第四十六話「技術展示会」
ダチーとルカは、修とその護衛隊の後に続き、明の塔へ入っていった。
ダチーが目を擦り、顔にかかった髪を払う。
「マラチーは、売り物にするっていう謎の仕掛けを、ようやく完成させたのか?」
ダチーが訊く。
「ずっと戻ってこないんだぞ。腹は減らないのか?」
修が喉で笑った。
「貴殿らには、食事も長時間の休息も本来は必要ない。……属性が、活動に必要なエネルギーの多くを自ら供給するからだ」
「そうだとしても、食ったり寝たりするのは基本的な習慣だろ。……それに、あいつは人間だし」
修は二人を工場の奥へ導き、研究開発棟の実験室へ向かった。
「人間であろうとなかろうと、あの者の貢献は、すでに我らにとっての価値を証明している。……まるで、あの属性が本来あるべき場所へ収まったかのようだ」
扉が勢いよく開き、三人が中へ入る。
マラチーは実験室の中央で、竜の塗装を仕上げているところだった。
漆黒と銀。
他の者たちが入ってきた音に気づき、その手を止める。
「あっ、みんな! ようこそ! 僕の作った竜、気に入りました?」
ダチーとルカ、そして修までもが、一言も発せずに竜を見上げていた。
困惑したマラチーが、その側面を軽く叩く。
「え? 何かおかしいですか?」
「なんだよ、あれ」
ダチーが訊く。
「竜型の戦車か?」
「飛行型装甲指揮車との混成機って呼んでるよ。計画名は〈神竜機〉。……でも愛称はもっと格好いい。ファイドーだ」
ファイドーは、ただその場に立っている。
マラチーは触手を何本か伸ばし、竜の尾を持ち上げて検分した。
「うん。よし。全部問題なし。武装も全部積み終わってる。……中に乗って見てみる?」
ルカがダチーを肘で突いた。
「お前の弟がオタクなのは前から知ってたけど、ここまで規模のでかいオタクだとは思わなかったよ」
「俺だって今知った」
ダチーとルカが巨大な機械へ近づく。
驚いたことに、竜の頭部が動き、二人を見下ろした。
両目が淡い青色に閃く。
マラチーが片腕を動かした。
それに合わせて機体が一歩踏み出し、まるで摩天楼のように少年たちの頭上へそびえ立つ。
ルカがダチーの背後へ跳び退いた。
「うわっ! こいつ、動いてる!」
ダチーも後ずさる。
その姿を見たマラチーは笑い転げながら、動かした腕を引き戻した。
竜がぴたりと止まり、石像のように静止する。
「ほら。これでいい?」
「なんだよ、このふざけた仕掛けは。こいつ、お前の飼い犬か何かか?」
「違うよ! 午前中いっぱいかけて、この竜を僕の技術属性と同期させたんだ。……これで思ったとおりに動かせる!」
「それがお前の趣味か。竜を作るのが」
「そう!」
「じゃあ、なんで俺たちを呼んだ? オタクの腕前を見せびらかしたかったのか、それとも、この悪戯を仕掛けたかったのか?」
マラチーは竜の腹部へ歩み寄り、そこに組み込まれた走査装置へ手を当てた。
〈認証完了:マラチー・ジョーンズ〉
腹部の装甲が格納され、装甲指揮車と同じ形のタラップが伸びてくる。
マラチーは三人を手招きし、竜の内部へ入っていった。
ダチー、ルカ、修も、しばしの躊躇の後に続く。
竜の腹部は広々とした車室になっていた。
壁には回路と立体映像式の感知器が張り巡らされ、組み込み式の座席が四列にわたって設置されている。中央には大きな指揮卓まで据えられていた。
「よし。これは確かに装甲指揮車より格好いいな」
ダチーが認める。
「大きくもあるね」
ルカが付け加えた。
マラチーが指揮卓の操作面に並ぶ釦を幾つか叩く。
竜が身を起こし、後ろ脚だけで立ち上がった。
〈交戦準備完了〉
ルカが座席の表面を手で撫でる。
「この革、いつ用意したの? お前が内装にまでこだわる型だとは思わなかったな」
「それは百合さんが手伝ってくれたんだ!」
「百合さん?」
操縦室から百合が姿を現し、少年たちへ親しげに手を振った。
「こんにちは! ダチー・ジョーンズ様と、森ルカ様ですね?」
「ああ」
ダチーが答える。
「あんたが弟の監督役か何かか?」
「助手のようなものです。……設計と製造の大部分は弟君御自身の手によるもので、正直に申し上げて、私は大変感銘を受けております」
「私も同感だ」
修が言った。
「これほどの規模と複雑さを兼ね備えた発明は、我らの発想にすらなかった。……これまでの我らが、あまりにも小さくまとまりすぎていたことがよくわかる」
マラチーが操縦室へ駆け上がった。
「まだ一番すごいところを見せてないんだよ! これを見て!」
一行が後を追って操縦室へ入る。
そこには、役割の異なる五つの席が設けられていた。
それぞれの座席を取り囲むように操作卓が組まれ、立体映像の泡が座席全体を包んでいる。
中央には計器盤と主操縦席があり、そこも独立した泡に収められていた。
一行が入った瞬間、操縦室の壁一面に外部映像が流れ始める。
マラチーは間を置かず、中央の主操縦席へ腰を下ろした。
〈認証完了。操縦者:技術属性者〉
マラチーを包む泡が淡い青色に輝き始める。
少年が目を閉じた。
ほどなくして、竜の背中から四本の巨大な触手が噴き出し、実験室の壁を打った。
「あっ。ごめんなさい!」
百合を除く全員が凍りつき、口を開けたまま動きを止める。
「有り得ん!」
修が声を上げた。
「今のは……貴殿の属性か?」
マラチーが頷く。
「そうです! ほら、ルカも試してみて! 左の椅子に座って!」
ルカは他の者たちへ目をやり、肩をすくめて腰を下ろした。
〈認証完了。第二席:獣属性者〉
ルカを包む泡が濃い緑色へ変わる。
「へえ……妙な感じだな」
「動物のどれかに変身してみて! どれでもいいから!」
「わかった」
ルカが目を閉じる。
緑色の力が操縦室を貫いて迸った。
その直後、全員が足元から伝わる振動とともに、竜の形が変わっていくのを感じ取る。
マラチーが計器盤の釦を押し、頭上の画面へ外部映像を映し出した。
竜は、もはや竜ではなかった。
金属の毛並みまで精巧に再現された、巨大な狼。
その全身を淡い緑色の光が覆っている。
ルカが危うく席から転げ落ちかけた。
「どうやったんだ、これ……?」
「一度に取り込める属性は、五つまでが限界だったんだ。それ以上は電池が切れる。……副監督官、銅が属性の特性を吸収できるなんて、一度も教えてくれませんでしたね!」
「まあ」
修が答える。
「通常、それは属性者を無力化するために使うものであって、その力を再現するためのものではないからだ」
ダチーが素早く別の席へ跳び込んだ。
(こいつが属性を再現できるなら、俺の力も戻せるかもしれない!)
(これでようやく、弱っちい役立たずから卒業だ!)
ダチーを包む泡が濃い灰色へ変わった。
〈認証完了。第三席:重力/???属性者〉
次の瞬間、機体が宙へ持ち上がり、実験室の天井へ激突した。
マラチーが腕を引き、なんとか向きを変える。
だが機体はそのまま落下し、研究開発棟の床へ叩きつけられた。
周囲の研究員たちが、呆然とそれを見つめている。
「兄さん、今のは何!?」
マラチーが問う。
「知るか! 不具合か間違いだろ! でなきゃ変なバグでも起きたんだ!」
「ほら、もう一度やってみて!」
ダチーが一度席を降り、再び勢いよく飛び込む。
機体が今度は顔から地面へ叩きつけられ、床に亀裂が走った。
ダチーが慌てて椅子から這い出る。
「よし! 俺には本気で何かおかしいところがある!」
「属性を複数持っているからではないか」
修が提案する。
「何しろ、この機体は貴殿の二つ目の属性を識別できていない」
「まあ」
マラチーが息を吐いた。
「ファイドーが重力を操れるようになるのは、当分先みたいだね」
ダチーが片手を差し伸べる。
だが何も起きなかった。
「まだ戻ってないか」
小さく漏らす。
修が襟元を整えた。
「理想的とは言い難い結果ではある。だが、機体のその他の機能は、実に興味深い可能性を証明した。……展示会で客人たちが何と言うか、見てみるとしよう」
そして目を細め、真っ直ぐマラチーを見た。
「この限られた時間で、さらに幾つか……商品として売れる品を作れると思うか?」
「たとえば?」
「そこは貴殿に任せる」
マラチーが笑みを浮かべ、顎を撫でた。
「技術でお金を作る? それなら僕にもできますよ」
そして、ダチーとルカの腕を掴む。
「二人とも、手伝ってもらうよ」
「待て、俺は同意した覚えが――!」
*
数時間後。
夕方が訪れ、ダチーとルカとマラチーは、宿の長椅子に並んで報道を見ていた。
「速報です! 梅子の年次技術展示会は、開幕まで一時間を切りました! 御来場の皆様は時間を厳守し、例年どおり規則をお守りください。……そして今年の目玉は、なんと技術属性者本人! さらに、近頃〈器〉と呼ばれる者も、この催しに姿を見せます! どうぞお見逃しなく。入場料は千枚から!」
「またやってやがる」
ダチーが呻く。
「俺たちを宣伝に使ってるぞ」
「僕は気にしないよ」
マラチーが言った。
「僕たちの仕事を見て、みんながどう思うか確かめられるなんて、素晴らしいことだからね」
「お前が無理やり手伝わせた仕事な」
「部隊の目標だよ、兄さん。部隊の目標」
「そもそも、誰が来るんだ? 国際的な展示会か何かなのか?」
ルカが首を振る。
「星中のヴォルティアナ族が来る。……俺たちには、同盟を結んだ他種族なんていないからね」
「おお!」
マラチーが身を乗り出した。
「梅子みたいな独立した自治領は、他にもあるの?」
「ある程度はね。……梅子は監督官が統治してるけど、その監督官でさえ王妃には従う。……他の場所は、さらに独立性が高いんだ。王妃には立ち入る権限しかなくて、政治へ介入することはできない。……そこを治めてるのが、最後にして最も孤立した長――独占の長、『商人』だ」
「五人目の長?」
「そう。……普段は他の長と同列には数えないけどね。本土とは離れた場所で暮らし、独自に土地を治めてるから。……銀行も通貨も、金に関する仕組みは全部あの男のところから来る。忠誠自体は王妃に向いてるけど、あの薄汚い野郎は抜け道が大好きなんだ」
ルカが長椅子へ身を預ける。
「強欲な男だよ。……あの王妃ですら嫌ってる」
「その商人ってのは、展示会に来るのか?」
ダチーが訊く。
「いや。代理を寄越す。……奪う価値のある賞品でも出ない限り、自分から姿を現すことは絶対にない。代わりに来るのは、息子の『公爵』だ。……他の、その……名門の方々と一緒にね」
「うーん」
マラチーが不安げに唸る。
「僕たちが用意したもので、本当に感心させられるといいんだけど」
映像装置が大工場の外を映し出した。
厚い冬着に似た服をまとった、背の高いヴォルティアナ族たちが待っている。
その列は、幾つもの区画にまたがるほど長い。
「あそこにいる。北方のヴォルティアナ族だ」
亜斗夢が自室から出てきて、報道へ目を留めた。
足を止め、列がさらに長く伸びていく様子を見つめる。
歯を食いしばりながら、水をグラスへ注いだ。
「北の連中か」
水差しを冷蔵庫へ戻し、一行へ視線を向ける。
「用心することを勧める。……あの無能な公爵を重要な軍事装備へ近づければ、我ら全員の破滅を意味するぞ」
亜斗夢が自室へ戻るより先に、森野が扉を勢いよく開けて飛び込んできた。
「時間だ、坊主ども! 装備を持って外へ出ろ! 展示会が待っとるぞ!」
抗議も虚しく、全員が廊下へ追い出された。
森野と中田が先頭に立ち、揃った歩調で進んでいく。
一行は昇降機へ乗り、そのまま玄関広間へ降りた。
だが少年たちにとって不運なことに、西山がすでにそこにいて、自分の珈琲を注いでいた。
ダチーとルカと亜斗夢が、二脚の長椅子の陰へ隠れる。
マラチーだけは何も気づかず、歩き続けていた。
「行ったか?」
亜斗夢が訊く。
「わからない」
ルカが答える。
「とにかく、一気に走り抜けよう!」
ダチーが言い立てる。
「見えないものは捕まえられない!」
西山が珈琲を飲んでいる隙に、少年たちは一斉に駆け出した。
その途中で、マラチーの横を風のように掠めていく。
「あの三人、どうしたの、祖父さん?」
森野が首を振り、マラチーの肩へ手を置いた。
「長い話でな、坊主。……今は説明しとる時間がない」
外には何台もの車が待っていた。
全員が組に分かれ、それぞれの後部座席へ乗り込む。
ダチーとマラチーと森野が一台に乗り、素早く扉を閉めた。
取り残されたルカは、中田と西山と同じ車へ乗る羽目になる。
亜斗夢だけが、その場に残った。
「ふん。余は別の車にする」
「大袈裟な真似はおよしなさい」
西山が鼻を鳴らす。
「私だってあなたが嫌いよ。……いいから乗りなさい」
「断る、思い上がった愚か者め」
「御随意に」
西山が亜斗夢の目の前で扉を叩きつけた。
運転手が車を発進させる様子を、亜斗夢が黙って見送る。
車列は走り出し、興奮した子供や噂を交わす大人たちの横を過ぎて、大工場へ向かっていった。
その頃には列があまりにも長く伸び、警備員たちはすでに客を会場内へ通し始めている。
車が駐車場へ入った。
修が脇の入口に立って待っている。
「兵士は全員、こちらから入れ」
一行は専用の列を作り、修に一人ずつ中へ通されていった。
最後尾には、S-1の三人と森野が並ぶ。
修はその中から、ダチーとマラチーを呼び止めた。
「貴殿ら二人は、この催しにおいて、最も狙われる者の一部となる」
修が警告する。
「持ち場を離れるな。そして、公爵の口車には決して乗るな」
「はい」
二人が答える。
「それから、我らが雇った用心棒についてだが……商談以外では一切関わるな。……あれは信用できん」
マラチーが頷く一方で、ダチーは一瞬だけ地面へ目を落とした。
「ダチー?」
ダチーが我に返り、頷く。
「わかった」
一行が会場へ入った。
内部には、すでに大勢の衛兵が配置されている。
何百もの展示ブースが設けられ、それぞれの硝子台には発明品が飾られていた。
どのブースの上にも立体映像の垂れ幕が浮かび、発明者の名を示している。
マラチーが自分のブースを見つけた。
工場の突き当たり、その中央に据えられた、会場で最も大きな展示区画。
〈発明者:マラチー・ジョーンズ〉
マラチー、ダチー、ルカが展示区画へ向かう中、客たちが次々と会場へ入ってきた。
明の声が、工場中の拡声器から響き渡る。
「ようこそ、皆様! どうぞ心ゆくまで御覧ください! ……そして欲しい品が見つかりましたら、我らの発明者たちは喜んで商談に応じますよ!」
ダチーがマラチーのブースに腰を下ろしていると、会場の遠い隅から、誰かがこちらを見つめていることに気づいた。
「アルテルナ?」
女の傍らには何人もの衛兵が立ち、その一挙一動を見張っている。
アルテルナはダチーへ片目をつぶってみせると、衛兵たちを連れて会場の奥へ消えていった。
――そして、その背後で扉が勢いよく閉ざされた。




