21.ノエル・メイヤーの憂鬱
勇者パーティー選抜にむけての学校生活が始まった。
けれども想像していた感じとはほど遠く、毎日体力づくりや命中精度を上げる訓練ばかりで、地味な感じだった。
『ディヴァイン・ジャッジメント』とか『黒天魔葬』とか、必殺技でも伝授するところを見られるかもと期待していたのにがっかりだ。
まあ、魔王を倒すために選考を受ける候補生が、選別する講師より弱いんだからしょうがないか。それなら講師陣が戦地に赴けって話だし。
きっとこの1年かけて、先生方も余裕で倒せるくらいに強化するのだろう。
そして私はセレスティア先生を思い出した。
……本当になれるんかいな。
今は流れ作業的にスキルアップも兼ね、それぞれの役割に分かれて訓練している。
リゼットが魔法で岩を作り、私がその岩を砕き、その破片でノエルがゴーレムをつくる。そのゴーレム相手にアレンが盾となりつつソニックとイザベラが戦い、傷ついたら回復職のリッカやマリエルが回復する。
隣ではニコラスとカシウスが石礫や氷の刃を魔法で出し、弓職のネネノノとクラリスが延々と撃ち落としている。
私は岩砕きが落ち着いたら、今度は余った破片でやっぱり誰かが放った魔法に向けて投石をする。
ほかのメンバーも離れたところで同じような訓練をしていた。
おかげさまで訓練が始まってまだ数日というのに、岩砕きはレベル15、投石もレベル17まで上がっていた。
なんにせよ基礎の反復練習は大事ってことなのかな。
お昼休憩に入って、リッカと一緒に食堂へ向かう。
昼食は一般の生徒たちに交じってとることになっていた。
「お腹すいたー。岩砕いてそれを投げるしかしてないけど」
「私も回復と、たまにバフ効果魔法をかけ続けただけですが異常に疲れました」
なんかさ、単調だと時間がすぎるのも遅く感じるんだよね。
もうちょっと工夫してほしい。まあ、効率よく各自の能力を使ってるって意味では工夫されてるけども。
学校のランチは給食だった。やっぱりこれも不味くはないけど、どこか物足りなくて、私には小さなストレスだった。
広い食堂内は、生徒たちで混雑していた。
私たちは給食の載ったトレイを持って、空いている席を探す。
一番奥の隅の方、柱の陰で少し薄暗いけれど空席があった。
「リッカ、あそこ空いてる」
「ああ、本当だ。あそこにしましょう」
その席には見知った顔の先客がいた。私の一押し、ノエル・メイヤーだ。給食を前にうつむいている。ふわふわの銀髪がどこか寂し気だった。
「この席空いてる? 座ってもいいかな?」
私はノエルに声をかけた。
消え入りそうな小さな声で、返事が返ってくる。
「どうぞ」
なんだか元気がない。
リッカと顔を見合わせて、そっと静かに着席した。
給食は全然手付かずで、食べ始める様子もない。
見かねたリッカがノエルにそっと声をかけた。
「ノエル・メイヤーですよね? 同じ候補生のリッカ・ヴィーンとエミル・シュトーです。どうしたんですか? 食べないと午後の訓練に支障が出ますよ」
しばらく沈黙が続いた。
このまま何も話す気がないんだろうか?
そう思ったところで、静かにノエルは言った。
「ぼく、もう嫌だ」
ぽたりと給食のトレイに雫が落ちた。
え? 泣いてる?
私はあわててハンカチを差し出し、ノエルに話しかける。
「どうしたの? 何が嫌になっちゃったの?」
「ぼく、勇者パーティーなんかに入りたくない。錬金術の研究だけしてたいのに。ゴーレムだって、あんな倒されるためだけに作りたくないよ」
受け取ったハンカチで涙をふくと、ノエルは涙声で言った。
みんなが勇者パーティーに入ることを望んでいるのだと思っていた。私はノエルの小さな体をじっと見る。細い肩が小さく震えていた。
きっと本人の意思に関係なく、あの見事な錬金術を理由に候補生へと選ばれてしまったのだろう。
「ふう。本人の意思に関係なく選ばれる者がいれば、実力がないのに選ばれる者もいる。困ったものです」
リッカが静かに言った。
ちょっと待て。実力もなければ意思もない私はどうなる。
まあ、エミルのためって意思はあるけどさ。
「リッカ、何とかならないの? 本人のやる気って割と大事なことだと思うけど。しかも危険も伴うし良くないんじゃない?」
「そうですね。今はまだ基礎訓練ですが、これから本格的な戦闘もあるでしょう。それに基礎訓練だからと言って、安全なわけでもありません」
そのとおりだ。
今だって、いつ訓練の流れ弾が飛んでくるかわからない。
それを防いでこそだし、回復職もいるけれど、やる気がないんじゃ集中力だって散漫になる。
「辞退とかってできないの?」
「できることはできますが……、ノエル・メイヤー、あなたはそれを望みますか?」
わずかな沈黙の後、押し殺したようにノエルは言った。
「辞退したいけど……できないよ」
「そうですよね」
リッカは何とも言えないつらそうな顔で小さくため息をついた。
何か察するところでもあるんだろうか?
私はできる限り優しくノエルに質問した。
「どうして? 泣くほどつらいのに」
「だって辞めたら家族に迷惑がかかるし、国のみんなになんて言われるかわかんないもん」
拒否する制度はあれども、世間がそれを許さないのね。
実質、代表として選ばれてしまった時点で拒否権もなく、お国のために奉仕するってことか。
さらにパーティーに選ばれてしまったら、危険な旅へと赴くことになる。それはある意味、死と隣り合わせだ。相当な覚悟がいる。
私は元に戻れる前提で動いているから、あえて考えないようにしているけれど、実際、自分がジョシュアとともに死地へ赴くことになるとしたらプレッシャーは相当だろう。
「あー、それは泣きたくなっちゃうね。今、私も泣きたいし。エミルには悪いけど、私もパーティーに選ばれたくないわ」
状況は違えど、私たちは少し似ている。
いや、私がエミル・シュトーじゃないと認知されている分、考慮されるだろう。その点では、ノエルの方が深刻だった。
「メトスさまもいらっしゃいますし、元に戻らない限りそれはないと思いますが……。でも、エミコはなんだかんだで攻撃試験、防御試験ともにクリアしましたね。ノエル・メイヤー、あなたもですが」
「どういうこと?」
「本来なら、あの2つの試験は候補生ならクリアできて当然なんです。先生方は手を抜いていましたから。……まあ、後半のセレスティア先生は別ですが」
あの2つの試験クリアが標準仕様なんだ……。
「え、待って。あれができなきゃ選ばれないってこと?」
「補って余りあるくらいの才能が他にあれば別です。でも実際に、クリアできていない者も少なからずいました。その方たちは政治的な絡みや思惑でえらばれたということでしょう。まあ、この1年で成長すれば選ばれる可能性もありますが」
「……ぼく、クリアしちゃった」
はらはらと涙を流すノエルが痛ましくて、私はそっと頭を撫でた。
確かにノエルは才能があるかもしれない。
だけど心持ちが明らかに戦闘向きではない。
これって、結局のところ候補者としてやっていくのは難しいんじゃないだろうか?
「ねえ、そういえば候補に選ばれなくても支援に回ることがあるって言ってたよね?」
「はい。高等魔法の魔法陣作成や道具の調達など、支援は多々あります。そういう意味では、ノエル・メイヤーは性格的にも能力的にも支援に向いていると思いますよ」
「ちなみに私は?」
「エミコはなんだかんだでエミルの怪力を生かしてどうにかしてますからね……。今のところ戦闘が向いているのでは?」
根がゴリラなところが、こんなふうに不利に働くとは思いもしなかった。
「メトスさまに相談とかってできない?」
「できますよ。何事にも向き不向きがありますから、お話を聞いてくださるでしょう。まあ、ノエル・メイヤーのことは気づいていそうですが、なにせ才能がありますからね」
私はノエルの顔を覗き込む。
泣きはらした瞳は、きれいなすみれ色をしていた。
「ねえ、ノエル・メイヤー、あとでメトスさまのところへ一緒に行こうか。それでいい方法がないか相談してみよう」
「うん。ありがとう。ぼくのことはノエルって呼んで」
……やばい。かわいい。
私、ノエルを守るためなら戦えそう。
「そうと決まれば、まずは食事です。力が出なければ、相談も授業もうまくいきませんよ」
「うん」
少しだけ元気を取り戻したノエルに、安心して私たちは給食を食べ始めた。




