18.異世界の常識②
「勇者さまと候補者さんだからね。パンはサービスだよ!」
食堂のおじさんがにこやかな笑顔で告げた。
ジョシュアはともかく、候補者であるというだけで、こういう恩恵があるんだとあらためて実感する。
私たちはお礼を言って、ありがたくいただくことにした。食事前のお祈りは、すでに日課になりつつあった。
ウサギ肉のシチューは美味しかった。だけどやっぱりあっさりしてるというか、どこか物足りない気がする。
そういえばエミルは現代の食事のことをどう思ってるんだろう?
玲香も健琉もちゃんとご飯作って食べてるのかな? 夫が単身赴任なのも良かったのか悪かったのか……。まあ、あの人なら100%順応しそうだけど。
それはそうと、どうしても気になっていることがあって、私はついに禁断の質問をした。
「ねえ、食事中に聞いちゃってごめん。この世界、味噌ってあるの?」
ミソシール、ミソラメン、ミソニコミ……。
地名を聞くたびに食べたくなるんだよ!
「ミソ、ですか?」
2人のスプーンを持つ手が止まった。顔を見合わせて首をひねっている。
「ミソかぁ、俺、悪いけどそんな高尚な話わかんないや。リッカ、頼む」
ジョシュアは神妙な顔つきで、なぜかもう一度祈りをささげた。
「うーん……。僧侶としてはありますと答えるべきなんですが、信仰についてのお話でしょうか。急にどうしたんですか?」
「え? 味噌と僧侶って関係あるの? 私の住んでいた国では国民食なんだけど」
「国民食? 食べるんですか?」
なんかどうも話がかみ合っていない気がする。味噌に高尚とか信仰とかってある?
「ごめん。今更なんだけど、ミソってどういう意味?」
「ミソは『聖なるもの』とか『祝福』とかそういう意味ですよ」
とんだミソ違いだよ。
でもなんとなくわかった気がする。
要はミソシールは聖シールみたいな感じなわけね。
「ごめん。私のいた世界では味噌って名前の調味料があったの。だから気になっちゃって」
「そうなんですね。急に宗教的な話を始めるから何かと思いました」
「俺も焦っちゃったよ。でもその味噌って食べてみたいなー」
「いつかごちそうできたらいいんだけどね」
私たちは食事を終えて一息ついた。食後に出されたジュースがフルーティーでおいしかった。
食文化についてもっと聞きたかったけれど、今、私にとって一番必要なことは魔法についてや魔王討伐についてだろう。地理や歴史だって気になる。
「味噌の話は置いといて、聞きたいことがたくさんあるんだけど。何から聞いたらいいのかわからないや」
優先順位がなかなか定まらない。すべてが重要そうだし、それでいて意外と知らなくてもどうにかなる気もする。
「そうですね。私がもしエミコの立場だったら知っておきたいことを説明しましょうか?」
「お! それがいいんじゃないか?」
「ありがとう!」
さすがリッカだ。本当に頼りになる。審理の庭で会ったとき、エミルが意外に落ち着いていた理由がわかった気がする。頼れる兄貴が近くにいるからね。
「まず魔法について。これは必要なことですが、メトスさまが授業で教えてくださるでしょうから後回しにします」
「え、いいの?」
「そもそもエミコは魔法使えませんしね。重要度は下がります」
正直驚いた。
審理の庭でエミルと会ったとき、魔法の練習は諦めずにしてくださいと言っていたのに。まあ今思えば、ダメ元で言ったのかもしれないけど。
「そうなの? じゃあ何から?」
「まずは勇者について。そして魔王についてでしょう」
それを聞いたジョシュアが興奮した様子で手を上げた。
「お! 俺のことも重要か?」
「ええ。エミコにとってはある意味、最重要事項かもしれません。ジョシュア、審理の庭に行ったことがあるんじゃないですか?」
「え?」
思わず声が出た。
なんでジョシュアに審理の庭に行ったことがあるのか? なんて聞くんだろう?
ジョシュアは両腕を組んで考え込んでいる。
「審理の庭は神が審判をくだす場所。星形のあざができた時、あなたはどこにいましたか?」
その問いを聞いて思い出したように、ジョシュアは言葉を選ぶようにゆっくりと話した。
「えーと。寝て起きたらなんかあざができてたんだけど。そういや夢でだけど、それっぽいところにいたな。やけに印象に残ってるぜ。月が2つあって、きれいな花が咲いてて。小さいころ聞いた審理の庭に似てるなって思ったんだ」
「やっぱり」
リッカは大きくうなづきながらそう言った。
私は話の展開についていけなかった。元の世界に戻る手がかりの1つ審理の庭、夢とはいえ、そこにジョシュアも行ったことがあるなんて。
しかもリッカはその可能性に気づいていた……。
「やっぱりってどういうこと?」
「エミコから審理の庭について聞いてから、いろいろ考えていたんです。私たちミッソゥ国……いや、シズニング大陸の人々は、幼い頃から審理の庭についての伝承を聞かされて育ってきました」
「そうだな。俺もそうだぜ」
リッカの言葉に、ジョシュアも大きく同意した。
だよね。じゃなきゃ、夢が審理の庭に似てるなんて気づかない。
「神の信託が下りて勇者が決まると言われています。それならばその場所も審理の庭でないかと思ったのです」
「じゃあ私はどうしたらいいの?」
こんな近くに審理の庭に近い人がいた。それは喜ぶべきことだけど、でもどうしたらいいのかはわからない。
「神は審理の庭で魔王討伐のために勇者を選んだ。そして時を置かずして、勇者パーティー候補のエミルとエミコが入れ替わり、審理の庭で2人が出会った。この2つの出来事に関連がないと思いますか?」
「それは……」
正直、めっちゃありそう。
ありそうだけどさ、じゃあどうしろと?
「俺と一緒に魔王を倒せってことじゃないか?」
「ありえない話ではないと思います」
魔王を倒すなんて……。
私にできるんだろうか?
攻撃だって力まかせの投石とか、あとは普通に殴るとか?
そんなの絵面がシュールすぎるし、エミルにだってできるよね。
「うーん。なりゆきとはいえ候補生だしがんばるけど、でも具体的にどうしたらいいのかしら」
元の世界へ戻る方法に近づいた気がするけど、アプローチ方法が思いつかない。
「神の意志が介在しているならば、エミコの思うとおりにすればそのようになるでしょう。……ああ、話が脱線しましたね。このように勇者は神がお決めになります。そしてあなたの現状も神の意志が関与している可能性があるということです」
この世界に転生や転移があると聞いたことがある。それだって神の意志が関係しているかもしれない。いや、私の知る展開だとほぼ100%神が関係している。もう、それだったらステ振りとかしてみたかったのに!
「とにかくがんばるしかないか。ジョシュアが審理の庭に行ったのも夢なんだよね。行き方は分からないし」
「一緒に頑張ろうぜ!」
ジョシュアがガッツポーズを作ったのを見て、少し肩の力が抜けた。
私も一緒にガッツポーズを作ってからリッカの方を見た。
「さて、そこまでして神が倒したい魔王なんですが、50年前、先代の魔王はメトスさまたちが倒しています。魔王は現存する魔族の中で最も強いものがなります。今までは突出した者がおらず、世界情勢は落ち着いていました。けれど最近になって新魔王が台頭し始めたのです」
「そうだな。ここ数年で急に魔物の被害が増え始めてるな」
ミソシールに向かう途中、魔物に襲われたのを思い出す。それも魔王の仕業なんだろうか?
「最近ではまだ魔族が軍勢を率いて街や村を襲ったりという事例はありませんが、過去の歴史からもそう遠くない未来に起こりえるでしょう」
「じゃあ、やられる前にやっちゃおう的な感じなの?」
「ありていに言えばそうですね」
なんかそれはそれで、逆に人間がヤバいやつら過ぎない?
話し合いとかでなんとかならないのかな。
なんか前に、動植物も魔物も命は等しいとか言ってなかったっけ……魔族は別腹的な? それって違うんじゃない?
……神の意志が介在しているなら、私の思うとおりにすればそのようになるんだよね?
「……がんばろ」
「おう! がんばろうぜ!」
私はジョシュアを見た。穢れのないまっすぐな瞳をしている。
ジョシュアならきっと大丈夫。
そう思って、ひどく安心した。




