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第四十九話「第二の魂」

 B房棟。


 米村は薄暗い廊下を進み、叫び続ける囚人や、泣き崩れる人間たちの前を通り過ぎていった。


 その突き当たりの房で待っていたのは、他ならぬ藤井剣士だった。


「元将軍、藤井剣士」


 米村が呼びかける。


「保安の長殿か」


 藤井が返した。


「あんたと法官が俺を閉じ込めた成果でも、目の前で誇りに来たのか?」


「私が面白半分でこのようなことをしていないのは、よく承知しているはずだ。……秩序には犠牲が伴う。そして法官は、その秩序の極致にある御方だ」


「そりゃ素晴らしいな、同志。……俺の部隊はどうしてる?」


「無事だ。承知のとおり、虹属性者がS-1部隊へ編入された。男の隊員たちは王妃陛下の発注を果たしている。そして姫殿下は――その頑固さを遺憾なく発揮し――貴様に代わって弁護を組み立てようとしている。……つまり、貴様の不在にもかかわらず、事は実に順調に進んでいると言えるな」


 藤井は寝台へ身を投げ出した。


「結構。……最強の部隊が、俺に四六時中張りついてもらわなくても動けるとわかって何よりだ」


 米村が目を細め、藤井を真っ直ぐに睨む。


「貴様は何かを隠している。……器《ホルダー》と後援者について、これまで明かしてきた以上のことを知っているのだろう」


 藤井が肩をすくめた。


「さて、何のことやら」


「時に愚かな真似をする男とはいえ、貴様があれほど稚拙な罠に嵌まるとは思えん。……そのうえ、逮捕されたときもあまりに従順だった。抵抗もせず、逃走を試みることもなかった。……考えられるのは二つに一つだ。貴様が我々の知らぬ何かを知っているか、初めから敵と通じていたか」


 藤井の顔から笑みが消えた。


 その眼差しが、恐ろしいほど真剣なものへ変わる。


「質問が多すぎるぞ、執行官。……あんたは本当のところ、何を狙ってる?」


「ダチーだ。……飛鳥での変貌について知らされたとき、貴様は驚かなかった。驚愕の兆し一つ見せなかった。……あの少年が何者なのかを我々が知る以前から、貴様は常に奇妙な関心を寄せていた」


「あの坊主を追い詰めすぎるなよ」


 藤井が警告する。


「膨らんだ風船へ針を刺せば、破裂するかもしれんぞ」


「何だと――?」


 米村が問い返すより先に、灯里と光が房棟へ入ってきた。


 二人とも沈痛な面持ちで、藤井と目を合わせようとしない。


 それでも藤井は笑みを浮かべた。


「おお、我が娘たちではないか! 会えて何よりだ、お前たち!」


 二人は応じなかった。


「ふむ。……中村家のお嬢さんは、見舞いには来なかったようだな」


 先に口を開いたのは光だった。


「将軍……お願いです。本当のことを話してください。……あれは嘘だったのですか。今まで私たちに話し、見せてきたすべてが、嘘だったのですか」


 藤井は長いあいだ黙っていた。


「ふむ。……なぜそんなことを訊く、光」


「私は現場に残された、あなたの遺伝情報を感じ取りました。……あなたはあそこにいた。それは間違いありません。……でも、私たちの誰にも見られずに、あの場所にいられる方法は一つしか……」


 光の声が途切れる。


 代わりに灯里が一歩踏み出した。


「――ご自身で手を下した場合だけです」


「死んだ者たちには、済まないと思っている。本当にな。……だが、話せることは多くない。事情は複雑だ。それに、俺をここへ封じ込めている女は、俺の詫びなど聞きたくもないだろう」


「話せないのですか」


 灯里が問う。


「それとも、話さないのですか」


 藤井が片手を上げると、一同は静まり返った。


「認めよう。俺は、お前たちに完全な真実を話していたわけじゃない。……お前たちが相手にしているあの連中とは……以前にも関わったことがある」


 少女二人が息を呑む。


 米村はただ目を閉じた。


「あの連中は、考え得る限りで最悪の敵だ。……俺たちを瓦礫へ変えるまで、どんな手を使ってでも止まらん。……俺がここに座っている時間が長くなるほど、連中は自分たちの梃子が大きくなったと思い込む」


「どうやってあなたを信じろというのです!」


 灯里が詰め寄る。


「証拠のすべてがあなたを指している! あなたが犯人ではないと説明できる材料が、一つも無いのですよ!」


「信じなくていい。……ただ、自分の勘に従え。……俺を助けろと告げているなら、そうしろ。助けるなと告げているなら、それもまた選択だ」


「では、貴様の勘は何と告げている?」


 米村が問う。


「ダチーと坊主どもが、深刻な面倒に巻き込まれているとな」


    *


 マラチーが自分の展示ブースを片づけていると、ルカが展示会場へ駆け込んできた。


「全員、外へ出ろ! ここはもうすぐ襲撃される!」


 戸惑った客たちが振り返り、ルカを睨みつける。


「あの平民、何を言ってるの、お母さん」


「さあね。放っておきなさい」


「技術属性者のところへ行こうよ! まだ品物が残ってるかもしれない!」


 壁へ背を預けていた西山は、ただ首を振った。


「まったく、平民は」


 次の瞬間、ゴブリンの一群が窓を突き破って会場へ雪崩れ込んだ。


 壁から銃がせり出し、一体ずつ撃ち落としていく。


 客たちは悲鳴を上げて出口へ殺到した。衛兵たちが残るゴブリンへプラズマ弾を浴びせ、その手足を引き裂いていく。


 西山は、首を狙って急降下してきた一体を身を翻して躱した。


「何よ――あの平民の言ったとおりじゃない。最高。今日は本当についてないわ!」


 亜斗夢が戦いへ飛び込み、西山へ迫っていた一体を硝子の腕で払い落とす。


 その姿を見るや、西山は吐き捨てた。


「あなたの助けなんて要らない!」


「そうだろうな。……余とて与えたくはなかった。……だが属性者に危害が及ぶことは、我が国の汚点となる」


「あなたこそ、この国の汚点でしょう」


「そうかもしれん。……だが少なくとも、余にはまだ道義が残っている。噂話に明け暮れる見目だけの娘どもや、その生意気な態度とは違ってな」


「私は生意気じゃない!」


 そのとき、岳斬が扉を破って踏み込んできた。


 失った手足は、人工の四肢に置き換えられている。


「殺せ! 技術属性者を捕らえ、器《ホルダー》を探し出せ!」


 ゴブリンたちが客を掴み上げて飛び去り、高所から地面へ投げ落としていく。


 何体かは透明になり、物音一つ立てずに動いた。


 狼の姿となったルカが岳斬へ突進する。


 だがその直前、岳斬よりも遥かに巨大なゴブリンが、屋根を突き破って現れた。


 その体躯は岳斬の倍近くある。


 着地の衝撃が会場を揺らし、ルカを展示ブースの一つへ吹き飛ばした。


 ルカが元の姿へ戻る。


「お前か」


 マラチーが駆け寄り、その体を引き起こした。


「あれ、誰なの?」


「ゴブリンの頭目だ。岩神迅雷。……上位三人の将軍に匹敵する力を持ってる。……それに、アスマナの狼を残らず殺した張本人だ」


「え? 本当に?」


「ああ。……食うために殺した」


 迅雷がルカを見下ろした。


「森か? まだ生きていたとはな。……どうしてそのようなことが」


「運かもね。……あるいは、運命かな」


「構わん。……余の腹には、駄犬をもう一匹収める余地が常にある」


 ルカは即座に大猩猩へ変わり、迅雷へ突進した。


 迅雷が翼を盾のように広げ、その拳を正面から受け止める。


 そして裏拳の一撃で、ルカを壁へ叩き込んだ。


 マラチーの触手が殺到し、何度も迅雷を打ち据える。


 だがゴブリンの頭目は、口いっぱいの酸を吐いて応じた。


 触手が音を立てて溶けていく。


 岳斬の金属の腕から、マラチーのものとまったく同じプラズマ弾が放たれた。


 マラチーが慌てて展示ブースの陰へ屈み込む。


「ちょっと! それ、どこで手に入れたの!」


「盗んだのだ」


 迅雷が答える。


「我らは何週間も梅子へ潜んでいた。……価値ある品を、何一つ手に入れていないとでも思ったか」


 亜斗夢と西山が同時に迅雷へ駆ける。


「ヴォルティアナ族か」


 迅雷が唸った。


「しかも、どちらも高貴な生まれと見える」


 迅雷は首を上へ向け、巨大な酸の球を何発も空へ撃ち上げた。


 酸は砲弾のように降り注ぎ、王子も西山も、身を投げ出して躱すしかない。


 そこを岳斬が撃ち抜こうとする。


 だが亜斗夢が硝子の腕で射線を逸らした。


 壁から数十門もの銃が飛び出し、衛兵の一隊と共に、迅雷たちへ一斉射撃を浴びせる。


 迅雷と岳斬は透明になった。


 残されたゴブリンたちが弾幕に引き裂かれていく。


 だが倒れる端から、さらに別の個体がその穴を埋めていった。


 百合がマラチーのもとへ駆け寄る。


「ジョーンズ様、直ちにここから避難していただきます! 岩神がいる以上、ここへ留まるのは危険すぎます!」


「大丈夫ですよ、百合さん! 僕たちならやれます! 今逃げるわけにはいきません! あいつら、せっかくの技術を盗もうとしてるうえに、人まで傷つけてるんですよ!」


「ですが、ジョーンズ様――!」


 迅雷が展示ブースを丸ごと持ち上げ、マラチーへ投げつける。


 触手がそれを宙で受け止め、そのまま投げ返した。


 迅雷は一撃でブースを両断する。


 その背後から二体のゴブリンが飛び込み、マラチーへ炎を吐きかけた。


 亜斗夢が割って入り、全身を硝子へ変える。


 炎がその体に弾かれ、襲撃者二体へ跳ね返った。


 だが迅雷には傷一つない。


「必要なときに祖父さんはどこにいるんだよ!」


 マラチーが嘆いた。


「中田様は? 修様は? なんなら兄さんでもいい!」


「全員いない」


 ルカが周囲を見回す。


「偶然のはずがない。……持てるもの全部を使って戦わないと、俺たちはここで死ぬ。お前はゴブリンどもの玩具にされるぞ」


 ルカが歯を噛み締めた。


「あの忌々しい公爵め」


 西山が身を隠していた場所から姿を現し、迅雷へ歩み寄る。


 迅雷が拳を振り下ろした。


 だが、その拳は西山へ届く寸前、宙でぴたりと止まった。


「馬鹿な! 何だ、これは!」


「私の属性よ、この間抜けな化け物」


 ゴブリンたちが一斉に突進する。


 西山はそちらへ目を向け、そのすべてを硬直させた。


 迅雷は力任せに口をこじ開け、酸の塊を撃ち出す。


 西山が小さく声を上げて跳び退き、酸はその靴を僅かに外れて床を溶かした。


「はっ」


 迅雷が笑う。


「見事な力だ。……だが一度に麻痺させられる数には、限りがあるのだろう?」


「来て、確かめてみたら?」


 迅雷が一気に間合いを詰め、その顔を掴んだ。


 触れた瞬間、迅雷の体は像のように硬直し、そのまま倒れ込む。


 岳斬が西山の足元を踏み鳴らした。


 床が揺れ、女の均衡が崩れる。


 二本の触手が迅雷と岳斬へ巻きつき、二体をボウリングの球のように投げ飛ばした。


 マラチーが再び前へ出る。


 触手を脚代わりにして進みながら、残る触手で襲撃者たちを打ち据えていった。


 二体は翼で攻撃を防ぐ。


 迅雷が触手を掴み、一引きでマラチーを地面へ引きずり下ろした。


 マラチーはその胸を蹴って間合いを開き、両腕にプラズマ砲を形成する。


 迅雷は放たれた弾を難なく躱し、展示会場の中央へ飛んだ。


「うおおおおおッ!」


 おぞましい咆哮と共に、巨大な衝撃波が室内を駆け抜けた。


 衛兵も兵士も一斉に地面へ倒れ込み、耳を覆う。


 さらに多くのゴブリンが飛来する。


 先ほどまでの個体よりも、遥かに大きい。


「精鋭ども、あの虐殺好きの妖精どもを殺せ! 属性者は余に任せろ!」


 ゴブリンの精鋭たちが衛兵を引き裂き始めた。


 ゴブリンが一体倒れるたび、衛兵も一人倒れていく。


 迅雷が地面へ降り立った。


 ルカ、西山、亜斗夢が同時に飛びかかろうとする。


 だが迅雷は再び咆哮を放ち、三人を地面へ伏せさせた。


「ふむ。知恵が足りんな」


 亜斗夢を蹴り飛ばし、西山の髪を掴んで地面へ叩きつける。


 そしてルカの首を片手で掴み上げた。


「とりわけ貴様だ、森」


 ルカが爪で迅雷の腕を切り裂く。


 だがその力は緩まない。


 マラチーがプラズマ弾を迅雷の腕へ撃ち込み、ようやくルカを放させた。


 迅雷の意識が少年へ移る。


「では、貴様だ。……貴様は生かしておく価値のある獲物だ。……貴様と器《ホルダー》を手中に収めれば、我らゴブリンは真の捕食者となれる! ……あの鬱陶しい後援者どもも要らん。誰の力も借りる必要はない!」


「なんで僕が、あんたらに加わらないといけないんだ!」


「理に適った選択だぞ。……我らは最も狡猾で、最も器用で、生存することに最も適した種だ。……貴様は、狼の皮を被った羊どもの中で暮らしている」


 迅雷はルカを手で示した。


「あれのようにな。……貴様に必要なのは獅子だ。子狐ではない」


「へえ、生存の技術か! 持っていて損はないね! でも、あんたらからは頭のおかしい気配しかしない。……それに僕は、ここの技術が大好きなんだ! これ以上の場所なんてないよ!」


「そうか。……ならば、他に道はない」


 岳斬がその背後へ現れ、マラチーを掴もうとする。


 だが触手が少年の体を瞬時に引き上げた。


 精鋭のゴブリンたちが迅雷の両脇を固める。


 その手には、それぞれ精密狙撃用の小銃が握られていた。


「最高だね。銃まで盗まれてる」


 ルカが呻く。


「俺は泥棒が本当に嫌いなんだ」


 迅雷が首を鳴らす。


 その巨体が、不気味に震え始めた。


「ゴブリンの主たる余は、貴様ら矮小な妖精どもには到底理解できぬ力を有している。……刮目せよ。我が第二の魂を!」


 迅雷の体から、もう一体のゴブリンが飛び出した。


 大きさも、姿も、迅雷とまったく同じ。


 分かたれた二体は、肩を並べて一行の前へ立った。


「これ以上悪くならんと思った矢先にな」


 亜斗夢が吐き捨てる。


「自らを複製するとは」


 二体のゴブリンの主が、一行へ迫っていく。


 本体が酸の弾幕を吐き放ち、分身が咆哮を上げて一同をその場へ縫い留めた。


 壁の銃が二体を撃ち落とそうとする。


 だが他のゴブリンたちが身を投げ出し、その弾丸を代わりに受けた。


 岳斬はプラズマの射撃で残る衛兵を寄せつけない。


 その間にも迅雷と分身が、属性者たちを追い詰めていく。


 西山が二体の動きを同時に止めた。


 しかし迅雷たちは揃って咆哮を放ち、衝撃で西山を地面へ叩き落とす。


「死ぬ時間だ――!」


 二体が次の一撃を放とうとした、その瞬間。


 巨大な機械が壁を突き破り、会場へ飛び込んできた。


 その翼が一度羽ばたくだけで、大工場全体が激しく揺れる。


 機械は向きを変え、属性者たちとゴブリンたちの上へ堂々とそびえ立った。


「何だ、あれは!」


 迅雷が叫ぶ。


「ファイドー?」


 マラチーが目を見開く。


 竜がマラチーへ顔を向けた。


「こんにちは、人間! ファイドーが援護します!」


「え? 喋れるのか!」


「私の名は拓斗! 目標――味方の保護!」


    *


 その操縦席には、ダチーが座っていた。


 背後には明とアルテルナが立っている。


 ダチーが操縦桿を握り、笑みを浮かべた。


「よし、やってやろうぜ、拓斗!」

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