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50歳主婦、異世界で勇者パーティー候補のイケメン僧侶と入れ替わりました。  作者: 海老のロドリゲス
2章

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20/25

20.エミルとラップ

 この世界に来て、数日が経ちました。

 あれから審理の庭の夢も見ず、ただただ平和な日常が過ぎていきます。まだこちらには慣れないけれど、すべてが新鮮で居心地がよく、このままでいいと思ってしまうことに罪悪感を抱きます。

 きっとエミコさんは慣れない暮らしに不自由しているはず。

 戦闘だって経験したでしょう。

 こちらの世界の人が、果たして私の世界の生活に慣れることができるのでしょうか?

 私はリビングのソファに座り、膝の上のショコラを撫でながら小さくため息をつきました。


「どうしたの? 難しい顔して。あ、エミルも飲むでしょ? 砂糖多めにしといたよ」

 

 レイカさんが、手にした2つのカップをテーブルに置いてから、私の隣に座りました。コーヒーの香ばしい香りがあたりに漂います。


「ありがとうございます。実はエミコさんのことを考えていました。私が元いた世界は、こちらほど安全ではありません。時間の流れがこちらと変わらないとすれば、そろそろ試験も始まっているころです。無事だといいのですが……」

「あー、そうだね。確かに心配は心配。でもあの人、勇者パーティー選考試験だっけ? 割と楽しんでそうだけどね」

「そうだといいんですが……」


 レイカさんはコーヒーを一口飲んでから、こちらへ向きました。

 大きな瞳が私を捉えます。

 

「どうにもできないことを、くよくよ考えたってしょうがないじゃん。審理の庭だっけ? またその夢みたときに話せばいいよ」

「はい。いつみられるかもわからないですが」


 レイカさんがいれてくれたコーヒーは、甘く優しい味がしました。

 きっと心配しているはずなのに、それを顔に出さないところがすごく大人だと思います。少しだけリッカ兄さんに似ている気がして、私は懐かしく感じました。

 

「なんか法則でもあるんじゃないの? 毎週日曜日とかさ」


 法則……、それは私も考えていたことでした。

 あの時、審理の庭では2つの満月が空にありました。

 もしそれが関係あるならば、次に夢を見るのも満月の日でしょうか?


「そうですね。1つ思い当たるのは月の満ち欠けです」

「そっか。もしそうなら、まだ時間はかかりそうだね。あ、今度お母さんに夢で会ったら、パートは事故の後遺症を理由にとりあえず休みになってるって伝えてよ」

 

 そうでした。きっと向こうでは、メトスさまがどうにかして、エミコさんを候補生として扱っているでしょう。それなのに私は何の役にも立てていない……。

 

 「せめて私がかわりに働くことはできませんか?」


 咄嗟に言葉が出ました。

 エミコさんが戻った時に、残念に思わないよう、私も頑張りたかったのです。


 「うーん。申し出はありがたいけど、難しいかな。エミル、こっちの花の名前とか特性とかわからないでしょ? それにお金やレジ操作だって厳しいよ。同僚との関係だってわからないでしょ?」

「……はい。レイカさんの話の中に、いくつも知らない言葉が出てきました」

「ね? エミルは今は家のことに慣れてくれればいいよ。洗濯とか掃除はもうできるじゃん? それで十分」


 私は自分のふがいなさと、レイカさんの優しさに胸が苦しくなりました。何もできず、レイカさんとタケルさんに守られていると、そう感じました。

 私が自分の情けなさに言葉を失っていると、玄関で音がしました。

 膝の上のショコラが一目散に走っていきました。


「ただいまー!」

「タケルさん、おかえりなさい」


 ショコラがタケルさんの周りをくるくる走り回っています。

 

「おかえり。何、あんた、今日は早いじゃん」

「いや、友達が2人インフルかかって休んでて。自粛して今日は早く帰ってきた」


 荷物を床に置き、上着をその上に無造作にかぶせると、タケルさんはしゃがんでショコラを撫でまわしました。

 

「いや! 移さないでよ?」

「俺はかかってねーし」

「インフルってなんですか?」


 私は聞きなれない言葉に、2人に質問しました。

 休むということは病気かなにかでしょうか?

 

「そっか、エミルは知らないよな。病気の名前だよ。インフルエンザの略。そうだ、かかってもエミルにヒールかけてもらえばいいんじゃね?」

「そうですね、ただヒールはその対象の治癒力を爆発的に高めるものなので場合によっては治らないかもしれません」


 思った通りの答えが返ってきました。

 私が役に立てることといったら、今は治療くらいでしょうか。

 それも、なんでも治せるわけではありません。

 これからできることが増えていけばいいのですが。

 

「そうなの? でも抵抗力とか上がればいけそうだね」

「それな」

 

 私はソファーを立って、タケルさんが脱いだ上着にスプレーしてからハンガーにかけました。このスプレーをするだけで除菌効果があるそうです。

 

「エミル、それは健琉にやらせて。あんた、そこら中に脱ぎ散らかすのやめてよ」

「えー? エミルがやってくれるならよくね?」

「よくない!」

「わかったよ。じゃあ俺は部屋行くから。インフル移ったら、エミル、よろしくな!」


 そう言うと、タケルさんは荷物を持って階段を上がっていきました。

 そしてショコラもタケルさんの後を追って行ってしまいました。

 

 インフル、私に治せるのでしょうか?


「まったく。エミル、ごめんね。まあ私も家事任せてるけどさ。でも最低限は自分でやらないとためにならないから」

「はい。そうですね」

「ねえ、ところでテレビ使っていい? 今日、推しの配信がアップされてて。どうせなら大きい画面で見たくてさ」

「どうぞ。私も一緒に見てもいいですか?」

「もちろん! ってか、お母さんもK-KEYZのファンなんだよ」


 テレビに映し出された青年たちが楽しそうに踊りながら歌っているのを見て、私も楽しい気分になりました。

 私の世界では踊り子と吟遊詩人は別ですが、これは新しくていいかもしれません。

 歌いながら踊りだす吟遊詩人、なかなか面白そうです。

 いつか、エミコさんとも一緒に見られたらいいなと思います。


「やっぱりノアくんのラップはかっこいい!」


 レイカさんがそう褒めたのを聞いて、なぜだか少し胸が痛くなりました。

 この気持ちはいったい何でしょう?

 というか、ラップ?

 お皿にかぶせるあの薄い膜と、一体何の関係があるのでしょう?

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