尻軽女は夏休みの宿題と向き合う
「うーん胸糞」
読み終わった文庫本を閉じて横に積む。
これで読書感想文は書けそうにない。
創作物に出てくる小説はタイトルそのまま書かれているタイプと名作をちょっともじったタイトルにするタイプがあるけれど、この世界は青空文庫に入っているような小説はタイトルそのまま、それ以外の小説タイトルはもじる、という混合型っぽい。
死んだ作家はともかく、生きている作家さんだと同じ人が違う世界に存在することになってしまうものね。
ただタイトルがもじってあっても内容はそこまで変わらないので、生前読んだことがある本は除外して、元ネタも名前も全く知らない作家を掘っている。
今読んだのは暗く澱んだ悲劇を書き連ねれば面白いと思っているタイプの小説で、私の好みにはそぐわなかった。
それでも文庫になって本屋の平台に置かれていたから人気はあるのかもしれないけれど。
氷の溶けた麦茶を飲み干して、次の本を選び始める。
宿題そのものはそれほど量がないが、レポートや感想文など自分で書く必要のあるものの比率が多い気がする。学校の特色なのかな。
博物館や美術館へ行くノルマもあるね。どんなジャンルでもいいみたいだから、来月頭から絵麻さんと行く旅行で埋めてしまおう。
先生方に渡されたワーク類は早々に終わらせた。
あとネットショップのほうも商品を充実させた。
いいよね夏。若い女の子が夏祭りに行くけれど好きな人に会うかもしれないからちょっと個性的で手頃なアクセサリーが欲しいとハンドメイド作品ショップを覗く季節だよ。
シーズンイベントは多々あれど、休みも絡むせいか夏とクリスマスは本当に美味しい。
先日トップページのシーズン特集に載ったため、急増した黒字分でありがたく消耗品を補充させてもらった。
いいものを作っても人の目にとまるとは限らないので、毎月両親から振り込まれる生活費を削らずにハンクラをやれているのは運がいい。
とはいえ生活費も毎月余っている。生前の感覚ではちょっと贅沢に暮らしているのだけど。
生前を思い出す前の鹿波はそんなに家事得意な子では無かったから外食分上乗せされてるのかな。
いやでも今も特売で買いだめしてまとめて作り置き冷凍とかはしているけど、ノリでコスパ悪い料理もするし、外食するのとそうは変わらないか。
まあ余る分は貯めておけばいいね。急に怪我したり入院とかして大金が必要になっても、両親がすぐに来られるわけじゃないし。
夏休み最初の週は宿題集中期間と称し、例え唯花ちゃんであっても家に入れないと言ってある。
宿題は捗るけれど最近賑やかなことが多かったので少し静かに感じて、音量を絞ったラジオを垂れ流している。
唯花ちゃんも北原君と宿題頑張っているかしら。
確かレポートのために県境辺りにある山に行くとか言っていたな。可愛い野草を観察するのだろうか。
野山の花は華やかではないけれど可憐で良いよね。
ラジオから流れる子供が夏休みに冒険する歌を聴きながら、唯花ちゃんが小枝を持って振りながら山道を行く想像をする。
楽しそうだな。次に読むのは冒険小説なんてどうだろう。
と、目眩を感じたので薬袋を引き寄せて処方された薬を飲む。
暴力や性行為をしたときに分泌される脳内物質の発生を促す薬らしい。
友達への執着程度だから薬でなんとかなるけれど、恋でもしたらこれだと効かないとか。恋をしてなくてよかったね。
根本治療と称して大切なものを増やして、感情の分散ができないかと言われたけれど、今のところ唯花ちゃんのことを考えたときだけしか目眩が起きないので、大切なものを増やすというのは難しいらしい。
絵麻さんや北原君や加賀さん、好きの範疇にはいるけれど執着はしてないっぽい。
そもそもどうして唯花ちゃんなのだろう。
私は唯花ちゃんのなにに執着しているんだ?
仲良くなりたい、というのは概ね達成している。
一緒にお泊りはなんだかんだとまだしてないけれどそのうちできるよね。
修学旅行ぼっちルートは学年ごとのクラス替えもないし回避できそう。
個人間の感情ではないのだろうか?
例えば、唯花ちゃんがこれから成すことを見たい、とか?
マンガの展開にあった学校のアイドル化?
でも今の様子だと急にそんな流れにはならなさそう。私が日常的に可愛いと言っているから、周囲に煽てられたくらいでお神輿になったりはしないでしょ。
あの展開、北原君と唯花ちゃんが疎遠になるきっかけだから嫌いなのよね。
唯花ちゃんが北原君と付き合い始めるところを見たい?
あるとすればこっちなのかな。
女友達の想いが報われる瞬間を見たいのかもしれない。しかも普通の恋愛と違ってマンガの通りなら、ふたりはずっと幸せって決まってるんだよ。
それって唯花ちゃんは、私のできない恋を代わりにしてくれる相手ってこと?
……あまり深く考えないようにしよう。
ひとりで自己嫌悪に陥りたくない。
本を探すのを中断して、一息入れることにした。
まだ夏休みが始まって数日だ。
序盤から精神的に躓くのはよろしくない。
翌週、目標通り月内でレポートも読書感想文も目処がたった。
博物館も旅程に組み込んである。
つまりほぼ1ヶ月の自由時間を得た。
とりあえずどうしよう。
手芸店に赴くか、家にある材料で手慣らしするか。
それともおかずの作り置きを増やしておくか。
数日後には旅行なのであまり意味がないか。
じゃあ今日はちょっと手のかかる夕飯でも作る?
やりたいことが溢れてくるのはいいことだ。
明日も明後日もたっぷり時間がある。
今日は出かけるには微妙な時間だし、多めに買い込んである鶏肉をカレー粉と調味料を混ぜたヨーグルトに漬けて、寝かせてる間にショップ用の商品でも作ろうかな。
予定が決まったので唯花ちゃんと北原くんと絵麻さんにメッセージを送った。
『本日の夕飯はタンドリーチキン。たくさんあるので予定が合いそうなら食べに来る?』
先週誰とも会ってなくて、実は少し人恋しいのだ。
なお呼んだ人はみんな来た。
唯花ちゃんと絵麻さんはタッパー持参だった。
お嬢様もタッパーを使うのか。
高校時代いたリアルお嬢様方は外食好きでしたね。回らない寿司とか銀座でうなぎとか。
学校帰りに肉まんを買い食いするかで悩んでた自分との差が激しい。




