第三十四話「過去の器《ホルダー》たち」
ナイトとヌルスの攻撃の余波が、波のように通りを駆け抜け、周囲の建造物を次々と砕いていく。
ナイトは扇でヌルスの両腕を斬り裂き、小銃で頭を撃ち抜いて吹き飛ばす。さらに、その胸を斬り裂いた。
だが驚くべきことに、ヌルスは頭を失ったまま、その腕でナイトの攻撃を受け止めた。
そのままナイトの腕を掴み、関節が外れるまで引き伸ばす。
ナイトはわずかに顔を歪めると、歯を食いしばり、ヌルスの両肩を斬り裂いた。
ヌルスは頭と右腕を再生させるなり、ナイトを押し返す。
ナイトの膝が折れかけた。
扇を空中へ投げ上げる。
ヌルスが二本とも弾き飛ばした。
「――向け直せ」
扇が軌道を反転させ、ヌルスの両脇腹を斬り裂く。
ナイトは傷ついた腕を押さえながら、ゆっくりと身を起こした。
「おめでとうございます。……この五年近く、私は一撃も受けていなかったのですが」
「そうか、将軍。……ならば今日は、実に悪い一日になるぞ」
「もうなっています。王妃陛下が、こんなくだらない騒ぎに私を引きずり込んだ。……これはS-1の任務だというのに、藤井のところの忌々しいガキどもの子守りまでさせられている!」
ナイトは片腕でヌルスの突きを受け流し、その腕を斬り落とす。続けざまに胸を斬り裂き、頭部をむき出しにした。
ヌルスの瞳から雷光が弾け、衝撃波がナイトを押し戻す。
二人は弾丸さながらの速度で、なおも激突を繰り返した。
その頃、ダチーは屋根から屋根へ駆けながら、必死に二人を追っていた。
灯里はその背中に乗り、両肩を掴んでいる。
「急げ! このままでは見失うぞ!」
「やってるって! あの二人が速すぎるんだよ!」
ナイトがヌルスの首を斬り裂く。
ヌルスは蹴りを返し、その体を建物へ叩き込んだ。
ダチーは屋根から飛び降り、拳を地面へ叩きつける。
周囲の重力が一気に増し、ヌルスの体を地面へ押さえつけた。
灯里が片手を突き出し、その胴体へ力の弾を撃ち込む。
ダチーが頭突きを食らわせると、ヌルスも頭突きで応じた。その衝撃で、灯里がダチーの背中から振り落とされる。
ダチーはすぐさま灯里を引き起こした。
灯里がダチーの周囲へ盾を形成する。
ヌルスが拳を叩きつけ、その表面に亀裂を走らせた。
だが、盾を砕き切るより早く、ヌルスは不意に動きを止め、横へ跳んだ。
回転しながら飛び込んできたナイトが、その両脚をまとめて斬り飛ばす。
「これは驚きました。……属性も持たずに、どうしてそこまで動けるのです? 本来なら、あり得ないはずですが」
ナイトはヌルスとダチーの間へ割って入った。
そして振り向きもせず、ヌルスの鎖骨へ扇を走らせる。
ヌルスがその腕を掴んだ。
途端に腕から力が抜け、ナイトの脇へだらりと垂れ下がる。
もう一方の腕にも触れると、そちらも武器ごと力を失った。
それでもナイトの動きは、一拍たりとも止まらない。
扇を蹴り上げると、片足で二本とも挟み取った。
「本気か――?」
首を狙って振るわれた扇を、ヌルスは身を屈めてかわす。
「命懸けで心臓を守るというのなら……」
ナイトは見抜いた。
「……動けなくして差し上げるしかありませんね」
ナイトは宙へ舞い上がり、その場で激しく回転した。
凄まじい速度が周囲に旋風を巻き起こし、ヌルスは遮蔽物を求めて逃げるしかない。
だが、その背中を二度斬り裂かれた。
おぞましい咆哮を上げ、ヌルスが振り向く。
「無属性・武装型!」
複数の球体を備えた棘付きの環が、ヌルスを囲むように宙へ形成された。
そこから無属性の弾が一斉に放たれ、ナイトを空中から叩き落とす。
ダチーが街灯を根元から引き抜き、ヌルスへ投げつけた。
だが、ヌルスはそれを撃ち落とす。
ヌルスとダチーは、同時に拳を振るった。
ダチーの拳が片目を抉り飛ばし、ヌルスの拳がダチーの歯を砕く。
環から球体が次々と射出され、ダチーの全身を打ち据えた。
紫色の雷光が体内を駆け巡り、全身から力を奪い去る。
ダチーは首に力を込め、必死に体を起こそうとした。
その瞳が灰色へ変わっていく。
周囲の重力がさらに増大し、二棟の建物がヌルスの頭上へ崩れ落ちた。
灯里はダチーを抱え上げて背負うと、ヌルスが次の球を放つより早くその場を離れる。
二人は数区画先まで退避した。
「これほど手強い相手と戦うのは初めてだ」
灯里が拳の関節を鳴らす。
「まったく、実に興味深い一週間だ」
「そりゃ、あんたには最高だろ。戦うのが好きなんだから」
ダチーが言う。
「でも俺は好きじゃない。……だから、あいつをどうにかする方法でも考えないか?」
建物の角から顔を覗かせる。
「あいつ、自分の心臓がどこにあるのか、本能でわかってるみたいだ。……骨だけにされても、首を斬り落とされても、必ず心臓だけは守ってる」
「当然だ。守らなければ、傷がそのまま残ってしまうからな」
灯里の目が見開かれた。
「おお! ダチー、お前は実は天才だったのか?」
「そうなのか?」
ヌルスが二人を追おうとする。
だがナイトが螺旋を描いて空から舞い込み、その両腕を斬り裂いて、ヌルスを寄せつけない。
「全力の一撃を当てる必要がある」
灯里が言う。
「一撃で、あの心臓を貫けるほどのものをな。……何度も攻撃を重ねれば、そのたびに立て直す隙を与えてしまう。あれは間違いなく、同じことを何度も経験している」
ナイトが建物の壁を突き破って飛び出し、地面を転がると、後方宙返りで体勢を立て直した。
ヌルスが壁の穴から姿を現す。
「将軍を助けに行かなくていいのか、子供たち」
「実に愉快ですね」
ナイトが嘲る。
「私に助けが必要だとでも?」
ヌルスがダチーへ向かうふりをした。
ナイトと灯里が、同時にそれを阻もうと動く。
その瞬間、ヌルスは四つの球体を一斉に解き放ち、二人を地面へ沈めて動けなくした。
「来い、器!」
ダチーは返事代わりに、ヌルスの胸へ拳を叩き込んだ。
心臓が剥き出しになるほどの一撃だった。
続けてもう一発を打ち込む。
だがヌルスは、素早くその腕を掴んだ。
「もう終わりだろ! 俺はそっちには加わらない! だからやめろ!」
ヌルスはダチーを地面へ落とす。
そして、その頭を破裂するほどの力で叩き潰した。
そこで、すべてが暗転した。
*
ダチーが目を覚ましたのは、橙色に輝く台の上だった。
外套をまとった人影が幾つも周囲に立ち、揃って祈りを捧げるような姿勢を取っている。
ダチーは辺りを見回しながら歩いた。
「ええと……? もしもし?」
次の瞬間、すべての人影が一斉にダチーへ顔を向けた。
頭巾の奥で、その瞳が橙色に輝いている。
ダチーは最も近くにいた一人へ歩み寄り、その肩を軽く叩いた。
「もしもし?」
人影がダチーを見下ろした。
頭巾の奥の瞳が、観察するようにその姿を見つめている。
「変な奴だと思われたくはないんだけどさ……あんたら、誰なんだ? なんで俺はここにいる?」
人影が頭巾を外す。
現れたのは、褐色の肌と灰色の髪を持つ老人だった。
長い髭は腹元まで届いている。
「ようこそ、若き者よ。……我らは過去の器たちだ」
「何だって?」
「我が名は霧島玄三。先々代の器であった」
「じゃあ、ここにいる全員が、俺より前にこの属性を持ってたってことか? その……歴代の継承者みたいな?」
玄三が頷いた。
「器属性に限った話だ。……重力属性は、余の次に器を継いだ者――お前の父から受け継いだものだ」
「親父?」
ダチーが聞き返す。
「俺はこの力を親父から受け継いだのか? でも、あの人も人間だろ! どうやって……?」
「過去の器は、すべて人間だった」
玄三が説明する。
「あるいは、それに準ずる者だ。……そうであってこそ、どの陣営に仕えるかを偏りなく選ぶことができる。……そして我が若き友よ。我らの中でヴォルティアナと手を結んだのは、お前が初めてだ」
「じゃあ、あんたらは全員……死んでるのか?」
玄三が頷く。
「属性を手放したのち、老いて死んだ者もいれば、戦の中で命を落とした者もいる。……属性は持ち主に果てのない寿命を与える。だが、それを宿す者には、同時に大きな責務が課されるのだ。……たとえば、今のお前にな」
ほかの器たちが、一人ずつ消えていく。
残されたのは、ダチーと玄三だけだった。
周囲の景色が、エストリウムの街並みへ移り変わる。
学校や家々が並び、子供たちが通りで遊んでいた。
「故郷へ帰って、この戦争をすべて忘れてしまいたいのだろう?」
ダチーが頷いた。
「ああ」
「残念ながら、奴らは決してそれを許さぬ。……ヴォルティアナ族も、お前が『後援者』と呼ぶ者たちも、どちらの陣営にも与さぬまま立ち去ることなど、決して許しはしない」
「だから俺は、ヴォルティアナ側につくと決めた。……あいつらのやり方を変えられれば、その技術で、自分たちが壊したものを直せるかもしれない。……でも、あいつらを消し去ったら、今度はほかの連中が俺たちを恐れる。器を支配しようとして、また戦争が始まる。そんなの、永遠に終わらない」
「思慮深い見方だな、我が愛しき子よ。……ヴォルティアナ族が恐れられるのには理由がある。だが、彼らの資源――とりわけ開発拠点『梅子』の力は、ますます強大になっている。……余がお前のように理をもって考えられていたなら、あの者に、あのようなことを許しはしなかったものを……」
玄三の声が途切れた。
「……いや、よい。今のお前の体では、器の力すべてには耐えられぬ。……だが、余が力を貸せば、真の姿の一端だけなら引き出せるやもしれん」
景色が、戦禍に荒れ果てた草原へ移り変わる。
ダチーが幻視の中で目にした、あの顔のない六本脚の存在が、ヴォルティアナ族の軍勢を引き裂き、山々を踏み潰していた。
「うわっ! あれ、装甲指揮車よりでかいぞ! てっきり幻か何かだと思ってた!」
「とんでもない。あれは混沌の神だ。……その力がどこから生まれたのかは、誰にもわからぬ。……だが、お前の父は余より遥かに多くを知っていた」
「親父はどこにいるんだ? 生きてるのか? 最後に見たとき、俺の家が……あれは……」
「見当もつかぬ。……ただ、お前の父には多くの敵がいた。お前の母はそれを知りながら、それでも彼と共にいることを選んだ。……なぜであろうな」
「そりゃ、親父がいい男だったからに決まってるだろ。……でも、今はもう、あの人のことをほとんど思い出せない。一年しか経ってないのに」
「なるほど。……おそらく、お前自身に選ばせるためであろう。己の自由意志で、器の力を引き出せるようにな。……さて、ダチー・ジョーンズ。お前は何を選ぶ?」
ダチーが顎を撫でた。
「ヌルスのケツを蹴り飛ばす。あんな真似、黙って許してられないからな!」
「よかろう。……ならば、器の意志のもと、余がお前に、その力へ至る道を開こう」
領域が崩れ始め、すべてが一瞬にして消え去った。
*
「うおおおおおッ!」
橙色の巨大な光柱がダチーの体から噴き上がり、飛鳥のどこからでも見えるほど天高く昇った。
ナイトとヌルスが打ち合いを止め、ダチーへ視線を向ける。
「何です、あれは――?」
ナイトが呟く。
「そうだ」
ヌルスが声を上げた。
「そうだとも! 来い、器! 俺のもとへ来い!」
ダチーの体が膨れ上がり、橙色の巨大な生物へ変貌していく。
建物ほどもある巨体は、周囲の構造物さえ見下ろすほど高くそびえ立った。
その下に六本の脚が形成され、脇から四枚の翼が生え出す。
顔はない。
あるのは口のような裂け目だけで、その奥には鋭い歯が並んでいた。
灯里は身動きも取れないまま、その姿を見上げている。
「ダチー……?」
ヌルスはナイトを押しのけ、球体の弾幕をダチーへ放った。
ダチーは空へ舞い上がると、そのままヌルスの上へ叩きつけ、上半身を引き千切る。
体内から心臓が飛び出した。
残されたヌルスの下半身が、それを拾おうと走り出す。
ナイトが灯里の体を揺すった。
「あれが何であろうと、隙を作ってくれました! 今は止まっている場合ではありません!」
ヌルスの上半身が再形成される。
ただし、中央に大きな穴を残したままだった。
地面を滑りながら心臓を拾い上げ、空いた片手でナイトの扇を弾く。
灯里の力の弾を跳び越えながら、一直線にダチーへ向かって走った。
「器が自ら姿を現した! ならば、俺は任務を完遂せねばならん!」
「夢でも見ていろ、この醜い化け物め!」
灯里が肩から体当たりし、至近距離からヌルスの顔面を吹き飛ばす。
ヌルスは蹴りで灯里を払いのけた。
その隙にナイトが両膝を斬り裂き、続けて心臓の一部を削ぎ落とす。
ヌルスが両膝をついた。
球体を放ってナイトを押し戻し、再びダチーへ向かって進み始める。
先ほどより、わずかに遅くなっていた。
ダチーが一度、地面を踏み鳴らす。
地震が通りを駆け抜け、ヌルスの手から心臓を弾き落とした。
ダチーが咆哮を上げる。
口の裂け目から橙色の雲が生まれ、その中から放たれた雷が心臓を直撃した。
心臓が跡形もなく蒸発する。
ヌルスは、その灰が地面へ降り注ぐ様子を見つめていた。
「ああ。……オシックスは倒されたのか」
ヌルスは察した。
「道理で心臓が再生しなかったわけだ。……我が友よ。子供四人に敗れるとはな」
ナイトがヌルスの首を斬り裂く。
首が肩口へ垂れ下がったまま、ヌルスはダチーの異形を見据えた。
「満足だ、器。……お前はこの戦争を変える。……そして、いずれまた会おう。『核』でな」
ナイトは二本の扇を鞘へ収め、灯里とともに巨大な怪物の前へ踏み出した。
「あなた方の宴は終わりです」
ナイトが宣言する。
「そうか? 己を買い被りすぎだぞ、将軍。……宴は終わっていない。微塵もな。……俺が敗れようと、我らは必要なものを正確に手に入れた」
ヌルスがダチーを指す。
「貴様らは何一つ理解していない。そして、それは……これからも変わらない」
灯里が手の中に力の弾を形成した。
「待て! ほかに何を知っている! ダチーは今、何に変わったんだ!」
ヌルスは自らの首を引き千切った。
その体が煙の柱に包まれ、跡形もなく消え去る。
ダチーが、もう一度咆哮を上げた。
*
その間も、国王と王妃は露台から一部始終を見つめていた。
王妃は露台の手すりに両手を置き、口を開いたまま言葉を失っている。
「星々にかけて……」
やがて夫へ向き直った。
「賭けた甲斐がありましたね、我が君」
「何を言っている?」
王妃は背筋を伸ばす。
その目は、飛鳥の只中にそびえ立つ巨大な怪物から一度も離れない。
「我らの勝ちです」




