第二十七話「暫定隊長」
S-1部隊は、手錠をかけられた藤井が劇場の外へ連行されていくのを見つめていた。
「あんな真似をしたあとで、よくのこのこ戻ってこられたものだ」
衛兵の一人が鼻を鳴らす。
「己の力に頭をやられたのだろう」
すぐ近くには米村が立ち、その両目が光を放っていた。
藤井がそちらへ口の端を上げる。
「なあ、米村。俺に本気で抑制魔法を使う必要があるか? 噛みつきはせんぞ」
米村が腕を組んだ。
「貴様に力を使える状態のままでいさせるのは、国家の安全にとって重大な危険だ。野放しにするなど、愚か者のすることだぞ。人殺しめ」
そして、顔を背けた。
「あの御婦人が生き延びることを祈っておくのだな、将軍。貴様の長い反逆の罪状に貴族殺しまで加われば、まず良いことにはならん」
衛兵たちが藤井を大型の装甲護送車へ連れていき、扉を開けて中へ入らせる。
ナイトが遠くから見ていた。
藤井が突然、声を上げて笑い始める。
「何も言わんのか、お嬢さん?」
「ふん。失望しましたよ、藤井。……あなたがここまで堕ちるとは思いませんでした。本当に正気を失ったのですか」
藤井が肩をすくめた。
「俺を知っているだろう。英雄のまま死ぬか、悪役になるほど長く生きるか。……どうやら、俺がどちらだったのかはっきりしたらしいな」
ダチーが周囲を見回した。
「待てよ。これが本物なわけないだろ? あの人は策士だぞ! なんでこんな形で自分を晒すんだ?」
灯里が装甲車の壁を掌で叩いた。
「将軍、何を考えているのかわかりません! 我らを裏切ったのですか、違うのですか! これも、あの囮の策の一部なのですか! 私は受け入れられません!」
光が灯里の背後へ隠れる。
ルカは無表情のまま、藤井を見つめていた。
マラチーが頭を掻く。
「僕も兄さんと同じ意見です。偽物だった可能性はありませんか?」
「藤井の氷属性が使われていた」
米村が答える。
「ナイトと光様の両名が、その力を目撃したと証言している。それに、貴様らが発見した通路にあった兵士たちの遺体からも、体内に残った氷片が回収された」
米村がダチーの肩を叩く。
「貴様の忠誠も、こちら側へ傾きつつあるようだな、人間。報告に感謝する」
「触るな。俺はただ、あれだけの遺体が誰にも顧みられず放置されるのが嫌だっただけだ」
「まあ、何にせよ、前将軍の処遇が決まるまで、S-1部隊には新たな指揮官が必要になる。……姫殿下、暫定指揮官を務めていただけますか」
灯里が自分を指差した。
「私が?」
「部隊内で最も身分の高い構成員は殿下です。現在、副将軍も不在である以上、殿下以外に自然な選択肢はございません」
「訊くまでもないだろう。無論、私が率いる。……だが、藤井将軍はどうなるのだ」
米村が護送車の扉を閉め始める。
「B房棟へ送られます。重大犯罪者が皆、収容される場所です」
扉が閉じ切る直前、藤井が部下たちへ最後の言葉を投げた。
「これで足を止めるな、お前たち。任務を続けろ。……助けが必要ならナイトを頼れ。そして、ダチーを必ず守れ」
装甲護送車が走り去り、部隊だけがその場に残された。
ナイトがゆっくりと一行へ歩み寄ってくる。
「あなた方も行きなさい。祭では避難が進められています。……花形は全員が厳重な警護下に置かれていますし、貴族、姫殿下、そして王妃陛下の特別な客人を抱えたあなた方は、揃って最優先標的です」
「待った」
ダチーが割り込む。
「静と沙織は無事なのか?」
ナイトが肩をすくめた。
「今は病院にいます。様子を確かめに行くことはできますよ。……衛兵、この者たちの周囲を固めなさい」
その場に残っていた衛兵たちが一行を取り囲み、円形の壁を作った。
灯里が腰へ手を当て、値踏みするようにダチーを見る。
「聞け。今、指揮を執っているのは私だ。自分が部隊を仕切っているような顔で、勝手に命令を飛ばすな」
「はいはい、仰せのままに、姫殿下。……で、もう行っていいか?」
灯里が目を閉じた。
「行くぞ。情報が足りんからな。……進め、兵士諸君」
衛兵たちが歩調を合わせて進み、部隊は近くの病院へ向かった。
衛兵たちの隙間から、ダチーには怯えた貴族や子供たちが区域外へ誘導されていくのが見えた。
入れ替わるように、さらに多くの装甲部隊が乗り込んでくる。
一行が病院の正面玄関へ到着すると、衛兵たちがまず部隊を中へ通した。
ダチーが受付へ歩み寄る。
若い女が操作面へ忙しなく文字を打ち込んでいた。
「なあ、静様は何号室だ?」
女が顔を上げ――ダチーを見た瞬間、椅子から転げ落ちそうになった。
「あ、あなた! あなたは……あなたは……!」
「お嬢さん、部屋番号だけ教えてくれないか。まったく」
「二七八号室です! 二階の左手です!」
「ありがとよ」
ダチーたちは近くの昇降機へ乗り込んだ。
衛兵たちも続こうとしたが、中にはもう押し込む隙がない。
灯里が衛兵たちを扉の外へ押し戻し、宙に浮かぶ青いボタンを叩いた。
扉が閉まり、昇降機が上階へ向かう。
二階へ着いた瞬間、静の病室がどこなのかは一目瞭然だった。
左手奥の扉を大勢の報道陣が取り囲み、無理やり中へ入って写真を撮ろうとしている。
医師たちが必死にそれを押し戻していた。
「あそこだね」
ルカが指摘する。
一行が人混みを掻き分け、病室へ近づいていく。
医師の一人が、灯里とダチーに即座に気づいた。
「姫殿下? それに……ジョーンズ殿?」
「俺、どれだけ有名なんだよ。なんなんだ、まったく」
ダチーが漏らす。
灯里がその脇腹を肘で突いた。
「中へ入ってもよいか。重要な事情を確認するため、静様に会う必要がある」
「静様は現在、意識が戻っておりません」
医師が答える。
「昏睡状態です。……ただ、御息女と御主人は中にいらっしゃいます」
「そうか。……それで、入ってよいのか、駄目なのか」
「申し訳ございません、姫殿下。ですが現在の状況と王妃陛下の御命令により、お通しできるのはお一人だけです」
「本気か。……仕方ない」
灯里がダチーを前へ押し出した。
「入れ」
「へえ。今度は俺に行けってのか」
「当然だ。あの一家と最も関わりが深いのはお前だろう。……藤井の行いのせいで、S-1の評判はすでに地へ落ちている。向こうの知らぬ者を送り込んで、さらに心証を悪くする必要はない」
「部隊の面子を守れってことか。了解」
「いいから入って、知っていることを訊いてこい」
医師が脇へ退き、ダチーを中へ通した。
病室では、沙織と健が静のベッドの傍らに座っていた。
静は五本もの点滴と、人工呼吸器につながれている。
ダチーの姿を見た瞬間、沙織はその頭へ虹色の光線を放った。
ダチーが反射的に身を屈める。
光線が奥の壁を打ち、亀裂を走らせた。
「おい! いきなり何すんだ!」
沙織がダチーの襟を掴んだ。
「あなたのせいで母上がどうなったか、よく見なさいよ! なぜ私に嘘をついたの? あなたは、自分の部隊は悪くないと言った! 将軍は私たちを傷つけないと言った!」
「なあ、俺だって何が起きてるのかわからないんだ。けど誓って、こんなことになるなんてまったく予想してなくて――」
沙織がダチーを激しく揺さぶる。
「母上が死にかけているのよ、ダチー! 目を覚ますかどうかも、いつ目を覚ますのかもわからない! ……母上の血が氷に変わるのを見たの! 医師たちが溶かすのに二時間もかかった!」
健が咳払いした。
「沙織。関係のない者へ怒りをぶつけてはいけない。それは母さんの望むことではない。……それに我々は、まだ事実のすべてを把握しているわけではない」
「でも、この人が無関係なはずないでしょう、父上! あの将軍は信用できると言ったのは、この人よ! でなければ、なぜあんなことを言ったの? 私をあの憐れな部隊へ押し込むのが目的だったの? ……あの男にそう言えと命じられたの?」
(うわ)
ダチーが思う。
(完全に我を失ってる。……どうすればいいんだ)
「沙織」
健がもう一度、その名を呼んだ。
沙織がダチーを放し、荒い息を吐きながら顔を背ける。
「もう帰って。ここにいてほしくない。……あなたは、あの邪悪な軍人仲間と過ごしていればいいわ」
ダチーが健へ向き直った。
だが健は、こちらを見ようともしなかった。
「今は、私から君に言えることはこれ以上ない。事情は複雑で、我々は愛する者の傍らにいなければならない。……理解してくれることを願う」
「わかった。……じゃあな、二人とも」
ダチーが病室を出ると、沙織が背後で扉を閉めた。
「うわ!」
マラチーが息を呑む。
「二人、喧嘩でもしてるの?」
「俺があの子を嵌めたと思われてる」
ダチーが溜息をついた。
「それで怒ってるんだ」
「公平に言えば、兄さんにとってかなり分が悪い状況ではあるよね。……でも、だからこそ本当にこれをやった相手を見つけないと!」
「犯人なら、すでに見つかっているでしょう」
医師が口を挟む。
「藤井剣士です」
灯里がダチーの腕を掴んだ。
「行くぞ。基地へ戻る」
S-1部隊が報道陣から離れていく。
その誰も気づかぬところで――
報道陣の一人の手に、黒い稲妻が一瞬だけ走った。
*
装甲指揮車が、S-1邸の車寄せへ入った。
全員が車を降りる。
すでに部隊の軍装へ着替えていた。
屋敷へ入った瞬間、ダチーが長椅子へうつ伏せに倒れ込み、唸り声を上げる。
光が足先でその体を突いた。
「起きなさい。そこは私たちの席よ」
「あんた、一番でかい寝室を持ってるだろ!」
「だから何よ? 私が長椅子に座りたいなら、長椅子に座るのよ!」
ダチーは不平を漏らしながら階上へ去り、灯里と光が長椅子へ腰を下ろした。
ルカが狼へ変わり、部屋の隅で丸くなる。
マラチーは卓の近くへ座った。
「これ、調べ続けるの? それとももう諦めて、普通の生活に戻る?」
灯里が映像装置をつけた。
案の定、報道は藤井がB房棟へ到着する様子を流していた。
数百人もの武装した衛兵が、その後ろを固めている。
記者が監獄の外に立っていた。
「速報です! 藤井剣士将軍が、反逆、大量殺人、そして貴族殺人未遂の容疑で逮捕されました! これらの罪が認められれば、二度と自由の身には戻れない可能性があります!」
房棟の外では、大規模な暴動が起きていた。
群衆が藤井のいる方向へ、次々とごみを投げつけている。
「気でも狂ったのか!」
「同胞を殺すなんて、ドワーフと通じていたんだな!」
「いや、待て! あの人間どもにそそのかされたのかもしれん! あいつらも投獄しろ!」
映像が再び記者へ戻る。
「続報が入り次第、ただちにお伝えします! それでは!」
映像が切れた。
光が爪を噛む。
「次はここへ来るわ! 私たちの地位は台なしよ! もう軍人ではいられない!」
「落ち着け」
灯里が制した。
「マラチー」
名を呼ばれ、マラチーが顔を上げる。
「え、はい?」
「お前とルカが組んでいた、あの人間の偵察はどこにいる」
「わかりません。劇場の騒ぎの中で見失いました。……あの人に何か用ですか?」
光が顔を上げた。
「待って! あの人、日誌の記録が大量に入ったノートパソコンを持っていたわ。……まだ他にも記録があるとしたら?」
ルカが元の姿へ戻る。
「大したものは見つからなかったよ。マラチーが少しの間だけ接続したけど、唯一めぼしかったのは、あいつの日誌だけだった」
灯里が立ち上がった。
「ここから、あの端末のデータへ接続できるか。……一度は繋がったのだろう」
「そんなことできるのかな? ノートパソコンの中身を、ここへ遠隔表示させるってことですか?」
「そういうことだ」
マラチーの背から触手が立ち上がる。
「向こうに十分な情報が残っているなら、できる可能性はあります!」
触手が淡い青色に輝き、マラチーが片手を差し伸べた。
その体が震え始め、額から汗が流れ落ちる。
数分後、宙に立体映像の画面が現れた。
「あれは……あのノートパソコンの画面だ!」
ルカが気づく。
マラチーが床へ崩れ落ちた。
「うん……電池をほとんど全部持っていかれた」
ルカがマラチーを引き起こす間、少女たちが画面を調べ始める。
「『所見』か」
灯里が読み上げ、そのファイルを開いた。
「光が話していたものと同じだな。……他には何がある?」
ルカに支えられながら、マラチーがフォルダの中を探っていく。
意外にも、記録の最下部には新たな一項が加えられていた。
「五十六日目。任務の第一段階を完了した。王妃と司令官はまだ残っているが、飛鳥区はアレオラ区から十分に離れている。ここなら器を捕らえ、大々的に撤退することができる。……本人の同意を得ることはまた別の問題だが、それはヴォルティアナの手から奪い取ったあとで対処すればよい」
全員が凍りついた。
「連中は、あの場にいたのか」
灯里が息を呑む。
「……だが、これだけでは藤井の関与を否定するには足りん。もっとも、この記述を書いたのがあの方でないことだけは確かだが」
「つまり、盤上の駒を動かしているのは別の誰かなんだ」
マラチーが言った。
「あとは、それが誰なのかを突き止めるだけだよ! ……この記述を書いた人物を見つけられれば、将軍の仕業ではなかったという証拠が、ついに手に入るかもしれない!」
「最後にノートパソコンを持っていたのは応輝だ」
ルカが思い出す。
「あの人は俺たちの装備を着てる。もう一度、通信を試すことはできるよ。……俺が呼ぶ」
灯里が片手を上げた。
「否。すでに敵の手に落ちているか、それより悪い状態にあるかもしれん。……マラチー」
灯里が画面を指差した。
「この通信を辿れるか。正確な位置が必要だ。相手には気づかれるな」
マラチーが目を閉じ、再び開く。
その瞳が淡い光を放ち始めた。
「やってみます」
操作面が飛鳥区の地図へ切り替わった。
商店も建物も、区域内のすべてが映し出されている。
マラチーの触手が操作面を叩き、走査を開始させた。
走査が進む中――
玄関の扉が勢いよく開き、外からダチーが飛び込んできた。
全員が不意を突かれる。
「みんな!」
ダチーが叫んだ。
「どうやって外へ出た?」
灯里が問い詰める。
「そもそも、なぜ外へ出たのだ。お前は勝手に外出しては――!」
「早く来てくれ! 手掛かりを見つけた! 敵がどこにいるかわかった!」
誰かが抗議する間もなく、ダチーは全速力で扉の外へ駆け出していった。




