第一話「血には血を」
午後十時一分。
「囚人の拘束は済んでいるな」
「はっ。将軍が直々に確認されました」
「下がれ。尋問は私が行う」
B房棟。
罠が幾重にも仕掛けられ、鉄格子はほぼ破壊不能。監視センサーが死角なく張り巡らされた、最先端技術の粋を集めた監獄だった。
その最奥にある独房に、二人の少年が座っていた。
褐色の肌。ドレッドヘア。片方がほんの少し背が高い。
両手には鎖。足首には枷。二人を閉じ込める鉄格子は、ほかの収容区画のものより明らかに太かった。
外界と彼らを隔てる扉は、固く閉ざされたまま――
ガシャン。
重い音を立てて、開いた。
「囚人番号一九九七、一九九八。記録のため、氏名と年齢を答えろ」
弟のほうが、おずおずと顔を上げる。
「え、ええと……僕はマラチー・ジョーンズ。十四歳です」
「そこの隅にいる貴様もだ。聞こえるように答えろ」
兄のほうは顔を上げようともせず、白く輝く照明を遮るように、顔の前へ手をかざした。
「うわ、眩し……。その光、顔からどけてくれない? 俺、もう家に帰りたいんだけど」
マラチーが肘で兄を突く。
「ダチー、お願いだから質問に答えて。この人たち、すごく怖そうだよ」
ダチーは看守たちを睨みつけた。
「はいはい。ダチー・ジョーンズ、十五歳。これでいいだろ。俺たちは何もしてないんだから、帰してくれ」
二つの人影が、照明の中へ足を踏み出した。
現れたのは、エルフを思わせる長身の人型種族だった。抜けるように白い肌。鋭い灰色の瞳。短く刈り揃えられた灰色の髪。
「ヴォルティアナ族か」
ダチーの記憶の片隅に、その呼び名が引っかかった。
「近くで見ると、こんな感じなんだな」
男の一人が膝をつき、ダチーと目線の高さを合わせた。
その顔つきは、傍らの男よりもずっと冷たく、凶気を帯びている。
ダチーの全身が反射的に強張った。
「説明してもらおうか、小僧」
男がダチーの目を真っ直ぐに覗き込む。
「人間の身で、どうやってあんな真似をした。自分たちの居住区を抜け出し、選抜試験に潜り込み、あまつさえ我らの姫殿下を襲おうとした。死罪に値する犯罪だぞ」
ダチーは後ずさった。肩が震えている。
いったい、何が起きた?
真っ白な閃光。悲鳴。
断片的な映像が頭を駆け抜けていく。だが、それが何を意味するのか、まるでわからない。
そこで、マラチーが割って入った。
「あ、あの……事情を説明してもいいですか?」
「話せ、人間」
「僕たち、ここへ来たばかりなんです。母さんが病気で、祖父さんのところで暮らすようにって、ここへ送られてきました。森野っていうんですけど、ご存じですよね?」
男が立ち上がり、顎を撫でる。
「森野正人将軍だと? 貴様ら、あの方の孫なのか?」
「いや、今そう言っただろ」
ダチーが頭を掻きながら口を挟む。
看守から鋭い視線が飛んできた。
ダチーは即座に口をつぐむ。
(……今のは、もうやめとこう)
「いずれにせよ、事情が変わってきたな」
看守は同僚を脇へ引き寄せ、少年たちには聞こえない声で話し始めた。
マラチーがダチーの隣へにじり寄る。
「これで釈放してもらえると思う? 僕、刑務所だけは本当に無理だよ。失うものが多すぎる!」
「たとえば? ノートと研究資料か?」
「とにかく、こんな若さで刑務所なんて入れないって!」
ダチーが看守たちへ視線を戻すと、向こうもこちらを見ていた。
二人の男が短く頷き合う。
その仕草を見ただけで、ダチーの身体に再び緊張が走った。
厳しい顔つきの看守が、囚人たちへ一歩近づく。
「貴様らが何者なのか――本当に人間なのか、それとも別の何かなのか。それは後で調べればいい。今決めるべきは、囚人として生かすか、敵として殺すかだ」
ダチーは背筋を伸ばした。
「じゃあ、C案はないのか? 俺たちを家に帰す。海の向こうへ戻って、二度とここには顔を出さない。それでいいだろ?」
「ない」
男が指を鳴らす。
パチン。
その音に吸い寄せられたかのように、数十人の看守が独房へなだれ込み、一斉に銃口を二人へ向けた。
だが、「銃」と呼ぶにはあまりにも物々しい。
異様に巨大な銃身。大ぶりな引き金。機関部の両側には、青く光る円環が埋め込まれている。
「あ、これ……まずいやつだ」
マラチーが呟いた。
「――さて」
看守の瞳が、かすかに光を帯びる。
「おとなしくついてくるか。それとも、我々に手間をかけさせるか」
マラチーとダチーは同時に唾を飲み込み、互いに目を見交わした。
*
リムジンが風を切り、街路を駆け抜けていた。
灰色の内装。天井に沿って走る青い光。
ダチーとマラチーは後部座席の中央へ押し込まれ、その左右を四人の捜査官が固めている。
マラチーは落ち着きなく両足を揺らしていた。額から汗が滴り落ちている。
ダチーは天井を見上げ――車内の全員を驚かせるように、突然笑った。
「はは……参ったな。俺、マジで若死にするのか。母さんもアヤナも、さよならすら言えなかった。あとで届くのは手紙一枚……俺たちが死んだって知らせだけか。そんなの……ないだろ」
「母さん、僕たちがいなくても大丈夫かな」
「そうだといい。アヤナが面倒を見るって言ってたし、あいつなら信じられる。でも……会いに来てほしいよな。二人とも」
「アヤナに招待状を送れば――!」
「しっ! それを大声で言うな!」
「でも、アヤナは僕たちの親友だよ。あの子なしで、僕たちどうすればいいの? 見たでしょ? 赤ん坊みたいに泣いてた!」
「わかってるよ」
ダチーは目元を拭い、声を落とした。
「またすぐ会える。アヤナにも、母さんにも」
「うん」
ダチーは車内を見回した。
だが、捜査官たちは身じろぎ一つせず、兄弟の会話にも一切反応しない。
長い移動が続く。
スモークのかかった窓のせいで、自分たちがどこにいるのかさえわからなかった。
やがて車が速度を落とし始める。
捜査官の何人かは、すでに武器を握り直していた。
そして、扉が開く。
「降りろ」
運転手が命じた。
銃口が二人へ向けられる。
マラチーは小さく悲鳴を上げて車外へ飛び出し、ダチーもすぐ後に続いた。視線は前へ据えたまま。
外へ出る。
ここは、もう故郷ではなかった。
左右へ滑るように位置を変える摩天楼。ベルトコンベアのように流れていく歩道。空を飛び交う金属製の車。
そして、地区全体を包み込む巨大なホログラム式エネルギーフィールド。
「すごい……」
マラチーが思わず声を漏らし、息を呑む。
「バタンゴ地区には、こんなの一つもないよ」
近くには、特殊合金で造られた巨大な城がそびえていた。周囲の高層ビルを何階分も上回るほどの巨城だ。
遠くの標識には、〈アレオラ地区〉と記されている。
二人は城へ向かって引きずられていった。
そこにも衛兵たちが待ち構えていた。重厚な金属鎧に身を包み、腰には大型のテクノブレードを吊っている。
最も近くにいた衛兵が眉を上げた。
「ん? なんだ、これは。米村」
厳格な看守――米村が、ダチーを手で示す。
「こいつと弟が選抜試験へ侵入した。姫殿下を襲ったが、幸いにも、殿下自ら取り押さえてくださった」
「姫が可愛かったから、負けただけだけどな」
ダチーが小声で呟く。
「黙れ、小僧!」
ダチーは慌てて口をつぐんだ。
「ああ、なるほど。では、こいつらが民衆を騒がせている人間の厄介者どもか。なぜ牢で始末しなかった? そのほうが皆のためだったろうに」
「両陛下に直接ご裁定いただくべき事案だ。必ずや正しい判断を下されると信じている」
衛兵は仲間たちへ頷き、道を空けた。
「行け。今なら玉座の間におられる」
銃口で背中を押され、マラチーとダチーは歩き出した。
城の金属扉は閉ざされている。
だが、その上に吊られた奇妙な青い走査装置が、ダチーの目を引いた。
「あれは?」
淡い青色の光が地面から立ち上がり、一行の身体を下から上へとなぞっていく。
衛兵たち。
少年たち。
そして、米村。
光は全員を走査した。
〈入城許可。監獄長・米村を認証〉
(監獄長?)
考える暇はなかった。
二人は城門の向こうへ押し込まれ、そのまま長い廊下を進まされる。
点滅する青い照明。
床に敷かれた毛皮の絨毯。
壁際の武器架に並ぶ金属の刃。
いくつもの施錠された鋼鉄の扉。
マラチーは口を開けたまま、そのすべてを目で追っていた。
一方のダチーは目を細め、前方を睨んでいる。
衛兵たちは一糸乱れぬ歩調で進み、二人を廊下の突き当たりにある最後の扉へと連れていった。
扉の傍らには、屈強な剣士が立っていた。
顔は兜に隠され、背中にはダチーの全身ほどもある巨大な剣が背負われている。
剣士が制止するように片手を上げた。
「王家に何用だ、米村」
米村が兄弟を押しのけ、前へ出る。
「国王陛下と王妃陛下にお目通り願いたい。この者たちが、姫殿下を襲った人間だ」
剣士が一歩下がる。
そして、背中の剣の柄に手をかけた。
「ならば、今ここで斬り捨てるべきだ。なぜそのような脅威を、王家の御前まで連れてきた」
「落ち着け。こいつらは自分の力をほとんど制御できていない。俺の魔法で、今は力を抑え込んでいる。王家に危険はない」
剣士は何も答えなかった。
兜の奥の視線が、一人ずつを確かめていく。
ダチー。
マラチー。
米村。
そして、衛兵たち。
「中へ通すことはできん。危険が大きすぎる。反抗の兆しをわずかでも見せれば、取り返しのつかないことになる」
米村がサングラスを押し上げた。
「ならば同行しろ。お前の腕なら、異変があった瞬間に斬り伏せられる」
再び沈黙が落ちる。
だが今度の沈黙は、ただ拒絶しているのとは違った。
米村の言葉を理解し、その重さを量っている――そんな沈黙だった。
ダチーの喉が詰まる。
何か言わなければと思うのに、言葉が出てこない。
やがて、剣士が息を吐いた。
「米村。こいつらの責任を負うということだぞ。逃げられた場合――いや、それ以上の事態になれば、次に首を失うのはお前だ」
「承知している。お前と王家、その双方を信じている、剛平」
剛平は低く唸り、扉の横にある走査装置へ手を置いた。
ピッ、ピッ、ピッ。
画面にチェックマークが浮かぶ。
〈認証完了〉
扉が低く唸りながら、ゆっくりと壁の中へ格納されていった。
「行くぞ。両陛下が公務へ発たれる前に」
剛平を先頭に、一行は玉座の間へ足を踏み入れた。
広大な空間だった。
天井には巨大なホログラム・シャンデリア。壁という壁に絵画が飾られ、室内のあちこちには、ダチーの見覚えのない戦士たちの彫像が並んでいる。
中央には、高さの異なる四つの玉座。
そのうち、三つが埋まっていた。
最も高い玉座には、流れるような白髪と白い瞳を持つ、体格の良い長身のヴォルティアナ族の男。
二番目に高い玉座には、彼に引けを取らぬ長身の女。銀色の髪と、金属の壁を映したような銀色の瞳を持っている。
そして最も低い玉座には、一人の少女。
父と同じ白髪。母と同じ銀眼。
幼い顔立ちには似つかわしくない鋭い眼差しが、囚人たちを真っ直ぐに射抜いていた。
マラチーの背筋に寒気が走る。
だが、ダチーは――
「あれ? あいつ、さっきの姫じゃ――」
衛兵がダチーの鎖を強く引いた。
ガシャン。
「この玉座の間では口を閉じていろ。明確な許しがない限り、喋るな」
二人は玉座の前へ引き出され、無理やり膝をつかされた。
三人の王族が、彼らへ目を向ける。
「米村。その者たちが、人間の反逆者か」
「はっ、陛下。姫殿下を襲った者たちでございます」
王妃の瞳は、魂の奥まで覗き込むかのようだった。
マラチーが、さらにダチーのほうへにじり寄る。
「なんとも滑稽な」
王妃は髪を払い、鼻を鳴らした。
「大混乱だと聞いてみれば、目の前にいるのは、成人にもほど遠い子供が二人」
その視線が娘へ移る。
「この者たちが、選抜試験でお前を襲ったと?」
少女が頷いた。
「はい、母上。左の少年は両腕が金属に変わり、砲のようにプラズマを撃ちました。兄のほうは、奇妙な兎のように宙を跳ね回っていました」
王妃は顎へ手を添え、唇を歪める。
「兎だと?」
「はい」
国王が欠伸をし、玉座の肘掛けを叩いた。
「さっさと始末しろ。人間にこの玉座の間へ踏み入る資格はない。まして、我が娘を傷つけた者を生かしておく気などない」
衛兵たちが一斉に銃口を少年たちへ向ける。
ダチーの視線が忙しく動いた。
王族から衛兵へ。衛兵から、再び王族へ。
(くそ。こいつら、本気でどうでもいいと思ってる。理由もなく俺たちを殺す気だ。なんでだよ。俺はここへ来たくなんかなかったのに!)
王妃が片手を上げた。
「待て。報告が事実なら、この者たちは我が娘と同じ存在かもしれぬ」
国王が眉を上げ、衛兵たちも一度銃口を下げた。
「どういう意味だ、妃よ」
王妃が立ち上がり、片手を腰に当てる。
一歩、また一歩。
彼女が歩みを進めるたび、時の流れが鈍くなっていくようだった。
ダチーはその威圧感に身を縛られながらも、王妃の美しさに目を奪われていた。
(いや、何見とれてんだ、俺)
頭を振り、その考えを追い払う。
次に顔を上げたとき、王妃はすでに目の前に立っていた。
「お前」
その一言が、命令そのものだった。
「名と素性を述べよ。なぜ我が子を襲った。ためらうか、偽りを口にすれば、その場で撃たせる」
ダチーの呼吸が速くなる。
王妃に睨み下ろされ、瞳が震えた。
正しい言葉。
いったい、何を言えばいい?
「ダチー・ジョーンズです。弟と一緒に、祖父の森野と暮らすため、ここへ送られてきました」
王族たちが静まり返る。
だが、王妃の眼差しは少しも緩まなかった。
「森野将軍か。あの男に家族がいたとは知らなかったな」
「家族ならいる。祖父さんはしょっちゅう俺たちに会いに来てた。特に母さんに。母さんは病気で、まともに歩くこともできない。もう俺たちを育てられないから、こっちへ送られたんだ」
ダチーは一度息を吸う。
「森野が何かの大会を監督してるって聞いて、そこへ入ったら、急に身体がおかしくなって……あとは、あんたたちも知ってるだろ」
王妃が一度、瞬きをする。
そして、もう一度。
「そうか」
「本当なんです」
マラチーも頷いた。
王妃は踵を返し、自らの玉座へ戻っていく。
「その説明では納得できぬ。人間には決して扱えない、我らヴォルティアナ族固有の力が、都合よく発現した――そのような話を信じろというのか?」
二人が口を開くより早く、王妃の瞳が銀色に閃いた。
「衛兵。拘束を解け」
「し、しかし陛下――!」
王妃の鋭い眼差しが、米村の言葉を断ち切る。
「私は命じたぞ、監獄長」
「は……はっ」
二人の衛兵が腰から鍵を取り出し、少年たちの鎖を外していく。
重い鎖が床へ落ち、二人はようやく立ち上がった。
「え? 帰してくれるのか?」
「愚かな小僧め。鎖を外したからといって、自由になったわけではない」
王妃の唇が、冷たく歪む。
「代わりに、娘がお前たちをこの場で処刑する。我らヴォルティアナ族には、裁きを下す際の掟があってな」
姫がゆっくりと立ち上がる。
その顔には、隠しきれない悪意が滲んでいた。
「血には血を」




