9.エミコの可能性
「……何か条件があるのかしら。それとも偶然?」
一昨日のように、昨日も、夢の中で審理の庭に行けるんじゃないかと少し期待していた。
メトスさまの、お互いに生身の体で審理の庭に行けば元に戻れるんじゃないかという仮説を共有したかったのに。
「疲れてぐっすり寝ちゃったからかなあ」
私は大きく伸びをした。
まあ、行けなかったことはしょうがない。
元に戻ることはもちろん大事だけど、とにかくこの世界で生きていかなければならない。
昨日は早々に休んでしまったから、そのままになっているけど、今後のこと……勇者パーティー選考のことを詳しく聞かなくちゃ。
服を着替えて、髪を整える。
ずっとショートヘアだったから、エミルの長い髪が煩わしい。勝手に切ったら怒られるかな?
「エミコ、起きていますか?」
ノックと共に声をかけられた。
「起きてるよ。どうぞ」
扉が開いて、簡素だけれど普通のシャツにズボン姿のリッカが部屋に入ってくる。今日は巻きつけなくていいんだろうか?
私、聖衣とやらを着ちゃったよ。
「聖衣に着替えたんですね。説明不足ですみません。お勤めではなく私用で街に行くので、普通の服で大丈夫ですよ。その……、どうも、わかっているはずだという思い込みがあって、言葉足らずになってしまうのです」
リッカが申し訳なさそうな顔をしているのを見て、逆にこっちが申し訳なくなる。
「いいよいいよ。見た目がエミルだし、余計そう思っちゃうんじゃない? ところで普通の服ってどこにあるのかな?」
「鞄の中にあると思いますよ。エミルも何着か持ってきているはずです」
「じゃあ探して着替えちゃうから、ちょっと待ってて」
リッカは律儀に部屋を出て行った。
男同士なんだから別にいいのに。まあ中身は女だけど。
私は部屋の隅に置きっぱなしの鞄を開ける。
昨日は荷物の整理すらせずに、そのまま寝てしまった。
几帳面に整頓された鞄の中をひっかき回す。
この中身だって、なんだかわからないものが入ってる。あとでリッカに聞いておかないと。
やたらでかい服を見つけた。まあ、体がでかいんだから服もでかいか。
服の組み合わせも考えず、一番上にあった上着とズボンをそのまま着た。
そもそもシンプルだからコーディネートも何もない。
扉を開けてリッカに声をかけた。
「お待たせ。これでいいかな?」
「はい、大丈夫です。では食堂に行きましょうか」
階段を降りて少し歩くと、大きな食堂があった。入ってすぐの棚にトレイと食器が置いてある。リッカはそれを手に取り、私に向かって言った。
「こちらに並んで食事を受け取ります。頼めば、量を多め少なめに調整してくれますよ」
「大盛りとかもできちゃうんだ」
「はい。エミルは体が大きいせいか、たくさん食べてましたよ」
確かにこの体になってから、いつもよりお腹が空くような気がする。17歳の育ち盛りの食欲ってことか。
メニューはパンとシチュー、そしてイチゴのような果物だった。
特に席は決まっていないらしく、適当に座る。
僧侶や教会というからもっと厳しく畏まったものを想像していたけれど、なんだかゆるそうだ。どちらかというと、全寮制の学校みたいな雰囲気がある。
私はお祈りしてから、大盛りにしてもらったシチューを口に入れた。
あまりコクがないのはやっぱり調味料のせいかな? まずくはないけど少し物足りない。
昨日のリッカのスープの方が好みだった。
「あれ?」
「どうしたんですか?」
リッカが食事する手を止めてこっちを見た。
私はここの食事のことを質問した。
「この世界では、僧侶でもお肉を食べるのね。私の世界では精進料理っていうのがあって、修行中にお肉を食べなかったりするの。だからちょっと驚いちゃって」
「そうなんですね。なぜ食べないんですか?」
「うーん。お肉を食べるのが殺生になるからかなあ?」
リッカは不思議そうに首を傾げている。
「え? では修行中は何を食べるのですか?」
「野菜とか豆とかよ」
「……? 食物も生きているではないですか。殺生にはならないのですか?」
その通りだ。
花が咲けば嬉しいし、枯れたら悲しい。
少なくとも私は、生き物だと思っている。
「あはは。そうね。植物だって生きてるね」
「生きているからこそ、芽が出て、葉が茂り、花が咲き、実をつける。植物だって動物だって命は等しい。魔物だってそうです。私たちは命をいただくから祈り、感謝をするんです」
クックゥ教の訓えだろうか?
私は妙に納得して、いつにも増して感謝をしながら食事をした。
「エミコ、それでは行きましょうか」
これからリッカと街を見学しがてら買い物に行く。旅の荷物が多くなるのを避けるため、必要最低限のものしか持ってこなかったらしい。そのため、勇者パーティー選考に必要なものを揃えるのだそうだ。
「選考についても、お話ししてませんでしたね。簡単にお伝えしますね」
「うん」
広場に向かいながら話をする。
あれ? なんかデートみたいじゃない?
実はリッカは私好みの可愛いタイプのイケメンだ。これは美味しい。
まあ、自分の方が目線がはるかに高いのが玉にキズだけど。
「勇者パーティー選考といっても、すぐに試験が行われて、決まるわけではありません。各国から有望な候補者を集めて選考会を行います。会場は勇者が出現した国……今回はここ、ミッソゥ国となります。これから1年かけてそれぞれの適性を考慮し、決定されます」
「そんなに時間をかけるのね! ……あ、だからここの教会にいるのが1年なのか」
できればこの1年の間に元に戻りたい。
私はお気楽なおばちゃんだからまだいい。
でも、エミルは……。
勇者パーティーは英雄で、銅像も建つくらいの存在だ。早ければ早いほど、エミルも遅れを取り戻せるだろう。
「はい。私たちはこれから、王城を挟んだ反対側にある学校で能力を磨きます」
「能力を磨くって……、私、能力なんてないよ? 魔法もダメそうだし。あ、強いて挙げれば怪力があるけど」
不安が、口をついて出た。
でも、かじりついてでも居続けなければ。
私は覚悟を決めて小さくガッツポーズを作った。
「エミルは、光と水、2つの得意属性と、怪力を買われて候補生となりました」
「私も魔法、使えるのかなあ?」
「私は難しいと思います」
とりつく島もないリッカの言葉に、思わずツッコミを入れる。
「じゃあダメじゃん」
「魔法は魂の資質によるところが大きいのです。今、エミルの体にあるのはエミコの魂なので、魔法の適性はないとメトスさまたちも判断しています」
「え、じゃあなんで私を選考に参加させるの?」
逆に不思議だった。
エミルには悪いけれど、私を候補から外して、他の優秀な人材を新たに候補に加えれば良さそうなものだ。
「審理の庭に関わるものは、総じて何らかの秀でた特技を持っています。それを考慮してのことでしょう」
「本当に? 今のところ、能力のかけらも感じないけど。大丈夫かなあ」
「ふふ。エミコなら何とかしてしまいそうですけどね。さあ、広場に着きましたよ」
リッカの言うとおりだったら、どれだけいいだろう?
でも、審理の庭効果があるというのなら信じてみよう。もしかしたら、何かの能力に目覚めるかもしれない。
……本当に、目覚めるのかな?




