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ヴォルティアナ  作者: rimuru the jūto
対ドワーフ戦争編
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2/20

第二話「S-1部隊へようこそ」

ダチーはマラチーの腕を掴み、迫ってくる姫から逃れるように、扉へ向かって後ずさった。


 だが、扉には鍵がかかっている。


 それだけではない。


 扉の前には剛平が立ち、その両脇を米村と衛兵たちが固めていた。


「冗談だろ」


 ダチーが吐き捨てる。


「帰らせろ! いくらなんでも、もう『誤解』で済む範囲を越えてるだろ!」


 マラチーは必死に玉座の間を見回した。


「窓があるはずだよ! 裏口とか、落とし戸とか、避難室とか! 出口が一つしかない玉座の間なんてある? そんなの欠陥建築だよ!」


 姫が片腕を持ち上げた。


「人間の建物なら、そうかもしれぬな。だが、我らヴォルティアナ族は問題から逃げぬ」


 その目が冷たく細まる。


「その場で始末する」


「俺たちは問題じゃない! 家に帰りたいだけだ! 今すぐ放してくれれば、二度とここには顔を出さない!」


 姫が首を鳴らした。


「否」


 ダチーは両手を投げ出し、姫を睨みつける。


「否ってなんだよ! 気に障った奴を片っ端から殺して回ってんのか?」


 姫は少し考えるように、顎を指で叩いた。


「否。殺すのは人間だけだ」


 姫が胸の前で両手を合わせる。


 その間に、白く輝く光球が生まれた。


 ダチーの目が見開かれる。


 マラチーの腕を引っ掴み、二人で横へ飛んだ。


 ドォンッ!


 直後、玉座の間の奥にある壁が砕け散った。


(選抜試験とかいうやつでも、まったく同じことをしてきた。魔法があるのは知ってるけど、あれはいったい何なんだよ)


「動くな」


 姫が命じる。


「お前たち人間は、跳ね回りすぎる」


 ダチーは背後のマラチーを振り返った。


「その頭で、何か思いついたか、弟?」


「僕たちはこれから死ぬ! しかも、ものすごく痛い方法で!」


「なんだよ、それ!」


 城内の照明が明滅する。


 周囲を漂っていた奇妙な力が、姫の片手へ吸い込まれていった。


 次に生まれた光球は、先ほどの倍近い大きさだった。


 放たれた一撃が、マラチーの首を掠める。


 ダチーは咄嗟に、姫と弟の間へ身体を滑り込ませた。


「もういい、知るか! 俺がこいつを引きつける。お前はその間に何か考えろ!」


 ダチーが姫を睨む。


「俺の家族に手を出して、遊びで済むと思わせるかよ!」


「待って、やめ――!」


 ダチーは拳を上げ、戦う構えを取った。


 姫がゆっくりとその周囲を回る。


 獲物を狙うような眼差しは、一瞬たりともダチーから離れない。


「女を殴るのは、あんまり好きじゃないんだ、お嬢さん」


 ダチーも姫の動きに合わせ、身体の向きを変える。


「でも、こうさせたのはあんただ」


 姫が掌を開く。


 膨大な光が掌を包み込み、バスケットボールほどの大きさにまで膨れ上がった。


「受けた屈辱と同じだけ、苦しめて殺してやる。人間」


 掌の光球が高速で回転を始める。


 白い閃光が一条。


 続いて、さらに二条。


 ダチーは連続する閃光を避け続けた。


 だが、攻撃の間隔が徐々に長くなるにつれ、その足取りも遅くなっていく。


(待てよ……こいつ、普段の攻撃より遅い)


 閃光が止まる。


 姫が再び両手を合わせた。


 ダチーはその隙を逃さず、一気に距離を詰める。


 振り抜いた拳が、姫の顔面を捉えた。


「あっ! 悪い、そんな強く殴るつもりは――!」


 姫がゆっくりと頬を撫でる。


「……貴様……貴様……!」


 その顔が、怒りに歪んだ。


「殺す!」


 裏拳がダチーの顔面を打ち抜く。


 ダチーの身体は壁へ叩きつけられ、その表面に大きな亀裂が走った。砕けた破片が、いくつも床へ転がる。


「ダチー!」


 マラチーが駆け寄った。


「大丈夫?」


「ああ……死んでるはずなんだけどな。なんでか、思ったほど痛くない」


「今の威力なら、首も背骨も折れてるはずだよ! 選抜試験のときと同じだ。僕たちは、あの時点で死んでるはずなんだ!」


「ならば、その望みを叶えてやろう。今すぐにな」


 姫が冷たく言い放つ。


「汚らわしい人間の手で私に触れ、私の選抜試験での初陣を台無しにし、悪魔じみた力を振り回しながら我が城にまで現れた」


 姫の姿が、一瞬で消えた。


「それを何と呼ぶか、知っているか?」


 一秒。


 二秒。


 消えたときと同じ唐突さで、姫が再び姿を現す。


 その脚がマラチーの顔面を蹴り上げた。


 マラチーは玉座の間の反対側まで吹き飛ばされる。


「万死に値する罪だ」


 倒れているダチーへ、姫の踵が振り下ろされた。


 ダチーは反射的に両腕を交差させ、どうにか受け止める。


 だが、姫はそのまま踵を捻じ込んできた。


 衝撃が電流のように、ダチーの全身を駆け抜ける。


(殺されかけてなきゃ、ちょっとドキドキする状況なんだけど……って、何考えてんだ! 集中しろ、ダチー!)


 姫の拳が床へ振り下ろされる。


 ダチーは間一髪で横へ転がった。


 拳が落ちた場所には巨大な窪みが生まれ、床下の土が剥き出しになっている。


 ダチーは跳ね起き、その場で左右へ小刻みに跳び続けた。


(来いよ、変な力。本当にあるなら、今だ。今、必要なんだよ!)


 その瞬間。


 ダチーの身体が、淡い灰色の光を帯びた。


 姫の動きが止まる。


 まるで、その光を見て呆然としたかのように。


「その力……何故……?」


 ダチーはその隙を逃さなかった。


 一気に踏み込み、姫の顔面めがけて右のジャブを振り抜く。


 姫の困惑が、即座に決意へと変わった。


「――足りぬ」


 姫が顔の前へ前腕を滑り込ませる。


 完全な不意打ちだったはずだ。


 ダチーには、彼女の腕が動くところさえ見えなかった。


 だが、気づいたときには、そこにある。


 ダチーの拳は、完全に受け止められていた。


 拳と前腕がぶつかった瞬間、轟音が玉座の間を揺らした。


 衝撃波が広がり、すでに傷ついていた壁をさらに削っていく。


(大した効果はなかった。でも、こいつはビビった)


 ダチーは歯を食いしばった。


(ビビって当然だ。俺を好き勝手に踏みつけられると思うなよ)


 そのまま姫の顔面へ頭突きを叩き込む。


 姫が後方へよろめいた。


 鼻から流れた血を指で拭う。


 その瞳が、暗く沈んだ。


 姫が強く床を踏み、ダチーへ詰め寄る。


 ダチーは警戒しながら距離を取った。


 それでも国王と王妃は、何もせず眺めているだけだった。


(本気なんだ)


 マラチーは指先を噛んだ。


(あの親たち、本当に自分の娘に僕たちを殺させる気だ。このままじゃ駄目だ。ダチーを助けないと!)


 ダチーが投げ飛ばされ、マラチーのすぐ隣へ落ちた。


 だが、すぐに跳ね起き、そのまま横へ飛び込む。


 直前まで立っていた場所に、白い光弾が突き刺さった。


 マラチーの目が細くなる。


(違う。違う。違う! 僕たちは家に帰るんだ!)


 マラチーは腕を銃のように突き出した。


 青い閃光が室内を照らし、姫がそちらへ顔を向ける。


「金属の腕……」


 マラチーの右手が変形していた。


 手があった場所には、ぽっかりと砲口が開いている。その奥には、青く輝く薬室。


 照準は、真っ直ぐに姫の頭へ向けられていた。


 マラチーは固く目を閉じる。


 そして、目を開いた瞬間――


 太い光条が放たれた。


 姫は軽やかにそれを飛び越え、そのままマラチーの背後へ着地する。


 予告もなく、姫の蹴りがマラチーの頭へ振り抜かれた。


 だが、その直前にダチーが割って入る。


 両手で姫の脚を受け止めた。


「下がれ!」


 ――悪手だった。


 姫の顎が引き締まる。


「触れるな、人間風情が!」


 姫は一度脚を引き戻し、そのままダチーの額へ叩き込んだ。


 さらに、白い力が炸裂する。


 ダチーはマラチーのいる方向へ吹き飛ばされた。


(痛え……今の、ただの蹴りじゃなかった。こいつ、いくつ技を隠してるんだよ)


「わからないけど、動きは読めてきたよ!」


 マラチーが叫ぶ。


「あの光弾は無限には撃てない! 撃った直後、力を回復させてる間を狙って!」


「よし!」


 実際、姫は肩で息をしていた。


 口元を拭い、乱れた呼吸を整えようとしている。


 ダチーは立ち上がると、一気に姫へ突進した。


 拳がその頬へ飛び込む。


 打撃で姫の頭が下へ跳ねた。


 だが、ゆっくりと顔を上げたとき、その瞳は白く輝いていた。


 流れるような一挙動。


 姫はダチーの手首を掴み、身体を回転させ、その腕を背中側へ捻り上げる。


「兄を放せ!」


 マラチーが姫の手首へ砲口を向け、光条を放った。


 姫も空いている手から光弾を撃ち出す。


 二つの攻撃が正面からぶつかり、互いに打ち消し合った。


 それでもマラチーは怯まず、もう一発を撃つ。


 今度は、姫が大きく腕を引いた。


 バンッ!


 姫の光弾がマラチーの光条を貫き、そのまま顔面へ直撃する。


 マラチーは床へ崩れ落ち、目を回した。


 ダチーは拘束を振りほどこうともがく。


 だが、姫は片手だけでその身体を床へ叩きつけ、背中に足を置いた。


「母上?」


 王妃は見ていた。


 ただ、見つめ続けていた。


 ダチーは床の上で身をよじる。


 マラチーも倒れたまま、何度か瞬きを繰り返していた。


 やがて、王妃が片手を握る。


「もうよい。見るべきものは見た」


 姫はダチーの背中から足を退け、母親のもとへ歩いていった。


 衛兵たちが一斉に少年たちへ照準を戻す。


 米村が二人の前に立った。


「ご命令を、陛下」


「属性者だ。やはり、私の見立てどおりだった」


 王妃が静かに告げる。


「ならば、藤井将軍の部隊にこれ以上なく適している」


 その一言で、部屋全体が凍りついた。


 息を呑む音。


 硬直した表情。


 国王までもが背筋を伸ばし、身を乗り出している。


 藤井将軍――?


「妃よ。本気で、その可能性に賭けるつもりか?」


「属性者が二人、目の前にいるのだ、我が君」


 王妃は平然と答える。


「ここで殺せば、その力が次にどこで、いつ、誰へ移るかもわからぬ。そして我らは、一つでも多くの力を必要としている」


 その視線が、倒れた兄弟へ向く。


「この者たちは、我が娘に何度か攻撃を当ててもいる。選抜試験の参加者は、誰一人として成し得なかったことだ」


 穏やかだった眼差しが、一瞬で冷酷な色を帯びた。


「それに、もし足手まといとなるようなら――藤井なら容易に始末できよう」


 ダチーは痛む腕を伸ばしながら、王妃を見上げた。


「待ってくれ! 軍隊になんか入りたくない! 俺は祖父さんに会うために来ただけだ!」


 どうにか上体を起こす。


「そんな話、どうでもいいから家に帰してくれ!」


 王妃が小さく笑った。


「ふむ。ここへ来たばかりゆえ、その口の利き方は見逃してやろう」


 王妃の瞳がダチーを射抜く。


「だが――『ダチー』。この国で物事がどのように決まるのか、教えておいてやる」


 瞬き一つ。


 次の瞬間には、王妃がダチーの真上に立っていた。


 その身体から放たれる凄まじい気配が、玉座の間を震わせる。


 国王でさえ、指先の震えを抑えられずにいた。


「お前は私に仕える。そして、持てる限りの力で務めを果たす」


 王妃がダチーを見下ろす。


「そうすれば、私の庇護はすべてお前のものとなる。果たさぬのなら――」


 掌に、白い炎が燃え上がった。


「私より先に、藤井の手に渡ることを祈るがよい」


 炎に照らされた瞳が細くなる。


「理解したか?」


 ダチーの喉が鳴った。


 顔から、雨のように汗が滴り落ちていく。


「は、はい、陛下!」


「よし。衛兵、この者たちを飛鳥地区へ連れて行け」


 二人は儀礼も何もなく、そのまま玉座の間から引きずり出された。


 王妃は自らの玉座へ戻り、重要な勝利でも収めたかのように脚を組む。


「娘よ。お前も行くがよい。藤井がお前に、新しい隊員と親睦を深めてほしいそうだ」


「ですが母上、私は城にいたいのです。飛鳥地区で暮らすなど、私の身分にはふさわしくありません」


「お前の兄も部隊と共に暮らしている。決まりは知っているな。特別扱いはせぬ」


 王妃はわずかに声を和らげる。


「ただし、城を訪ねるのはいつでも構わぬ」


「……わかりました」


 両親に見送られ、姫も玉座の間から去っていった。


 国王がようやく、隣に座る妃へ顔を向ける。


「本当に間違いではないのか。あの小僧ども、制御するのは難しそうだが」


「馬鹿な」


 王妃は鼻で笑った。


「本当にそれほど厄介な相手なら、力を持っていようがいまいが、拘束するのにもっと手間がかかっていたはずだ」


 背もたれへゆっくりと身を預ける。


「危険は小さく、見返りは大きい。そういうことだ、我が君」


 残っていた衛兵たちも玉座の間から退がっていった。


     *


 またしても、揺れる車の後部座席。


 ただし今度は、同乗する男たちから、以前のような侮蔑の眼差しを向けられることはなかった。


 米村は前方の席に座り、眉間に深い皺を寄せている。


 やがて、その口から低い独り言が漏れた。


「何故、陛下はあのような賭けに出た。ヴォルティアナ族以外の者が属性能力を発現した例など、一件も存在せぬ」


 米村は険しい顔で窓の外を見つめる。


「王妃陛下は、勝算もない賭けに出ておられるのか……?」


 ダチーが身を乗り出そうとすると、衛兵が腕で進路を塞いだ。


「動くな」


 その隣では、マラチーがようやく意識を取り戻していた。


「あれ……? ここ、どこ?」


「車の後部座席」


 ダチーが答える。


「行き先は、さっぱりわからん」


 衛兵は誰一人として答えなかった。


 聞こえているのか。


 おそらくは。


 だが、そんなことはもうどうでもよかった。


 車はただ走り続ける。


 残りの道中は、静かなままだった。


 一時間。


 あるいは、二時間。


 やがて車が止まり、衛兵が扉を開けた。


 外には米村が立ち、不機嫌そうに地面を足で叩いている。


「急げ。貴様ら人間には、すでに十分な時間を奪われた」


 ダチーは心の中で鼻を鳴らす。


(殺すか捕まえるかで大騒ぎしたのは、そっちだろ)


 だが、口は閉じたままだった。


 米村は二人を車から引きずり出し、外へ押し出す。


 夜明けが、空を橙色に染め始めていた。


 ダチーは周囲の光景に目を奪われ、思わず足を止める。


 そこに並んでいたのは、どれも巨大な邸宅だった。


 家々は高い門で区切られている。その門は、どれも十五メートル以上はある。


 最も近くにある邸宅が、この区画では一番大きかった。


 ほかの邸宅が白、灰、銀を組み合わせた色合いなのに対し、その一軒だけは金色と淡い青色で彩られている。


 屋根の上には、大きな看板。


 そこには、こう記されていた。


〈S-1邸〉


 米村が正面扉を指す。


 玉座の間にあったものと、よく似た金属扉だった。


「藤井将軍と、その部隊が中にいる。行け」


 米村の鋭い眼差しが二人を射抜く。


「逃げようとすれば、我々の目がどこにでもあることを、すぐに思い知るだろう」


 そう告げると、自らの車へ乗り込み、そのまま走り去っていった。


 二人だけが、その場に取り残される。


「捕虜二人の拘束を解いて、外に放置するなんて、あまり賢くないと思うけど」


 マラチーが指摘する。


「どうして、そんな危険を冒すんだろう?」


「逆らったら、いつでも自分たちで殺せると思ってるんだろ」


 ダチーが答えた。


「あの綺麗な女の喋り方、見ただろ。俺たちのことなんか、少しも心配してない」


 二人の顔の前を、一羽の鳥が横切った。


 ――いや、あれは本当に鳥だったのか?


「それに、あの扉の向こうで兵隊が待ち構えてるかもしれない。何かあったら、すぐ動けるようにしとけよ」


 マラチーが身を震わせた。


「それは……考えてみると、かなりあり得るね」


 巨大な扉を見上げる。


「入るの?」


「そうするしかないだろ」


 二人は階段を上がり、扉の前へ立った。


 ダチーが二度ノックし、少し脇へ寄って返事を待つ。


 沈黙を破ったのは、一人の声だった。


 気怠げで、どこか退屈そう。


 その両方が混ざったような声だ。


「将軍、玄関に誰か来てるー」


「開けとけ、ルカ! まだ髪が決まってねえんだよ!」


「はいはい」


 軽い電子音が鳴り、扉が壁の中へ格納されていく。


 その向こうに立っていたのは、ぼさぼさの翠色の髪と、半分閉じた目を持つヴォルティアナ族の少年だった。


 顔とシャツにはピザの欠片。


 ズボンには炭酸飲料の染み。


 その姿だけで、ダチーにはだいたいの性格が察せた。


「何か用?」


「ああ。藤井将軍のところへ行けって言われた。来なきゃ殺されるらしい」


 ダチーが扉の奥を覗き込む。


「ここで合ってるか?」


「うん。合ってるよ」


 少年は眠そうな顔のまま頷いた。


「でも、中へ入るには専用の通行証が必要なんだよね。通行証がないなら、入場はお断り」


「えっ?」


 マラチーが声を上げる。


「そんなの、誰も言ってなかったよ!」


「運が悪かったね。王城へ戻って、将軍に入場を拒否されたって伝えてきて」


 ダチーが顔を覆う。


 隣では、マラチーが過呼吸を起こし始めていた。


 その様子を見て、少年が吹き出す。


「冗談だって。人間ってさ、もうちょっと肩の力を抜いたほうがいいよ」


 少年が扉から退く。


「入って。もし許可が出てなかったら、藤井がとっくに君らの顔を潰してるから」


 ダチーが長い息を吐いた。


「……ああ、助かった」


「全然面白くなかったからね!」


 マラチーが強く言い張る。


 少年は肩をすくめ、邸宅の奥へ歩いていった。


 兄弟も、その後へ続く。


 継ぎ目のない滑らかな壁。


 家具はチェスの駒のように、部屋の中を勝手に動き回っている。


 隅には上階へ続く階段。


 長い廊下の両側には、十を超える部屋の扉が並んでいた。


「藤井ー! 連れてきたよ」


 返事はない。


「おーい、藤井? 聞こえてる? 人間だよ。中に入れたからね」


 直後。


 背の高い男が、階段から前方宙返りで飛び降りた。


 そのまま三人の背後へ着地する。


 ダチーとマラチーは、揃って飛び退いた。


 男の髪も瞳も、氷のように青い。


「うわっ!」


「よく来た、よく来た!」


 男は明るく二人を迎え入れた。


「不作法な出迎えで悪いな。到着を知らされたのが、ついさっきだったもんでな」


「あんた、誰だよ」


 ダチーが尋ねる。


「俺がわからんのか? 参ったな」


 男は額へ手を当てる。


「……ああ、そうか。お前たちは外から来たんだったな」


 男が明るい笑みを浮かべた。


 だが、その笑顔とは裏腹に、周囲の空気がひやりと冷える。


「俺は藤井剣士」


 両腕を広げ、兄弟を歓迎する。


「S-1部隊へようこそ」

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