第三話「氷刀と力型」
藤井は二人の肩に手を置いた。
「ダチー、マラチー! どうだ? 内装は気に入ったか?」
ダチーは顔をしかめ、マラチーは困ったように頭を掻いた。
藤井の声は、まるで子供のように弾んでいる。
(こいつが、俺たちを殺すかもしれない男?)
ダチーは藤井を横目で観察した。
(警戒はしておいたほうがいいんだろうけど……酔ったときのアヤナみたいな喋り方するな)
「ルカ」
藤井が階段を指さす。
「光が家にいるか見てこい」
ルカは首の後ろを掻きながら、気怠げに歩いていった。
その場に残されたのは、藤井と兄弟だけ。
藤井は笑顔を崩さないまま、二人の肩を何度も揺さぶった。
「本当なのか? お前ら二人とも、属性能力を持ってるって話は!」
ダチーが一度、瞬きをする。
「……はあ」
「あの、将軍」
マラチーが割って入った。
「失礼を承知で申し上げますが、僕たち、属性能力というものを今日初めて知ったばかりなんです。悪気はまったくないんですが……」
「大まかな話を聞いただけだ」
ダチーが付け加える。
「一部のヴォルティアナ族が受け継いで、操れる変な力ってやつだろ?」
藤井が指を鳴らした。
「その通り! 持っている者は、そう多くない。片方だけでも珍しいのに、二人揃って属性を得たとはな!」
藤井は嬉しそうに笑う。
「いやあ、人生、何があるかわからんものだ!」
「将軍。俺たち、家に帰らせてもらえないか?」
「親愛なるダチーよ、ここがお前の家だ!」
藤井は両腕を大きく広げた。
「お前たちは今日からS-1部隊の一員だぞ! 誇らしくないか? 名前を見ればわかるだろう。当然、我々が最強の部隊だ!」
「それは結構なことだけどな。俺には故郷での生活があるんだよ」
ダチーは藤井の腕を押し退ける。
「俺は祖父さんを探して、しばらく一緒に暮らすために来ただけだ。それももう無理みたいだし、ここには用がない。俺も弟も、ここから出たい」
「祖父とは誰だ?」
「森野正人っていう」
藤井の顔に、驚きがちらついた。
「S-3の将軍か? あの人に家族がいたのか。……何故、俺が知らなかった?」
「私生活を他人に知られたくない人なんだよ。どこにいるか知らないか? 選抜試験の会場まで探しに行ったら、あの騒ぎでそれどころじゃなくなった」
「森野なら、新兵を連れて訓練走に出ている。実戦に出る前に、しっかり走り込んでおくのは当然だからな」
「もういないのか? あんなに早く?」
「軍人の暮らしとは、そういうものだ、坊主。すぐに戻るさ。一日もかからんだろう」
「最高だな。唯一の頼みの綱まで消えた!」
ダチーは両手で頭を抱えた。
「なんなんだよ、このくそったれな場所! 何もかも最悪だ! 俺たち、どうやって家に帰ればいいんだよ!」
「家? ここが家だろう!」
藤井が笑いながら階段へ向かう。
「ここは楽しいぞ! 環境は最高、仲間もいい! それに飯だ! 飯は絶対に食ってみろ。さあ、部屋まで案内してやろう!」
鼻歌を口ずさみながら、藤井は階段を上っていった。
少年二人は、その背中を見つめる。
いったい何がどうなっているのか、理解しているのは、どうやらあの男だけらしい。
「質問をかわされたな」
ダチーが小声で呟いた。
「あいつら、俺たちを出す気がない。鼠みたいに囲い込むつもりだ」
「言い方は悪いけど、ついていったほうがいいと思う」
マラチーが囁く。
「あの人を自分の家で怒らせたくないよ」
ダチーは不満そうに足を引きずりながら、階段へ向かった。
マラチーもその後に続く。
階段は二階へと通じていた。
そこには鋼鉄製の扉が二枚並んでおり、その前で藤井が待っている。
「この二部屋は空いている」
藤井が扉を示した。
「中を見てみろ! 心配するな、鍵もかけられる。ここに手を置けば、あとは機械が勝手にやってくれるぞ」
ダチーは片方の扉の横にある走査装置へ気づき、掌を置いた。
ピッ、ピッ、ピッ。
合成音声が響く。
〈登録完了。所有者:ダチー・ジョーンズ〉
扉が開き、ダチーを中へ迎え入れた。
悪くない。
金属製の壁。
灰色の寝具が敷かれたクイーンサイズのベッド。
鋼鉄製の箪笥。
壁一面を覆う大型テレビ。
ウォークインクローゼット。
そして、窓まである。
ベッドの上には、黒い袋が置かれていた。
札には、〈ダチーの私物〉と記されている。
「なんだ、これ……?」
藤井が頷いた。
「ああ。逮捕されたときに、衛兵がお前から押収した物だ。返すことにしたらしい。理由はな……」
藤井は口元を押さえ、笑いを堪えるように鼻を鳴らした。
「人間の技術が、あまりにも原始的だからだ! いや、本当に。冗談ではなく!」
藤井が一台のスマートフォンを持ち上げる。
「これは何と呼ぶんだ? 電子表示箱か?」
ダチーは手を伸ばし、それを奪い取った。
「違う。俺のスマホだ。返せって! あんたら、普通のスマホすら持ってないのか?」
「携帯電話? ああ。もちろん、そんな物は使わん」
藤井が手首を掲げた。
腕時計に似た、大型の端末が装着されている。
だが文字盤の代わりに、中央には立体映像の立方体が浮かんでいた。
その頃、マラチーも自分の部屋へ入っていた。
基本的な造りはダチーの部屋と同じだが、壁と寝具は青色で統一されている。
マラチーは私物の袋を掴み、中を掻き回した。
やがて、一台の録音機を引っ張り出す。
「よかった! まだ残ってる!」
「なんだ、それは。無線機か何かか?」
ダチーは額を押さえた。
マラチーが答えるより先に、藤井が首を振る。
「まあいい。ルカ! 見つかったか?」
ルカが部屋の一つから出てきた。
手には、ピザが一切れ握られている。
「いなかった。灯里と買い物してるんじゃないかな」
「いつものやつか。女の子をまとめるのは大変だな。今のところ二人だけで助かってる」
藤井は三人まとめて肩を抱いた。
「こいつらを訓練室へ連れていくか、ルカ?」
「俺はどっちでもいいよ」
「よし、賛成と受け取った! 行くぞ、兵士諸君!」
*
一階へ戻ると、藤井は廊下で最も大きな扉の前に立った。
横にある走査装置へ手を置く。
〈認証完了。藤井剣士〉
「どの扉にも走査装置がついてるのか」
ダチーが鼻を鳴らす。
「人間は走査装置を使わんのか? おい、坊主。少しは時代に追いつけ!」
扉が開いた。
その先には、体育館のように広い施設が広がっている。
床には白いタイル。
壁は補強された鋼鉄製。
窓は一つもなく、照明は天井へ直接埋め込まれていた。
藤井は壁にあるスイッチを押し、照明を点ける。
「あれ? そっちは普通のスイッチなのか?」
ダチーが尋ねた。
「そうだ。いちいち腕時計を操作して照明を点けるほうが、時間もかかるし格好もつかんだろう」
藤井は訓練室の中央へ歩いていく。
「報道では、お前らは姫殿下をずいぶん驚かせたそうだな。再戦では、一発当てたとも聞いた」
両肩を回し、骨を鳴らす。
「さあ、かかってこい。弱い部下を抱える気はない。本当に属性の力を持っているなら、今ここで証明してみろ!」
ルカが眠そうに目を擦った。
「また始まった。実戦形式の試験……俺、なんでこの人に仕えてるんだっけ」
ダチーとマラチーは顔を見合わせた。
「待ってください。あなたと戦うんですか?」
マラチーが指先を噛む。
「聞いた話では、あなたは相当強い人だって!」
「くだらん噂を真に受けるな」
藤井は軽く手を振った。
「俺は酒場でうまい酒を飲んで、ついでに美人が隣にいれば満足する、ごく平凡な男だ」
「おい、俺もだ!」
ダチーが同意する。
「美人のほうだけな。酒はまだ飲まない」
「完璧だ。つまり、俺たちには共通点があるということだな、ダチー」
声は、ダチーの背後から聞こえた。
首筋に、冷たい刃が押し当てられている。
まるで、氷の塊のように冷たい。
「では、死ね」
ダチーの身体が灰色に光った。
勢いよく頭を後ろへ振り、後頭部を藤井の鼻へ叩き込む。
そのまま横へ転がり、距離を取った。
「なんなんだよ、あんた! 誰がいきなり人の首に刀を当てるんだ!」
藤井が刃を持ち上げる。
「刀? 違う。これは俺の氷刀だ」
光を受け、半透明の刀身が青白く輝く。
「そう、純粋な氷。肉を斬れるほど鋭く、触れれば凍傷を負うほど冷たい。お前が自分の属性をもっと使いこなせるようになれば、似た芸当もできるかもしれんな」
藤井が肘でルカを小突く。
「そうだろ、ルカ?」
「うん。まあ、たぶん」
「ともかく、これだけでは感心できんな。何か見せてみろ、小僧ども!」
藤井の注意が、マラチーへ向いた。
マラチーは反射的に、片腕を藤井の頭へ向ける。
その腕が金属製の砲へ変形し、プラズマ弾を連続で吐き出した。
だが、藤井はすべての射線を縫うように駆け抜ける。
氷刀が一閃し、マラチーの肩を斬り裂いた。
「痛っ!」
「マラチー!」
ダチーが拳を握る。
「……おい、あんた。さすがにやりすぎだ!」
その言葉が口を離れた瞬間、かすかな風がダチーの髪を持ち上げた。
藤井がすぐ隣に立っている。
氷刀は、すでに振り上げられていた。
「本当にそう思うか?」
ダチーは腕を引き、渾身の右フックを藤井の顔面へ放った。
藤井が氷刀で受け止める。
衝撃で刀身に細い亀裂が走った。
訓練室全体が揺れ、天井から埃が降り落ちる。
「なんという力だ……」
藤井が呟く。
「やはり、属性者か……」
間髪入れず、藤井は回し蹴りをダチーの脇腹へ叩き込んだ。
だが、ダチーは空中で体勢を立て直し、両足で着地する。
藤井がダチーへ一歩踏み出した。
その腰へ、金属製の触手が巻きつく。
藤井の動きが止まった。
背後では、マラチーが身体を起こしている。
肩の傷は、すでに塞がり始めていた。
さらに背中から、四本の金属触手が蜘蛛の脚のように伸びている。
マラチーの視線が、肩の傷から、自分の背中へ移った。
(どうして? こんなの、物理的にあり得ない!)
斬られた肩へ手を当てる。
(あの斬撃は骨まで届いてた。それなのに、どうして勝手に塞がっていくんだ? 僕たちに……いったい何が起きてる?)
藤井が喉の奥で笑った。
「ようこそ、現実の世界へ。そろそろ慣れる頃だぞ、坊主」
手の中で氷刀を回転させる。
「避けてみろ――滅殺」
氷刀が空を薙いだ。
凍てつく斬撃が、一直線にマラチーへ飛ぶ。
だが、金属触手が自動的に反応した。
マラチーの顔を覆い、氷の斬撃を正面から受け止める。
氷は粉々に砕け散った。
代わりに、触手もほとんど切断されていた。
わずか数本の細い繊維だけで繋がっている。
藤井はその場に立ったまま、目を細めた。
見立てどおりだった。
触手は自ら切断面を繋ぎ合わせ、再び藤井へ襲いかかる。
藤井は一瞬で、そのすべてを細切れにした。
だが先ほどと同じように、損傷した箇所がすぐに再生を始める。
考え込む時間はなかった。
ダチーが勢いよく突っ込み、藤井の脚を払おうと低く滑り込んできた。
遅い。
藤井は後方宙返りでダチーの頭上を越え、空を斬る。
生まれた氷の斬撃が、ダチーの顔と腕に深い裂傷を刻んだ。
「ぐっ! くそっ! なんで、まだ痛えんだよ!」
傷口の表面へ、細かな氷の欠片が広がっていく。
だが、すぐに砕け散った。
同時に、傷もゆっくりと閉じていく。
藤井は氷刀の切っ先を床へ引きずりながら、ダチーへ歩み寄った。
「なあ、もう下がれよ」
ダチーが警告する。
「俺はもう戦いたくない。だから、お互い頭を冷やそうぜ、将軍」
その身体が、自分の意思とは無関係に震え始めた。
「悪いな」
藤井が答える。
「氷は操れても、頭を冷やすのは苦手なんだ」
マラチーが三本の触手を藤井へ巻きつけ、一瞬だけ後方へ引き戻す。
だが藤井は、果物でも切るように、それらをあっさり細切れにした。
「さて、ダチー。お前は俺の試験に落ちた」
氷刀を構える。
「凍らされる前に、何か言い残すことはあるか?」
ダチーの喉から、低い唸り声が漏れた。
「――下がれって、言ってんだろ!」
空中へ拳を叩き込む。
拳は藤井に触れていない。
それでも、発生した凄まじい風圧が、藤井の顔の左半分を吹き飛ばした。
暴風が訓練室を駆け抜ける。
ルカとマラチーもまとめて吹き飛ばされ、施設の壁へ叩きつけられた。
直後、赤い警告灯が室内を染める。
〈異常。敵性存在を検知。脅威を排除しますか?〉
藤井が片手を上げた。
「コンピューター、停止」
〈確認。対抗措置を中止します〉
吹き飛んだ藤井の顔は、すでに新品同様に再生していた。
藤井はダチーの横へしゃがみ込み、その背中を勢いよく叩く。
「大した腕だな! お前は力型か?」
「力……型?」
「お前の属性だよ、相棒!」
藤井は嬉しそうにダチーの肩を揺らした。
「正体が何であれ、あれほどの拳を放てるなら、その貧弱な身体には相当な力が詰まっているということだ!」
今度は自分の顔を指さす。
「属性者なら、誰だって並の人間よりは強く殴れる。だが、俺の顔を吹き飛ばすとなれば話は別だ。マジでとんでもないことなんだぞ!」
「なんなんだよ、それ!」
藤井はダチーの腕を掴み、立ち上がらせた。
「殺すつもりなどなかったぞ! 俺が人殺しの暴君か何かだと思っていたのか?」
「知らねえよ!」
「まあ実際、あと少し戦いが続いて、お前にもう一発殴られていたら、首が飛んでいたかもしれんがな」
「それ、やばいのか?」
「いや。首は急所ではない」
藤井は平然と答える。
「ただ、面倒だ。見えない。聞こえない。匂いもわからない」
マラチーが脇腹を押さえながら、二人のもとへ歩いてきた。
「それで、襲われるのはこれが最後ですか? この二十四時間で、もう三回目なんですけど!」
「わかっている。運が悪かったな」
藤井は悪びれる様子もなく頷いた。
「お前たちが戦争に出せる状態か、確認しておく必要があったんだ」
「戦争?」
「そうだ」
藤井の笑みが、わずかに鋭さを帯びる。
「我々は今、最も粘り強く、狡猾で、非情な敵と戦っている――ドワーフどもだ!」
ダチーとマラチーが、同時に固まった。
「待ってください。ドワーフって、本当にいるんですか?」
マラチーが尋ねる。
「ネットや歴史の本で聞いたことはあります。でも、あれは空想上の生き物ですよ!」
「自分が今どこに立っているか、よく見てみろ、坊主」
「……確かに」
「ともかく、S-1部隊は大規模な脅威へ対処するための装備が、最も充実している」
藤井は氷刀を霧のように消した。
「だから、奴らが我が国を襲う前に、こちらから叩き潰す役目を任されているわけだ」
「でも、僕たちはただの人間の子供です!」
マラチーが声を上げる。
「子供? ああ、それはそうだな。人間? そこは怪しい」
藤井がマラチーを指さした。
「お前がいい例だぞ、マラチー。お前は技術属性を持っている。均衡型で、応用の幅が広い。危険な状況の多くで役に立つ力だ」
「技術……? 本当ですか?」
藤井が指で自分のこめかみを叩く。
「そうだ。お前は頭も切れる。十分に扱えるだろう」
そして勢いよく、ダチーへ向き直った。
「だが、お前のほうはわからんな。土か? いや。金属? それも違う……」
ダチーを上から下まで眺める。
「お前の属性は、いったい何だ?」
藤井は少し考えたあと、肩をすくめた。
「まあいい。可能性はいくらでもある。任務をこなしながら調べていけばいい」
ルカの隣を通り過ぎ、その肩を軽く叩く。
「それまでは、ルカがこの場所に慣れるのを手伝ってくれる」
藤井は扉へ向かいながら続けた。
「家を壊すなよ。俺は新人二人の書類を片づけて、装備を受け取ってこなければならん」
「はっ。了解しました、将軍」
藤井が一度だけ足を止める。
「ああ、ダチー」
肩越しに振り返った。
「お前が探していることは、祖父にも伝えておく」
藤井が去ると、ルカが兄弟へ手招きした。
「よし。騒がしい連中が帰ってくるまで、三十分くらいは静かに過ごせる」
「騒がしい連中?」
マラチーが尋ねる。
「そう」
三人は廊下へ集まり、ルカに案内されて居間へ入った。
「高性能テレビ、鍛錬室、映画室、研究室もある。どれから見たい?」
「研究室があるんですか?」
マラチーが目を輝かせる。
ダチーは額を押さえた。
「マラチー。少しくらい、自尊心があるふりをしてくれ」
そのとき、玄関の扉が低く唸り始めた。
「まずい」
ルカが呟く。
「時間切れだ」
「どういうこと?」
扉が開く。
その向こうに立っていたのは、桃色の肌と輝く金色の瞳を持つ、ヴォルティアナ族の少女だった。
片手には買い物袋。
宝石で飾られたブラウスとスカートを身につけている。
(うわ……)
ダチーは思わず見入った。
(綺麗な人だな……)
だが、その背後から、もう一人の少女が姿を現した。
腰に片手を当てている。
ダチーの目が、一瞬で見開かれた。
向こうもダチーに気づいた瞬間、露骨に顔をしかめる。
「……姫?」




