第三十三話「己の運命」
オシックスは、二人の少女を相手に戦っていた。
沙織が放つ虹色の光線を、次々と骨の棘で逸らしていく。
沙織は狙いを変え、オシックスの両目へ光線を撃ち込んだ。
だがオシックスは巨大な骨の手を形成し、その一撃を真正面から受け止める。
沙織が再び攻撃を放った。
今度の狙いは胸。
しかし、骨の鎧が光線に耐え切った。
オシックスは近くの建物の壁へ掌を押しつける。
巨大な骨の手が壁を丸ごと引き剥がし、少女たちへ投げつけた。
沙織は素早く虹色の光線を放ち、壁が直撃する前に空中で粉砕する。
その直後、オシックスが沙織の胸を爪で抉ろうと迫った。
光が沙織の腕を引き、間一髪で攻撃を躱させる。
「私の光線が効いていません!」
沙織が声を上げた。
「どうすればいいの? 私、戦ったことなんて一度もないのに!」
「奴の速さも力も上がっているわ」
光がオシックスの動きを見極める。
「直哉が何かしているに違いない! よくも私たちを裏切って、あんな奴に力を貸せたものね!」
だが、すぐに首を振った。
「いえ、今はそれどころではないわ。灯里がダチーを助けているはずよ」
「ダチーは無事ですよね? あの人、本当に不気味でしたし、ダチーももうすぐ力を使い果たしてしまいます!」
「姫が守るわ! 私はあの子の力を知っている。あんな相手にだって勝てる!」
光が構え直す。
「……それに、奴らにダチーを連れていかせるわけにはいかないでしょう!」
オシックスは手の中で骨の破片を弄んだ。
「そこが間違いだ。……我らは何年もの間、器を追い続け、その力の在り処を突き止めようとしてきた」
骨片が指の間で回転する。
「あの力は我らだけのものだ。ほかの誰にも渡すつもりはない。……そして今、その力がダチーの内に宿っているとわかった。これで話はずっと簡単になった」
「まあ、あなたは本当に間抜けなのね」
光が言い放つ。
「大勢のドワーフを送り込んで私たちの隊員を攫えば、『あら、そう。では次の話題へ』とでも言うと思ったの?」
「まったく思っていない。貴様ら畜生どもは、そこまで愚かではないからな」
オシックスが笑う。
「……だが、あれが正確に何であり、どこからその力を得たのかを突き止められるほど賢くもない。俺はそれで満足だ」
「そう思っていられるのも今のうちよ! 私たちの家を破壊して、ただで済むとは思わないことね!」
「ならば、何をする? 俺の頭でも引き千切るか? 貴様は戦士ですらない。ただの――」
光の全身が桃色の輝きに包まれた。
その髪が、重力を失ったかのように宙へ持ち上がる。
オシックスの体が突然震え始めた。
光の瞳が鋭く閃く。
次の瞬間、オシックスの胸が内側から破裂した。
「どうやって――?」
「今よ、沙織!」
沙織は即座に、剥き出しになった心臓へ光線を撃ち込んだ。
心臓の一部が削ぎ取られ、オシックスの体が大きく跳ねる。
沙織が追撃するより早く、オシックスは片腕で胸の穴を覆い隠した。
「どうやった?」
「私はもう、あなたに触れているもの」
光が片手を掲げる。
「あなたの遺伝情報は、すでに私の力へ記録されているのよ。……そして覚悟なさい。これから、たっぷり痛い目に遭わせてあげる」
光が拳を強く握り込んだ。
「これを受けなさい!」
オシックスの腕が、骨の砕ける音とともに折れ曲がった。
光は直後に身を折り、荒い息を吐き始める。
沙織が心配そうに、その背中へ手を置いた。
「光様、大丈夫ですか?」
「え、ええ……。少し息を整えれば平気よ」
「そうはさせん」
声が頭上から降ってきた。
オシックスが、すでに二人の真上へ現れている。
沙織は反射的に虹色の光線を放ち、振り下ろされる爪を次々と弾いた。
だが、すべてを防ぎ切ることはできない。
一本の爪が沙織の顔を深く斬り裂いた。
「沙織!」
光が叫ぶ。
「平気です! すぐに治りますから!」
周囲の地面から無数の骨が噴き出した。
通りを引き裂き、建物を崩壊させ、二人の手足を次々と千切り飛ばしていく。
光は残された片腕を伸ばし、そのうちの一本へ触れた。
次の瞬間、周囲に広がっていた骨のすべてが塵へ変わった。
光は力を使い果たし、そのまま地面へ崩れ落ちる。
二人の失われた手足と傷は、すぐに元どおりになった。
だが、二人の目の下には濃い隈が浮かんでいる。
「もう……少しくらい休ませてよ……」
オシックスが空高く跳び上がった。
魚雷のような勢いで、二人を目がけて急降下する。
両腕の爪は、巨大な刃のように突き出されていた。
だが、オシックスが二人へ到達する直前――
轟音とともに砲弾がその腹を貫き、地面へ叩き落とした。
沙織と光が同時に振り返る。
二人のすぐ後方に、装甲指揮車が停まっていた。
「みんな!」
光が息を呑む。
「……いえ、その……ようやく来たのね! 最も重要な隊員一人に、戦いを全部やらせるつもりだったの?」
装甲指揮車の拡声器が起動し、ルカとマラチーの声が聞こえてきた。
「ごめん!」
マラチーが答える。
「少し前に、姫殿下を途中で降ろしてきたんだ!」
「そうそう! 姫殿下ったら、僕たちを置いてダチーのところへ行ったんだよ! 信じられる?」
「うん」
ルカが即答する。
「信じられるね」
沙織は装甲指揮車へ歩み寄った。
感嘆したように車体を見上げ、巨大な車輪へ手を這わせる。
「すごい! 皆さん、これを運転できるんですか? いつでも好きなときに?」
「まあね」
光が答える。
「藤井将軍は、任務中にだけ使ってよいとおっしゃっていたわ。……普段ならね」
光の表情が曇った。
「……ああ。将軍が今、ここにいてくれたらいいのに」
「俺は、いなくて心底助かったと思っているがな」
立ち上がったオシックスが嘲笑する。
「あの老いぼれがまだ自由なら、器を奪うことはできなかった。……だが今なら、我らの悲願を叶えられる」
「夢でも見てろ!」
マラチーが叫んだ。
「撃て!」
装甲指揮車の砲塔が、再び轟音を上げる。
だがオシックスは、放たれた砲弾のすべてを躱した。
その体が、霞のような残像を引いて戦場を駆ける。
光は沙織の腕を引き、装甲指揮車まで連れていこうとした。
しかしオシックスが二人の間を駆け抜け、伸ばされていた腕を肘からまとめて斬り落とす。
「ああっ!」
二人が同時に悲鳴を上げた。
ルカが素早く車両から飛び降りる。
その両手が二本の斧へ変形した。
斧がオシックスの首へ深々と食い込む。
頭が肩から滑り落ちかけるほどの傷だった。
オシックスがルカへ目を向ける。
「ルカか」
「なあ」
ルカが問いかける。
「あんた、最初から人間じゃなかったんだろ?」
「かつては人間だった。……だが、それは遥か昔の話だ」
オシックスは裂けた首を片手で押さえた。
「お前が見ているのは、その残骸にすぎん。応輝という姿は、もう用済みになった。……お前なら、誰よりもよくわかるはずだろう、坊主」
「わかるかもね。……でも、だからって俺の仲間を殺すことを認める気はない」
「ならば、互いの血で借りを返し合うまでだ!」
骨の爪と二本の斧が激突した。
甲高い音を響かせながら、ルカとオシックスが激しく打ち合う。
装甲指揮車の砲塔が、オシックスを照準へ捉えた。
砲弾が放たれる。
しかし、わずかに狙いを外れた。
砲弾は光の足元へ着弾し、地面を吹き飛ばす。
「マラチー! 何をしているの!」
「ごめん! 目でも追えない速さで動く敵を狙うのは難しいんだよ!」
「自動照準を使いなさい!」
「えっ! そんな機能があるの?」
「あるわよ!」
ボタンを押す音が、拡声器を通して全員に聞こえた。
装甲指揮車が低く唸り、砲塔がオシックスの動きを自動で追い始める。
再び砲声が響いた。
砲弾がオシックスの右肩を吹き飛ばす。
同時に、ルカの斧が左肩を斬り落とした。
だがオシックスは、一瞬で両肩と腕を再生する。
爪でルカの鎖骨の辺りを斬り裂き、装甲指揮車へ無数の骨の棘を投げ放った。
ルカの瞳孔が細くなる。
次の瞬間――
巨大なゴリラへ変貌したルカが、その豪腕でオシックスを何度も地面へ叩きつけていた。
オシックスも骨の腕で応戦する。
その激突を、光と沙織は何度も瞬きながら呆然と見つめていた。
「あの方、ゴリラにもなれるのですか?」
沙織が尋ねる。
「そうみたいね!」
装甲指揮車の砲塔が、再びオシックスを捉えた。
砲弾が放たれる。
オシックスが横へ飛び退いたため、その一撃は危うくルカへ直撃しかけた。
ルカが咄嗟に歩道へ身を投げ出す。
「ごめん!」
装甲指揮車が、二人の少女へゆっくりと近づいてきた。
「二人とも、乗って!」
車体側面の扉が開き、乗降用の橋が伸びてくる。
光と沙織は、その橋を渡って車内へ入った。
通りでは、ルカとオシックスがなおも激しく打ち合っている。
光は車内の指揮卓へ駆け寄った。
そこにはマラチーが立っている。
「よし」
光が言った。
「それで、どうするの、頭脳担当? あの心臓を攻撃しないと倒せないわ!」
「僕に訊くの? 僕だって、こんな戦いは初めてなんだよ!」
「だって、あなたは明らかに兄弟の中でまともなほうでしょう! それに、私たちより長くあの畜生と行動していた。何か手掛かりはないの?」
二人が外部映像へ目を向ける。
そこには、血塗れになったルカを投げ捨てるオシックスの姿が映っていた。
「出てこい、子供ども」
オシックスが喉を鳴らして笑う。
「案ずるな、マラチー。俺はお前を殺せん。器が悲しむからな。……だが、お前の友人どもは別だ」
ルカが空中で狼へ変身し、オシックスの足首へ噛みついた。
そのまま体を駆け上がり、両目を爪で斬り裂く。
最後に装甲指揮車の屋根へ飛び移った。
マラチーが扉を開き、ルカを車内へ入れる。
だが、その戸口へオシックスが現れた。
沙織が即座に虹色の光線を放ち、オシックスを車外へ吹き飛ばす。
「ほかの属性者と戦うっていうのは……」
ルカが呻き、激しく咳き込んだ。
「絶対に忘れられない感覚だね」
「選抜試験に出るべきだったわね」
光が言った。
「灯里は、そこで二人倒したわよ」
「へえ。……それで、あいつをどうする?」
突然、装甲指揮車全体が宙へ持ち上がった。
外部映像を確認すると、車体の真下にオシックスがいる。
オシックスは装甲指揮車を持ち上げたまま、近くの事務所へ投げつけた。
指揮車が建物を押し潰す。
車体の下には、逃げ遅れた何人もの労働者が倒れていた。
ルカが計器盤へ駆け寄り、拡声器を起動する。
「あんた、今いくつの命を奪った?」
「まだ足りんな」
オシックスが鼻を鳴らした。
ルカは操縦席へ座り、装甲指揮車をオシックスへ突進させた。
だがオシックスは、すれ違いざまに車輪を斬り裂く。
装甲指揮車が横滑りし、大きく進路を外れた。
オシックスは、失われた車輪が自動で再形成されていく様子を眺める。
「自ら修復する車両か。……認めよう。貴様らの技術力は見事だ」
その目に興味が浮かんだ。
「この車両は、故郷へ持ち帰ってもよいかもしれんな。精鋭たちも、我が主も喜ぶだろう」
光の声が、拡声器から響いた。
「なら、これをあなたの主へ持って帰りなさい!」
装甲指揮車の側面から、複数の機関銃が展開された。
銃口が一斉に火を噴き、オシックスの骨の鎧へ猛烈な弾幕を浴びせる。
鎧が少しずつ削り取られていった。
破損した鎧の隙間から、沙織があるものを見つける。
「心臓です! まだ完全に治っていません!」
光が発射ボタンを強く押し込んだ。
数発の銃弾がオシックスの心臓へ命中する。
オシックスがよろめき、片腕が衝撃で後方へ跳ね上がった。
オシックスは即座に骨の柱を形成した。
その上へ乗り、空高く運ばれていく。
胸を押さえながら、荒い息を吐いた。
(くそっ。こいつらの兵士も兵器も、恐ろしく強い。……初めから賭けだとはわかっていた)
オシックスが装甲指揮車を見下ろす。
(だが、それだけの価値はある。俺がここで敗れても、器さえ手に入ればよい!)
さらに無数の骨の柱が地面から形成された。
ボウリングのピンのように次々と倒れ込み、装甲指揮車の前方を塞いでいく。
一本の柱は車体の上へ直撃し、指揮車の移動と主砲の発射を封じた。
光は側面の機関銃を操作し、オシックスが立つ柱を削り始める。
だがオシックスが手首を軽く振った。
新たな骨の柱が地面から噴き上がり、装甲指揮車を横倒しにする。
車両が姿勢制御を再調整している間に、側面の扉が勢いよく開いた。
二本の金属製の触手が飛び出し、オシックスの足元にある柱へ食らいつく。
触手に引かれ、マラチーが装甲指揮車から飛び出した。
別の三本が、それぞれルカ、沙織、光を運んでいる。
残る一本の触手は、オシックスへプラズマ弾を撃ち続けていた。
「では、これで決まりだな」
オシックスが言う。
「自ら出てきたか、マラチー」
「そうだよ! 誰にも兄さんは渡さない! 同じ人間にだって!」
「言ったはずだ! 俺はもう人間ではない!」
行く手を遮るように、複数の骨の柱が形成された。
マラチーは触手を使い、仲間たち全員を最も近い柱の上へ引き上げる。
その両腿へ噴射器が形成された。
マラチーはオシックスの周囲を高速で飛び回り、胸へ向けてプラズマ弾を次々と撃ち込む。
オシックスは慌てて攻撃を弾き始めた。
その目がマラチーの姿を追おうとする。
だが、あまりにも速い。
マラチーの動きによって巻き起こされた突風が、オシックスの体を宙へ持ち上げた。
「何だ、この速さは! 器よりも速いぞ!」
マラチーがオシックスの頭上を飛び越える。
二本の触手を前方へ伸ばして柱へ絡ませ、自らの体を一気に引き寄せた。
加速した勢いのまま、オシックスの胴体へ巨大な穴を撃ち抜く。
傷ついた心臓が、再び剥き出しになった。
ルカが巨大なゴリラへ変身し、沙織と光を背中へ乗せた。
両脚へ全力を込め、オシックスとマラチーを追って跳び上がる。
オシックスの体から、骨の付属肢が雑草のように次々と生え出した。
鋭い骨が、ルカ、光、沙織の首をそれぞれ貫く。
それでもルカは止まらない。
ついにオシックスの真正面まで到達した。
光がもう一度、その体へ触れる。
オシックスの心臓が激しく脈打ち始めた。
鼓動が速まり、心臓そのものが大きく膨れ上がっていく。
「沙織! 今よ!」
「遅い!」
オシックスが骨の刃を振り抜いた。
ルカたち全員の体が、一瞬で斬り刻まれる。
光とルカはそのまま地上へ落下した。
マラチーが触手を伸ばし、落ちていく沙織を受け止める。
「大丈夫?」
「はい!」
「よし! なら今度こそ、こいつを倒そう!」
マラチーは噴射器の出力を最大まで上げ、自らの体を前方へ撃ち出した。
片腕を巨大な金属の腕へ変形させ、オシックスの心臓へ拳を叩き込む。
その衝撃と同時に、沙織を空高く投げ上げた。
「これは、母上の分です!」
オシックスにできたのは、沙織の両手から巨大な虹色の光線が噴き出す光景を見上げることだけだった。
光線は螺旋を描きながら急降下する。
そのままオシックスの体を、心臓ごと真っ直ぐに貫いた。
沙織が再び目を向けたとき――
オシックスの心臓は完全に消滅していた。
オシックスが地上へ落下し、自ら作り出した骨の柱の傍らへ倒れ込む。
残された力で柱へ背を預けた。
沙織とマラチー、そしてほかの仲間たちが、その周囲へ集まってくる。
「あんたの負けだ!」
マラチーが告げた。
「それで、もう降参する?」
そのとき、一つの声がオシックスの頭の中へ響いた。
眩暈が起こり、視界が大きく揺れる。
『折原応輝よ……』
世界が暗闇へ沈んだ。
時間さえ、ほとんど静止したかのようだった。
『どうする、応輝。……この生き物どもに己の運命を奪わせ、その手の中で握り潰させるのか? それとも、自ら運命へ抗い、押し返すのか?』
若い声が答えた。
『わからない……。俺に何ができる?』
『己を害した者どもへ刃を向けよ。価値なき生をつなぐ糸を断ち切れ。暴君どもがお前を滅ぼす前に、お前が暴君どもを滅ぼすのだ。……血には血を』
『けど、人を殺すのは……間違ってる……』
『そうだ。人を殺すことはな。……だが、あれらは人ではない』
声が冷たく告げる。
『もっとも、あの者どもの飼い犬でありたいのなら話は別だ。その場合、俺はここで失礼しよう』
オシックスがゆっくりと頭を上げた。
「断る!」
その声が戦場全体へ響き渡る。
「降参など、決してせん! 我が運命は我がものだ! そして誓おう。俺は必ず、あの者どもを根絶やしにする!」
オシックスの瞳が、白い光を放ち始めた。
「俺にできなければ、次の者が! その者にもできなければ、さらに次の者が!」
周囲一帯が激しく揺れ始める。
マラチーが驚き、一歩後ずさった。
「うわっ! 今度は何なんだよ!」
オシックスがマラチーと目を合わせた。
「さらばだ、マラチー。……捕縛という選択肢はない」
そう告げると、自らの骨の刃で首を斬り落とした。
周囲にそびえていた骨の柱と、あらゆる骨の構造物が一斉に消え去る。
オシックスの体も、黒い煙の閃光に包まれ、その場から消滅した。
マラチーが思わず後ずさる。
「今……あの人、自分で死んだの?」




