2.審理の庭
「……ここは?」
私はため息をついた。
目が覚めて、家だったらいいと思ってた。テントでなければいいと。
けれど、そこは家でもなければテントでもなかった。
「歴戦の厨二病患者も唸る展開だわ」
1人呟いて、辺りを見回す。
ただ一面、だだっ広い草原に立っていた。夜空には月が2つある。柔らかな光を放っている。
「これ、夢オチあるかなー? もう何があっても驚かないけれど」
ぶつぶつ独り言を言いながら、なんとなく月に向かって歩いた。
すると白い東屋が遠くに見えてきた。よく手入れされた花壇に囲われていた。見たことのない花だった。
全ての花を知ってるとは言わないけれど、フラワーショップに勤めている私が知らない花が何種類もあるとは思えない。
「あー、ここも異世界確定かあ。まあ、月が2つあるしね」
東屋のベンチに腰掛けて途方に暮れた。
ここから出るにはどうしたらいいのだろう?
その時。
「シュトウ エミコさんですか?」
背後から落ち着いた男性の声がした。
そして、遅れて気がついた。
この体、慣れ親しんだ私の体だ!
慌てて振り向いた。
そこには、長身の金髪碧眼のどイケメンが花に囲まれ佇んでいた。
「え? もしかして、エミル・シュトー?」
「はい。初めまして。エミル・シュトーと申します」
「初めまして。首藤恵美子です。……立ち話もなんだから、ここで座って話しましょう」
私は手招きしてエミルを呼んだ。
エミルはふっと堅い表情を崩すと私の隣に来て、ベンチに座った。
すっごい迫力のイケメンだった。
「エミコさん、もう気が付かれていると思いますが私たち、入れ替わってしまったようです」
「そう。そうか、よかったー!」
私は安堵の息を漏らした。
困惑したような表情でエミルが私を見る。
「何が良かったんですか?」
「え、だって私がエミルの中入ったせいで、エミルが消えちゃってたりしたら嫌じゃない!」
実はそれが一番心配だった。
もちろん自分や家族も心配だけど、とりあえず生きている。でもエミルはどこにいったのかと思うと気が気でなかったのだ。
「……なるほど、そうですね。とりあえずお互いの無事が確認できたのは良しとしましょう」
艶やかな笑顔で言われて、つられて笑顔になった。
こんなイケメン、俳優にもなかなかいないよ。
そして目覚めたら私がこの体に入ってると思うと、なんとも不思議な気持ちになる。
「ところでエミル、ここがどこか知ってる?」
ダメ元で聞いてみた。
別々の世界にいるはずの2人が出会えたんだから、うまくしたらお互い元の体に戻れるヒントがあるかもしれない。
「知ってるわけではないですが、思い当たる場所はあります」
「ほんと?」
思わず声が大きくなる。そんな私の様子を気にせずに、エミルは淡々と話し続けた。
「はい。クックゥ教に審理の庭というものがあります。そこは2つの月が交わり、緑と花に溢れるところと言われています」
「2つの月……」
見上げて、空を確認する。
先ほども見つけた月が2つ仲良く並んでいる。
「はい。そこは世界の交わる場所と表現されることもあります」
「……じゃあ、ここから帰れるんじゃない? 2人ともここに来れたんだし」
私はエミルの顔を見た。
その表情は変わらず、真剣に私を見つめている。
「エミコさん、あなたはどうやってここに来ましたか? 私は就寝した後、気づいたらここにいました」
言われて、エミルの言いたいことに気がついた。認めたくないけれど、そういうことなんだろう。
「……私も。え、じゃあ、ここはやっぱり夢の中ってこと?」
「……おそらくは」
「……そっか」
「すみません。希望を持たせてしまって」
申し訳なさそうに俯くエミルの肩をポンと叩く。
別にエミルが悪いわけじゃない。むしろエミルも被害者なのだから。
「いいのいいの。大丈夫!」
「ですが……」
私は気持ちを切り替えて、次に気になっていたことを聞いてみる。
「そっちはどう? みんな元気?」
「お元気ですよ。レイカさんもタケルさんも心配しています。自転車? でしたっけ、あの乗り物は壊れてしまいましたが、エミコさんの体も病院というところで手当されて無事です。今は入院? とかで病院にいますが……」
思っていたより大事になっているようだ。というか、異世界人と入れ替わる時点で入院なんて大したことないのかもしれない。
まあ、大変なことになっているのなら、エミルがもっと慌てているだろうから大丈夫でしょ。
「あら。私、入院しちゃったんだー! でも2人の名前聞けて安心したわ! ありがとう。……こっちはごめんなさい。私、魔法使えなくて。勇者パーティーには入れないと思う」
これも伝えておかないとならない。
この子は私と入れ替わったせいで、未来の輝かしい可能性を失ってしまうのだから。
「……ああ、それはもう諦めていますので。ただ、魔法の修行だけは諦めずにしていただけると助かります」
「そうね。魔法というものに馴染みがないから使えなかっただけで、勉強したらどうにかなるかもしれないわよね。やってみる」
諦めるのは早いかもしれない。だってエミル・シュトーは魔法を使えていたのだから、その体には魔力が宿っているはずなのだ。
「ありがとうございます。……空が白んできましたね。この邂逅もきっと夜明けまででしょう。ご家族に何かお伝えしたいことはありますか?」
「じゃあ、冷蔵庫の私のシュークリーム期限切れる前に食べちゃってって伝えといて! あ、エミルが食べてもいいよ。エミルはなんかある?」
エミルは名残惜しそうに微笑むと静かに言った。
「ふふ。そうですね、メトスさまとリッカ兄さんに、エミルは無事だとお伝えください」
——そして、静謐な世界に朝が訪れた——
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