第四十七話「形属性」
客が大工場へなだれ込み、その後を撮影班が追っていく。
家族連れ。
商人。
モデルさながらに着飾った女たちまでが、それぞれに周囲を見回し、目当ての展示ブースを選んでいった。
そして予想どおり、会場中央のブースが最も大きな注目を集め始める。
少年たちが気づいた頃には、その前に長蛇の列ができていた。
他のどのブースよりも、遥かに長い。
客たちが硝子台に並ぶ品を検分し始める。
大小様々な球体。
何種類もの銃。
さらに、ジェットパックに似た装置まで陳列されていた。
「なあ、このブースをやっているのは君たちか?」
「見て、お母さん! 本土から来た人間だよ!」
「片方は技術属性者じゃないか? 人間だとしても、品物は間違いなく優秀なはずだ」
「もう一人は器と呼ばれている人だ! 信じられるか? 一緒に写真を撮ろう!」
人混みがさらに膨れ上がる。
報道陣まで近づいてきて、女記者の一人がダチーの顔の真正面へ撮影機を突きつけた。
「こんにちは、ジョーンズ様! 器の力がどのように働くのか、お聞かせいただけますか? ……巨大な怪物へ意のままに変身できるのでしょうか。それとも、何らかの発動条件が必要なのですか?」
「知らないよ。気づいたらなってただけだ」
女記者はなおも質問を重ね、さらに別の記者たちまで加わって、マラチーとルカを質問攻めにしていく。
ダチーは頭を抱え、そのまま額を台へ預けた。
(ああ、まったく)
(この背広と撮影機だらけの中で、どうやって何かを盗めっていうんだ? ……それに、あの衛兵たちは、どうしてアルテルナと一緒に奥へ消えた?)
(いや。何かがおかしい)
(ここは星で最も警備の堅い場所なんだろ? ……どうしてあいつだけ、好き勝手に動き回れる?)
ダチーが頭を上げた。
(考えろ。あいつの裏には何がある? ……三つを結ぶ一本の線があるはずだ)
(藤井の件で証言する気があること。ゴブリンの居場所を感知できたこと。そして、あの潜入の手際)
記憶の中に、アルテルナの言葉が蘇る。
『そうですね……物理の法則が私には当てはまらない、とだけ申し上げましょう。……今あなたが見ているものは、確かに私かもしれません。……そうでないかもしれない』
ダチーは目を細め、列の向こうへ意識を集中させた。
(具体的なことは何一つ言ってない。……何なんだ? 現実そのものを捻じ曲げる類いか?)
息を吐く。
(俺は、あいつのことも、あいつの種族のことも、何も知らない。……それなのに、向こうは俺へ妙に多くのことを話した。あれが偶然だとは思えない)
(何なんだ、あいつは)
(本当に……何者なんだよ)
マラチーが肘で突き、ダチーを現実へ引き戻した。
「ええと、兄さん? 今は商売中だよ! ぼうっとしてる場合?」
「え? 商売? なんの話だ?」
身なりの整った男が硬貨の詰まった袋を手に持ち、それを台の上へ落としていることに気づく。
「その……重力球とやらを幾つかいただこう」
「もちろんです! 幾つ御入用ですか?」
「三つだ」
「承知しました! どうぞ!」
マラチーの触手が三つの大きな金属球を掴み、男へ差し出した。
男はその一つを手の中で裏返し、表面にある小さな緑色の釦に気づく。
「これを使えば、私にも重力属性者と同じ真似ができるのかね?」
ダチーがそちらを見た。
「え? ああ。できるできる」
男が釦を押す。
体が一度揺れ、そのまま宙へ浮かび上がった。
人混みが口を開けて見つめる中、男はもう一度釦を押し、ゆっくりと地面へ降り立つ。
「側面の釦を使えば、重力の強さも上げられます!」
マラチーが説明した。
「素晴らしいでしょう?」
「ふふ。子供たちが喜びそうだ。よい取り引きができたよ」
男が列を離れると、次の客たちが先頭へ出ようと押し合い始める。
マラチーがダチーの耳元へ身を寄せた。
「うまくいったね。あの人、何も気づいてない!」
「で、俺の壊れた属性なんか入ってないと気づかれるまで、どれくらいかかる?」
「気づかないよ! あれは人工磁場で動いてるんだ。百合さんと僕で、兄さんの重力を再現するように調整した! ……もう、僕たちの発明品を見せたとき、話を聞いてなかったの?」
「え? いや。竜しか見てなかった」
「だから言ったでしょ。原始的だって」
反対側では、ルカが欠伸をしながら狼へ姿を変えていた。
列に並んでいた子供たちが何人か、その体を指で突こうとする。
苛立ったルカが唸り声を返すと、子供たちは慌てて家族のもとへ駆け戻った。
「ルカ! 子供を怖がらせてるよ!」
マラチーが注意する。
ルカはもう一度欠伸をし、前脚をマラチーへ向けて軽く振った。
そのまま自分の席で丸くなり、目を閉じる。
マラチーが首を振った。
「ここにも原始的な頭が一つ。……どこにでもいるね」
次の客が、ようやく列の先頭へ辿り着いた。
若い女だった。
全身が埋もれそうなほど巨大な、毛皮の外套をまとっている。
「御機嫌よう。……属性者が一人ならず三人も揃って切り盛りするブースには、そう出会えるものではありませんね」
「はい! 何をお探しですか?」
女が銃の一つを指差した。
大型の機銃。
「火力が必要なのです。北部地区で暮らすのは危険ですから」
「でしたら、この速射式氷結銃はいかがですか? 冷却機構で作動して、襲撃者を凍らせられます!」
女が身を竦めた。
「うっ。……あの氷の将軍が犯した罪については聞いています。できれば、あの男に繋がるものは使いたくありません」
「あ。……でしたら、エネルギー弾式のものもありますよ。融合電池で作動します」
「そちらのほうがよいですね」
マラチーが商談を進める間、ダチーは陳列された品々を見回していた。
(マラチーから何か借りられないか? ……いや、どうだろうな。そうすれば、どこかのブースから盗む手間は省けるけど)
あらゆる壁際に衛兵が立っている。
(それに、そこが本当の問題ですらない。……あいつはもう動き出してる)
(俺はどうすればいい?)
ダチーが立ち上がった。
「俺は……便所に行ってくる」
「今?」
マラチーが訊く。
「こっちの列には、軍隊が丸ごと並んでるんだよ!」
「ああ。だから俺が戻るまで、砦を守っといてくれ。……どのみち、お前が天才オタクなんだからな」
「わかったよ。長くならないでね! 一人でいるのがどれだけ危ないか、兄さんも知ってるでしょ!」
ルカが人の姿へ戻り、去っていくダチーの背中をじっと見つめた。
さらに多くの客がブースへ集まり、マラチーの装備を一つずつ手に取っていく。
ダチーは混み合う工場内を縫うように進んだ。
その途中、幾つもの物珍しげな視線を浴びる。
やがてアルテルナが消えた扉まで辿り着くと、五人の衛兵がその前へ立ち塞がった。
「ジョーンズ殿、展示会へお戻りいただきたい。……監督官は、貴殿が常に仲間の近くにいることを望まれております」
そこへ修と、別の衛兵隊が近づいてきた。
副監督官がダチーと衛兵たちの間へ割って入る。
「その少年は放っておけ。……監督官は見張れと命じた。それはそのとおりだ。だが、四六時中まとわりつけという意味ではない。……梅子の警備は、いかなる国のものよりも優れている。我らの技術を信用しろ」
衛兵たちが互いに顔を見合わせる。
引き金へかけた指が、わずかに震えていた。
修はその場で辛抱強く待ち続ける。
やがて衛兵たちが道を空けた。
「承知しました」
ダチーが足を止める。
「ええと。待った。俺、外へ出ていいのか?」
「当然だ。……撮影機も砲台も至るところに設置されている。ゴブリンが――あるいは、それ以上の何かが襲おうとすれば、襲撃を始める前に撃ち落とされる」
「そこまで頼りになるところは、まだ見てないけどな……」
「いずれ見る。……行け。そして時間を無駄にするな。最寄りの便所は、通りの向かい側だ」
ダチーは片手を銃へ置いたまま、扉を開けた。
だが意外なことに、向こう側には何もなかった。
通り。
路地。
そして、無関係な建物へ通じる入口だけ。
(誰かに取り憑いて待ち伏せてるわけじゃないのか? ……副監督官が、ただ俺を外へ出すなんて信じ難いけどな)
不意に、一本の腕が肩へ回された。
「それほど信じ難いことですか? ……人の考えは変わらないとでも?」
ダチーが跳び退く。
そこに立っていたのはアルテルナだった。
だが今の肌は、白く発光しているかのように青白い。
さらに、工場内の衛兵と同じ鎧をまとっていた。
「あんた……その姿は……?」
女が人差し指を唇へ当てる。
「そう大きな声を出さないでください。……せっかくの隠れ蓑が台無しになります」
「ヴォルティアナ族だったのか?」
「そうかもしれませんね。……名前は葵。それで通しましょう。……そして、あなたは大輔です」
「大輔って誰だよ」
アルテルナがダチーの額へ触れる。
力の奔流が、その指先からダチーの全身へ流れ込んだ。
見下ろすと、両手が白い光を放っている。
顔も同じだった。
髪は長く真っ直ぐな黒髪へ変わり、瞳は銀色に染まっている。
アルテルナはダチーの周囲を一周し、満足げに口の端を上げた。
「完璧です。……誰かに訊かれたなら、我らは到着の遅れた新米衛兵二人ということで」
「俺に何をした……?」
女が周囲を見回す。
誰もこちらを見ていない。
「形属性です」
アルテルナが告げた。
「それが私の力。……御覧のとおり、自らの姿だけでなく、他人の姿まで自在に操れます」
(この女は関わってた)
ダチーが思う。
(直哉があの姿を手に入れられたのも、その力があったからだろう)
(けど藤井の一件は? ……あの人の属性までは複製できないはずだよな?)
その考えを頭から振り払う。
(訊くしかない。……ここで取り引きを破れば、必要なものを永久に渡してもらえないかもしれない)
(そうなれば、残るのは戦う道だけだ)
アルテルナがゆっくりと扉を開け、ダチーへ心得たように片目をつぶった。
ダチーも同じように返し、二人で中へ滑り込む。
他の衛兵たちは、まだそれぞれの配置についていた。
アルテルナとダチーは急いでその列へ加わる。
修の姿は、すでにどこにもなかった。
二人が最後尾へ並ぶと、背の高い衛兵の一人が確認に来た。
「おい。銃はどうした?」
「銃ですか?」
アルテルナが訊き返す。
「訓練中には支給されませんでしたが」
「必ず支給される。……ふん。貴様ら二人、何かおかしいぞ」
ダチーが咳払いをした。
「こいつ、緊張してるだけです。……二人とも、外でさぼってる間に銃を失くしてしまって」
衛兵が鼻を鳴らした。
「新兵らしい話だ。……奥へ行って武装し直せ。ゴブリンが襲うとすれば、それは今、この場所だ。いつでも戦えるようにしておけ」
そして、マラチーのブースの裏にある扉を手で示した。
ブースの列はなおも伸び続け、発明品が次々と棚から売れて消えていく。
アルテルナとダチーは並んで、示された扉へ向かった。
「先ほどの取り繕いは見事でしたね」
「あれだけの小細工ができて、まともな嘘一つ思いつかないのか? あんたには『圧』が強すぎたか?」
「まさしく。……嘘をつくのは、真実を伏せるより難しいのです」
「その割には、あんたはしょっちゅう嘘をついてるけどな」
「いつです? ……私があなたに、どのような嘘をつきましたか、ダチー?」
「知らんね。そっちが言えよ。……あんたが何者で、本当は何ができるのか。正直に話してるとは、とても言えないだろ」
「ですが、それは嘘ではありません。……私があなたを殺すために来たと言えば、それは嘘です。この場所を最後の煉瓦一つまで粉々にするつもりだと言っても、やはり嘘」
さらにダチーへ身を寄せる。
「それが嘘というものです。……私がしているのは、いずれ時が来たとき、あなたが私を裏切らぬよう確かめているだけ」
「俺は人を裏切らない! 裏切るのは、あんたらのほうだろ!」
「あら、あら。……また私たちを一括りにしていますよ」
マラチーのブースの横を通り過ぎるとき、ダチーは一瞬だけ弟へ目を向けた。
マラチーは別の客との商談に夢中になっている。
(まったく。……今の俺に気づけないのが、悲しくもあり、有難くもあるな)
ダチーがアルテルナの肩を叩いた。
「弟の品には手を出すなよ。いいな?」
「まあ。もう取り引きの条件を変えるのですか?」
「ああ。家族は対象外だ。……それに、俺たちに機会が回ってくる頃には、どうせ棚は空になってる」
「ふん。……あの方から盗む意図など、初めからありませんとも。私はもっと大きな獲物を考えていました」
「誰――? 待て。まさか」
「そのまさかです。……監督官。あの男は、この工場のどこかに秘蔵品を隠している。私はそこへ入りたいのです」
二人が扉へ辿り着いたところで、ダチーがアルテルナの腕を掴んだ。
「あんたが同意したのは、技術を一点だけだろ」
「同意しました。……ですが、それが何であってよく、何であってはならないのか。あなたは一度も指定しなかった」
アルテルナが目を細める。
「約束を反故にしようとする方を、どうして信用できるのでしょう。……このまま口を閉ざし、あなたの将軍には牢の中へ座っていていただきましょうか?」
「駄目だ。駄目、駄目だ! そういう脅しはやめろ!」
「脅しではありません。あなたは同意したのです!」
ダチーが目を細め、アルテルナも同じ眼差しを返す。
その頃には、反対側の衛兵たちまで二人を見始めていた。
ルカとマラチーも同じだった。
ダチーが呻く。
「わかったよ。……ただし、それ以外には指一本触れるな。何も壊すな。台無しにもするな。……入って、あんたが一つ取って、すぐに出る。わかったか?」
「はっきりと」
ダチーは最後にもう一度だけルカとマラチーを見てから、扉を開いた。
二人がその向こうへ消えていく。
待っていたのは、巨大な製造区画だった。
金属、銅、タングステン、その他の素材が、幾つもの搬送帯で運ばれている。
区画内には、五つの扉が散らばっていた。
「どれだ?」
ダチーが訊く。
「確かめるしかありません。……この区画には、私も馴染みがないので」
アルテルナが一つ目の扉へ忍び寄り、耳を当てて中の音を探る。
何もないと確信すると、静かに扉を開けた。
中にあったのは、書類棚と保管棚が並ぶ倉庫だけ。
アルテルナは扉を静かに閉め、ダチーを次の扉へ導いた。
最初の扉と向かい合った位置にある。
短く耳を澄ませた後、アルテルナはそれを僅かに押し開けた。
そして中を見た瞬間、素早く身を引く。
ダチーも隙間から覗き込み、その理由を知った。
事務室だった。
監督官の明が、中に立っている。
二人へ背を向け、棚の上にある書類を仕分けていた。
そして、その腰のポケットから下がっているものは――
「あれは……?」
アルテルナが頷いた。
「金庫の鍵です」




