転生令嬢は観察する
旅行が決まってから、加賀がキモい。
見るからにテンション高いし、表情に締まりがない。
他のSPからも苦情が入っている。直接言ってほしい。いや、言った後なのかもしれないけれど。
元々加賀はもっとなにを考えているのかわからないタイプだった。
仕事はきっちりするし、笑顔は絶やさないが、本心は全く見えない、ちょっとミステリアスな男だったのだ。
鹿波さんの相手役に立候補したときも珍しいなと思ったけれど、年相応に見えない美しい彼女の隣に立っても見劣りしないし有能だからまあいいかと選んだ結果、光の速さでマジ惚れした。
傾国、弁天、もの言う花。
美しさで言えば原作トップ、もしも性格さえ良ければ相応の人気を誇ったであろうキャラクター。
その「もしも」を体現するとこうなるのか、と実感している。些か情を交わし過ぎだとは思うけれど。
男たちは鹿波さんに溺れ、ライバルに気を張っているというのに、鹿波さんときたら向けられている矢印にとんと無関心だ。
自分が惚れられているなんて考えは最初から除外されている。
明日から相手役を加賀ではない人に交代すると言っても、なにもないように受け入れて、新しい相手とも抵抗なく寝るのだろう。
私は前世で、女子との縁なんて無かった。
学生時代はマンガ好きの隠キャ仲間と喋るだけ、社会人になったら家と職場を往復するだけのモテない男だった。
だから一般的な女子について詳しいとは言えないが、それでも鹿波さんは異常なほど自分自身に関心がないと思う。
献身的とも捨て鉢とも違う。自分を大切にするという意識がこの世に存在していないかのように振る舞っている。
それを私がどうにかできるわけではないけれど、加賀と一緒にいることで少しずつ芽生えていったらいいと思ってた。
だから加賀を応援するために今回の旅行を計画したわけだけど、どうにもこうにも加賀がキモい。
最初に鹿波さんから話を聞いたときは北原最悪だと思ったけれど、今思えば全く振り向いてくれない女の子の気を引こうと、唯一気を引ける話題を話すしかない可哀相な男だった。見ようによっては健気だ。どう見てもストレートに告白して気持ちが通る相手じゃないしね。
加賀は北原よりは楽観的に構えている気がする。今はビジネスライクでも関係を重ねていけばいずれ振り向くだろう、みたいな。それで振り向くなら北原も苦労してないと思うのだけど。
加賀は悪い男ではない。遠いけれど高梨の親戚筋にあたる家の人間なので身元もはっきりしている。
ただこうして浮かれるだけの彼を見ると、人選や旅行の計画は間違いだったのかもなあと思う。
いっそ加賀が思い切り鹿波さんを傷付けて、その傷に北原が寄り添ったほうが、鹿波さんは幸せになれるのではないだろうか。
大事な友達を傷付ける、なんて想像する私も悪い男かもしれない。
旅行用に仕立てた正絹の絽の着物を纏い、鹿波さんを迎えに行くために車に乗り込んだ。
流石に明日以降は洋装やカジュアルな着物が増えるけれど、今日は泊まるホテルの支配人に挨拶をしなければならないので、きちんとしている必要がある。必要なことだけど面倒だね。
運転席に加賀、助手席に女性SPの鶴見、後部座席は私と鹿波さんだ。流石にお金持ちでも長い車に乗ったりしないよ。道中に山道もあるし。
残りのSPは前後を固める別の車で来ている。若干仰々しいかなあと思うが、今回はあちらに着いてしまえば警備は最小限の交代制で残りは自由時間の社員旅行みたいなものだ。
家から出てきたところを回収して、眠いのか若干うつらうつらしている鹿波さんを寝かせてあげる。
寝ているので見ないと思うけれど、加賀があのにやけ面を感じさせないスカし顔をしていて、いつ鹿波さんが起きてもいいように待機しているんだなとわかるとキモい。
「絵麻様、顔に出てます」
助手席の鶴見が振り向き、表情を指摘された。前面的に嫌悪感が出てしまっていたらしい。
「確かに近頃の加賀は気色悪いですが」
顔色一つ変えずにばっさりと切る。
成程、相手に伝わらないようキモがらないといけないのだな。
「散々な言われようですね」
「あなたは妙に聡いので顔に出さずとも伝わるでしょう? 一回り以上離れた女の子に夢中になっているロリコンだとか、職場株価急落の男とか」
「鶴見先輩、容赦がない」
「同僚による客観的意見よ」
鹿波さんが熟睡しているからいいものの、随分な会話だなあ。
体の関係がある人でもそこまで中身に興味を持たない人だから、笑って聞き流しそうな気もするけれど。
「実際私のところにも、加賀がスケコマシでどうのこうのと現場報告が来ているわけだから、普段からもうちょっとシャンとしてね」
「絵麻様」
「あら失礼。悪い言葉だったわ」
「高校に入られてから表情が豊かになられたのは良いことですが、高梨家のご令嬢としての意識はお持ちくださいね」
うっかり飛び火したわ。
口頭注意だけだけど。
「お嬢様が性に合ってないって、鶴見ならよく知っているでしょう? 演じるところではきちんと演じます。だから友達と一緒のときくらいは見逃して頂戴」
「……わかりました」
鶴見は私が前世の記憶を思い出した直後くらいからいるSPで、年の離れた姉のような存在なので、人一倍私のことを心配しているのだろう。
実際、私は将来逃げる気満々なのだけど。
どう頑張っても私は男には戻れない。このまま女として生きていくことには納得している。
だけど結婚して子供を作る、ということは、いくら悩んでも許容できなかった。
家の為には優秀な駒でなくては。ここまで不自由なく育ててもらった恩もある。
だけど男性とまぐわったそのときに、男としての私が永遠に失われてしまう。そんな気がするのだ。
もし私が男として生まれていたのなら、相手は男でも女でも気にしなかったかもしれない。それなら誰と寝ようと私が男である事実が揺らぐことはない。
ずっとひとりで怯えていた。
私の記憶はただの妄想なんじゃないかって。
男だったと思い込んでいる異常者なのかもしれないって。
高校に入学して、記憶通りの登場人物たちを見てほっとした。
マンガの通りに動けば私は無事に逃げられるって。
だけど鹿波さんの存在は予想外だった。
憎い、とも思っているのよ。あなたが自由に動いたせいで私は逃げられないかもしれないと。
だけど私にとっては鹿波さんの存在が救いでもある。
あなたが同じマンガの読者だったから、私の前世も存在していた。これは異常者の妄想なんかじゃない。
それに、もし逃げることが叶わなくても、今の私が失われてしまっても、鹿波さんがかつて男だった私を覚えていてくれるだろう。
だから今は前ほど怖くないのだ。
人に関心のない鹿波さんだけど、高梨絵麻の中から私が失われたときは、絶対気付いてくれる。
それはベストではないけれど、ひとりでいたときに比べたらモアベターな結末。
あなたは少し憎らしくて、とても愛おしい。私の一方通行な気持ちを押し付けたりはしないけれど、最期まで大事な友達として過ごさせてね。
高速道路の最後の休憩所に入る辺りで鹿波さんが目を覚ました。
「もう着いた?」
「まだだけど、随分ぐっすりだったね。あまり寝てないの?」
「友達と旅行って初めてで、楽しみで寝られなかった」
「そうなんだ。この後は休憩ないから顔洗ってくる? 高速降りてからまだ少しかかるし」
「そうする。喉も乾いたしね」
平静を装いながら見送って、姿が見えなくなってからにやける。
良かった。結構無理に誘ってしまったけれど楽しみにはしてくれてた。
しかも友達と旅行は初めてだって。
嬉しいなあ。
しかし前世でもしてなかったのだろうか?
私たちは元々どんな人間だったのか教え合ったことがない。
手芸は前から好きだったと言っていたけれど、他のぽろりとこぼれた情報からあまり幸せな人生を送っていなかったんじゃないかと思っている。
自分の貞操を重要視してないスタンスは恐らく前世からなのだろう。
きっと今世は、普通に幸せになりたかったんじゃないかな。作中では全く触れられてなかった体質のせいで望むこと自体がハードモードでも。
私が協力したから、それでもかなり楽になったのかしら?
私は自分を犠牲にして誰かを助けるとかはしないけれど、今の権力とお金が使えるうちはなるべく鹿波さんと楽しいことをしよう。
今ここにいる私を覚えていてくれるはずの人を、私より先に失うわけにはいかない。
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。今回の旅行は本当に楽しかった。
別荘があるから子供のころから何度も来ている土地だけれど、こんなに楽しかったのは初めてかもしれない。
トラブルといえば、うっかり鹿波さんをひとりにしておくといつの間にかナンパ男に囲まれていたり、4日目辺りから私宛に届く唯花ちゃんからのメッセージが病み始めてきたりしたくらいだ。
これは次回、グループ旅行にしたほうがいいかもしれない。
夏休みが終わればイギリスからアイラも転入してくるわけだし、秋の終わり頃に紅葉を楽しみに来ようか。今回は行かなかったけれどうちの別荘には立派な並木道があるし、窓から山の紅葉もよく見えるのよね。
そういえば唯花ちゃんからのメールが病み始めたのって、鹿波さんを寝かせない加賀を部屋から追い出して、私と一緒に寝るようになった辺りからのような気がする。
女の勘というやつなのか。
鹿波さんも唯花ちゃん大好きだけど、唯花ちゃんの鹿波さん好きもかなりのものだからね。
あそこでカップル成立したほうがいいのでは?
どちらも恋じゃなくて執着のような気はするけれど。
外側から見てる限り、唯花ちゃんは鹿波さんと北原が付き合い始めたりしても、好きな人たちと一緒にいる時間が増えるくらいにしか思わなそう。
というか、あんなに鹿波さんばかりを見つめている北原の隣にいて、北原の気持ちに気付いてない、ということは考えにくい。
休み中に会う機会があったなら、ちょっと確認してみるか。
ちょっとだけ陥れようと考えていた未来の婚約者とも予定通り会い、挨拶と軽い雑談をしたけれど感じが良く友人にはなれそうな人だった。
物語は既定のルートを外れ、今では私があの人と婚約するのかどうかも分からない。他にちょうどいい人がいないなら、あの人に決まるだろうけど。
楽しいことを沢山したら少し心境の変化も起きた。ひとりで孤独に物語をなぞろうと思っていたときより、未来がわからない今のほうが好きかもしれない。
まだ逃げることは諦めていないが、最終的に逃げられなくていつか私が絵麻の中から消えてしまっても、人生悪くなかったと思えるくらいには限られた時間を楽しめたらいいな。
パースニップ本編終了直後、予定外で那須に行きましたが、次は予定を立ててゆっくり行きたい場所でした。
なので旅行先のイメージは那須高原です。




