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ヴォルティアナ  作者: rimuru the jūto
対ドワーフ戦争編
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18/20

第十八話「重力属性」

(ダチー?)


(ねえ、起きて!)


(この人、大丈夫?)


(人間よ。大丈夫なわけないでしょう)


 ダチーが目を開けた。


 藤井、マラチー、ルカが顔を覗き込んでいる。


 少し離れたところには、灯里と光、そして生き残ったヴォルティアナ族の兵たちがいた。


「おう、戻ってきたな、新人!」


 藤井が笑う。


 マラチーがダチーを抱き寄せた。


「無事でよかった! もう頭を失くすのはやめてよ。何か反動があったらどうするの?」


「まあ……」


 ダチーが答える。


「何かしないと駄目だったんだ」


 身を起こし、声を落とす。


「その……悪かったな。お前や、ほかのみんなを殺そうとして」


「いいんだよ。あの狂った王が全部の元凶だって、みんなわかってる」


 ダチーの耳がぴくりと動き、勢いよく立ち上がった。


「待て。あいつはどこだ? 岩は? ほかのみんなは?」


 周囲を見渡す。


 そこは城の外だった。装甲指揮車ランドクルーザーのすぐ近く。


 城門の前には巌雄が立っていた。一成と鋼牙に両脇を支えられ、二人とも傷口から血を流している。


 その前にはドワーフたちが隊列を組み、鉄巨兵アイアンゴーレムが前線を固めていた。


 岩が蔓を使い、三人の傷を癒やしている。


 その間にも、ドワーフの兵たちは攻撃に備えて武器を構えていた。


 灯里が首を鳴らし、拳を上げる。


 ヴォルティアナ族の兵たちも銃を抜いた。


「本気でまたやるの?」


 マラチーが尋ねる。


 一成が棍を地面へ叩きつけた。


ホルダーを渡せ。今すぐにだ。二度も言わせるな」


「その要求なら、貴様の尻にでも突っ込んでおけ」


 灯里が吐き捨てる。


「我らは、貴様らのような下等生物の気まぐれに屈しはしない」


 一成が唸り、鋼牙とともに前へ踏み出した。


 だが巌雄が片手を差し出す。


「否。これ以上は戦うな。……我らは敗れた。このまま続けても、失うものが増えるだけだ」


「父上?」


 岩と一成が同時に声を上げた。


「聞こえたであろう」


 巌雄が藤井を値踏みするように見据える。


 藤井もその眼差しを正面から受け止め、片腕を広げた。


「これで仕舞いだ、S-1。帰るぞ」


「将軍!」


 灯里が声を上げる。


「この者どもは、生かしておくには危険すぎます! 我らは――」


「命令を下したはずだ、兵士」


「わ、私は……! ……了解しました、将軍」


 藤井がダチーへ身を寄せ、耳元にだけ届く声で囁いた。


「見たか?」


「何をだよ。……待て。なんであんたが知って――」


 藤井が背筋を伸ばす。


「誰にも言うな。秘密には、守られるべきものもある、坊主。……行くぞ。帰るんだ」


 藤井が装甲指揮車へ飛び込んだ。


 光とルカがそれに続き、灯里も渋々ながら乗り込む。


 マラチーがダチーの腕を引いた。


「ねえ、行こう。戦いは終わったよ」


「ちょっと待ってくれ」


 ダチーがドワーフたちのほうへ歩み寄り、巌雄の目を真っ直ぐに見据えた。


「あの時計……俺に、あんたの奥さんを見せようとしたのか?」


「では、効いたのだな」


 巌雄が呟く。


「……妃はまことに、今なおどこかに囚われているのか」


「父上?」


 岩が尋ねる。


「何を仰っているのですか?」


「どうでもよい。……貴殿は我らのもとへ戻ってくる、ホルダー。貴殿は未来を見た。それが何を孕んでいるのかも知っている。……背後にいるあの者どもが、これまでいかなる罪を犯し、これからも犯し続けるのかを悟ったとき、貴殿は自ら我らのもとへ戻るだろう。そのときは両腕を広げて迎えよう」


 全員が黙り込んだ。


 やがてダチーが深く息を吸う。


「どうなるかは、これから見てみるしかない。けど俺は、あんたの大量虐殺には加わらない。この戦争は別の形で終わらせる。……これは、ここにいる全員へ言ってることだ」


 そして振り返り、岩を見た。


「あんたの娘には手を出すなよ。出したら、予想よりずっと早く俺が戻ってくるぞ」


 岩の目が見開かれた。


 ダチーは装甲指揮車へ急ぎ、マラチーとともに乗り込む。


 ヴォルティアナ族の部隊は次々と走り去り、あとにはドワーフたちだけが残された。


「なぜ、あの者を行かせたのですか、父上」


 一成が尋ねる。


「今なら奪い返せたはずです!」


「無駄に終わるだけだ。余は幾つもの手を試した。捕縛。脅迫。交渉。儀式。……我らに示された未来が何であれ、それを引き起こすのは我らではないらしい。ホルダー自身なのだ」


「我らの兵は屠られました! 家々も破壊された! それでも、ただ行かせると仰るのですか!」


「言ったとおりだ。あの力は本人の同意を要する。我らが無理に真の力を引き出すことはできぬ。……そして、それはあの者どもにもできぬ。あの強欲な性根を思えば、ホルダーは遠からず再び我らのもとへ戻る。そのときこそヴォルティアナに償わせ、あの後援者どもにも企みの責を取らせる」


 その目が岩を捉えた。


「娘よ。あるいは、貴様が正しかったのかもしれぬ。……だが、不服従を罰せぬわけにはいかぬ。追って沙汰があるまで、地下牢に処する」


 護衛たちが両腕を押さえる中、岩の顔には穏やかな表情が浮かんでいた。


「構いません。父上が道理を見てくださるのなら、残りの生涯を格子の向こうで過ごしてもかまいません」


 ドワーフたちが少女を連れていった。


 鋼牙が顔の傷を撫でる。


「これから、いかがなさいますか、陛下。ホルダーなくして、我らの計画は進みません」


「待つ。あの者どもが器を折るまで待つのだ。……そしてあの者が我らの側を選んだとき、この世界が進むべき新たな方向を定める」


 巌雄が足を引きずりながら、通りを歩き始める。


 だがすぐに倒れかけ、一成がその体を受け止めた。


「どちらへ行かれるのですか、父上」


「森へ連れていけ。最後に一箇所、訪ねねばならぬ場所がある」


 一成は父を背負い、残ったドワーフたちをあとにして歩き出した。


     *


 道のりは長かった。


 鬱蒼とした樹々が頭上にそびえ、その茂みを抜けた先には、池の傍らに設えられた小さな庭が広がっていた。


 庭の奥に、墓石が一つ。


 そこには、こう刻まれていた。


『伊呂波女王、ここに眠る』


 一成が父を墓の傍らへ下ろす。


 王は墓石の隣に腰を下ろし、樹々の間から差し込む日の光を見つめた。


「まったく。我らは一晩中、戦い続けていたのだな」


「まことに、父上」


「そなたの母は、これを見て何と思うであろうな」


 一成が目を閉じた。


「あの者どもには、己の為したことの代償を払わせねばなりません、父上。我らの民を殺し、母上を殺し、我らの暮らしを壊しておきながら、自分たちは何一つ失わない。……そんなことを許してはおけません」


 巌雄が妻の墓へ手を置いた。


「妃よ。どうか、見守っていてくれ。……ホルダーの捕縛には失敗した。だが、これだけは約束できる。我らはあの暴君どもに償わせる。ダチーは我らの傍らで戦う。そして我らは、この地をよりよいものへ変える」


 ほんの一瞬、巌雄と一成には、池の傍らに座る伊呂波の幻が見えた気がした。


 こちらへ手を振りながら、日の光の中へ溶けていく。


「母上……」


 二人の頬を、涙が伝った。


 一成が巌雄を睨む。


「父上のご決断を、私は受け入れられません。自らあの者どもを追います」


 憤然と立ち去ろうとする一成の腕を、巌雄が掴んだ。


「力を無駄にするな、息子よ。……余が動かぬことを、消極的になったと勘違いするな。余は攻撃を続けぬと言った。ほかの者まで続けぬとは、一言も言っておらぬ」


「は?」


「なぜ、ホルダーが必ず我らの手に入ると、あの後援者どもが確信していたと思う、我が子よ。余には、必死に追い詰められた者がわかる。あの後援者どもがこれを仕組んだのは、無思慮な暴力を欲したからではない。奴らが望んだのは、我らの渇望が、自分たちの渇望と同じほど強くなることだ」


「では、それはつまり……」


「我らは駒であった。有用ではあるが、取るに足らぬ駒だ。……では、指し手は駒が役目を果たせなかったとき、どうする?」


 一成が息を呑んだ。


「……より強い駒を、盤上へ出す」


「そのとおりだ。我らの戦いは終わった、一成。……代わりに、あの者たちへ引き継がせるのだ」


 二人が語り合う間、樹々の中から一つの影がこちらを見つめていた。


 巌雄が、その姿を一瞬だけ捉える。


 だが、現れたときと同じ速さで――


 影は消えた。


     *


――S-1邸――


 邸へ連れ戻されたその瞬間から、ダチーは訓練室に座らされていた。


 何人もの学者が、その体のあちこちを突き、探り、検査している。


「痛っ。痛い! そこを突くの、やめてくれないか!」


 学者の一人が口を開いた。


「ふむ。被験体は完全に健康であると見られる。体内で浮遊する臓器、および肥大化した臓器を除き、異常なし。前述の重力属性とも符合する」


 S-1の残りの面々は、扉の傍らで待っていた。


「重力属性の使い手か」


 灯里が鼻を鳴らす。


「なぜ思い至らなかったのか、我ながら信じられん」


「そう自分を責めるな、姫殿下」


 藤井が肩をすくめる。


「我々がまだ掌握していない、新たな属性が現れたということだろう。……何しろ、火の属性者が最後に現れたのはいつだった?」


「千年以上前です」


 灯里が息を吐く。


「森を壊さなきゃいけなかったのは、ちょっと後味が悪いね」


 ルカが嘆く。


「ドワーフ側で育ったわけじゃないけど、それでも故郷みたいなものだから」


 光が吐く仕草をした。


「もう、ルカ。あなたは邸宅に住んでいるのよ! そんな些細なことを話すのはやめてくれない?」


「干し肉、いる?」


「よしなさい」


 光が片手を上げただけで、マラチーとルカ、さらには灯里までもが飛び退いた。


 学者たちはダチーへの検査を続けていく。


 走査装置で生命反応を測り、透過画像で体内を覗き、あげくには光を前へ引っ張り出して、その額へ触れさせた。


「うえっ! うえっ! うえっ!」


「光様」


 学者の一人が懇願する。


「この少年の何が特別なのか、突き止めねばなりません。手中に収めた今、王妃陛下は徹底的な調査をお求めです。……どうかその御力で、検分を試みていただけませんか」


「もう! わかりました! 王妃陛下のためだけですからね。それに私、まだ陛下の茶会へ行きたいんです!」


 光は指一本だけでダチーへ触れ、目を閉じた。


「文字どおり、前とまったく同じです。変わったことといえば、この子が食べた果物が全部見えるくらいですね」


 ダチーの顔が赤くなった。


「それ以上は何も見えないよな?」


「ええ、見えませんけど?」


「よかった」


 光は速やかに歩き去り、再び灯里の隣へ戻った。


 学者たちは調査を終えると、所見を記録し、部屋を出ていく。


 ダチーは立ち上がり、そのまま床へ崩れ落ちた。


「ったく、人を宝箱みたいにこじ開けやがって。……なんでだよ。本当に、なんで俺が」


 藤井がその上に立った。


「まあ、自殺同然の強襲の最中に敵へかっ攫われれば、王妃陛下の関心を引くのも当然だな。陛下は、お前を『特別な資産』と定められた」


「じゃあ、家には帰れないのか」


「まったく帰れん。だが、明るい面もあるぞ。もう陛下に殺される心配はない!」


「くそ。たまには殺してくれって思うよ」


 藤井がダチーを引き起こす。


 だがダチーは、その腕を掴んだ。


「待ってくれ。将軍、あんたのことはよく知らないけど、一つ訊きたいことがある。……どうして、あんたの兵士はあの女の人を殺したんだ?」


 将軍が動きを止めた。


 その顔が、恐ろしいほど真剣になる。


 ダチーを脇へ引き寄せた。


「あの女には近づくな、坊主。頭のねじが外れている」


「なんだって? でも、あんたの部下だろ! どこにいるんだ? なんでここにいない? 無実の人を殺しておいて、そのまま……消えたのか?」


「俺が送り出した。運がよければ、お前があれと会うことは一生ない。……誰かと長く過ごしすぎると、そいつの最悪な部分まで見えてくることがある」


「じゃあ、あんたは? あんたも、あいつと同じような悪事をやってきたのか? 俺を餌に使ったよな」


 藤井がその頭を撫でた。


「悪というものは主観的だ。俺は英雄か? 違う。……だが俺にとって大事なのは、部隊を無事に保つことだけだ。誰も互いを理解しようとしない世界では、かなり後ろ暗いことにも手を染める必要が出てくる、坊主」


 ダチーが目を細めた。


「あんたに、何があったんだ。将軍」


 藤井が首を振る。


「多すぎてな。……俺は長く生きすぎた」


 そして歩き去っていく。


「全員、今日は休みだ。俺は王妃陛下へ連絡を入れてくる」


 入れ替わりにマラチーがやってきて、ダチーへ水を渡した。


「はい。あれだけ負荷が溜まったあとなら、必要でしょ」


「ありがとよ」


 マラチーが戸口へ目を向ける。


 そこにはもう、誰もいなかった。


「あの……暴走したときのこと、ほかのみんなには話した?」


「いや。将軍は知ってると思う。あの人は、やたらといろんなことを知ってるんだ。……それに聞いてくれ。あの兵士たちが女王を殺したとき、将軍はその場にいた」


「その場にいたの!?」


「ここを出る前に、あの人が本当は何者なのか知りたい。……ここの連中とは違うように見えるんだ。ルカみたいに、外から来たのか?」


 マラチーが肩をすくめた。


「でも、将軍は平民じゃないよ。それじゃ筋が通らない」


 ダチーが手を振って流す。


「まあいい。俺たちは自然に振る舞って、この問題を全部片づける方法を探すだけだ。……家に帰る唯一の道は、この戦争を終わらせることなんだから」


「うん……兄さんの言うとおりだ。でも今は、それを考えないでおこう。当分のあいだは大丈夫なはずだよ」


 二人が語り合う間、灯里がその会話へ耳を傾けていた。


 そして自分の手を、ほんの短いあいだ見つめる。


 鼻を鳴らし、その場から立ち去った。


     *


 一方、藤井は二階の自室へ閉じこもり、手首を掲げて腕時計を弾いていた。


 映像が浮かび上がり、王妃の姿を映し出す。


「お呼びでしょうか、陛下」


「あの小僧を取り戻してくれて何よりだ、剣士」


 王妃が言う。


「学者どもは何か見つけたか?」


 藤井が首を振った。


「ふむ。検査は続けさせる。……その間、あの者たちには不自由をさせるな」


 その唇に笑みが浮かぶ。


「いや、ちょうどよい考えがある。来週の飛鳥祭へ、お前たち全員を招きたい」


「ほう? まことに?」


「そうだ。高位の貴族が多く集まる。将軍も何人か来るであろう。……森野も顔を出すかもしれぬな。そしてもちろん、静様と、あの見事な御息女も」


「ほかにも、お望みがおありなのでしょう、陛下」


 王妃が頷いた。


「祭を守ってほしい。……お前の言っていた、あの後援者ども。何者かは知らぬ。だが何か仕掛けるつもりなら、再び飛鳥を狙う。そして今度は、私が見ているところで仕掛けさせたい」


「承知しました」


 通信が切れる。


 部屋の外では、ルカが待っていた。


「なんだ、坊主? 何か用か?」


「祭? なんで僕たちが祭へ行くんですか?」


 藤井がその背へ手を置いた。


「物事は、いつも見かけどおりとは限らん、ルカ。王妃陛下の情報は、命に関わるものとして受け止めろ」


 そして振り返る。


「一番上等な仕立て服を用意しておけ、我が愛しの狼よ。……踊りに行くぞ」

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