第十四話「王が自ら」
ダチーは巌雄の目を真っ直ぐ見返した。
王は両手を背へ回し、ダチーへ一つ頷いてみせる。
「器」
巌雄が告げた。
「それでもまだ、あの小さな魔法の妖精どもの側につくつもりか?」
ダチーが顔を上げる。
「なあ、言っただろ。俺は種族を丸ごと皆殺しにするつもりはない。……たとえ、そいつらが悪いことをしてきたとしてもだ」
「そこがまさに、貴殿の甘さだ。己が思うほど、貴殿は何も知らぬ。……貴殿は何世紀ものあいだ、あの者どもの踵に踏みつけられ、いつ支配に飽きて己の都市を焼き払うと決めるのか、怯えながら待ち続けたことなどあるまい」
「俺の故郷にも犯罪者はいる。けど、悪事を働いたからって、ただ殺したりはしない。……それに、なんであんたらが俺を道具箱みたいに引きずり回してるのかは知らないけど、俺は暗殺者なんかになるつもりはない」
巌雄が目を細め、さらに顔を近づけた。
「可愛らしいことだ。アスマナに道徳など通用せぬ。それはいずれ、貴殿にもわかる。……だが余には、もう待っている時間がない。ゆえに貴殿には、心が折れるまで牢で過ごしてもらう」
「そうかよ。ふざけんな。じゃあな!」
ダチーの体が、鮮やかな灰色の光を帯びた。
なおもしばらく身をよじり――勢いよく両腕を振り上げ、蔓を二つに引き裂く。
一瞬だけ、巌雄と目が合った。
王の瞳には、感情の影すらなかった。
(岩があいつの後ろにいる)
(傷つける危険は冒せない。それに、あの父親がどれだけ強いのかもわからない。……よし。今夜はここまでだ!)
ダチーが後方宙返りで地上へ向かう。
だが巌雄の轟く声が、それを遮った。
「一成!」
一本の太い蔓が、一成を空へ押し上げる。
王子の棍が、振り子のように宙を薙いだ。
ダチーは肘を上げて受け止める。
棍はその腕を肩から引き千切った。
だが数秒後には、新たな腕が生え揃っている。
ダチーは一成を運ぶ蔓へ掴まり、そのまま滑り降りた。
その先では、マラチーが頭から爪先まで蔓に囚われていた。
「なんだこれ――?」
ダチーが拳を放ち、蔓を弾け飛ばす。
落ちてきたマラチーを、両腕で受け止めた。
「大丈夫か?」
「平気だよ。見て、あそこに装甲指揮車が!」
マラチーが背後を指し示す。
巨大な車両が通りの中央に停まり、その砲口を少年二人へ向けていた。
「あれ、俺たちを狙ってるのか?」
ダチーが訊いた。
マラチーが背後を確かめようと、勢いよく振り向く。
一成の棍が、その頭を吹き飛ばした。
「マラチー!」
弟の頭がゆっくりと再生していく。
マラチーは生え戻った頭を両側から押さえ、髪を振ってみせた。
「平気! 頭のことは気にしないで! 僕たちの急所じゃないんだから!」
「そりゃそうだけど、だからって失くしていいわけじゃないだろ!」
一成が両手を打ち合わせる。
棘に覆われた蔓がその指の下から這い出し、周囲の建物へ絡みついた。
蔓が引かれ、建物が兄弟めがけて内側へ倒れ込んでくる。
だが二人が押し潰されるより先に、装甲指揮車の機銃が瓦礫を粉々に撃ち砕いた。
一成が蔓を引き戻す。
「あの金属の機械は……厄介になりそうだな」
ダチーが腕を回し、骨を鳴らした。
「で、もう終わりでいいか? 戦ってばかりで疲れてきた。俺たちは機嫌よく帰る。そうすれば、あんたらもこれ以上襲われる心配をしなくて済む」
一成は棍に片方の肩を預けた。
「あの者どもは貴様の思考を腐らせた。偽りを歌い、その若き心を絡め取ったのだ」
その瞳が緑色に輝く。
蔓が一成の体を包み始めた。
「よかろう。余が歩み寄ろうとしたことだけは、覚えておけ。……ならば、父上が余にしたように、今度は余が貴様にしてやる。血と痛み、そして圧倒的な力をもって、新たな道を示そう!」
マラチーがダチーを激しく揺する。
「兄さん、あの人何してるの?」
「あれは……力を高めてるのか?」
蔓はますます太くなり、光り輝く木の鎧を一成の体に形作っていく。
兜が頭を覆い、その緑色の目はダチーから片時も離れない。
「あれも属性なの?」
マラチーが訊く。
「違う。たぶん魔法だ! 王族全員が使える。一人だけの力じゃない! ……けど、何だろうと関係ない! 行くぞ!」
マラチーの背から四本の触手が伸びた。
二本でダチーを抱え、残る二本を装甲指揮車へ食いつかせる。そのまま二人の体を車両へ引き寄せた。
二人は側面の扉の傍らへ着地する。
ダチーが扉を叩くと、すぐさま開いた。
マラチーが飛び込み、その後ろからダチーを引き入れる。
直後、一本の蔓が二人のすぐ横を走り抜けていった。
*
二人は揃って床へ崩れ落ちた。
先に立ち上がったのはダチーだった。
装甲指揮車の内部を目にした途端、その広大さに圧倒される。
至るところに並ぶボタンと走査装置。その近くには、大型の指揮卓まで据えられていた。
「こんなの、ゲームの中でしか見ないぞ……」
ダチーが小さく呟く。
「銃なんてどうでもいい……俺、これが一台欲しい!」
マラチーが目の前で指を鳴らし、ダチーを恍惚から引き戻した。
そこでようやく、灯里と光が指揮卓の前に立ち、ルカが操縦席に座っていることに気づく。
「あ。よお、みんな」
「うわ、気持ち悪い」
光が鼻を鳴らす。
「こちらに話しかけてきたわ」
「残念ながら、こいつは生きたまま連れ帰る必要があるのだ」
灯里が答える。
「実に残念なことにな」
「まあ、そんなところだよな」
ダチーが溜息をついた。
ルカが操縦席から二本の指を立ててみせる。
「よお。無事に抜け出せてよかったな。あの司令官にかっさらわれたときは、本気で心配しかけたよ」
ダチーが言い返す間もなく、灯里がその顔へ迫り、上から下まで視線を走らせた。
「連中は何を告げた。なぜお前を連れ去った?」
「ドワーフどもの理屈では、俺はあんたらの国へ向けて使う超兵器らしい。……けど、そんなふうに全員を消し去るなんてできない。そんなのは間違ってる」
光、ルカ、灯里が同時に顔を見合わせた。
「そんなの……あり得ないでしょう」
光が言い張る。
「人間の子供が、私たちを消し去る? この人間が嘘をついているか、あちらが正気を失っているかのどちらかよ!」
「外では戦争が丸ごと起きてる」
ルカが指摘する。
「それに今回は、領土を賭けた戦いじゃない」
「でも――!」
灯里が片手を上げた。
「もうよい。あの樹上暮らしどもが真実を語っているかどうかにかかわらず、そんな危険は冒さぬ。ルカ、ここから出せ」
ダチーがマラチーを肘で小突く。
「誰があいつを指揮官にしたんだ?」
「本人だよ」
窓の向こうに、一成がこちらへ進んでくる姿が見えた。
その掌の中では、太い蔓が伸び続けている。
一成が腕を振るい、蔓を鞭のように叩きつけた。
装甲指揮車の側面が打たれ、その巨体がわずかに揺れる。
「早く出せ、ルカ!」
灯里が命じる。
「何をしている!」
「やってるって! 巨大な戦闘機械を操るのは、初めてで簡単にできることじゃないんだよ!」
光が爪を噛んだ。
「もう、どうしてここへ来ることに同意したのかしら。私は死ぬには重要すぎるのよ!」
一成が身を沈め、少年たちの目でも追えない速さで跳ね上がった。
装甲指揮車の屋根へ着地し、拳を叩きつける。
灯里が指揮卓へ向かった。
指を幾度か払ってから、巨大な赤いボタンを押し込む。
車体上部の砲が火を噴き、一成を屋根から叩き落とした。
さらに指を払い、今度は紫色のボタンを押す。
機銃が、一成の立っていた地面へ一斉に弾丸を浴びせた。
一成は後方へ跳び、装甲指揮車を睨み据える。
「あれは、少なく見積もっても監視塔五つ分の高さはあるな」
喉の奥で笑う。
「構わぬ。大きければ大きいほど、倒れたときの音も大きい。……者ども!」
ドワーフたちが次々と通りへ躍り出た。その両脇を、鉄巨兵が固める。
一成が棍を装甲指揮車へ向けた。
「あれを倒せ! 今すぐだ! 器をその座席から引きずり出せ! 中にいるヴォルティアナ族の血を、一滴残らず流せ!」
装甲指揮車から大音響が鳴り響き、ドワーフたちは揃って耳を覆った。
数秒後、そこから女の声が響き渡る。
「ヴォルティアナ王女、灯里である。貴様らの大切な小さな街を無傷で残したいのなら、今すぐ武器を捨て、我らに降伏しろ。さもなくば、私自らこの場所を粉々に引き裂く。……私を外へ出したいとは思うまい」
ドワーフたちが一斉に笑った。
一成が棍で地面を叩く。
「これは何だ? 小娘が、実際よりも強いふりをして遊んでいるのか? ……我が妹を思い出すな。では、こうしよう。器を今すぐ差し出せ。さすれば、その車ごと無傷で去らせてやってもよい」
「誰に向かって口をきいていると思っている? ……もうよい。ルカ、この似非王子を轢き潰せ。それから将軍を回収して帰るぞ」
二本の太い蔓が地面から噴き出し、装甲指揮車を通りの先まで吹き飛ばした。
車体が片側へ大きく傾き、辛うじて再び車輪の上へ着地する。
ドワーフと鉄巨兵が通りを駆けてくる。
射手たちは鉄巨兵の掌に乗り、車両の装甲へ矢を撃ち込んでいった。
車内では、灯里が指揮卓へ掌を叩きつけていた。
「よし。お前たちが望んだことだ」
紫と赤のボタンを同時に押し込む。
迫る襲撃者たちへ、猛烈な弾幕が浴びせられた。
ドワーフたちは鉄巨兵の背後へ飛び込む。その盾となった巨兵が、弾幕に引き裂かれていった。
一成の瞳が一度だけ瞬く。
装甲指揮車の真下から蔓が芽吹き、車体を仰向けに転倒させた。
兵士たちがその機を逃さず、側面の扉へ繰り返し斬りつける。
車内では、ダチー、マラチー、灯里、光が顔から床へ倒れ込んでいた。
ルカは操縦席で逆さに吊られている。
「何とかしろ、ルカ!」
「一秒くれって!」
マラチーが這って航法席へ辿り着き、計器盤へ目を走らせた。
「ジャイロ制御はないの? システムを復旧させないと!」
光が身を震わせる。
「私たちの運命が、品性の欠片もない司令官と人間に委ねられている。……もう終わりよ」
マラチーは計器盤に「較正」と記されたボタンがあることに気づいた。
迷わず押し込む。
〈装甲指揮車を再較正します〉
車体が揺れ、咳き込むような音を立てた。
そして、ゆっくりと持ち上がり始める。
ドワーフたちが逃げ散る中、装甲指揮車は車輪の上へ着地し、低く空吹かしした。
〈再較正完了〉
「いいね!」
ルカが声を上げる。
「オタクが一人いると、やっぱり助かる!」
「僕はボタンを押しただけだよ」
「でも効いた! 行くぞ!」
ルカが腕を引き戻すと、装甲指揮車が勢いよく後退した。
その過程で何棟もの家を踏み潰していく。
ダチーは航法画面を見つめていた。
ドワーフたちが後を追ってくる様子が映し出されている。その先頭では、一成が蔓に乗って進んでいた。
通りが崩れ、ドワーフたちが穴へ落ちていっても、残った戦士たちは追撃をやめない。
灯里が腕を逆方向へ払った。
機銃が後方へ反転する。
ボタンを押し込むと機銃が火を噴き、何人ものドワーフを傷つけた。
一成は頑丈な蔓の壁を作って弾丸を防ぎ、残りの一団を守る。
装甲指揮車は藤井のいる方向へ走っていた。
将軍の生み出した氷は、幾区画離れた場所からでも見える。
ダチーは画面から目を離さないまま、低く呟いた。
「まったく、あいつらいつまで追ってくるんだ? あの妄想に取り憑かれた王には、俺がどうするかもう伝えたのに、なんで聞かない? それに娘のほうは……この件で傷つけられたりしないよな?」
灯里は一瞬だけ耳を傾けたが、すぐに敵へさらなる弾幕を浴びせるべく手を動かした。
一成が片腕を突き出す。
伸びた蔓が車輪の一つへ叩きつけられ、装甲指揮車の均衡を一瞬だけ崩した。
「速いな」
ルカが気づく。
「この中へ入ってはこられないだろうけど、追いつくこと自体は何の問題もないらしい」
灯里が片手を上げた。
その掌が淡い白色に輝く。
「ならば、追いつけなくしてやる」
「待って、何をするつもり?」
灯里が掌を装甲指揮車の後部へ押し当てた。
車室全体に力が迸り、全員の体を後方へ投げ倒す。
装甲指揮車が凄まじい勢いで加速し、ドワーフたちを砂埃の中へ置き去りにし始めた。
一成が蔓を伸ばし、車輪へ届かせようとする。
だが装甲指揮車は、すでに彼方へ消えていた。
「システムそのものに力を供給できるんですか?」
マラチーが息を呑む。
「私にできることは多い、人間。それこそが、私を私たらしめている」
ダチーが目を回した。
「あの態度さえなければな……」
灯里の視線が即座にダチーへ跳ねる。
ダチーは両手を上げ、降参を示した。
灯里はそれを無視し、指揮卓へ戻ろうとする。
だが足元がふらつき、光が慌ててその体を受け止めた。
「ねえ灯里、少し休んだほうがいいわ」
「平気だ。必要以上に、少し多く力を使っただけだ」
灯里は前へ手を伸ばし――そのまま後ろへよろめいた。
光が車室の座席へ座らせる。
「はいはい。……私が指揮を引き継ぎましょうか?」
姫が額の汗を拭った。
「よい。……爆発させるなよ」
「私は役立たずではありません! ルカ、藤井将軍のところまであとどれくらい?」
ルカは装甲指揮車を何棟かの建物へぶつけながら、どうにか車体を安定させた。
「あと数分もかからないはず!」
ダチーは画面を見続けていた。
走り去っていく車両を、巌雄の監視するような眼差しが追っていることに気づく。
*
岩が巌雄の肩を叩いた。
「父上? これで戦は終わったということですか? あの者たちの要塞はほとんど破壊できません。それに、私たちのどの装備よりも速く動いています」
巌雄は応じなかった。
ただ、一成が足を止め、片手を差し出して追撃をその場で止める様子を見つめている。
「岩。ここにいろ」
王は娘の横を通り過ぎた。
「父上、何をなさるのですか?」
巌雄が外套を引き剥がす。
その下から、鍛え上げられた肉体が露わになった。
「最初から、余が為すべきだったことだ」
王は階段を下りていく。
「余が自ら、器を捕らえる」




