第三十九話「客人たち」
ルカ、中田、そしてほかの兵士たちが待つ中、昇降機の到着を告げる音が鳴った。
扉が開き、ダチーとマラチー、森野、それに数人の衛兵が降りてくる。
その中に見知らぬ女がいることに気づいた瞬間、ルカは両手を二本の斧へ変形させた。
「待て」
ルカが女を睨む。
「あんた、何者だ? どうしてオシックスと同じ姿をしてる」
森野が斧の柄へ手を置いた。
「いいんだ、ルカ。この女は儂らの味方だ。……今のところはな。監督官がゴブリンの問題へ対処させるため、後援者を一人雇ったんだ」
「最悪の考えだね」
「わかっとる。だが監督官の決定だ。……王妃陛下へ直訴でもせん限り、儂らにそれを覆す権限はほとんどない」
「尻尾を巻いて逃げ帰れと?」
中田が問う。
「およしなさい。そのような臆病を見せれば、陛下は我ら二人から将軍の地位を剥奪なさいます」
アルテルナが懐から両手を出した。
「そう身構える必要はありません。……あなた方を傷つけるつもりなら、とうに済ませております。……本当に気の張り詰めた方々ですこと」
「悪いね」
ルカが鼻を鳴らす。
「あんたの仲間が俺たちの街で暴れ回った後じゃ、気を緩めるほうが難しいんだ」
「ゴブリンに関する、もう一件の依頼があると仰いましたね」
中田が森野へ目を向ける。
「梅子が危険に晒されているのですか」
「連中がどういうものかは知っとるだろう。狡猾で、しかも強い。……そこへ梅子の技術まで加われば、また戦争を抱えることになりかねん。……儂とて気に入らんが、これはヴォルティアナが払うべき代償だ」
アルテルナが手を叩いた。
「よく仰いました、将軍。……あなた方の中で最も聡明なのが人間とは、実に惜しいことですこと」
「その当てこすりはおやめなさい」
中田が鋭く言い返す。
「さもなくば、この協力関係は私が直々に終わらせます」
「失礼いたしました。……思ったことをそのまま口にしてしまう性分でして。……さて、捜査官の方々。私はどちらへ滞在すればよろしいのでしょう」
そのとき、装甲指揮車に似た車両が一行の前へ乗りつけた。
通常の装甲指揮車よりも遥かに巨大で、装甲も分厚い。
扉が開き、頭から爪先まで完全武装した屈強な大男が降り立つ。
その手には大型の機関銃が握られていた。
さらに、狙撃銃で武装した百人近い兵士たちが、その後に続いて車両から降りてくる。
「来賓居住区に滞在してもらう」
男が告げる。
「ほかの客人たちと一緒にな。……全員を一箇所に集めておくのが、最も効率よく監視できる方法だ。……とりわけ、器がこの島にいる今はな」
「最高だな」
ダチーが小さく漏らす。
「おや、副監督官の高村修殿ではないか」
森野が声を上げた。
「なぜ自ら現場へ出とる」
「梅子を守るという務めは、相応の力と影響力を持つ者にしか果たせん。……現場を他者に任せようとした結果が、この有り様だ。……我らが捜索を続けている今も、ゴブリンどもは平然と街を歩き回っている」
「それは随分と頭の痛い問題ですこと、高村様」
アルテルナが言う。
「そのとおりだ。……だが、貴様に自由に振る舞わせるほどの問題ではない。……器がこの島にいる。貴様が奴を奪えば、これは梅子だけの問題から、帝国全体の問題へ変わる」
「まさか。そのような真似をするつもりはありませんとも。……少なくとも、あなた方がこちらへ銃を向けている間はね」
アルテルナの唇が微かに吊り上がる。
「ですが、くれぐれも目を離さぬことです。……私がここを、第二の飛鳥へ変えてしまうかもしれませんよ。御立派な副監督官殿」
衛兵たちの何人かが、即座に銃口を持ち上げた。
だが修が片手を差し出し、それを制する。
「よせ。挑発に乗るな。……監督官の命令は聞いているはずだ。越権行為、あるいは裏切りの兆候があれば、その場で始末する」
修が足で地面を一度叩く。
部下たちは直ちに隊列へ戻った。
捜査官たちが運転する複数の車両が、次々と一行の前へ停まる。
「いくつかの組に分けろ。来賓居住区まで運ぶ」
兵士たちが振り分けられ、それぞれの車両へ乗せられていく。
ダチー、マラチー、ルカは大型の装甲指揮車へ。
アルテルナは別の車両の後部座席へ乗せられ、その両脇を森野と中田が固めた。
「随分と厳重に見張ってるな」
ダチーが呟く。
「将軍が二人か。……あれを振り切れるなら、本当に別格の化け物だぞ」
「梅子は危険を冒すことはあっても、愚かではない」
突然、背後から修に声をかけられ、ダチーは小さく跳び上がった。
「あの女が貴殿へ接近できるのは、取り決めで認められた範囲だけだ。……一秒たりとも、それ以上は許さん」
修が自分の装甲指揮車を叩く。
「乗れ」
少年たちが指揮車へ乗り込み、その後から大勢の兵士が続いた。
座席へ着くと、修も少年たちの隣へ腰を下ろす。
捜査官たちが操縦と航法の系統を掌握し、車両を発進させた。
「本土が襲撃されたそうだな」
修が訊く。
「『襲撃された』ってのが、属性者二人に好き放題やられたって意味なら」
ダチーが返す。
「ああ。思いっきりやられたよ」
「王妃陛下も、ようやく現実を見る気になられたか。……あの過剰な自信の裏には、焦りがある。……この十年、本土にある戦力だけで十分だと言い張っておきながら、今になって装備の改良を求めてきた」
「あんたらは、俺が見てきた中で一番技術の進んだ文明だよ!」
マラチーが指摘する。
「どうして、もっと梅子の力を借りようとしないんだ?」
「依存することになるからだ。……王妃陛下は、何かに依存することを好まれない。とりわけ、その相手を監督官が率いている場合はな」
修が腕を組む。
「我らが王国の運営に不可欠な存在だと認めるくらいなら、梅子との関係を断つ道を選ぶだろう。……男爵夫人も、法官も、執行官も同じだ。四人の長は王妃陛下を必要とし、王妃陛下もまた、四人の長を必要としている」
そしてダチーへ目を向けた。
「だが、貴殿を必要としていることに関しては、陛下は随分と率直だ。……その理由までは、まだ見極められていない。……貴殿の力は、通常の理屈を覆すほどの価値を持っているのか?」
「かもな」
ダチーが答える。
「何しろ、俺が飛鳥でやったことは全部見られてる。……残念ながら、これからも俺の周りを嗅ぎ回るのをやめる気はないだろうな」
ダチーは自分の手へ目を落とした。
(力が消えてることを、この男に話すべきか? ……いや。今知られたら、役立たずと見なされるかもしれない)
(アルテルナに知られても、俺にとっては不利になる。……普通の人間へ格下げされないように、うまく話を持っていかないとな)
修へ意識を戻す。
「あんたらの技術は、属性者の力に対抗できるのか?」
マラチーが肘で脇腹を突いてきた。
「あれ? 今度は兄さんも興味が湧いてきたの? ふふっ、技術オタクになりかけてる?」
「違うっての。……もっとデカい銃を撃てるなら、その機会を逃す理由がどこにある? 札の額面がデカくなったからって、金が要らなくなるわけじゃないだろ」
「それ……全然たとえになってないよ」
「言いたいことはわかるだろ!」
修がしばらく考え込む。
「貴殿らは軍人であり、しかもその中で最も名高い部隊に所属している。……ゆえに、梅子の技術へ触れることを許可できる可能性はある。……ただし、無料ではない」
「だろうな」
「この人たちは、取り引きで動くんだ」
ルカが説明する。
「何かをただで渡すことは絶対にない。……王妃のために『無料で』働く唯一の理由は、あの人が書面一枚で梅子の運営を丸ごと潰せるからだよ。……あるいは、あの力でね」
修の体が僅かに強張った。
「……ともかくだ。貴殿らがゴブリンの件へ協力している間は、梅子の技術を利用することを認めよう」
修がダチーへ向き直る。
「だが、先ほどの問いへの答えは――完全には不可能だ。属性者は、極めて特殊な力を持つ存在だからな。……強靭な肉体、複雑な再生能力、そして解明に何年も要する生体構造。……技術によって、その戦力の八割までは再現できる。だが残りの二割を埋めるには、属性者をぶつけるか、将軍を出すしかない」
「王妃は、そうは思ってないみたいだけどな」
修が身を乗り出し、マラチーを見つめた。
「貴殿は技術属性者だったな。……属性者を開発へ利用すれば、これまでとはまったく異なる成果を得られるかもしれん」
ダチーがマラチーを庇うように手を差し出した。
「待て。こいつを解剖したりしないよな?」
「貴重すぎる。……調べるのは、その力と知性の限界だけだ。……梅子の技術は優れているが、それでも限界はある。我らは梅子の創設以来、一度として技術属性者を迎えたことがない」
修がマラチーと目を合わせる。
「どうだ、マラチー。梅子の開発へ協力する気はあるか」
「やります!」
マラチーが即答した。
「監督官も喜ばれるだろう」
修が今度はダチーへ向き直った。
「そして貴殿の力も、同様に研究する必要がある。……貴殿に可能なことの、ほんの一端でも我らの技術へ取り込めたなら、何が生まれるか。想像してみるといい」
「……あはは。ああ、そうだな……」
やがて装甲指揮車は、巨大な集合住宅の前で停車した。
建物全体が回転し、周囲の建造物と位置を入れ替えている。
マラチーが呆然と見上げた。
「動く宿泊施設……?」
「案ずるな。移動するのは一時間に一度だけだ。……梅子では、建物を長時間同じ場所へ留めておかない。襲撃を招き、監視を許し、保安上の危険となるからだ」
三人は車外へ案内された。
ルカは地面へ降り立った途端、大きく体を伸ばす。
「ようやくだ。新鮮な空気」
ほかの者たちも、それぞれの車両から降りてくる。
ダチーは、先ほど車内で見かけた若い男に気づいた。
その傍らには、手提げ袋を持った黒髪の少女がいる。
二人はどうやら……言い争っているようだった。
ルカがダチーの肩を掴む。
「王子と元恋人が喧嘩してる。……見ないほうがいいよ」
「へえ。じゃあ、あの子には手を出さないほうがいいってことか」
「相棒、いいから宿へ入って」
全員が施設の中へ入ると、森野が後ろから追いついてきた。
「坊主ども! 無事に着いたようだな! よし、よし」
受付で一行の身元が走査され、入館が許可される。
直後、それぞれの腕時計に部屋番号が表示された。
マラチー、ダチー、ルカは一七七七号室。
森野は一七七六号室。
「妙だな」
森野が首を傾げる。
「普通なら一部屋に四人のはずだ。なぜ儂だけ分けられとる」
中田が歩み寄り、自分の腕時計を見せた。
「どうやら今夜は、我ら二人で同じ部屋に泊まることになるようですね、正人殿」
「中田! 言い方を考えろ!」
「はい?」
「いや、なんでもない」
一行はいくつかの組に分かれ、それぞれ昇降機へ乗り込んでいった。
ダチー、ルカ、マラチー、そして将軍二人は同じ昇降機に残り、上層階へ到着する。
廊下を進むと、それぞれの部屋が見つかった。
左側に一七七六号室。
右側に一七七七号室。
二つの扉は、真正面から向かい合っている。
「少し部屋を見てくるといい」
森野が少年たちへ告げる。
「一息ついたら、任務の支度を始めさせる」
そう言って部屋へ入り、中田を廊下へ残したまま扉を閉める。
「将軍、扉を開けてください。さもなくば斬り倒します」
森野が不満げに唸りながら解錠すると、中田は遠慮なく部屋の中へ踏み込んだ。
「祖父さんって、恋人がいるのかな?」
マラチーが訊く。
「いや。でも中田将軍が狙ってても、俺は驚かないね」
ルカが含み笑いを漏らす。
「なあ、あの人はもう八十近いんだぞ」
ダチーが言う。
「なんで俺には、あれだけの引きがないんだ? 俺も女将軍にモテてえよ」
マラチーとルカが同時に顔を覆った。
「聞かなかったことにするね。……さて、この部屋へ入るには……」
ルカが腕時計を扉の走査装置へかざす。
緑色の光が瞬き、錠が解かれた。
三人が中へ入る。
広々とした台所には、食堂まで併設されている。
居間には映像装置と長椅子が置かれ、外には露台もある。
さらに奥へ廊下が延び、左右に四つの扉が向かい合うように並んでいた。
ルカがそのうち三つを確かめる。
洗濯室、洗面所、そして寝室。
最後に残ったのは、廊下の突き当たりにある扉だった。
「もう一つの寝室だろうな」
ダチーが言う。
「同室になる客人が誰なのか気になるな。……女だといいんだけど」
ダチーが扉を開ける。
三人が中を覗き込むと、並んだ二つの寝台の一方に、誰かが腰を下ろしていた。
――亜斗夢王子だった。
「亜斗夢殿下?」
ルカが息を呑む。
亜斗夢が振り返り、三人の姿を見るなり目を細めた。
「ちっ。……今日はこれ以上、悪くなりようがないと思っていたところだ」
亜斗夢が立ち上がる。
「人間が二人と、我が妹の飼い犬か。……実に見事な顔触れだな」
「あの、飼い犬? どっちかっていうと、俺は藤井の飼い犬だよ。灯里のじゃない」
亜斗夢が周囲を見回した。
「あいつまで、この島へ忍び込んではおるまいな? ……貴様らが連れてきたのなら、全員まとめて処刑させてやる。誓ってな!」
「落ち着けって!」
ダチーが抗議する。
「あいつは家に残ってるよ! なんなんだ? 二人はそんなに仲が悪いのか?」
「ふん」
亜斗夢は扉まで歩み寄り、三人の目の前で勢いよく閉めた。
「……まいったな。あいつと同室になる奴は、厳しい夜を過ごすことになりそうだ。……俺はもう一つの寝室をもらうぞ!」
「僕が二番目!」
マラチーが宣言する。
「まあ」
ルカが肩をすくめる。
「俺は長椅子でいいよ」
ルカが狼へ姿を変える中、ダチーは部屋の残りを見て回った。
露台へ出て、暗くなり始めた空を見上げる。
(飛鳥よりも穏やかな場所に感じるな。……妙な話だ)
そのとき、隣の露台に誰かが立っていることに気づいた。
相手の姿を目にした瞬間、危うく卒倒しかける。
「なんだって――?」
アルテルナが呆れたように目を回した。
「何ですか。……私が手すりを飛び越え、あなたを攫おうとするとでも?」
「思うね!」
女が低く笑った。
「あなたは実のところ、なかなか愉快な方ですね。……オシックスの報告には、そのような記述はありませんでした」
「あいつ、俺のことをお前ら悪党どもへ報告してたのか。……ほかには何を話した? 俺の生活習慣までか?」
「今となっては、あの者にもそれほど詳しい情報はありません。……ですが、こうして旧交を温めるのは楽しくとも、私は雑談のためだけに外へ出てきたのではありません」
アルテルナが眼下の屋根を指差した。
そこでは、緑色の翼を持つ大きな生き物が、背負った大袋を引きずるようにして進んでいる。
袋の中に何かがぎっしりと詰まっているのは明らかだった。
「あれは何だ?」
ダチーが訊く。
「ゴブリンです。危険な者たちですよ」
「あんたには感知できて、技術国家の連中には見つけられないのか?」
「私の力によるものです。……属性者一人は、ときに一個の軍勢を上回る働きをする。あなたもよく御存じでしょう」
アルテルナが手すりへ足をかける。
「雑談をしている暇はありません。止めに行きますよ」
そのまま手すりを蹴り、露台から飛び降りた。
ダチーが慌てて手を伸ばす。
「待て!」
騒ぎを聞きつけたマラチーとルカが、露台へ出てくる。
「どうしたの?」
マラチーが訊く。
「あの後援者の女が、自分から面倒事へ飛び込んでいった。……けど、何を企んでるのかまったく読めない! ええい、行くぞ!」
ダチーも手すりを乗り越え、屋根へ向かって飛び降りる。
残された二人は顔を見合わせると、その後を追って同時に跳んだ。




