↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
45/61

第四十五話「神竜機」

衛兵たちはダチーを宿の廊下まで連れ戻し、そのまま部屋へ送り届けた。


 狼の姿になったルカが、長椅子の上で丸まっている。


 ダチーが部屋へ入り、背後で扉を閉めると、ルカは人の姿へ戻った。


「よお。戻ったか」


「俺が出てたの、知ってたのか?」


「何だって匂いでわかるんだよ、相棒。……音も聞こえてたしな」


「ったく、鼻も耳も利く駄犬だな」


「そうだな。……で、あの女はどこ?」


「あいつ、本気でおかしいぞ。……祭のときにヌルスとオシックスがやったのと同じ類いの、ふざけた真似をしてきた。妙な頭の遊びだよ」


「もう一度、わかるように言って?」


「ああ。誰かに取り憑いてた……みたいに見えた。わからん。あいつの属性は妙だ。妙すぎる。……しかも最悪なことに、藤井を出すには、あいつの力を借りるしかない」


 ルカが眉を上げた。


「え? あの件の証拠は、まだ何も出てないの?」


 ダチーが首を振る。


「灯里が言うには、何もかも藤井を指してる。……現場から藤井の遺伝情報が出て、静が刺された瞬間には、ヌルスとオシックスが逃げていく姿まで、ばっちり映像に残ってたらしい」


「うわ。……見事に嵌められたな」


 ダチーが顎を撫でた。


「俺たち、見方を間違えてるんじゃないか? ……工作員が二人いたことは知ってる。けど、三人目がいる可能性は一度も考えなかった」


「待って。そのとおりだ。……あの日誌にも人数は書かれてなかった。……でも三人目は、飛鳥の戦いで一度も攻撃してこなかった」


「だからって、あの場にいなかったとは限らないだろ。……アルテルナが何か仕掛けてたとしたら? ……自分の手はもう打ってあると知ってなきゃ、あそこまで落ち着いていられるわけがない」


「でも、結論を急ぐのは危険だ。……あの女に藤井の遺伝情報と力をそっくり再現できるのか、あるいは、さっきの住民みたいに藤井へ取り憑けるのか。そこがわからない限り、証拠にはならない」


「ああ、そうだな。……可愛い顔をしてても、あいつは歩く危険物だ。……まあ、連絡先は交換したけどな」


「何をしたって!?」


「取り引きの一部だよ。あいつはこの島で誰も傷つけない。その代わり、いつでも俺に連絡していい。……互いに得だろ?」


「あの女が約束を破らないと思うの? 欲しかったものは、もう手に入れたんだぞ!」


 ダチーが指を鳴らした。


「まだだ! 俺はまだここにいるし、あいつらの側につく気なんか一切ない!」


「あの女が俺たちの通信に侵入して、盗み聞きでも始めたら、お前の責任だからな、相棒」


「落ち着けって。あいつにそんなことはできない。……できないよな?」


 ルカは何も答えず、再び狼へ姿を変えると、床の上で丸くなった。


 亜斗夢が自室から出てきた。冷蔵庫を開け、水の入ったグラスを取り出す。


「また敵と馴れ合っていたのか」


 亜斗夢が言った。


「同じ過ちを何度も繰り返すとは、信じ難いな」


「なんだよ。毎日あいつと一緒にいるわけでもないだろ。……あいつは藤井を救うのに必要な情報を持ってる。その場にいたかどうかに関わらずな」


「余はあの女の話をしているのではない。……我が妹のことだ」


 ルカが人の姿へ戻った。


「いいね、始まった。……くだらない話から、また別のくだらない話へ」


 亜斗夢がグラスの水を啜る。


「あの女には藤井を救えぬ。……何者かが静様の腹へ刃を突き立てるのを、ただ眺めていたのだからな。……飛鳥の戦いでは、自分が助かるために、よりにもよって人間である貴様の力まで借りた」


 手の中のグラスを握り潰す。


 水が床へ零れ落ちた。


「それでいて、余を罪人扱いするか。……あの試合で、新があの女を徹底的に叩き潰してくれていればよかったものを」


 扉を叩く音が響いた。


「おい、この大馬鹿! さっさと出てきなさい!」


「またあの女か」


 亜斗夢が息を吐く。


「その扉を開けるな。本気で言っている。……中へ入れたら、我ら全員を殺すぞ!」


 西山がさらに強く扉を叩く。


 ルカは素早くダチーの部屋へ逃げ込み、内側から鍵を掛けた。


 亜斗夢も自室へ飛び込み、扉を塞ぐ。


「え? なあ、そこまでの相手じゃないだろ。あんたら、あの女をラスボスか何かみたいに扱って――」


 ドォンッ!


 扉が内側へ倒れ、怒りに燃える西山が踏み込んできた。


 その目が部屋の中を走る。


 そこに立っていたのは、ダチーただ一人だった。


「あなたね」


「俺? ああ、俺だな。……ええと、ずいぶんご機嫌斜めみたいだから、俺は失礼して洗面所に籠もるよ」


 立ち去ろうとしたところで、腕を掴まれた。


「どこへ行くつもり? 亜斗夢はどこ。あの狼は?」


「二人とも消えた。あんたとは関わりたくないんだとさ。だいたい、あんたも珈琲を飲みに来たわけじゃないんだろ? なら、そろそろ帰ったほうがいいと思うぞ」


「駄目よ。行かせない。……それに、今日からここは私の部屋だから」


「あははは!」


 西山が腕を組む。


「……待て、本気だったのか?」


 森野が戸口に姿を現した。


「坊主! ここにおったか。……西山がこのところ、ちと手に負えんでな。これ以上、儂の部屋には置いておけんかった」


「祖父さんの部屋にいたのか?」


「もうおらん。今日からはお前の問題だ。……お前の、その……力の不調を治す手伝いをすると、自分から申し出てくれてな。西山の属性は神経を麻痺させる。刺激をうまく使えば、お前の神経系を再起動させるきっかけになるかもしれん」


「待て、行くな! 俺を置いていくな――!」


「楽しめよ、坊主! 用があれば廊下の向かいにおる!」


 森野が扉を閉める。


 西山が拳の関節を鳴らした。


「本当は元彼にこの怒りをぶつけたかったのだけれど……まあ、あなたで我慢してあげる」


「なあ、殴ったことは悪かったよ。……神経を止められるのに、俺の体が慣れてないんだろ。たぶん」


「あなた……私を馬鹿にしているの?」


「なんでそうなるんだよ? 金持ちの娘ってのは、全員まともな常識が通じないのか? まったく、故郷にいた連中とそっくりだな!」


 五秒後、ダチーは台所のカウンターへ吹き飛ばされていた。


 頭から突っ込み、そのまま崩れ落ちて頭蓋を押さえる。


「痛え! なんでだよ! 何のために! 正直に言えって言ったのはそっちだろ!」


 西山が指を鳴らした。


「ええ。たっぷり楽しませてもらうわよ、お子ちゃま」


 ダチーは喉を鳴らし、その場から一目散に駆け出した。


    *


 研究開発棟の実験室では、百合が、マラチーの触手が卓上の部品を次々と拾い上げ、検分していく様子を見つめていた。


 マラチーは、表面を銅の縁取りが走り、上面に四角い立体表示が幾つも浮かぶ、大型の円盤状の金属部品へ触れた。


「ねえ、百合さん。これは何ですか?」


「動力電池です」


 百合が答える。


「我々の発明品すべてに力を供給するものです。装甲指揮車、鎧、銃、その他あらゆるものに使われています。……個人用の装備には、さらに小型のものを用います。こちらは装甲指揮車から取り外したものですね」


「よし。僕が作ろうとしているものにも、十分な力を供給できるはずです」


「どのようなものをお作りになるおつもりですか、ジョーンズ様」


「とびきり大きなものです。……王妃は、この国をもう一段上の水準へ引き上げたいんですよね? なら、まさにそれをやりましょう。……名づけて――神竜機《しんりゅうき》計画!」


 百合が端末へ記録を打ち込み、頷いた。


「準備はできております、ジョーンズ様」


 触手がさらに多くの部品を掴み取る。


 マラチーは金属の腕で鋼を形作り、思いのままに素材を曲げていった。


 数時間後、最初の部位が完成した。


 巨大な竜の頭部。


 立体映像の光を湛えた両目と、人間を丸ごと飲み込めるほど大きな顎を備えている。


「何をお作りになるおつもりなのですか、ジョーンズ様」


「巨大な機械仕掛けの竜です! 装甲指揮車みたいに人を乗せられて、そのうえ空まで飛べる! 最高でしょう?」


「はい。ですが、この頭部だけでも巨大すぎます! すでに装甲指揮車の車室が丸ごと収まる大きさですよ!」


「そう、それが主操縦室になるんです。……口から炎を吐かせようかと思ったんですけど……いや、ありきたりすぎますね。プラズマだ! そうだ! 皆さんはプラズマに何を使ってるんですか?」


「プラズマ結晶です」


 百合が答える。


「お持ちしましょうか?」


「もちろんです、我が親愛なる助手殿! ここで作られたどんな発明品よりも、格好よく仕上げてみせますよ!」


「その意気込みは気に入りました、ジョーンズ様。……ただいまお持ちします」


 ほどなくして、百合は大きな青い結晶を山積みにした台車を押して戻ってきた。


 マラチーは最も大きなものを選び、顎の内側へ組み込む作業に取りかかる。


 次は胴体。


 マラチーの背から六本の触手が噴き出し、そのうち二本の先端が小型の火炎放射器へ変わった。


「飛鳥の戦いの後に覚えた小技です! どうですか?」


「その……実に便利ですね」


 マラチーは大型の骨組みを溶接し、見る間に竜の胴体を形作っていった。


 その頃には、すでに夜が訪れ始めていた。


「展示会はいつですか?」


 マラチーが訊く。


「明日の夕方です」


 百合が答えた。


「えっ! じゃあ、急いで仕上げないと。……うーん。ちゃんと羽ばたく翼には、どんな素材が使えますか? 空から転げ落ちるのは避けたいんです」


「その用途であれば、極小技術が最適です、ジョーンズ様」


「うーん。先に思いつくべきでした。……まあ、構いません! 翼にも外装の装甲にも使えますから」


 百合は、マラチーの触手が倍の数へ増え、竜の各部を同時に組み上げていく様子を眺めながら、端末へ記録を打ち込んだ。


「技術属性者は、発明に対し、ほとんど本能的な感覚を備えているように見受けられる。その速度と技巧は、監督官を除けば、梅子の技師たちをも遥かに上回る」


 マラチーは四本の巨大な脚を溶接し、胴体の下部へ取りつけた。


 次いで翼。


 金属と精緻な極小技術を組み合わせたもの。


 最後は尾。


 長く、先端は鋭く。


 尾を仕上げると、マラチーは爪と牙を加えた。


 果たして、巨大な金属の試作機が、少年と百合の頭上高くにそびえ立っていた。


 ここまでに要したのは、わずか一日余り。


 時刻はとうに真夜中を回っていた。


 だがマラチーに、衰える気配はない。


 ダチーからは何度も通信が入ったが、そのたびに「今忙しい」とだけ返した。


 完成した試作機を見上げ、百合が端末を取り落とした。片手で口元を覆う。


「まあ……あなたは本当に特別な方ですね、ジョーンズ様」


 素早く端末を拾い上げ、さらに記録を打ち込む。


「技術属性者は、これまで確認された属性者の中でも、最も汎用性に富む部類となり得る。優れた戦場支援能力に加え、その力は建造・精製工程を効率化し、同時に構造強度と安定性の走査まで可能とする。ただし、その純粋な工作能力は、一日で可能な範囲をなお大幅に超えている。これは技術属性者全体の性質か、それとも彼だけの特異性か」


 まさにそのとき、マラチーが手を差し伸べ、試作機を走査し始めた。


〈構造健全性:九十八・八パーセント〉


「よし。愛称は――ファイドーだ!」


 ファイドーはただそこに立ち、微動だにしない。


 百合が端末の記録釦をもう一度叩いた。


「なお、対象はまだ子供でもある。これまでの応対を見る限り、その思考様式には明白に年相応の幼さが見受けられる」


 マラチーが一歩退がり、自らの手仕事を眺め入る。


 幾度か全体を見渡し、指の関節で装甲を叩いてから、百合へ向き直った。


「まだ武器が足りませんね。他に何がありますか?」


「御要望に応じた選択肢を各種取り揃えております、ジョーンズ様。……重火砲、近接武器、それにタングステンを用いた各種機構もございます」


「全部ください。……皆さんの装甲指揮車は強い。でも、属性者みたいにあらゆる状況へ対応できるわけじゃない。これ一機でどんな戦いにも備えられるなら、軍の資源の大半をこの計画へ集約できます」


 百合が端末へ打ち込んでいく。


「承知しました。……差し出がましいようですが、それらをどのように機体へ組み込む御予定でしょうか」


「簡単です。まずは重火砲から。胴体の側面に格納式の砲を組み込みます。……次に、翼にはタングステン弾を撃つ機銃。背中には飛翔弾の発射機。それから爪! 爪を忘れちゃいけない。……伸縮式にできますか?」


「可能です。ですが、さらに数時間を要するかと」


「構いません。牙もです。……噛み砕けて、斬り裂けたら、最高に格好いいですから!」


 二人は再び作業へ取りかかり、百合がマラチーの求める部品を次々と運び込んだ。


 その頃には、激しい溶接音が他の技師たちの注意を引き、実験室の中を覗き込む者たちが現れ始めていた。


「おい、あれは何だ?」


「竜に見えるぞ!」


「竜は絶滅したはずだろう!」


 マラチーは作業の騒音で、その声に気づかない。


 自らの創造物の背に乗ったまま作業を続け、その傍らでは百合が助言を送り、端末へ記録を打ち込み続けていた。


 二人は翌朝まで働き続け、ついに計画は完成目前へ辿り着いた。


 マラチーが竜の背から跳び降り、その隣で疲れ切った百合が欠伸を漏らす。


「ふう……あなたの速度と効率は、実に驚くべきものです、ジョーンズ様。……普通なら何週間もかかる作業を、ほとんどお一人で完成させてしまわれた」


「百合さんが大きな助けになってくれましたよ!」


「私が、ですか?」


 マラチーが頷いた。


「これは展示会で大受けしますよ! みんな、新型の銃か何かだと思って待ってるところへ、どん! 竜が丸ごと現れるんです! ……ただ、これで王妃の発注を満たせるかは気になりますけど」


「あなたが作られたもので、ですか? ……まず間違いなく、御期待を超えておられます、ジョーンズ様」


 竜の瞳が一度だけ輝き、マラチーが笑みを浮かべた。


「あとどれくらい残ってますか、百合さん?」


 百合が腕時計で時刻を確かめる。


「十二時間ほどです、ジョーンズ様。……何かございましたか?」


「最後に一つだけ加えたいんです。……これをS-1専用の空の足にするなら、S-1にしか扱えない能力を与えたい。……他とは違う、戦局そのものをひっくり返せる何かを」


 その頭に、ある考えが閃いた。


「百合さん。属性の力を吸収できる素材はありますか?」


「銅とタングステンであれば可能です」


「よかった! それを大量に用意してください。……それから、兄さんも必要です。ルカにも来てもらいましょう」


「承知しました。ですが、なぜでしょうか?」


 マラチーが百合の肩へ手を置いた。


「だって百合さん、僕はこいつを――属性者にするんですから」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。