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第五十五話「待っていた」

「記録のため、名を述べろ」


「アルテルナです」


「本名を言え」


「そちらの秘蔵っ子にお訊きになればよろしいでしょう」


 ダチー、灯里、ルカ、マラチーが見守る中、アルテルナは尋問室の椅子に座らされていた。


 米村と数人の衛兵が、その一挙一動に目を光らせている。


 執行官は女の向かいに腰を下ろし、瞳を閃かせた。


「貴様と遊ぶために来たのではないぞ、娘。……貴様は今、私的な思惑のために我が国を揺るがせたと認めたのだ。……そのうえ、この尋問の場で我らを嘲るつもりか」


「ええ、もちろん。……取り引きで約したこと以外、あなた方に情報を差し上げる気は一切ありません」


「人間の小僧一人が、ヴォルティアナ政府全体より重い価値を持つと、本気で考えたのか」


「考えました。……あなた方は、あの方が本当は何者なのか、いまだ認めようとしない。……認めていたなら、とうにこの国の鍵を手渡していたでしょうから」


 米村が喉の奥で笑う。


 だがアルテルナの顔は微動もしなかった。


「お仲間の藤田様に訊いてごらんなさい」


 アルテルナが鼻を鳴らす。


「何しろ、そもそも私を梅子へ招いたのは、あの方なのですから」


「あの男が何をしたと?」


「聞こえたはずです」


 米村が素早く衛兵へ頷く。


 衛兵は一言も命じられぬまま部屋を出ていった。


 ほどなくして、明が中へ連れてこられる。


「なんだ? こっちは後始末で忙しいんだ。何の用だ」


「敵を梅子へ招き入れたそうだな。なぜそのようなことをした。……貴殿は長の一人なのだぞ!」


 明が息を吐いた。


「なあ。あんたらが怯えて動くからといって、俺までそうするとは限らん。……結果を見てみろ。俺たちは、大切な氷の将軍が貴族を殺しかけたわけではないという、生きた証拠を手に入れたんだ」


「だが、この女があの一件を丸ごと引き起こしたことに変わりはない。……届いている報告によれば、梅子にも甚大な被害を与えたそうだな。操業に支障は出るのか」


「出るかもしれん。だが長くは続かない」


「それでは不十分だ。……王妃陛下からの発注はどうする」


「心配するな。人をやって、荷はもう送らせた。……そのうえ、陛下には特別な贈り物も用意してある。技術属性の小僧が自分で作ったやつだ」


「そうか」


 明が顎を撫でた。


「なあ、梅子があの小僧をもらっても構わんよな?」


「構うに決まっている。……今のヴォルティアナには、確保できる限りの兵力が必要だ。……男爵夫人が、S-1の隊員を――まして器《ホルダー》の弟を――ただ『もらう』ことなど許すはずがない」


「そこは本人に決めさせるべきじゃないか? ……それに、あんたらが本土と呼んでいるこの混乱から、あいつを遠ざけてやれる」


「己の権限を押し通そうとするな、藤田」


 明は手を振って聞き流し、部屋を出るとマラチーへ歩み寄った。


「よう、小僧。島ではよくやったな。……どうだ、正式に梅子の研究者にならないか?」


「本当ですか?」


 マラチーが息を呑む。


「おい、待て」


 ダチーが割り込んだ。


「こいつを島へ連れていって、自分たちのために働かせる気か?」


「まったく違う。……梅子ではすでに、優秀な人材を何人か失った。重要な連中をな。……俺が望んでいるのは、この小僧に正式な研究開発班の一員になってもらうことだ。もちろん、本土と島は好きなときに行き来していい」


「じゃあ、俺たちはここに残らなきゃならないってことか。……冗談だろ」


 マラチーがダチーの両肩を掴んで揺すった。


「これがどれだけすごいことかわからないの? 本物の研究者だよ! 本物の仕事だ! もっと機体を作れるし、もっと革新的な技術だって生み出せる!」


「けど、俺たちは離れ離れになる。……母さんに会うのも、もっと難しくなるぞ」


 マラチーの動きが止まった。


「母さん……?」


「ああ、忘れたのか。……母さんとアヤナは、海の向こうで待ってる。……俺たちには母さんが必要だし、母さんにも俺たちが必要だ」


 マラチーの手が震えた。


 それでも、深く息を吸う。


「だったら……母さんの病気を治せるものを、僕が作れるかもしれない」


 そして明を見た。


「梅子では、医療関係の研究もしているんですよね?」


「当然だ。大抵の病気なら治せる。王妃も、何かあれば俺たちを呼ぶからな」


「ほら、兄さん! やれるよ! 兄さんも来るべきだ! 一緒に組んで、発明品を作って、いろんな発見をしていけばいい!」


「そこまでは、まだ何とも言えないな」


 ダチーが認める。


「私も同意見だ」


 灯里が言い放った。


「お前たち二人は、ここに留まるのが最善だ。……梅子のことは、梅子の者たちに任せればよい」


「おいおい、姫殿下」


 明が呻く。


「器《ホルダー》とその弟に、四六時中張りついている必要もないだろう」


「あるとも! この二人が行く先々で、必ず敵が襲ってきた! ……その手先が殺人を認めたからといって、それが突然止まるとでも思っているのか!」


「まあ、それは……」


 灯里が首を振った。


「家へ戻るぞ。……藤井も、もう連れ帰られているはずだ」


「光と沙織はどこだ?」


 ダチーが訊く。


「邸にいる。光は今、あの子の心が壊れないよう支えるので精いっぱいだ。……お前が我らの懐へ連れ込んだ、あの畜生のせいでな」


 マラチーが立ち去ろうとしたところで、明がその腕を掴んだ。


「待て。返事はどうする、小僧。来るのか、来ないのか」


「その……少し考えさせてください! すごくいい話だとは思います!」


 森野が二人の間へ割って入った。


「うむ。確かに、実にいい話だ。……行くぞ、坊主ども。この男に核爆弾まで作らされる前にな」


「将軍か」


 明が見取る。


「監督官。我らはこれで失礼する」


 森野が少年たちを外へ導き、灯里とルカも後に続いた。


 明は尋問室のほうを振り返る。


 アルテルナと米村は、まだ話を続けていた。


「ふむ」


 室内では、衛兵たちが女へ銃口を据え続けている。


 米村は何度も室内を往復した末に足を止め、机へ掌を叩きつけた。


「誰の命令だ。……その『主』とやらについて話せ。……先ほど口にした上役についてもだ」


「あの方々は、ヴォルティアナ族がお嫌いです」


「その程度は明白だ。……名が要る。素性が要る。関わっている種族もだ。……追跡の手掛かりになるものなら何でもいい。差し出せば、量刑を軽くしてやる」


 紫の雷光が、アルテルナの腕の上で踊った。


「教えません。……意見が合わずとも、私は仲間を売るような真似はしない。……ヴォルティアナ族など、地獄で焼かれるがいい」


「ならば残念だったな。……B房棟が、新たな重要犯を待っている。……藤井の空いた房が、さぞ貴様に似合うことだろう」


 米村が衛兵へ頷いた。


「連れて行け」


 衛兵たちがアルテルナを掴み、部屋の外へ押し出す。


 廊下を連行されながら、女が短く振り返った。


「あなた方は後悔しますよ、執行官。……私を行かせるべきでした」


「そうだな。そして誰もが我らを愛している」


 米村が鼻を鳴らした。


「芝居はよせ。……今回は、貴様が利用できる劇場など無い」


 女は外へ引きずり出され、護送車へ乗せられた。


 米村が外へ出て、その車が走り去るのを見送る。


 千里が傍らへ歩いてきた。


「執行官」


「法官。……すべて片付きましたか」


「まったく。……藤井将軍を自宅拘禁に留めるなど、私の望んだ結末からは程遠い。……ですが寛大にせざるを得ませんでした。さもなくば、公平性を欠いたとして王妃陛下から咎められますから。……あの代物からは何を得ましたか」


「口を割りません。脅しを並べるだけです」


「ふん。……話すことを拒み続けるのなら、処刑予定に組み込みなさい。……そして、あなたの魔法で確実に抑え込んでおくこと。……もう一度飛鳥のような事件が起きれば、民衆の信頼は永久に損なわれます」


「承知しました。拘束は維持します」


 千里が歩き出した。


「どちらへ?」


 米村が訊く。


「王妃陛下と話しに」


 高級車が寄せてきて、千里はその中へ乗り込んだ。


    *


 ダチーたちはS-1邸へ着き、S-3の装甲指揮車から降りた。


 玄関の扉は、すでに開いている。


 森野に別れを告げ、少年たちが中へ入った。


「ええと……ただいま?」


 ダチーが声を投げる。


 藤井は長椅子に座り、麦酒を啜っていた。


 左足首には監視装置が嵌められている。


「ん?」


 寝惚けた声が返ってきた。


「ああ。よう、お前たち。……一杯どうだ?」


 瓶を掲げてみせる。


 灯里が即座にそれを叩き落とした。


「何をしているのですか、将軍! 解任されたわけではありません。ただ自宅拘禁を命じられただけです!」


「同じことだろ」


 灯里が頭を抱えた。


「まったく。……そしてこれが、私の選んだ隊なのだな。……将軍、娘たちはどこです」


「裏庭だ。……光は賢いな。新入りの娘を俺から遠ざけている。……あんな姿を見せずに済めばよかったんだが」


「将軍……」


 灯里が首を振った。


「もう結構です。お好きになさってください」


 灯里が裏庭へ出て、ダチーもその後を追う。


 沙織と光は池の傍らに座っていた。


 沙織がそっと両足を水へ浸している。


「二人とも」


 灯里が声をかけた。


「一日中ここにいるわけにもいくまい」


 光と沙織が息を呑み、危うく池へ落ちかける。


 跳ね上がった水がダチーへかかり、目元を拭う羽目になった。


「もう、灯里!」


 光が声を上げる。


「そんなふうに人を驚かせないでよ!」


 沙織が立ち上がり、ダチーに気づいた。


「あ……」


 ダチーが頭を掻く。


「よう、沙織。……法廷でのことは悪かった。……けどほら、おかげで藤井の殺人容疑は晴れただろ? それに……あの女は牢へ入れられる」


 沙織が腕を組み、顔を背けた。


「ああ、まずいな」


 少女は足音を響かせながら邸の中へ戻り、ダチーだけがその場に残された。


 光が気まずそうに笑う。


「少し時間をあげたら? ……あなたのやったこと、かなり間抜けだったもの」


「だが、結果は出た」


 灯里が指摘する。


「あとは反逆罪のほうを、どうにかするだけだ」


「でも沙織は傷ついてる。……それに、あの子はまだ藤井将軍とも話そうとしない。……可哀想に、今は頭も心もぐちゃぐちゃなのよ」


 ダチーが手を上げた。


「俺なら何とかできると思う。少し時間をくれ」


「ダチー、待――!」


 ダチーは邸へ入り、階上へ向かった。


 沙織の部屋の扉を開けると、少女は寝台へうつ伏せに横たわっていた。


「沙織?」


 沙織が頭を上げる。


「なぜ……なぜ追ってきたんですか。……放っておいてください。お願いします」


 ダチーは寝台へ歩み寄り、その背へ手を置いた。


「なあ、アルテルナの件は悪かった。……けど、藤井だけが閉じ込められたままで、あいつが逃げ切るなんて不公平だろ?」


「あの人は無実ではありません」


 少女が返す。


「あの人たちの話を聞いたでしょう。……それにあなたは、どのみちあの女が罪を免れられるように取り引きしていた。……何の意味もありません」


 沙織がその手を払いのける。


「そうか。……あんたがそう望むならな。……そういえば、母親の具合はどうだ」


 沙織が拳を握り込んだ。


「まだ昏睡したままです。……あなたが連れてきた、あの女のせいで。……なぜです。なぜ殺さなかったんですか」


「なんだよ――ごほん。俺は、そう簡単に人を殺したりしない。……裁判官と陪審と処刑人を、一人で兼ねるなんて正しくないだろ。正当防衛でもない限りな」


「正当防衛です! あの女は人ではありません! 狂っているんです! 母上を刺して、必要ならもう一度やると言った! 大勢の人を殺した! ……なぜあの女に、もう一度機会を与えるべきだと思えるんですか!」


「与えるべきとも、与えるべきじゃないとも言ってない。……ここまで来させるには、取り引きをするしかなかったんだ。……打ち負かしたとしても、あいつが俺たちより多くのことを知っているのは明らかだろ」


 ダチーが自分の手を見た。


「どいつもこいつも、俺より多くを知ってる。……俺はただ家に帰りたかった。……こんなことに関わるつもりなんて、何一つなかったんだ」


 沙織が身を起こす。


「家。……あなたは、よくそう言いますね。……海の向こうは、本当にそれほど良い場所なのですか」


「ここよりはましだ。それだけは言える。……襲ってくる奴もいない。力を奪おうとする奴もいない。自分の主張を通すために都市を吹き飛ばす奴もいない。……戦争だってない。……いるのは、普通の人間だけだ」


 ダチーが顔を背ける。


「あんたが俺を嫌う理由、知りたいか。……俺が、自分で何をやってるのかまるでわかってないからだ。……力? 戦争? ヴォルティアナ族? ……そんなもの、俺のいた場所には一つも存在しなかった」


 沈黙が下りる。


 そして――


「お願いします」


 沙織が乞うた。


「もう、行ってください」


「わかった」


 ダチーは部屋を出て、自室へ戻った。


 そこで、寝台の上に母とアヤナの写真が置かれていることに気づく。


「ああ、これ……忘れてたな。マラチーが置いたのか?」


「いいえ。私です」


 ダチーが跳び退いた。


 その背後に立っていたのは、他ならぬアルテルナだった。


「なんだと? 牢にいるはずだろ!」


「あなたは約束を破りました」


 女が声を尖らせる。


「ならば私も、自分の約束を破ります」


「なんだ? 何の話をしてる」


 アルテルナが、耳を聾するほどのおぞましい遠吠えを上げた。


 ダチーは堪らず両耳を覆う。


 二人の足元から、黄色い雷光が弾け始めた。


「イオニクス! 捕らえました!」


「放せ、この女!」


 床から門が形を成し始める。


 まさにそのとき、マラチーが部屋へ駆け込んできた。


「兄さん!」


 即座に腕からプラズマ砲を成し、後援者へ何発もの光弾を撃ち込む。


 だがアルテルナの姿は掻き消えた。


「分身か!」


「マラチー、下がれ!」


 ドォンッ。


 雷の一撃が、兄弟を反対側の壁へ吹き飛ばした。


 罅割れた肌と長い黄色の髪を持つ、背の高い後援者が門から現れる。


 その声は大きく歪んでいた。


「器《ホルダー》」


 男が告げる。


「会えて何よりだ」


 ダチーの背後に雷の門が開き、イオニクスがその体を掴んで、門の中へ引き込み始めた。


「駄目だ!」


 マラチーがダチーを突き飛ばす。


 その勢いは、兄を扉へ叩きつけるほどだった。


 イオニクスが動きを止める。


「ふむ。弟のほうか。……技術属性。よかろう。自ら犠牲になるというのなら、餌としてはこちらのほうが上等だ!」


 イオニクスがマラチーを掴み、門の中へ引きずり込む。


 ダチーは即座に飛びついた。


「そいつを放せ!」


 二人が消える前にマラチーの足を掴み、そのまま自らも引きずり込まれ始める。


「兄さん! 放して!」


「嫌だ! 弟を返せ!」


 強烈な一引き。


 ダチーの体が、さらに深く門へ沈んだ。


 すでに体の半分が、その向こうへ呑まれている。


 だが、それ以上落ちる直前、その脚を誰かの手が掴んだ。


「灯里?」


 姫が全力で引いている。


「灯里、ここから離れろ!」


 灯里がダチーを引き戻そうとし――そのまま足を滑らせ、自らも落ちかけた。


 光が灯里の脚を掴み、続いてルカが光を掴む。


「その者たちを放せ!」


 灯里が命じた。


「ううっ!」


 光が歯を食い縛る。


「なんで、こんなに力が強いのよ!」


 ルカが大猩猩へ変わり、渾身の力で引く。


 だが、それでも何の効果もない。


 沙織が部屋へ駆け込んできた。


「みんな!」


 両腕をルカへ回し、必死に引き戻そうとする。


 一同がなおも前へ引きずられる中、藤井が沙織を掴んで引いた。


「おい! 俺の隊を放せ! でなければ、俺が相手になるぞ!」


「もう十分だ」


 イオニクスが告げた。


「貴様ら全員、苦しむがよい」


 一引き。


 マラチーが虚の中へ落ちた。


 ダチーが、その後を追って自ら飛び込む。


「戻ってこい!」


「兄さん!」


 灯里が引きずり込まれ、続いて光、ルカ、そして沙織が落ちていく。


 門が閉じ始める中、藤井が駆け寄り、その向こうへ飛び込もうとした。


 だが手が届く寸前、門は完全に閉ざされた。


「くそっ!」


 そして雷光が消えた。


    *


 ダチーは底の見えない虚の中を落ち続けていた。


 その周囲に、幾つもの門が開いては消えていく。


「みんな? マラチー? 誰かいるか!」


 落下は、何時間にも感じられるほど長く続いた。


 やがてダチーは、ようやく正面に現れた門の一つへ飛び込む。


 ドォンッ。


 固い地面へ叩きつけられた。


 その瞬間、幾つもの光が顔へ降り注ぎ、女の声が耳をつんざいた。


『どうやら、今宵の主役がお出ましのようです! ようこそ、ダチー・ジョーンズ!』


 ダチーが顔を上げる。


 黒い空が、その土地を覆っていた。


 周囲を見回して初めて、そこが巨大な闘技場の中央であることに気づく。


 観客席には、影のような観客が何千と並んでいる。


 正面には、一人の少女が背を向けて座っていた。


 束ねられた白い髪。


 少女がゆっくりと首を巡らせ、ダチーはその瞳が赤いことに気づいた。


「あ、あんたは……?」


 少女の腰には刀が差してある。


 それを静かに抜き放つ。


「ダチー・ジョーンズ……」


 少女が立ち上がった。


「ずっと待っていた」

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