、跡取りではなくなったからこそ増えたという感じか。今までは婿取りだったからね。
「だから縁談を申し込んできた家の家長を招き、直接お前が家人の嫁に相応しい娘なのかを確認してもらう。それが本日の趣旨だ」
鹿波さんを傷付けてまで私をこの場に呼びつけたのに、それだけとは思えない。
「どのように確認をなさるのでしょう?」
「なに簡単なことだ。お前はここで服を脱ぎ、ゲストの方々が満足されるまで味見されていればいい」
……血の繋がった父親に、おっさんどもの慰み者になれと言われたときは、どんな表情をすればいいのだろう。
「お前の周りにいる人間の影響を受けて、今日までに婚前交渉などされてはたまらなかったからな。悪い遊びを教えられる前に対処できて本当に良かった」
「私の駒としての価値を一晩で使い潰すおつもりですか」
「充分なリターンは見込めるし、生娘でなくなってもまだ利用価値はある。私はこれでもお前の持つ俯瞰的な視点を少々評価しているんだよ」
怒りを表に出してはいけない。
目の前の人の形をした鬼に、私の逆鱗を晒してはいけない。
きっとこの流れは描かれてはいないだけで原作にもあったのだろうね。
だから絵麻はあまり男っぽさのない優しい主人公に惹かれて、恩を売るためだけに下位の家との縁談を組まれた。
縁談に逆らった頃にはもう大して利用価値もなかったから父に見逃してもらえたのだろう。
「ひとつお願いをしてもよろしいでしょうか」
「なんだい?」
「私がこれから……ゲストの方に満足いただき宴が終わるまでに泣きも叫びもしなければ、私のお友達には二度と手を出さないでください」
「それはなかなか面白い遊びになりそうだ。よし約束しよう」
泣きも叫びもしない女を泣かせたいと非道な行為はエスカレートするだろうが構わない。
これ以上鹿波さんに手出しをさせるものか。
さあ精一杯笑って、強気に逝きましょう。
「それではお父様、御機嫌よう」
私のためのステージで帯留めを帯紐から外し、失くさぬよう握りしめる。
帯を解いたところで私を求める腕が四方より伸びてきた。
腕の波の中に、この場には似つかわしくない、見覚えのある男がいる。
夏に鹿波さんと泊まったホテルの支配人ね。
あなたが鹿波さんの情報を父へと伝えたのかしら?
そうじゃないとご褒美にこの場に呼んでもらえたりしないわよね。
思考が乱されている。
例えばこれで鹿波さんの心へもっと寄り添うことができるかしら、とか。
男としての私は恐らく今夜消滅するから、もう寄り添うことはできないとか。
私が消えたら本来の絵麻はどうなるのだろうとか。
残される絵麻の心を守るために、限界ぎりぎりまで苦しみは私が全て受け止めようとか。
痛みを伴いながら私が抉じ開けられる。
今まで漠然と感じていた、男に抱かれたら男の私が消えてしまうようなイメージは、予感だったのだと確信する。
だけどこの宴が終わるまでは意識を保って持ち堪えなければいけない。
夜はとても長いのだ。
甚振られていても、目を閉じれば思い浮かぶのは鹿波さんの幸せそうな笑顔だ。
変な話だけど、私は今安堵している。
うっかり自分の想いを告げることなく、この世界から消え失せることができる。
きっとこの想いが伝わればあなたを困らせてしまうだろう。
邪魔になるならば排除すると思いながら接触して、持っている雰囲気にいつしか惹かれていて、今では一番守りたいと思っている。
だけど私の気持ちなんて些細なもので困らせたくない。
鹿波さんにはもっと幸せになってほしい。
ねえ、私は、大切なあなたを、ちゃんと守れたのかな?
手の中で汚れることなく綺麗なままの帯留めが、私の問いに答えてくれたような気がした。
◆◆◆
目を覚ますと、横で泣いている人がいる。
私は……ここは私の部屋?
泣いているのはSPの鶴見だ。
少しずつどうして私がここにいるのかを思い出してみる。
そうだわ。お父様に駒として使われたの。
それで私は輪姦されて……でもおかしいわ。恐怖も悲しみも感じない。
まるで私のような私じゃない誰かが、苦しみを引き受けてくれたような……擦りガラス越しの出来事のようにしか思えない。
体を起こして確かめるように呼びかけてみる。
「鶴見?」
「絵麻様!」
私は鶴見を知っている。
でも実感がないというか、データとして残っているというか、鶴見に対する感情が伴っていない。
軋むような体の痛みがあれは決して夢ではなく現実であったと教えてくれる。
身だしなみは綺麗に整えられ、表面上は何事もなかったみたいになっているけれど。
「鶴見が綺麗にしてくれたのね? ありがとう」
「滅相もありません。絵麻様を守れなかった私なんてSP失格です」
「仕方ないことだったのよ」
守れないようにしたのは父なので気に病まないで欲しい。
ふとチカチカと机の上が光っていることに気付く。なにか通知かな?
鶴見に頼んで机の上から持ってきてもらう。
ケータイのアラーム?
私の記憶にはないけれど、ロック画面にメモが表示されている。
鏡台、隠し扉、寄木細工。
書いてあることはなんとなくわかる。確認したほうがいいだろう。
ゆっくり立ち上がって、制止する鶴見に構わず、鏡台の隠し扉を開く。中には大きめの寄木細工の仕掛け箱があり、おそらくこの中に私が知らない大事なものがあるのだろうと仕掛けを解く。
中には封筒が入っていた。
封蝋のシーリングスタンプは私のものだ。
慌てて破かぬように封を開け、中の手紙に目を走らせる。
これは私の字で書かれた、私ではない私からのメッセージだ。
長い間、私の自我はあちらが持っていたらしい。
万が一の事態のために私宛と、周囲の人間宛に遺書のような手紙を残していたと。
周囲の人間宛の手紙は別の隠し場所にあり、この手紙を読んだらすぐに届けて欲しいと書いてある。
あとは長年裏側に追いやっていた私への詫びと、なにかあれば別の人格を持っていたことを知る鹿波さんに相談するようにと、静かに締めていた。
記憶は大体共有できているようだが、抜けがある。
特に手紙に書いてあった鹿波さんという同級生との記憶は希薄だ。
恐怖や苦しみと一緒に、大切な記憶はあの世へ持っていってしまったのだろうか。
そうだとしたら、今はもういない私は、随分と彼女に入れ込んでいたらしい。
初めて絵麻さん視点を書いた頃から絵麻さんの終わらせ方をずっと考えていました。
予定通りの終わりですが、書きやすく愛着もあったので寂しいです。




