6.首都ミソシール
「ミソシールが見えてきましたよ」
「わぁ! すごい!」
私は眼下に広がる首都ミソシールを見て、思わず歓声を上げた。
高い塀に囲まれたそれは、想像していたよりも遥かに広く、発展しているように見えた。
街壁へ続く街道を進む。あたりは緑豊かな草原だ。所々で牛が草を喰んでいる。ここまで見晴らしが良ければ、魔物の襲撃があってもすぐに気がつけるだろう。
まあ、この感じだとよほどのことがない限り、ここまで来ることもなさそうだけど。
あれから何度か魔物に出くわし、投石の精度も上がっていた。相変わらず魔石の採取には慣れないけれど、戦闘に関しては多少は役に立っていると思う。
エミルの『怪力』があってよかった。ただ投げて当てるだけじゃ、あの威力は出ないだろう。
「色々あったけど、街につけば少しは安心できるかなあ」
私は誰に言うともなく呟く。それを聞いたメトスさまは労うように言った。
「そうじゃのう。突然体が入れ替わった挙句の慣れない旅じゃ、教会に着いたらまずはゆっくり休むといい」
「ありがとうございます。お言葉に甘えてそうしようかしら」
「エミコは戦闘でも活躍してましたからね。今日は無理しないほうがいいでしょう。明日、街を案内しますよ」
「ありがとう、リッカ」
街の様子ももちろん気になるし、審理の庭についても調べたいけれど、今はゆっくり休みたかった。エミルの体に十分な体力があっても、私の精神は戦闘でかなり消耗していた。たった数回とはいえ命のやり取りだ。そう簡単になれるものではなかった。
ゲームでお気軽に敵を倒すのとはやっぱり違うわね……。
私は疲れを追い出すようにため息をついた。
「ミソシールには街壁の東、西、南にそれぞれ門があります。この街道は南門へ通じています。ほら、あそこに人の列が見えるでしょう? あれが入門待ちの人々です」
「結構並んでるのね。やっぱり入国管理とかあるの?」
魔物もいる世界だ。そのあたりは厳しいのだろう。
「はい。身分証を提示しなければ出入りできません」
「え? そんなもの荷物の中には見かけなかったけど。どこにあるのかしら?」
もし落馬したときに落としていたとしたら、気づかなかったかもしれない。
ここまで来て街に入れないとかは勘弁してほしい。
「エミルは財布の中に身分証を入れておったぞ? 荷物を見てみるといい。革の袋じゃ」
そう言って、メトスさまは馬の歩みを止めた。リッカもそれに続く。
馬がブルルと嘶いた。
私はリッカの乗る馬に括り付けられた革の鞄の中身を見た。ちょうど手のひらに収まるくらいの革の袋が入っていた。
「これかしら」
「はい。それです。ゆっくりでいいので探してみてください」
革の袋の中には、金貨や銀貨、銅貨などの硬貨がたっぷり入っている。その中に、他の硬貨より2回りほど大きい小判のような金貨が1枚だけ入っている。
と、そんなことはどうでもいい。身分証を探さなくては。
けれど、いくらごそごそと探っても、板状のものはなかった。
そもそもこんなところに本当に入れているのだろうか?
「なさそうだけど……。他にありそうなのはどこかしら?」
「そうですね……。財布から出てしまったのでしょうか?」
そう言いながら、リッカは財布を覗き込んだ。
私は見やすいように大きく財布の口を開けた。
「エミコ、ここにあるじゃないですか」
「え? どれ?」
リッカは金色の小判を手に、苦笑いしていた。
てっきり紙製や木製のカード状のものを想像していた私は、びっくりしてそれを受け取った。
「ごめん。金属製だとは思わなかったの。でも見つかって良かった。ありがとう!」
「……なるほど。お互いの先入観のせいですね。こちらこそ説明不足ですみません」
無事に身分証を見つけた私は、ほっとして入門待ちの列に向かった。
列の最後尾に並ぶ。遥か遠くに門が見えた。
私は周りの人たちをこっそり窺う。
服装が気になったのだ。みんな、簡素ながらも普通のシャツにズボン、スカートなど馴染みのあるものだ。布巻きつけ系の人は私たちだけだった。
心なしか、みんなに見られている気がする。
本当に聖装なのかしら……。
なんだか少し疑わしい。
そんな思いを飲み込んで、私は呟いた。
「入門まで、時間がかかりそうね」
「そうじゃのう。半刻はかかるかのう」
メトスさまがのんびりと言った。
そんなに待つのなら、この間に身分証を探せばよかったかも。今更だけど。
ちなみに時間の単位は刻で、現代と同じ24等分。1刻2刻と呼ぶ。
時計も存在していた。メトスさまに見せてもらったけれど、私の知る手巻き式の時計とほぼ同じで驚いた。
「次ですね。エミコ、身分証の準備は大丈夫ですね?」
「うん。大丈夫」
私は右手の中の身分証を2人に見せた。日の光を受けてキラリと輝いている。
「次、前へ」
門番に声をかけられて、緊張しながら一歩前に出た。
その途端、門番の態度が軟化した。
「メトスさま、ようこそいらっしゃいました。並ばずとも、こちらにお越しいただけたらお通しできましたのに」
めっちゃ丁寧だった。
なんなら列無視すらも許されていた。
私が驚いてメトスさまを見た。
「みな、順番を守って待っておるのじゃ。わしらだけそうもいかんじゃろう」
「滅相もないことでございます。お連れさまはお弟子さまですか? さあ、どうぞ中に」
大した検分もされず、フリーパス状態だ。
「ここまで特別扱いなのは珍しいですね」
リッカも少し驚いた様子で言った。
ゆっくりと街門をくぐる。
「なに、勇者パーティーの選考があるで、その影響じゃろう」
「なるほど。そうかもしれませんね」
「え、どういうこと?」
リッカは納得しているようだけど、私は疑問でいっぱいだった。
「メトスさまは過去に勇者パーティーのメンバーだったのです。英雄なんですよ」
「ええー!」
思わず大きな声が出た。
メトスさまは英雄とは思えないほど茶目っ気たっぷりに、ぺろっと舌を出して笑った。




