4.異世界の朝
前半、一部読みやすいよう変更しました。
目が覚めると、そこは自分のベッドの中……ということはなく、固い地面に転がる寝袋の中だった。
まあ、これに関してはそうだろうなと思っていたからしゃーない。この際だから異世界生活を楽しもう。
長い髪を結って、身支度をする。問題は布を巻きつけただけにしか見えない衣服。どうやって着るのが正解なのかいまいちわからなかった。
……まあ、適当でいいでしょ。
テントから出ると、リッカが朝食の準備をしていた。
「おはよう」
「おはようございます」
「メトスさまは?」
「先ほどまで見張りをしてくださってましたので、少し休まれています」
私が見張りの役に立ちそうもないので、昨晩は急遽、メトスさまがリッカと交代で見張りをしてくださっていた。
と言っても、野営前に何やらリッカが魔法陣のようなものを描いていて、それである程度は感知も魔物避けも可能なんだそうだ。それでも時々は魔法陣の崩れがないか確認が必要で、時々起きて確認するらしい。
やっぱり魔法も万能じゃないんだなあ。
「リッカ、手伝うよ」
「ありがとうございます。それではスープをかき混ぜていただけますか? 私はその間に食器の用意をしますので」
リッカから木製のおたまを受け取り、鍋の前に立つ。香ばしい香りが食欲をそそった。
リッカは息子の健琉と同じくらいの年なのに、文句も言わずよく働くいい子だ。
それにしてもあの子たち、ちゃんとご飯食べて真面目に大学行ってるかしら。
少しだけ心配になってしんみりしたところで、声をかけられた。
「昨日はよく眠れましたか?」
「うん。疲れてたしそれなりには。でも、地面が硬いのはちょっとねえ」
「昼過ぎにはミソシールに着きます。今日はベッドで眠れますよ」
この世界のベッドはどんななのだろう?
まあ、期待しすぎないほうがいいだろう。
それはさておき、伝えることがあった。
「あ、夢の中でエミルに会ったよ」
「本当ですか?」
夢だけれど、妙な現実感があった。ここは異世界だ、ただの夢じゃない可能性だって十分にある。
「審理の庭とかって場所でエミルに会って、『メトスさまとリッカ兄さんに無事だと伝えて』って言われたの」
「……! どうしてそこが審理の庭とわかったのですか?」
思った以上の食いつきにびっくりする。『審理の庭』はこの世界でそんなにも有名な場所なのだろうか?
私は思わず息をのんだ。
「エミルが夢の中でそう言ってたのよ」
「そうですか……。私たちの呼び方もいつもエミルがしていたものですしね。信じましょう。それにしても、審理の庭ですか……。謎が解けた気がします。ああ、詳しいお話はメトスさまがいらしてから後ほどお願いします」
やっぱりあの夢はただの夢じゃなかったんだ。
リッカにすんなりと受け入れられて、あのエミルはやっぱり本物だったんだと確信した。
「メトスさま、朝食の準備ができましたよー」
「ありがとう。良い匂いがするのう」
朝食の準備も終わり、メトスさまに声をかける。こんなヨボヨボのおじいちゃんに見張りさせるとか、ひどいことをしてしまった。
「昨日はすみません。私ができないからって見張りをやらせてしまって」
「いいんじゃよ。できる者がする。当然のことじゃ」
メトスさまは静かに微笑みながら言った。
メトスさまもリッカも優しい。異世界生活に不安がないとは言えないけれど、この2人の元に来られてよかった。
朝食の前に、両手を組むようにしてお祈りをする。昨夜は適当に手を合わせたけれど、今日は神様に感謝の気持ちを伝えてみた。
「いただきます」
塩味の効いた暖かいスープが冷えた体に染み渡る。昨日も思ったけれど、野営の食事だというのに悪くない。
そういえば、季節は日本と変わらないような気がする。向こうは秋口で昼間はまだ少し暑さが残るけれど朝晩は涼しかった。
そしてこちらも朝晩は少し肌寒いのだ。
「メトスさま」
食事が落ち着いた頃、リッカが私に目配せをしながらメトスさまに声をかけた。
あの夢……審理の庭の話をするのだろう。
「どうしたかの?」
「エミコが昨晩の夢で審理の庭に行ったそうです」
「なんと! ふうむ……して、どうしてそこが審理の庭とわかったのかの?」
リッカがこちらを見る。
ここからは私が説明した方がいいだろう。
「夢で、エミル・シュトーと名乗る人物に会ったのです。すごいイケメ……いや、今の私と同じ外見をしていました。そのエミルが、『審理の庭の伝承と夢の情景が似ている』と言ったんです。あ、あと、『メトスさまとリッカ兄さんに無事だと伝えて欲しい』とも言ってました」
「なるほどのう……」
メトスさまはそういうと、右手を顎に当ててしばらく考え込むように一点を見つめた。
その間、私は今の自分の手のひらをじっとみていた。大きくて節くれだった手だ。そう言えば夢の中のエミルはイケメンなだけじゃなく、見上げるほど背も高かった。190センチくらいはあったかもしれない。
そんなふうに思い出していると、不意に声をかけられた。
「エミコ、お主がこの世界の言葉を話せるのは、審理の庭を通ったからじゃろう」
「え?」
「審理の庭に関わるものは全ての言葉を理解すると言われておる」
確かにそれは不思議に思っていた。
私は日本語しか話せないはずなのに、なぜだかこの異世界の言葉がわかる。
「でも、来るときは気がついたらここにいて……」
でも。
昨日は確かに審理の庭に行ったけれど、来る時には行っていない。ノータイムで異世界に来ていた……と、思う。
「審理の庭は本来、神が審判をくだす場所なのじゃが、此方と彼方を結ぶ役目もあるのかもしれん。そしてお前たちが気付かぬうちに、魂が審理の庭を通ってお互いに入れ替わった……とも考えられる。まあ、全ては推測じゃがな」
「じゃあ、私たちの魂は、元に戻ろうとして審理の庭にいったのかもしれない?」
「そうじゃな。魂と肉体は引き合うもの。夢ではなく、生身の体で審理の庭に行き着けば、あるいは……」
元に戻る当てもなく、これからどうしようかと思っていたところに一縷の希望が見えてきた。まだ審理の庭への行き方は見当もつかないけれど、それでも今の私には十分だった。
「ありがとうございます! 元に戻る希望が見えた気がします」
「そうじゃな。まだここでは推測に過ぎんが、過去の転移や召喚についてミソシールで調べれば、また新たなこともわかるかもしれん。あまり気を落とさぬようにの」
「エミコ、私も手伝いますよ」
「リッカ、ありがとう!」
2人の気持ちが嬉しかった。
私は大きく伸びをして立ち上がった。
そうと決まれば、冒険の始まりだ!
朝食の片付けをし、荷造りする。それすらもおぼつかなくて、歯がゆい思いをした。
何か2人の役に立てればいいんだけど……。
街に行ったら家事とかで役に立てるかしら?




