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第五十四話「判決」

「速報です! 藤井将軍の審理が、ついに開廷しました! 無法者はすでに訴追を組み立てていますが、S-1部隊は法官に藤井将軍の無実を認めさせられるのでしょうか。……そして、S-1と行動を共にする、あの謎の女性は何者なのでしょう!」


 法廷では、傍聴人たちの視線がアルテルナへ集中していた。


 法官が木槌を台へ叩きつける。


「静粛に」


 その声は、研ぎ澄まされた刃のように鋭い。


 ダチーの背筋を寒気が駆け抜けた。


「ダチー・ジョーンズですね」


 千里が問う。


「あ、はい」


「なぜ、その……代物を法廷へ連れ込んだのです。……ここに用のある存在とは思えませんが」


「ああ、いや。その人は重要な証人なんだ。証言することにも同意してる。……だからここへ連れてきて、藤井に公正な機会を与えるのが一番だと判断した」


 千里が目を細めた。


「そうですか」


 途端に、傍聴席から無数の囁きが噴き出す。


「後援者を連れてきた? 正気なのか?」


「器《ホルダー》なのは知っているが、本当に何をしても許されるのか? ……危険すぎるだろう!」


「あいつは人間だぞ。もし我々を裏切ったらどうする? 全員おしまいだ!」


 千里が再び木槌を叩いた。


「静粛に、と申しました。……その無意味な囁きをやめなさい」


 法廷が一瞬で静まり返る。


「あなたが身元を保証した以上」


 千里が続けた。


「今のところは、このまま進めましょう。……ですが、この件が見過ごされることはありませんよ、若者」


「ああ。それで構わない」


 千里が台の上に置かれた書類へ目を落とす。


「藤井剣士。……殺人、反逆、ならびに幇助の容疑がかけられています。……審理を始める前に、自ら述べておきたいことはありますか」


「まあ」


 藤井が口を開く。


「あんたは相変わらずだな。……特に言うことはない。『さっさと始めよう』くらいだ」


 ほんの一瞬、ダチーには千里の額に血管が浮かんだように見えた。


 だが女は何事もなかったかのように髪を撫でつけ、無法者へ目を向ける。


「千咲、我が娘よ」


 千里が告げる。


「法廷へ案件を提示なさい。……仔細を一つたりとも省かぬように」


「もちろんです、母上」


 千咲が答えた。


「ここにいる藤井将軍は、我が国の敵対勢力と共謀し、最も名高い貴族の一人を暗殺しかけました。……その行為により、我が国へ甚大な損害をもたらしたのです」


「難しい言葉ばっかり使ってるな」


 ダチーが小声で漏らす。


「あれが無法者のやり方だ」


 灯里が囁いた。


「優美な弁舌で聞く者を引き込み、正確な反論であらゆる主張を封じる」


 千咲が法廷の中央へ歩み出る。


 その傍らに、飛鳥の劇場を映した立体映像が浮かび上がった。


「証拠その一」


 千咲が映像の舞台へ触れる。


 藤井の刃が、静の腹へ突き刺さった瞬間が映し出された。


「遺体の状態から判断して、被告人は舞台裏の衛兵たちを殺害した後、この行為に及んでいます。……そして、さらに詳しく御覧ください」


 劇場から逃げていくヌルスとオシックスの姿を指す。


「いわゆる真犯人とされてきた者たちは、この犯行へ直接加われる位置に存在していません。……そして仮に、この二人が藤井剣士へ殺人を依頼していたとしても、実際に刃を振るったS-1将軍が全面的な責任を負うことに変わりはありません」


 千咲が指を鳴らす。


 立体映像が切り替わり、千咲と光が同じ部屋へ座っている記録が映し出された。


『現場に残された遺伝情報は、藤井剣士のものと九十九・八パーセント一致した。そう証言するのですね』


『はい』


『そして、藤井剣士ではない別人に由来する可能性は、〇・二パーセント未満であると』


『はい』


 映像が止まる。


 千咲が記録の中の光を指した。


「被告人自身の兵士でさえ、遺伝情報がほぼ完全に一致していると確認しています! ……これで足りないというなら、いったいこれ以上、どのような証拠が必要なのですか!」


 少年たちが揃って光へ目を向けた。


 光が両手を上げる。


「何よ? 嘘をつけるわけがないでしょう! そんなことをすれば、それこそ反逆罪よ!」


「なあ、あんたは藤井を牢へ入れたいのか?」


 ルカが言い立てる。


「入れたくないわよ! でも私が嘘をついたら、どのみち将軍は有罪になるでしょう! ……それに、こっちには証人がいるじゃない。本物の下手人が!」


「ああ。あの女が急に寝返らなければな!」


「まったく」


 ダチーが息を吐く。


「どうやって、こんなところから抜け出せばいいんだよ。……アルテルナ、取り引きは覚えてるよな?」


「ふむ。覚えていますよ」


 アルテルナが千咲を眺めた。


「ですが、訴追側は法典を丸ごと持ち込んできたようですね。……私がわざわざ助ける意味はあるのでしょうか」


「もうここまで来ただろ?」


 ダチーが指摘する。


「それに今ここを出ていけば、あんたを守る奴は誰もいなくなるぞ」


「坊主の言うとおりだ、アルテルナ」


 藤井も同意する。


「あんたが語っていた外交は、どこへ行った?」


「ふん。……ならば、私の助力に見合う結果を出していただきましょう」


 千咲が手を動かす。


 次に映し出されたのは、B房棟での記録だった。


 藤井と米村、そして灯里と光の会話が流れ始める。


『認めよう。俺は、お前たちに完全な真実を話していたわけじゃない。……お前たちが相手にしているあの連中とは……以前にも関わったことがある』


『あの連中は、考え得る限りで最悪の敵だ。……俺たちを瓦礫へ変えるまで、どんな手を使ってでも止まらん』


 傍聴席の各所から、息を呑む音が上がった。


「あの男……後援者のことを知っていたのか?」


「やはりそうだ! 有罪ではないか!」


「なぜ審理など続けている! さっさと閉じ込めろ!」


 千里の厳しい眼差しが、囁きのすべてを一瞬で鎮めた。


「続けなさい、娘よ」


 傍聴席では、森野、中田、明、修が成り行きを見守っていた。


「剣士に不利な証拠が、山ほど積まれとるな」


 森野が漏らす。


「殺人容疑を崩せたとしても、反逆罪まで免れるには足りんかもしれん」


「有罪となれば、追放です」


 中田が告げた。


「アルテルナは狡猾だな」


 明が低く言う。


「この罠を丸ごと組み上げ、誰にも手出しできない状況を作った。……この衛兵どもが自分を捕らえようとした場合に備えて、二の手を用意していても驚かんぞ」


「裁判所は完全に包囲しております、監督官」


 修が答える。


「何か小細工を試みても、どこへも逃げられません」


「よし。……一度はあの女を倒したが、二度目の勝負に賭ける気はない。これだけ大勢が集まっている場所ではな」


 千咲が手を払うと、B房棟の映像が消えた。


「藤井将軍が非常に長く生きていることは、我々全員が承知しています。……ですが、どうやら我々が知っていたのは、それだけだったようですね」


「始まったぞ」


 藤井が鼻を鳴らす。


 アルテルナは口の端を上げた。


「さて」


 千咲が続ける。


「事件の全容は明白です。藤井将軍は共謀者の一人に、王妃陛下からの通信を偽装させた。……その隙に密かに舞台裏へ回り込み、共謀者へ向けられる捜査を逸らすに足るだけの惨事を引き起こしたのです」


 そしてダチーを指す。


「しかし、器《ホルダー》とS-1部隊の働きによって、その企みは失敗しました」


「異議あり!」


 灯里が立ち上がった。


 傍聴席で亜斗夢が鼻を鳴らす。


「見ろ、あの女を」


 冷ややかに評する。


「相変わらず声だけは大きい。……藤井は自らの代弁者となる王族を誤って選んだ。……そのせいで、我らは最強の将軍を失うのだ」


 千里が片眉を上げた。


「続けなさい、姫殿下」


「舞台裏の映像はどこにある」


 灯里が千咲へ迫る。


「藤井将軍が密かに舞台裏へ回り込んだというのなら、なぜその姿を捉えた記録が一つもない。……なぜ現場は綺麗に洗い流されていた。……まさか、そちらが証拠へ手を加えたのではあるまいな」


 再び、傍聴席から息を呑む音が上がった。


 千咲がすぐさま前へ出る。


「まず第一に、現場を洗い流してなどおりません。我々は証拠を収集したのです。……そして第二に、舞台裏の映像は存在しません。写影機が破壊されていたからです」


 藤井へ指を突きつける。


「この者自身の手によって」


「実に都合がいいな。……写影機は破壊され、残った証拠はすべてそちらの管理下にある。……私情によって審理を歪めていないと、どうして断言できる」


 法廷中がざわめいた。


 千咲と千里が揃って灯里へ鋭い眼差しを向ける。


 千咲はすぐに表情を整えた。


「証拠は証拠です。……どれほど侮辱を並べようと、藤井将軍の関与を否定する反証にはなりません」


 ダチーが片手を上げた。


「ええと……異議あり、でいいのか! この人が言ってることを全部覆せる相手が、こっちにいる!」


 千里が席へ身をもたせかける。


「ほう。……では、その者を証言台へ」


 ダチーがアルテルナを導いた。


 女は気負う様子もなく、弁護側の卓に近い証言台へ歩み寄る。


 備えつけられた拡声器の前へ立った。


「私のことは、アルテルナとお呼びください」


 法廷を見渡す。


「あの兵士たちを殺したのは私です。……そして、中村静様を刺したのも私です」


 その傍らにダチーが立つ中、法廷から一切の音が消えた。


「異議あり!」


 千咲が声を尖らせる。


「この者が嘘をついていないと、どうしてわかるのです! ……藤井の代わりに罪を被るための策略かもしれません!」


「私には嘘をつく理由がありません。この程度の主張にも自信を持てない愚か者」


 アルテルナが冷たく言い放つ。


「私がやりました。必要とあらば、躊躇なくもう一度やります。……我が主と上役たちは器《ホルダー》を求め、その最も強力な守り手を排除したがっていた。……私がそれを成し遂げたのです。……我々は友ではないのですから、今さら驚いた振りはおよしなさい」


「それを証明できますか」


 千里が問う。


 アルテルナは腕を組んだ。


 その姿が揺らぎ、藤井と瓜二つの姿へ変わる。


 傍聴席から、さらに大きなどよめきが上がった。


「確かに、姿を変えられるようですね」


 千咲が認める。


「ですが、それだけでは何の証明にもなりません! オシックスにも同じことができた。そして、あの者が実際に刃を振るった下手人ではないことは、すでに判明しています。……では遺伝情報はどう説明するのです。現場に残された氷は?」


 藤井の姿をしたアルテルナが片手を伸ばす。


 その手の中に、氷の刀が形成された。


 一薙ぎ。


 氷の衝撃波が法廷を走り、全員の頭上を通過する。


「私は形属性を持っています。……ほぼあらゆる者の姿だけでなく、その力と遺伝情報まで複製できるのです」


 法廷が完全な静寂に包まれた。


「馬鹿な!」


 千咲が叫ぶ。


「では、藤井は完全に無実だと言うのですか! この者は何一つ悪事を働いていないと!」


「否。この者は、多くの悪事を働いています」


 千咲の動きが止まる。


「偽りの約束」


 アルテルナが静かに挙げていく。


「大量殺人。……自らの小さな相棒を送り込み、我が民の土地を蹂躙させたこと。……この者は初めから、我が民に対する思惑を抱いていました。……だからこそ、私はこの者を嵌めた」


 藤井へ目を向ける。


「この一件の原因は、確かにこの者です。……ただし、あなた方が考えているような形ではありません」


「な……何ですって?」


 千咲が言葉を失う。


 藤井が拳を握り締めた。


「やはりな」


「何の話をしてるんですか、将軍」


 マラチーが問う。


「くだらん話だ。……遥か昔のな」


 アルテルナが軽く手を振った。


「いずれにせよ、その過去は今の問題ではありません。……真実はこうです。私は必要に迫られて、この者を嵌めたのではない。……そうしたかったから、そうしたのです」


 法廷を見渡す。


「あなた方の大切な兵士たちも、優美な貴族も、舞台裏の写影機も。……すべて私がやりました」


 衛兵たちが即座に小銃を構え、アルテルナへ銃口を向けた。


 千里が脚を組み、身を乗り出す。


「なるほど。……今、自ら重大な罪を認めたことは理解していますね。……あなたの共謀者たちは、正式な処罰を受けるためにここにはいない。ですが、あなたは確実に罰せられます」


 そして藤井へ視線を移す。


「お二人ともね」


 アルテルナが舌を鳴らした。


「いいえ」


 ダチーのほうへ身を寄せる。


「こちらのお友達が、私はあらゆる法的責任を免れると約束してくださいました。……まさか今になって、その約束を破ったりはしませんよね?」


 千里が声を上げて笑った。


「あなた方の種族は、あまり知恵が回らないようですね。……器《ホルダー》は、この政府の一員ではありません。……ゆえに、我が政府の内でいかなる決定を下す権限も持たない」


 その瞳が、翠玉の光を帯び始める。


「その権限は私にあります。……おわかりですか」


 アルテルナを見下ろす。


「そして、あなたの価値は器《ホルダー》の遥か下です」


 衛兵たちがアルテルナの両腕を掴んだ。


「あら? ……そういう遊びをなさるのですね」


 千里はその言葉を無視した。


「奥へ連れていきなさい。……後ほど、追加の尋問のために呼び戻します。……我々には再開すべき審理があります」


 衛兵たちに連行されながら、アルテルナが困惑するダチーの横を通り過ぎる。


「傷つきましたよ、ダチー。……私は本当に、あなたを信じていたのに」


「なんだよ、俺だって知らなかった! こうなるつもりでここへ来たとでも思ってるのか?」


「いいえ、いいえ。……責任があなたにないことは理解しています」


 アルテルナが微笑む。


「それでもあなたは、取り引きが破られた代償を払わねばなりません」


 衛兵が女の背を押し、法廷奥の部屋へ連れていった。


 灯里が息を吐く。


「ようやくだ。厄介事が一つ片づいた」


 千咲が母へ向き直る。


「さて。あの者は犯行を自白しました。……ですが、同時に藤井が事件へ間接的な責任を負っているとも認めています。……この者を自由にするわけにはまいりません、母上」


 千里の意識がS-1部隊へ向いた。


「判決を下す前に、最後に述べておきたいことはありますか」


 灯里が証言台へ立つ。


「一つだけ申し上げます。……犯していない罪を理由に、我が国で最も強力な戦士の一人を拘束し続けることは、戦略上の大きな不利益となります」


 一度、藤井へ目を向ける。


「確かに、この方は過去に何かを為したのかもしれません。現時点では、証明も反証もできない何かを。……ですが我々は、この方が我が国のために為してきたすべてを目にしてきました。……その功績は、この方に疑われるいかなる関与よりも重く扱われるべきです。……まして、実際に刃を握った者が明らかになった以上は」


 傍聴席では、森野、明、中田が、奥の部屋から戻ってくる衛兵たちを見ていた。


「結局、あの女を逮捕したか」


 森野が言う。


「それでいい。……あの坊主も、あのような取り引きは軽々しく結ぶものではないと理解してくれればよいが」


「問題はそこじゃない」


 明が警告した。


「問題はアルテルナだ。……あの女は、仲間たちと同じくらい不安定だ。さっきの顔を見たか? 激怒してるぞ」


「米村が間もなく奥へ向かうはずです」


 中田が答える。


「保安の長が能力を抑えていれば、小細工を打つことはできません」


「あの女が、自分の手で何かをするとは限らんだろう。……ダチーが、あいつを我が国の中枢まで手を引いて連れてきたんだ。……二の手も用意せず、あのような取り引きを受ける女ではない」


 森野が斧の柄を握った。


「ならば、備えるまでだな」


 中田も刃へ手を置く。


「はい。将軍が三人、長も複数いるこの場から、逃がしはしません」


 裁定者の席から、千里が立ち上がった。


「十分に聞きました。……本件について、判断を下します」


 法廷中が息を潜める中、千里が咳払いをした。


「藤井剣士。……殺人の容疑については、無罪とします」


 歓声が上がるより早く、千里が片手を掲げた。


「そして、反逆の容疑については――有罪とします」


 衛兵たちが即座に藤井の両脇を固める。


「国外追放には処しません。幸運に思うことです。……ですが、無期限の自宅拘禁を命じます」


 千里の声が法廷へ響き渡る。


「今後、自由に外出すること、部隊を率いて任務へ赴くこと、そして自らの敷地から一歩でも外へ出ることを、一切禁じます」


「落とし穴か」


 藤井が唸った。


「いつだって落とし穴だ」


 千里が再び席へ腰を下ろす。


「では、その罪人を私の視界から外しなさい」


 衛兵たちが藤井を連行していく。


 S-1の誰一人として、それを止めることはできなかった。

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