↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
31/61

第三十一話「無効《ヌルス》」

光の姿を目にした瞬間、オシックスの指がぴくりと動いた。


 だが、すぐさまその手を背後へ隠す。


 ナイトが一歩前へ出た。


「将軍殿か」


 オシックスが口元を歪める。


「お会いできて光栄だな?」


「何者です、化け物」


 オシックスは両手の爪を擦り合わせた。


「俺は、ここから遥か遠く離れた地より来た。深い霧に隠され、何世紀もの間、外界から隔絶されてきた土地だ。……祈るんだな。決してその地を見つけぬように。足を踏み入れれば、奴らはお前を真っ二つに裂いて串刺しにするぞ」


「正直、探すつもりはありませんでしたよ。……あなたのほうが、私の縄張りへ踏み込んだ。もはや言葉は不要です」


「同感だ」


 ナイトは背後の子供たちを一瞥した。


「よく聞きなさい。私は、あなた方の母親役をするために来たのではありません。死ぬなら、それまでです。攻撃するなら自己責任で」


 先に飛びかかったのはオシックスだった。


 ナイトは身を翻して攻撃を躱し、建物の窓枠を掴む。


 蜘蛛のように壁面を駆け抜け、窓枠を蹴って宙返りすると、すれ違いざまにオシックスの胸を斬り裂いた。


 肋骨が露出するほど深く。


(くそっ)


 オシックスが悟る。


(この女……強い。しかも、あの娘まで連れてきやがった。集中しろ。でなければ負ける! あいつにまで正体を明かさせるわけにはいかん。俺はもう、自分の手札を切ったんだ!)


 ナイトが舞い込むように接近し、剥き出しになった胸へ二本の扇を投げ放った。


 オシックスの両目が一度だけ光る。


 地面から無数の骨柱がせり上がり、壁となって扇を遮った。


 しかし、ナイトは一切速度を落とさない。


 骨柱の壁をバターでも切るかのように斬り抜け、その勢いのままオシックスの首を一閃した。


 頭部が宙を舞う。


 オシックスは即座に新たな頭を生やし始めた。


 だが、ナイトは再生が終わるより早くその胴体を斬り開き、扇の刃を心臓へ突き立てる。


 オシックスの全身が大きく跳ねた。


 再生途中だった頭部も、その状態のまま停止する。


「くそっ! 離れろ、この女が!」


 通り一帯から骨の棘が噴き上がり、地面が大きく崩落した。


 何人もの住民が瓦礫の中へ閉じ込められ、衛兵たちの体が棘に貫かれる。


 ナイトがそちらへ目を向けた。


 その一瞬を突き、オシックスがナイトの首を掴む。


 力任せに投げ飛ばされたナイトは、幾つもの建物を越え、遠方の摩天楼へ激突した。


「ようやくだ。……忌々しい女め!」


 オシックスが子供たちへ意識を戻す。


「遊びは終わりだ。これ以上、無駄にする時間はない」


 オシックスの全身へ走る亀裂が、さらに深くなっていく。


 耳は尖り、漆黒の歯が鋭く伸びた。


 体から大量の影が噴き上がる。


 その影の中で輝く紫色の線が、胸元へ文字を焼き刻んだ。


〈序列――第十四位〉


「何だ、それ……?」


 ダチーが尋ねる。


「序列? ……あんた、いったい何者なんだ?」


 オシックスが咆哮した。


 不気味なほどダチーのものに似た叫びが、大地そのものを揺るがす。


 その口から巨大な骨の手が飛び出し、ダチーの体を鷲掴みにした。


「ダチー!」


 沙織が息を呑み、骨の腕へ虹色の光線を放つ。


「私の友達を下ろしなさい!」


 別の骨の手が横から飛来し、裏拳のように沙織を殴り飛ばした。


 光が、その手へ触れる。


 桃色の力が一気に迸った。


 骨の手は瞬時に塵へ変わり、オシックスの口が内側から破裂する。


「よくも私の家を好き勝手に荒らしてくれたわね! 自分が誰を相手にしているのかわかっているの? 貴族の領地を破壊して、ただで済むと思っているの!」


「うわ……」


 ダチーが思わず漏らした。


 オシックスが体勢を立て直す。


 吹き飛んだ顎と舌が、音を立てながら再生していった。


「よし。桃色の髪の娘を殺す。虹の娘を片付ける。そしてダチーを捕らえる。……悪くない順番だ」


 オシックスが一気に距離を詰め、光の心臓を爪で刺し貫いた。


 だが、光は倒れない。


 驚愕するオシックスを真っ直ぐ睨み返し、その胸へ片手で触れた。


「どうやって――?」


「私は自分の臓器を複製できるのよ、この間抜け! ……言ったでしょう。ここへ来たのが間違いだったって! 何もかも台なしよ! 全部、あなたのせいなんだから!」


 桃色の衝撃波が炸裂した。


 オシックスの全身が激しく跳ね、体内の骨が次々とへし折れていく。


 光が拳を握り締めた瞬間、オシックスは地面へ崩れ落ちた。


「さあ、再生してごらんなさい。あなたの体内へウイルスを入れたわ。……しばらくは、それを治すだけで精いっぱいのはずよ。今よ、ダチー! 殴りなさい!」


 ダチーの拳が、オシックスの顎へ迫る。


 だが、拳が完全に届くより早く――


 オシックスの骨の刃が、ダチーと光、二人の首を同時に刎ね飛ばした。


 オシックスの口から、大量の血が溢れ出す。


 その足元が大きくふらついた。


(再生が遅れてる。……もっと早く片付けないと! あの女、心臓が一つじゃないのか? ……なら、体そのものを細切れにすればいい!)


 沙織の放った虹色の光線が、オシックスの片腕を引き千切った。


 今度は、失われた腕が生えてこない。


 オシックスは激しく咳き込むと、残った手を大きく振るった。


 その体から、十二体もの骸骨が次々と飛び出す。


 そのうち五体が光へ襲いかかった。


 しかし、骸骨たちは光へ触れた瞬間、まとめて塵と化した。


 ダチーは自分へ群がる三体を下から殴り上げ、まとめて空中へ吹き飛ばす。


 沙織も虹色の光線を連射し、残る骸骨たちを粉々に引き裂いた。


「二人とも、あいつの心臓を攻撃できるか?」


 ダチーが尋ねる。


「あの再生を止められれば、俺があいつを気絶させられる!」


「やってみます!」


 沙織が答えた。


「ふん」


 光が鼻を鳴らす。


「仕方ないわね」


 オシックスの腕が、ようやく再生した。


 今度は、その腕全体が分厚い骨の鎧に覆われている。


 オシックスは一言も発さず、巨大な骨柱を二本形成した。


 三人を押し潰すように、左右から柱が倒れ込んでくる。


 ダチーが素早く動き、両腕で二本の柱を受け止めた。


 その隙に、オシックスが一本の骨の棘を投げ放つ。


 棘がダチーの膝を貫き、その体を地面へ縫い留めた。


 光が勢いよく駆け出し、オシックスの顔へ触れようと手を伸ばす。


 だが、オシックスは光の脇腹を蹴りつけ、続けざまにその片目を爪で刺し貫いた。


 沙織が虹色の一撃でオシックスを押し戻す。


 同時にダチーが二本の柱を持ち上げ、オシックスへ投げつけた。


 オシックスは数秒とかけずに、それらを細切れにする。


 最後に一本の骨の手を伸ばし、ダチーを掴み取ろうとした。


 だがダチーは、ただ一発の拳でそれを粉砕した。


 光が背後から、ダチーの背中へ触れる。


「うわっ、今何をした?」


「一時的な強化よ! いいから行きなさい!」


 ダチーは即座に踏み込み、強化された拳をオシックスの胸へ叩き込んだ。


 その一撃が、胸の奥にある心臓を破裂させる。


 オシックスが両膝をつき、肩で荒い息をした。


「戦いは終わりだ」


 ダチーが告げる。


「あんたには、俺たちと一緒に来てもらう」


 オシックスが喉を鳴らして笑った。


「はっ。もう少し学習していると思ったがな、坊主。……俺のそばにいた時間で、それくらいは理解したはずだろう?」


「何が言いたい?」


 光が片手を差し出した。


「ダチー、その男から離れなさい!」


「あの娘の力には限りがある。お前も同じだ。……そして、あの将軍。速さは大したものだが、傷を負えば死ぬ。……有益な情報をありがとうよ」


 オシックスの喉から、先ほどを上回る咆哮が噴き出した。


 衝撃だけで、周囲の建物が次々と砕け散る。


 沙織と光は耳を覆い、ダチーは回転する視界に耐え切れず、地面へ崩れ落ちた。


 そして――


 オシックスの肉体が、再生を始める。


「どうやって? 心臓は潰したぞ! 動けなくなるはずだ!」


 ダチーの目が、不意に見開かれた。


「あんた、誰かの助けを借りてるな。……骨属性だけで、これだけのことができるわけがない。そうだろ?」


 オシックスが指を鳴らす。


「ご名答だ、坊主。……自分の手札を縛って戦う趣味はなくてな」


 完全に再生した体で、ゆっくりと立ち上がる。


「だが、そちらの戦力が想定以上だった以上、俺も心臓を危険に晒し――同志まで表へ出すしかない」


 ダチーが構えを取った。


 そのとき、オシックスの背後に立つ者へ気づく。


 直哉だった。


 その手には銃が握られている。


「直哉? なんでここにいる? 援軍を連れてきたのか?」


「まあな」


 直哉が答える。


「厳密には、援軍だ。……つまり、俺がここにいる。そして、あんたを助けに来た」


 ダチーがオシックスを指差した。


「早く、あいつの頭を撃ってくれ! 目を潰せれば、その間に封じ込める方法を考えられる!」


 直哉が銃を掲げる。


「仰せのままに、ジョーンズ殿」


 直哉が銃口を上げた瞬間、ダチーの動きが止まった。


(待て。この力は何だ? さっきまで、こんな気配はなかった。……どうしてオシックスより強い? 直哉は基礎魔法しか使えない、ただの衛兵だ。こんな力を持ってるはずが――)


 ダチーは咄嗟に身を翻し、光と沙織を掴んだ。


「伏せろ!」


 直哉が二人へ銃弾の雨を浴びせる。


 ダチーは少女たちへ組みつくように飛びかかり、自分の体を盾にした。


 光弾が手足と背中を貫き、いくつもの穴を穿つ。


「ほう。大したものだ」


 直哉が感心したように言う。


「あんたの言うとおりだった。この坊主は勘が鋭い」


 光と沙織が、傷ついたダチーを両側から引き起こした。


「直哉……?」


 光が目を見張る。


「この裏切り者! こんなことをして、王妃陛下があなたをどうなさるかわかっているの!」


「何一つ、できやしないさ」


 オシックスが直哉へ触れる。


 暗い力が、直哉の全身へ流れ込んだ。


 その両目が、一度だけ白く閃く。


「感謝する、相棒」


「まだ感謝するには早い。……お前は十代の子供三人と、S-7部隊の将軍一人に足止めされた。主も精鋭たちも、それを喜びはしないぞ」


 直哉がダチーへ向き直る。


「ああ、それと――ダチー」


 ダチーの体が強張った。


「親切にしてくれて、ありがとうな。……今度は、俺が礼を返す番だ!」


 直哉の全身から、暗黒の雷光が炸裂した。


 周囲の建物が、衝撃に耐え切れず一斉に崩落する。


 直哉の肌が、オシックスと同じ漆黒へ染まっていった。


 体はオシックスを上回るほど巨大化し、その周囲へ黒い外套が形作られていく。


 胸元には、新たな文字が浮かび上がった。


〈序列――第十三位〉


「あの日誌は、あんたのものだったんだな」


 ダチーが吐き捨てる。


「ずっと潜入して、裏でこの計画を動かしてたのは、あんただ!」


 直哉が頷いた。


「もう直哉と呼ぶ必要はない。……ヴォルティアナ族を演じるのにも飽きた。俺には無効《ヌルス》のほうが、よほど似合っている」


 ヌルスとオシックスが視線を交わす。


「では、そろそろ器《ホルダー》を頂くとするか」


「そうしよう」


 二人が歩調を揃え、ダチーへ向かって歩き始める。


 だが、光がその前へ立ちはだかった。


 ヌルスが苛立たしげに唸る。


「あの娘には対処したと言わなかったか!」


「置いてきたんだ! あいつが勝手にあとを追ってきた。……執着心を見誤った」


「構わん。この女も殺す」


 沙織が虹色の光線を放ち、二人の接近を阻んだ。


 だが、ヌルスが片手を差し出す。


「無効化」


 黒い門が出現し、沙織の光線を丸ごと飲み込んだ。


 直後、門から暗黒の力が撃ち返される。


 ダチーが沙織を引き寄せ、間一髪で攻撃を躱した。


 その瞬間、光がヌルスの顔へ触れる。


 ヌルスの全身が激しく跳ね、異様な方向へ捻れ始めた。


 しかしヌルスが自らの胸へ掌を当てると、その作用は唐突に消滅する。


「厄介な力だ」


 光が指を鳴らした。


 ヌルスの腹部が、内側から裂け開く。


 唇から血を流しながらも、ヌルスは構わず前進した。


 再び自分の体へ触れ、傷をもたらした作用を消し去る。


 そして、光の胸を掌で押した。


 少女の全身が激しく痙攣し始める。


「これで、しばらくは動けまい。……オシックス、この女と虹の娘を始末しろ。俺は器《ホルダー》を回収する」


 ダチーが光を抱え上げた。


 だが、直後に片脚を掴まれる。


 そのまま力任せに振り回され、数区画も先へ投げ飛ばされた。


 沙織と光が同時に手を伸ばす。


「ダチー!」


 オシックスが即座に骨の棘を伸ばし、二人の体をまとめて刺し貫いた。


 ダチーは通りの中央へ激突した。


 頭上では、何台もの車が飛び交っている。


 その背後へ、ヌルスが姿を現した。


 ダチーはすぐさま銃を抜き、銃口を向ける。


「下がれ! 本気で撃つぞ!」


「なぜ戦う?」


 ヌルスが尋ねた。


「どうせ無意味だ。……互いに好きなだけ殴り合えばいい。だが、それで為すべきことが変わるわけではない。お前は我らに加わらねばならん、ダチー・ジョーンズ。……己の自由な意志によってな」


「だったら、なんでこんな真似をする? 大量殺人? 俺だけじゃなく、周りの全員まで襲う? これが、あんたらなりの仲間の誘い方なのか?」


「我らは少々……切羽詰まっている、とでも言っておこうか」


「ああ、それは見ればわかるよ。……でも遠慮しとく。あんたらは二人とも同じくらい頭が狂ってる。それに、俺にはあんたらと関わってる家族なんていない」


 ヌルスが声を上げて笑い始めた。


「そうか。……ならば、あとは武器に語らせるしかないな。そして、お前が故郷へ戻ったあとで、この話の続きをしよう」


 ダチーが銃撃を浴びせる。


 ヌルスは黒い門を展開し、そのすべてを吸収した。


 周囲の住民たちも、ようやく戦いへ気づき始める。


「あれは誰だ? ……いや、何なんだ?」


「わからん! だが、王妃陛下の特別招待客と戦っているぞ!」


「そんなことはどうでもいい! とにかく逃げろ!」


 見物人たちが一斉に走り出した。


 だが、ヌルスが暗黒の力を放つ。


 攻撃を受けた住民たちは、彫像のようにその場で凍りついた。


「あの人たちに何をした?」


「感情を無効化した。意志そのものもな。……これで完璧だ。全員が、俺の望む形へ整えられた」


 ヌルスがもう一度、暗黒の力を放つ。


 住民たちは一斉に力を失い、地面へ倒れ込んだ。


「そして今度は、肉体の機能を無効化した。……俺が持つのは無効属性。触れたものの働きを消し、無用のものへ変える力だ」


「じゃあ、直哉の魔法はどうやって偽ってた?」


「オシックスの力を借りた。……あの男が、この肉体の本来の持ち主を殺した。そして俺が、その姿と力を掌握できるようにした。もっとも、それは随分と昔の話だ。……俺は長い間、この国の人間とヴォルティアナ族、その双方に紛れて暮らしてきた。あの偏見には、反吐が出る」


「そうかもな。けど、あんたのやってることで、それが良くなるわけじゃないぞ」


「ほう? 血には血を、だ。奴らは我らの血を流した。ならば我らも、奴らの血を流す」


 ヌルスの両掌で、暗黒の力が激しく弾ける。


「――報復《リトリビューション》を、味わわせてやろう」


 次の瞬間、ヌルスがダチーの眼前へ出現した。


 ダチーが拳を振り抜く。


 だが、そこにヌルスの姿はもうない。


 気づいたときには、ダチーの体は建物の縁から吊り下げられていた。


 強烈な衝撃が、何度も全身を駆け巡る。


「目覚めろ、器《ホルダー》。……今の俺に見えているものは、お前が秘めた真の可能性の抜け殻にすぎん。目覚めてみろ。そして、力を手にするということが何なのか、俺に見せろ!」


 ダチーが、ヌルスの足元にある屋根へ拳を叩き込んだ。


 屋根が崩壊し、二人は絡み合ったまま、螺旋を描いて地上へ落下していく。


 ヌルスが身を起こしたとき、その変化に気づいた。


 ダチーの片目だけが漆黒へ染まり、もう片方には元の色が残っている。


 口から出た声には、獣のような唸りと、明瞭な言葉が重なっていた。


「あんたの遊びには乗らない」


 ダチーが告げる。


「あんたらは俺に、敵を選べと言ったよな。……どうやら、選んだみたいだ」


 ヌルスが両腕を広げる。


「それは何よりだ。……ならば、何ができるかを見せてみろ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。