第四十五話「神竜機」
衛兵たちはダチーを宿の廊下まで連れ戻し、そのまま部屋へ送り届けた。
狼の姿になったルカが、長椅子の上で丸まっている。
ダチーが部屋へ入り、背後で扉を閉めると、ルカは人の姿へ戻った。
「よお。戻ったか」
「俺が出てたの、知ってたのか?」
「何だって匂いでわかるんだよ、相棒。……音も聞こえてたしな」
「ったく、鼻も耳も利く駄犬だな」
「そうだな。……で、あの女はどこ?」
「あいつ、本気でおかしいぞ。……祭のときにヌルスとオシックスがやったのと同じ類いの、ふざけた真似をしてきた。妙な頭の遊びだよ」
「もう一度、わかるように言って?」
「ああ。誰かに取り憑いてた……みたいに見えた。わからん。あいつの属性は妙だ。妙すぎる。……しかも最悪なことに、藤井を出すには、あいつの力を借りるしかない」
ルカが眉を上げた。
「え? あの件の証拠は、まだ何も出てないの?」
ダチーが首を振る。
「灯里が言うには、何もかも藤井を指してる。……現場から藤井の遺伝情報が出て、静が刺された瞬間には、ヌルスとオシックスが逃げていく姿まで、ばっちり映像に残ってたらしい」
「うわ。……見事に嵌められたな」
ダチーが顎を撫でた。
「俺たち、見方を間違えてるんじゃないか? ……工作員が二人いたことは知ってる。けど、三人目がいる可能性は一度も考えなかった」
「待って。そのとおりだ。……あの日誌にも人数は書かれてなかった。……でも三人目は、飛鳥の戦いで一度も攻撃してこなかった」
「だからって、あの場にいなかったとは限らないだろ。……アルテルナが何か仕掛けてたとしたら? ……自分の手はもう打ってあると知ってなきゃ、あそこまで落ち着いていられるわけがない」
「でも、結論を急ぐのは危険だ。……あの女に藤井の遺伝情報と力をそっくり再現できるのか、あるいは、さっきの住民みたいに藤井へ取り憑けるのか。そこがわからない限り、証拠にはならない」
「ああ、そうだな。……可愛い顔をしてても、あいつは歩く危険物だ。……まあ、連絡先は交換したけどな」
「何をしたって!?」
「取り引きの一部だよ。あいつはこの島で誰も傷つけない。その代わり、いつでも俺に連絡していい。……互いに得だろ?」
「あの女が約束を破らないと思うの? 欲しかったものは、もう手に入れたんだぞ!」
ダチーが指を鳴らした。
「まだだ! 俺はまだここにいるし、あいつらの側につく気なんか一切ない!」
「あの女が俺たちの通信に侵入して、盗み聞きでも始めたら、お前の責任だからな、相棒」
「落ち着けって。あいつにそんなことはできない。……できないよな?」
ルカは何も答えず、再び狼へ姿を変えると、床の上で丸くなった。
亜斗夢が自室から出てきた。冷蔵庫を開け、水の入ったグラスを取り出す。
「また敵と馴れ合っていたのか」
亜斗夢が言った。
「同じ過ちを何度も繰り返すとは、信じ難いな」
「なんだよ。毎日あいつと一緒にいるわけでもないだろ。……あいつは藤井を救うのに必要な情報を持ってる。その場にいたかどうかに関わらずな」
「余はあの女の話をしているのではない。……我が妹のことだ」
ルカが人の姿へ戻った。
「いいね、始まった。……くだらない話から、また別のくだらない話へ」
亜斗夢がグラスの水を啜る。
「あの女には藤井を救えぬ。……何者かが静様の腹へ刃を突き立てるのを、ただ眺めていたのだからな。……飛鳥の戦いでは、自分が助かるために、よりにもよって人間である貴様の力まで借りた」
手の中のグラスを握り潰す。
水が床へ零れ落ちた。
「それでいて、余を罪人扱いするか。……あの試合で、新があの女を徹底的に叩き潰してくれていればよかったものを」
扉を叩く音が響いた。
「おい、この大馬鹿! さっさと出てきなさい!」
「またあの女か」
亜斗夢が息を吐く。
「その扉を開けるな。本気で言っている。……中へ入れたら、我ら全員を殺すぞ!」
西山がさらに強く扉を叩く。
ルカは素早くダチーの部屋へ逃げ込み、内側から鍵を掛けた。
亜斗夢も自室へ飛び込み、扉を塞ぐ。
「え? なあ、そこまでの相手じゃないだろ。あんたら、あの女をラスボスか何かみたいに扱って――」
ドォンッ!
扉が内側へ倒れ、怒りに燃える西山が踏み込んできた。
その目が部屋の中を走る。
そこに立っていたのは、ダチーただ一人だった。
「あなたね」
「俺? ああ、俺だな。……ええと、ずいぶんご機嫌斜めみたいだから、俺は失礼して洗面所に籠もるよ」
立ち去ろうとしたところで、腕を掴まれた。
「どこへ行くつもり? 亜斗夢はどこ。あの狼は?」
「二人とも消えた。あんたとは関わりたくないんだとさ。だいたい、あんたも珈琲を飲みに来たわけじゃないんだろ? なら、そろそろ帰ったほうがいいと思うぞ」
「駄目よ。行かせない。……それに、今日からここは私の部屋だから」
「あははは!」
西山が腕を組む。
「……待て、本気だったのか?」
森野が戸口に姿を現した。
「坊主! ここにおったか。……西山がこのところ、ちと手に負えんでな。これ以上、儂の部屋には置いておけんかった」
「祖父さんの部屋にいたのか?」
「もうおらん。今日からはお前の問題だ。……お前の、その……力の不調を治す手伝いをすると、自分から申し出てくれてな。西山の属性は神経を麻痺させる。刺激をうまく使えば、お前の神経系を再起動させるきっかけになるかもしれん」
「待て、行くな! 俺を置いていくな――!」
「楽しめよ、坊主! 用があれば廊下の向かいにおる!」
森野が扉を閉める。
西山が拳の関節を鳴らした。
「本当は元彼にこの怒りをぶつけたかったのだけれど……まあ、あなたで我慢してあげる」
「なあ、殴ったことは悪かったよ。……神経を止められるのに、俺の体が慣れてないんだろ。たぶん」
「あなた……私を馬鹿にしているの?」
「なんでそうなるんだよ? 金持ちの娘ってのは、全員まともな常識が通じないのか? まったく、故郷にいた連中とそっくりだな!」
五秒後、ダチーは台所のカウンターへ吹き飛ばされていた。
頭から突っ込み、そのまま崩れ落ちて頭蓋を押さえる。
「痛え! なんでだよ! 何のために! 正直に言えって言ったのはそっちだろ!」
西山が指を鳴らした。
「ええ。たっぷり楽しませてもらうわよ、お子ちゃま」
ダチーは喉を鳴らし、その場から一目散に駆け出した。
*
研究開発棟の実験室では、百合が、マラチーの触手が卓上の部品を次々と拾い上げ、検分していく様子を見つめていた。
マラチーは、表面を銅の縁取りが走り、上面に四角い立体表示が幾つも浮かぶ、大型の円盤状の金属部品へ触れた。
「ねえ、百合さん。これは何ですか?」
「動力電池です」
百合が答える。
「我々の発明品すべてに力を供給するものです。装甲指揮車、鎧、銃、その他あらゆるものに使われています。……個人用の装備には、さらに小型のものを用います。こちらは装甲指揮車から取り外したものですね」
「よし。僕が作ろうとしているものにも、十分な力を供給できるはずです」
「どのようなものをお作りになるおつもりですか、ジョーンズ様」
「とびきり大きなものです。……王妃は、この国をもう一段上の水準へ引き上げたいんですよね? なら、まさにそれをやりましょう。……名づけて――神竜機計画!」
百合が端末へ記録を打ち込み、頷いた。
「準備はできております、ジョーンズ様」
触手がさらに多くの部品を掴み取る。
マラチーは金属の腕で鋼を形作り、思いのままに素材を曲げていった。
数時間後、最初の部位が完成した。
巨大な竜の頭部。
立体映像の光を湛えた両目と、人間を丸ごと飲み込めるほど大きな顎を備えている。
「何をお作りになるおつもりなのですか、ジョーンズ様」
「巨大な機械仕掛けの竜です! 装甲指揮車みたいに人を乗せられて、そのうえ空まで飛べる! 最高でしょう?」
「はい。ですが、この頭部だけでも巨大すぎます! すでに装甲指揮車の車室が丸ごと収まる大きさですよ!」
「そう、それが主操縦室になるんです。……口から炎を吐かせようかと思ったんですけど……いや、ありきたりすぎますね。プラズマだ! そうだ! 皆さんはプラズマに何を使ってるんですか?」
「プラズマ結晶です」
百合が答える。
「お持ちしましょうか?」
「もちろんです、我が親愛なる助手殿! ここで作られたどんな発明品よりも、格好よく仕上げてみせますよ!」
「その意気込みは気に入りました、ジョーンズ様。……ただいまお持ちします」
ほどなくして、百合は大きな青い結晶を山積みにした台車を押して戻ってきた。
マラチーは最も大きなものを選び、顎の内側へ組み込む作業に取りかかる。
次は胴体。
マラチーの背から六本の触手が噴き出し、そのうち二本の先端が小型の火炎放射器へ変わった。
「飛鳥の戦いの後に覚えた小技です! どうですか?」
「その……実に便利ですね」
マラチーは大型の骨組みを溶接し、見る間に竜の胴体を形作っていった。
その頃には、すでに夜が訪れ始めていた。
「展示会はいつですか?」
マラチーが訊く。
「明日の夕方です」
百合が答えた。
「えっ! じゃあ、急いで仕上げないと。……うーん。ちゃんと羽ばたく翼には、どんな素材が使えますか? 空から転げ落ちるのは避けたいんです」
「その用途であれば、極小技術が最適です、ジョーンズ様」
「うーん。先に思いつくべきでした。……まあ、構いません! 翼にも外装の装甲にも使えますから」
百合は、マラチーの触手が倍の数へ増え、竜の各部を同時に組み上げていく様子を眺めながら、端末へ記録を打ち込んだ。
「技術属性者は、発明に対し、ほとんど本能的な感覚を備えているように見受けられる。その速度と技巧は、監督官を除けば、梅子の技師たちをも遥かに上回る」
マラチーは四本の巨大な脚を溶接し、胴体の下部へ取りつけた。
次いで翼。
金属と精緻な極小技術を組み合わせたもの。
最後は尾。
長く、先端は鋭く。
尾を仕上げると、マラチーは爪と牙を加えた。
果たして、巨大な金属の試作機が、少年と百合の頭上高くにそびえ立っていた。
ここまでに要したのは、わずか一日余り。
時刻はとうに真夜中を回っていた。
だがマラチーに、衰える気配はない。
ダチーからは何度も通信が入ったが、そのたびに「今忙しい」とだけ返した。
完成した試作機を見上げ、百合が端末を取り落とした。片手で口元を覆う。
「まあ……あなたは本当に特別な方ですね、ジョーンズ様」
素早く端末を拾い上げ、さらに記録を打ち込む。
「技術属性者は、これまで確認された属性者の中でも、最も汎用性に富む部類となり得る。優れた戦場支援能力に加え、その力は建造・精製工程を効率化し、同時に構造強度と安定性の走査まで可能とする。ただし、その純粋な工作能力は、一日で可能な範囲をなお大幅に超えている。これは技術属性者全体の性質か、それとも彼だけの特異性か」
まさにそのとき、マラチーが手を差し伸べ、試作機を走査し始めた。
〈構造健全性:九十八・八パーセント〉
「よし。愛称は――ファイドーだ!」
ファイドーはただそこに立ち、微動だにしない。
百合が端末の記録釦をもう一度叩いた。
「なお、対象はまだ子供でもある。これまでの応対を見る限り、その思考様式には明白に年相応の幼さが見受けられる」
マラチーが一歩退がり、自らの手仕事を眺め入る。
幾度か全体を見渡し、指の関節で装甲を叩いてから、百合へ向き直った。
「まだ武器が足りませんね。他に何がありますか?」
「御要望に応じた選択肢を各種取り揃えております、ジョーンズ様。……重火砲、近接武器、それにタングステンを用いた各種機構もございます」
「全部ください。……皆さんの装甲指揮車は強い。でも、属性者みたいにあらゆる状況へ対応できるわけじゃない。これ一機でどんな戦いにも備えられるなら、軍の資源の大半をこの計画へ集約できます」
百合が端末へ打ち込んでいく。
「承知しました。……差し出がましいようですが、それらをどのように機体へ組み込む御予定でしょうか」
「簡単です。まずは重火砲から。胴体の側面に格納式の砲を組み込みます。……次に、翼にはタングステン弾を撃つ機銃。背中には飛翔弾の発射機。それから爪! 爪を忘れちゃいけない。……伸縮式にできますか?」
「可能です。ですが、さらに数時間を要するかと」
「構いません。牙もです。……噛み砕けて、斬り裂けたら、最高に格好いいですから!」
二人は再び作業へ取りかかり、百合がマラチーの求める部品を次々と運び込んだ。
その頃には、激しい溶接音が他の技師たちの注意を引き、実験室の中を覗き込む者たちが現れ始めていた。
「おい、あれは何だ?」
「竜に見えるぞ!」
「竜は絶滅したはずだろう!」
マラチーは作業の騒音で、その声に気づかない。
自らの創造物の背に乗ったまま作業を続け、その傍らでは百合が助言を送り、端末へ記録を打ち込み続けていた。
二人は翌朝まで働き続け、ついに計画は完成目前へ辿り着いた。
マラチーが竜の背から跳び降り、その隣で疲れ切った百合が欠伸を漏らす。
「ふう……あなたの速度と効率は、実に驚くべきものです、ジョーンズ様。……普通なら何週間もかかる作業を、ほとんどお一人で完成させてしまわれた」
「百合さんが大きな助けになってくれましたよ!」
「私が、ですか?」
マラチーが頷いた。
「これは展示会で大受けしますよ! みんな、新型の銃か何かだと思って待ってるところへ、どん! 竜が丸ごと現れるんです! ……ただ、これで王妃の発注を満たせるかは気になりますけど」
「あなたが作られたもので、ですか? ……まず間違いなく、御期待を超えておられます、ジョーンズ様」
竜の瞳が一度だけ輝き、マラチーが笑みを浮かべた。
「あとどれくらい残ってますか、百合さん?」
百合が腕時計で時刻を確かめる。
「十二時間ほどです、ジョーンズ様。……何かございましたか?」
「最後に一つだけ加えたいんです。……これをS-1専用の空の足にするなら、S-1にしか扱えない能力を与えたい。……他とは違う、戦局そのものをひっくり返せる何かを」
その頭に、ある考えが閃いた。
「百合さん。属性の力を吸収できる素材はありますか?」
「銅とタングステンであれば可能です」
「よかった! それを大量に用意してください。……それから、兄さんも必要です。ルカにも来てもらいましょう」
「承知しました。ですが、なぜでしょうか?」
マラチーが百合の肩へ手を置いた。
「だって百合さん、僕はこいつを――属性者にするんですから」




