004:くーちゃんと妖精と不穏当
この世界は、ゲームだ。イベントをこなし、フラグを立て、己の技量と本質と運を問うものでしかない。
それを人生と言うハードにコンバートした、とんでもない駄作。自由度を上げ過ぎ、プレイヤーの数も管理せずにバランスが崩壊した代物に過ぎない。
あらゆる技術はスキルとして可視化され、己を成す身体能力すらもステータスと言う形に具現化されている。分相応の技術を振りかざす事は出来ず、世界は必ず対価を求める。
努力と言うものが形を成した、経験値と言うものを。
故に求める。己の努力を認める数値を。そのリソースを喰らい合う。人非人であらば斬り、己に害を成すのであれば穿ち、益が絡むのであれば叩き潰す事に躊躇は無い。
それは人生と何が違う。所詮、己が踏み越えた屍など、人とも獣とも思わないのが人間だ。そうであるからこそ人間は生きてきた。それが巧みに内部処理されていたのが、「現実」と言うとの。今の状態など、隠されたものが取り払われ、打ち倒すものがめいかくになったのみ。これぞソフトを劣化させた人生。人が人として生きる事には何も代わりはしない。恐れ、悲しみ、嘆き、何一つ必要無い。何時か至る道に違いは無いのだから。
「――なんだこりゃ」
呟き、本を閉じる。自然と漏れる溜め息は、呆れと疲れが混じっていた。
俺の溜め息に気付いたのか、相方が焚き火の橙色に照らされた瞳を向ける。
「くーちゃん、何読んでるの?」
「そこらに落ちてた本。読むか?」
「うん。貸してー」
手を差し出す相方に、件の品をひょいと投げ渡す。中身をちらりと見て、珍しく笑顔が曇る。
「んー……うわ、この手のかぁ」
「どうせ【執筆】上げのために書いたものだろ。火種にでもしちまえ」
スキル【執筆】を上げていくと、文章を書いている時のみ速度が上昇する【高速執筆】や、執筆しながら別の行動を行える【平行執筆】などの特殊身体強化スキルに繋がる。また、魔術師系スキルを複数取得していれば、使用した者に特定のスキル経験値を与える【教本作成】なとを使うことも出来る。
尤も、スキルレベルが上がる条件は未だに謎に包まれているのだが。数億文字書いても上がらないとも、書き初めて数ヶ月でレベル上限に達したとも、謎が多いスキルだ。
「ゲームも現実と一緒とでも言いたいのかな、この人。友達居なさそうな感じー」
「さてな。気にするもんじゃねぇたろ。……そろそろアンナと代わるぞ」
「ん。お休みー」
適当な言葉を交わして、設営したテントの中に入る。ダンジョンとは言え屋内に張られたテントにどれだけ意味があるかは分からないが、まぁ形式美と言う奴だろう。
鎧を脱ぎ、簡素な下着で見事な双丘を仰向けに晒しながら眠るアンナ。とりあえず夢の詰まった脂肪の塊に手を添えながら声を掛ける。
「アンナー、交代頼むぜ」
「……」
「揉むぞ」
「起きた、起きたって今起きたってば」
「よろしい」
それでも触るものは触るのだが。苦情代わりに枕が飛んでくるが、キャッチしてそのまま大の字に転がる。
「なんで毎回そういう事するかな……」
「そんなもの付けてるお前が悪い。あ、寝てる最中に触ったら刻むからな」
「なんてダブルスタンダードなんだもうだめだ」
人間えてしてそんなもんよ。けどセクハラカッコ悪い。
「で、股の方の違和感は失せたか?」
品の無い質問だが、同じ被害者としては気になる所。
「まだちょって変な感じが……やっぱり亀だからかな。本当にヤられるとは思っても無かったよ」
「普通は思わねえよなぁ、そりゃ」
まぁ、実際にそう言う能力が生えてきていたんだから仕方がない。非常に迷惑な事だが。
……非常に迷惑な事だが。
「ま、いいや。お休み」
「お休み。あ、寝返りで潰さない様にね」
何を、と言わなくても分かっている。テントの隅に置かれた箱をこちらに引き寄せる。
僅かに血色が染みたその箱には、緑髪の小人が横たわっていた。
新芽を思わせる造形の服と、長い耳。背中には透明な羽が生えていて、何処となく人間らしさが無い。大きさ以上に、これは人間とは掛け離れている。
何故なら、これは妖精だから。エルフに大別される、人間とは異なる起源を持つ異種族。
そして、亀の餌にされ掛けた哀れな被害者でもある。
「何とか回復して、良かったなぁ」
人差し指の先で、小さな頭を撫でてやる。指の先から伝わってくる熱量は、昔飼っていたハムスターを思わせる程高い。体の小さい恒温動物だからこそだろうか。
噛み千切られる寸前だった妖精の体を素早く縫い付けたのは俺で、回復魔法を掛けたのはアンナだ。流石君主、救う術に高い適正を持っている。
とは言え回復魔法はそう何度も使えるものでは無い。使えていればあんな亀など鉄塊に固めて水底に沈めているし。回数制限がある代物を咄嗟に使わなければいけないほど、切羽詰まっていたのだ。
治療の甲斐あり、幸い妖精は何とか一命を取り止めた。今は迷宮に潜りながら療養中だ、
尚この騒動の中心人物である大馬鹿者は、折檻の末に残念ながら一命を取り止めた。
撫で続けていると、妖精の小さな目がうっすらと開いてきたのに気付いた。
「おっと。起こしちまったか?」
指を引こうとするが、小さな手足でそれを止められる。全身を使って抱きついてくる様子には、どうしようもなく母性に似た何かをくすぐられる。
暫く好き放題にさせながら、こう言ったNPCの存在を考える。
こんな動きが、こんな感情の機微が、これを現実以外に考えなくさせる。それほどまでに、自然なのだ。不自然と言う言葉すらも生温い異常な有り様なのに、だ。
「まぁ、別にどうでもいいか」
可愛いし。
指を抱き枕の様にされるのを感じながら、ゆっくりと意識を眩ましていった。
――外から聞こえていたであろう、ナニカに抵抗するアンナの声に気付かぬまま。




