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第三十六話「選んだ行い」

森野の姿を目にした瞬間、ダチーとマラチーは駆け寄り、その体へ抱きついた。


「祖父さん!」


 森野は二人を抱き返しながら、片手で腰をさする。


「よしよし、坊主ども。儂を殺す気か。もう八十近いんだぞ」


 ダチーが一歩下がった。


「ああ、そうだな。祖父さんには、説明してもらうことが山ほどある」


「お前らもだ、若いの。まず、どうやってS-1へ入り込んだ? 部隊への配属は、そう簡単に決まるものではない。それに儂は、バタンゴへ向かって待っていろと、はっきり言ったはずだぞ」


「この者たちが私を襲ったのだ」


 灯里が会話へ割って入る。


 ほかの面々を背後に従え、監獄から出てきた。


「特に、そちらの者がな」


 ダチーを指差す。


 森野が片手で顔を覆った。


「……やれやれ、坊主よ」


 灯里は首を振り、その話を流した。


「いえ、それはもう構いません、将軍。御帰還を嬉しく思います。問題はすべて、我らが対処しました。……この者たちが、あのような力を持っていることはご存じでしたか?」


 森野が気のない様子で肩をすくめる。


「母親が必死に儂へ連絡を寄越し、こっちへ送り込んできた時点で、もしやとは考えていた。……それより姫殿下。あなたが選抜試験への参加に同意されたことのほうが意外ですな。やはり、それは――」


 灯里が鼻を鳴らした。


「兄は一切関係ない」


「なるほど。もちろんでしょうとも」


 米村が監獄から出てきた。


 その四方を衛兵たちが固めている。


「森野正人将軍。お帰りなさい」


 光は喜びを抑えきれず、片足でぴょんぴょんと跳ねていた。


 ルカは静かに敬礼する。


 森野が部隊の面々へ目を走らせた。


「待て。剣士はどこだ? また仕事をさぼっているなどと言うなよ」


 その場の空気が変わり、全員が互いの顔を見合わせる。


「何だ。まさか、死んだのか?」


「おそらく、そのほうがまだ受け入れやすい結末だったでしょう」


 米村が認める。


「少々長い話でしてな。……民衆からも軍全体からも、S-1への信用を損なう事態となりました」


「貴様ら、儂の孫たちをどんな狂気に巻き込んでいるんだ、米村」


「敵はダチー・ジョーンズを狙っています、将軍」


 米村が明かす。


「しかも、我らはいまだ敵の正体を掴めていない。……あなたの孫は、我が国の命運を左右する最重要人物の一人となりました」


 森野が背筋を伸ばした。


「そうか。……詳しく聞かせろ」


    *


 しばらく後、森野、ダチー、マラチーの三人は、バタンゴにある飲食店の外席に座っていた。


 ひどく寂れたハンバーガー店だった。


「それで、起きたことは全部か?」


 森野が尋ねる。


「ドワーフの襲撃に、祭りでの任務、それから潜入していた襲撃者二人を倒したと」


 少年二人が頷いた。


「とんでもなく危険な目に遭ったものだ。二人とも生きているのが奇跡だぞ。……属性がなければ、儂は娘の残った子供たちまで、この手で埋めることになっていたかもしれん」


 少年たちは沈痛な面持ちで、森野を見つめた。


「何にせよ、無事でよかった。……ただし、まずはまともな訓練と経験を積むことだ。それから装備。あれも改良する必要がある」


「ここって、この星で一番進んだ国じゃないのか?」


 ダチーが尋ねる。


「これ以上、どこまで進歩するんだよ」


「まだまだだ。……ヴォルティアナが世界の先頭を走っているのは確かだが、技術の中枢は梅子島にある。……儂らの洒落た装備も、装甲指揮車も、その他の名高い兵器も、すべてあそこから来とる。……ナイトの扇も、儂の斧もな」


 森野が二本の斧を掲げてみせた。


 柄の末端が鎖で繋がれており、ルカの斧より遥かに大きい。


 マラチーが息を呑む。


「そんな重そうな武器、どうやって持ち歩いてるの? 腰が悪いんじゃなかった?」


 森野が咳払いをした。


「まだ少しは力が残っとるんだよ、若いの。……腰は悪くとも、この両手は、向かってくる敵なら何でも斬り伏せられる」


 森野は二本の斧を収めた。


「ナイトはずいぶん暴れたようだな。あの小娘も無事だといいが。……剣士のほうは、まったく。悲惨なことになったものだ。……法官の手から取り戻すのは、決して簡単ではないぞ」


「その法官って、本当にそんなにひどいのか?」


 ダチーが尋ねる。


「そのとおりだ。……あの女は、しょっちゅう人を贔屓する。公正であるべき立場を、自分の体面を守るための口実として使っておる。……たとえ米村が、あの女の有罪とした者への処罰を拒んでも、あの女は追放を命じればいい。……つまり、どう転んでもあの女には勝てん」


「ずいぶん複雑な仕組みだね」


 マラチーが評する。


「つまり王家がいて、その下に社会を取り仕切る三人の長がいるってこと?」


 森野が指を四本立てた。


「一人足りん。技術の長だ。……我が国の研究開発をすべて取り仕切り、儂らの大口に見合うだけの技術力を維持する者」


 森野が身を乗り出す。


「――監督官だ」


「じゃあ、全員ただ格好いい称号を持ってるだけか?」


 ダチーが指摘する。


「男爵夫人、監督官、法官。……米村の称号は何だ? 処刑人?」


「違う。執行官だ」


「そりゃそうだよな」


 二人が話している間に、周囲の人々が卓へ集まり、森野を取り囲み始めた。


「森野将軍!」


「帰ってきてくれた!」


「頼む、この悪夢から救ってくれ!」


「もう何週間も物資が届いていないんだ!」


 森野が片手を上げる。


「落ち着け、皆。……儂もお前らに会えて嬉しい。今月分の物資の配給については、喜んで儂が取り計らおう。……だが今は少しだけ、孫たちと話す時間をくれんか?」


「そうだな。申し訳ありません、将軍」


 人間たちが少し離れた場所へ移り、三人の様子を見守る。


「どうやったんだ?」


 ダチーが尋ねた。


「ん?」


「どうやって、あいつらに認めさせた? ……俺たちがここへ来たとき、王妃はもう少しで俺たちを殺すところだった。力を見せなかったら、今だって殺そうとしてるはずだ」


 森野が頷く。


「そこが鍵だ。儂も力を見せつけるしかなかった。お前らと同じようにな」


「でも祖父さんは……尊敬されてる」


「そのとおりだ。……だが、儂が尊敬を得たのは、ただ強かったからではない。違う。……儂自身が選んだ行いのおかげだ」


 マラチーとダチーが動きを止める。


「飛鳥の一件のあと、奴らのお前らに対する態度も変わり始めたんじゃないか?」


「まあ、うん」


「それが、この国を変える方法だ、坊主。……ヴォルティアナ族は圧倒的な力を持つが、心まで失ったわけではない。……仲間の隣で戦えば、そこに信頼が生まれる」


 森野が自分を指差した。


「儂は若い頃、あいつらの姫君を一人救った。もう少しで命を落とすところだったがな。……あの方は、ひどく感謝してくださった。そのおかげで、選抜試験へ勝手に忍び込んでいたにもかかわらず、儂は罰を受けずに済んだ」


「それで将軍にしてもらったのか?」


「いや。それでも最下層から這い上がるしかなかった。……力と忠誠、その両方を証明し、ようやく今のお前らが見ている男になった」


 ダチーが目を細める。


「祖父さん、ここで育ったのか?」


「そうだ」


「じゃあ……それって、つまり……」


「鋭いな、坊主。そのとおりだ。……お前らの母親も、ここにいた。……もっとも、あの子が公正に扱われたことは一度もない。可哀想なキア……逃げ出したのも無理はない」


 ダチーが勢いよく立ち上がった。


「あいつらが母さんを病気にしたんじゃないよな?」


 森野が両手を差し出す。


「違う、違う! 落ち着け、坊主。……あの病気は、もっと後になってからだ。どうして患ったのかは、儂にもわからん。……ただ、始まったのは、あの男と出会ってからだった。……黒天とな」


「親父か?」


「うむ」


 森野が息を吐いた。


「あいつが何に首を突っ込んでいたのかは知らんが、それが原因であいつとタカシーが死んだなど、いまだに信じられん。……ヴォルティアナのことを嗅ぎ回るのはやめろと、儂は何度も言ったんだ」


 ダチーが首を振る。


「違う。二人はまだ生きてるかもしれない。……死んだ器《ホルダー》たちがいた、あの妙な場所に親父はいなかった」


「でも、二人が逃げられた形跡なんて何もなかったよ」


 マラチーが告げる。


「あの場所に残っていたのは、僕たちだけだった。覚えてるでしょ?」


「だから何だよ! なんで俺たち、捜すのをやめたんだ!」


 ダチーが座り直し、荒い息を吐く。


 森野が両手を組み合わせた。


「儂も、この……器《ホルダー》とやらについては、まだよくわからん。……お前らの父親が普通の人間ではないことには気づいていた。だが、これはそれどころではない。……何にせよ、皆で力を合わせて解き明かそう。いいな?」


 森野が片手を差し出す。


 マラチーとダチーが、その手を同時に握った。


 そのとき、周囲にいた人間たちが突然駆け出し、物陰へ隠れ始めた。


 三人が門のほうへ振り返る。


 武装した装甲指揮車が入ってきたところだった。


 その後ろには、数台の軍用車両が続いている。


「やれやれ」


 森野が呻いた。


「面倒が来た」


 装甲指揮車が飲食店の近くで停まり、扉が開く。


 数人の兵士が飛び降り、その後ろから、黒髪の背の高いヴォルティアナ族の女が歩み寄ってきた。


 その手には、中央に散弾銃のような薬室を備えた大剣が握られている。


「久しぶりだな、中田」


 森野が声をかけた。


「正人殿。お会いできて光栄です」


 森野が立ち上がり、中田の肩へ腕を回す。


「坊主ども、こちらは中田菊。S-4の将軍だ。……機嫌が悪いときは、とんでもなく厄介な女だぞ」


 中田の鋭い目が、ダチーの魂の奥まで覗き込むようだった。


「どうも……将軍?」


「この者たちが、例の特別な人間ですね。どちらが兄です?」


「見ればわかるだろ!」


 ダチーが抗議する。


「本気で、俺はどれだけガキに見られてるんだ?」


「一歳しか違わないけどね」


 マラチーが返す。


 中田は首を傾げ、顎を撫でながら、納得したように頷いた。


 ダチーの頬を指で突き、続いてマラチーの編み込みを一本引っ張る。


「痛っ! ちょっと! 爪が刺さってるって!」


 中田がダチーへ身を寄せた。


「では、貴殿がその者ですね。王妃陛下が『特別な戦利品』と定められた者」


「そうらしいな。……できれば、別の呼ばれ方がいいけど」


 中田が森野へ向き直る。


「王妃陛下より提案がございます、将軍。……飛鳥が甚大な被害を受け、これが最後の襲撃とは考えにくいことから、あなたと私がそれぞれの部隊を率いて梅子へ赴き、技術の長へ軍の兵装一式の改良を発注せよ、との仰せです」


「どれほどかかる?」


「一週間を超えることはないでしょう。長くとも二週間です。……陛下は、この少年たちも連れて行くようにと」


「観光旅行というわけではないんだろうな?」


「当然です。……梅子は、ヴォルティアナで最も厳重に守られた地。アレオラ以上に。……兵装の改良が済むまで、彼らを安全に置いておけます」


「技術の楽園だって?」


 マラチーが思わず声を上げた。


「行く! いつ出発するの?」


「藤井はどうするんだ?」


 ダチーが思い出したように尋ねる。


「釈放に必要な証拠を見つけなかったら、あの人は永久に閉じ込められたままだぞ!」


 森野は長い間考え込んだあと、口を開いた。


「二手に分かれるのはどうだ。……灯里姫の兄君も、この任務へ加わる。となれば、姫は連れていけん。……そうなると光も外れるだろう。親友を置いて旅に出るような娘ではない。……ルカを連れていけ」


「ルカ? あの部隊で一番、技術と縁がなさそうな奴だぞ。完全な怠け者だ」


「手のかからん怠け者だ。……中田、二日後に発つと陛下へ伝えてくれ。それだけあれば、孫たちも支度を整えられる」


「承知いたしました」


 中田が兵士たちへ手を向けた。


「行くぞ、諸君。飛鳥へ戻る」


 一行は手際よく撤収していった。


 ダチーの腕時計が震え始める。


 ルカからの着信だった。


「噂をすれば、だな」


 通話に応じる。


「ああ、どうした?」


「邸に戻ってきて。驚くものが待ってるよ。……それとも、まだお祖父さんと一緒?」


 ダチーが森野へ目を向けると、親指を立ててみせた。


「わかった。今から戻る」


    *


 森野の車が、少年二人をS-1邸の近くで降ろした。


 邸の外では、ルカと灯里と光が待っている。


「何だこれ。誕生日会か?」


「僕たちに、格好いい贈り物でも用意してくれたのかも、兄さん! 礼儀正しくしないと!」


「何の贈り物だよ。いいから早く寄越せ!」


 灯里が手を振って二人を呼ぶ。


「早くしろ。これ以上待たせては、驚きにならん」


 ダチーとマラチーが階段を上り、三人のあとに続いて扉の前へ向かった。


 灯里が扉を開ける。


 その向こうには、S-1の軍装をまとった沙織が立っていた。


「……驚きました?」


 その顔は、必死に笑みを作ろうとしている。


「何だよ、これ。ふざけてんのか?」


 ダチーが尋ねる。


「これが驚きか? 本気でピザパーティーでも用意してくれたのかと――」


 沙織がその腕を殴った。


「痛っ! 何でそんなに力強いんだよ!」


「この娘に最も適しているのは、S-1だと判断された」


 灯里が説明する。


「父君にも話を通し、了承を得たそうだ。……ただし、藤井が戻るまでは任務に出すなとのことだ」


 沙織が自分の軍装を引っ張った。


「これ、すごく窮屈です。もう少し緩いものはないんですか?」


「ない」


 ダチーが沙織と掌を打ち合わせる。


「行きたかった場所に入れてよかったな。……祖父さんの部隊も、そんなに悪くないと思うけど。あの人が年寄りってことを除けばな」


「ありがとうございます。……精一杯頑張ります!」


 その瞬間、沙織の銃が誤って火を噴いた。


「きゃっ!」


 沙織がダチーの腕の中へ飛び込む。


 灯里が扉を閉めた。


「次は、我らの指揮官を救う。……法官が求めるのは、反論の余地がない証拠だ。そのためには、敵の出自を突き止めなければならない」


「うん、それなんだけど……」


 マラチーが口を挟む。


「僕たち男組には、別の任務ができたんだ」


「何だって?」


 少女たちが一斉に声を上げる。


「俺も?」


 ルカが訝しげに尋ねた。


「初耳なんだけど。いつ決まったの?」


 マラチーが任務の内容を説明していくにつれ、灯里のこめかみに青筋が浮かび上がった。


 そして、壁へ掌を叩きつける。


「灯里、落ち着いて!」


 光がなだめた。


「兄だ。あの人に決まっている。……母上にこれを進言したのだ。何のために? 我らから部隊の人員を奪うためか。……よかろう。ならば私も、同じようにやり返してやる」


「兄?」


「王子だよ」


 ルカがダチーへ教える。


「聞いたことがあるか知らないけど、あの二人は仲が悪いんだ」


「じゃあ、俺たちはどうする?」


「行け」


 灯里が命じる。


「お前たちは兵装の発注を片づけろ。藤井の件は、我らが片づける」


 そして夜がさらに深まった頃――


 窓から一筋の煙が流れ出し、夜の闇へ溶けるように消えていった。

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