第十三話「氷と鉄」
藤井はダチーを地面へ下ろし、服についた埃を払った。
「ずいぶんやられたな、坊主。武器はどうした?」
ダチーが首を振る。
「取られた。あいつら、ヴォルティアナの技術はあまりお好きじゃないらしい」
「道理だな」
ダチーは装甲指揮車へ目を向けた。
「本当に来たんだな。思ったより早かった」
「当然だ! あいつらがお前をかっさらった以上、追いかけるしかないだろう! 気づいているか知らんが、光る玩具を見れば欲しくなるのが我々だ」
「見ればわかるよ」
藤井が言い返すより先に、装甲指揮車の車室が開いた。
マラチーが飛び出し、全速力で兄のもとへ駆けてくる。
「兄さん!」
勢いのままダチーに抱きつき、肋骨を砕きかねないほど強く締めつけた。
ダチーも抱き返しながら、わずかに顔を歪める。
「生きてる! 拷問された? どこか痛む?」
ダチーは笑おうとして、そのまま呻いた。
「いや、どこも悪くない。……ただ、その金属の腕で押し潰されそうだ、弟よ」
「あ。ごめん」
ダチーはマラチーの髪をくしゃくしゃに撫でた。
「俺も会えてよかった。お前が何もされてなくて安心したよ」
「何もされてないよ! ずっと兄さんを助ける話ばかりしてた。当然そうあるべきだけどね」
ダチーが装甲指揮車を見上げる。
「お前ら……戦車まで持ってきたのか?」
「そう! 兄さんを置いていくわけにはいかないから、将軍が用意できる中でいちばん重い火砲を持ち出してきたんだ!」
「助かるよ。向こうも俺を手放す気はないからな」
その言葉を証明するように、ドワーフたちがたちまち一行を取り囲み、あらゆる出口を塞いだ。
弓が引き絞られ、剣が掲げられる。
一成が前線を押し分けて姿を現した。
そのすぐ傍らには鋼牙がいる。
「ほらな」
ダチーが言った。
「言ったとおりだ。戦わずに帰らせちゃくれない」
藤井の手が凍りつき、その掌の中で氷が鋭い刀を形作っていく。
「残念だな。我々も、そのつもりはない。……そしてヴォルティアナは、負けることに慣れていない」
「本気ですか?」
マラチーが訊く。
「軍隊が丸ごと出てきたんですよ? 兄さんはあいつらにとって、何かの超兵器なんですか?」
「くそ、実質そんなもんなんだろうな」
「まあ、兄さんが何であっても僕の兄さんだ。だから、あいつらには渡さない!」
「ありがとよ」
一成が武器を地面へ叩きつけた。
「器を渡せ、『将軍』よ。さすれば、生きてこの森を出ることを許してやってもよい」
藤井が口の端を吊り上げる。
「おお、これはこれは。危うく、その寛大な申し出を検討するところだった。……王子、だったな?」
「左様。アスマナ森林の王子、一成である。だが貴様は、余を己の処刑人と呼んでよい。貴様は我らの森へ踏み入り、我らに属する兵を自らのものと主張した。生きて出ることは叶わぬ」
「そうかい。なら、あとは刃に語らせるしかないな」
藤井が指を鳴らした。
後続の車両から兵士たちが次々と降り立ち、ドワーフの軍勢へ小銃を向ける。
一成が低く唸った。
「なあ、やめようぜ!」
ダチーが声を張り上げる。
「あの銃が見えるだろ? 本当に洒落にならないぞ!」
王子の瞳が淡い緑色に光り、その背から幾本もの蔓が枝分かれしていく。
「全員殺せ! 立っているのは器だけにせよ!」
ドワーフたちが突進した。
藤井は氷の刃を迫りくる軍勢へ向ける。その笑みが消え、険しい顔へ変わった。
「あのクソ野郎どもを粉々に吹き飛ばせ、S-1!」
装甲指揮車が低く唸り、屋根から巨大な砲がせり上がって、ドワーフたちへ狙いを定めた。
ドンッ!
砲弾が軍勢の足元へ着弾し、何人もの体を空高く吹き上げる。
ダチーは口を開けたまま、装甲指揮車を見つめた。
「なんだよ、あれ……」
「我らが最高に色っぽい指揮車だ」
藤井が答える。
「まさに、こういう敵を潰すために造られている」
「本当にすごいんだよ!」
マラチーも興奮して声を上げる。
「中の技術も、手の動きだけで操縦できる仕組みも! 基地が丸ごと車輪に乗ってるみたいで!」
「そのとおりだ。もう一発撃て!」
砲が再び火を噴き、地面に大穴を穿った。何人ものドワーフが、その中へ崩れ落ちていく。
続いて砲口が、一成へ真っ直ぐ向けられた。
王子は身じろぎ一つしない。
「鋼牙」
司令官は頷き、大剣を砲へ投げつけた。
だが装甲指揮車の側面から二門の機銃がせり出し、大剣を空中で撃ち落とす。そのまま周囲のドワーフたちへ、猛烈な弾幕を浴びせ始めた。
「おおっ!」
藤井が息を呑む。
「灯里、もう操作を覚えたのか! いや、ルカか? 光かもしれん!」
「あの二人も中にいるのか!?」
ダチーが叫ぶ。
「そうだ」
藤井が認める。
「全員、持ち場についているぞ!」
鋼牙は機銃が冷却に入った隙を逃さず、大剣を拾い上げてダチーへ突進した。
藤井が刀を地面へ突き立てる。
氷の筋が地を走り、鋼牙の両足をその場へ凍りつかせた。
「ふん。その程度の力で、我らが怯むと思うな!」
鋼牙は一撃で氷を砕いた。
藤井の口元に笑みが浮かぶ。
次の瞬間、二人は同時に駆け出した。
通りの中央で刃が噛み合う。あまりの速さに、ぶつかり合うたび生じる風圧が周囲の兵たちを後ろへ押し戻していく。
ダチーは動けなかった。
激烈な戦いに目を奪われ、立ち尽くしている。
幾度か瞬きをし、周囲に広がる損害へ目を向けて――不意に思い出した。
(岩! くそ、俺はこれを止めるって約束したのに! 嘘つきだと思われたらどうする?)
「おい、将軍! 待ってくれ!」
瓦礫がダチーの頭上を飛び、危うく首を刎ねかけた。
マラチーがその肩を掴んで揺する。
「兄さん、集中して! 一刻も早く装甲指揮車の中へ入らないと!」
「けど、これを止めないと――!」
蔓がダチーの体へ巻きついた。
視線の先には、手を差し伸べた一成がいる。
一挙動で、一成はダチーを自分のもとへ引き寄せた。
だがマラチーが兄の足にしがみつく。
「兄さんを放せ!」
兄弟は揃って一成の足元へ転がり込んだ。
王子がダチーを掴もうとする。マラチーの触手が伸び、その手を遮った。
「技術属性の小僧か」
一成が言う。
「貴様については警告を受けている。身のためにならぬほど賢しいとな!」
蔓がマラチーへ襲いかかる。
ダチーが腕を振り抜き、それを打ち払った。
「待てよ! 弟には構うな!」
太い蔓が地面から噴き上がり、兄弟を数区画先まで投げ飛ばした。
藤井はそれに気づき、氷の斬撃を放って鋼牙との間合いを開く。
だが鋼牙は即座に距離を詰め、藤井の顔へ肉薄した。繰り出された拳が、その顎を掠める。
「引きつけておけ、鋼牙」
一成が命じる。
「余は器の奪還に専念する!」
「承知した、王子!」
一成は巨大な蔓を生み出し、それに乗ってダチーとマラチーのもとへ向かう。
その背後を、ドワーフたちが矢の雨で援護した。
藤井は弧を描いて回り込み、鋼牙の胸を斬り裂く。そのまま装甲指揮車へ手を振った。
「追え! あの王子にダチーを取らせるな!」
装甲指揮車は大きく揺れ、咳き込むような音を上げたかと思うと、ようやく走り出した。
その過程で何棟もの建物を平らげていく。
通りを引き裂きながら迫る巨体を、ドワーフたちが飛び退いて避けた。
装甲指揮車は、兄弟と一成を追って進んでいく。
後を追おうとしたドワーフたちは、ヴォルティアナ族の兵士に次々と撃ち倒された。
鋼牙の大剣が藤井の額めがけて薙ぎ払われる。
将軍はその下を滑り抜け、鋼牙の片膝を斬り裂いた。
ドワーフが顔を歪め、脚を一度振る。傷口から氷が芽吹いていた。
「ふん」
鋼牙は歯を食い縛り、藤井を肉屋へ蹴り込んだ。
ドワーフたちがその周囲へ集まり、瓦礫の中へ一斉に矢を撃ち込む。
次の瞬間、残骸を突き破って巨大な氷の衝撃波が噴き出した。
頭、胸、首――居合わせたドワーフたちの急所を、次々と切り裂いていく。
鋼牙だけは斬撃に耐え、瓦礫の中から藤井が姿を現すのを見据えていた。
将軍の髪はすでにほどけ、乱れて流れている。
「諸君」
藤井が咳き込みながら言った。
「それは感心せんな」
「我らに情けなどない。悪鬼にかける情けは、我らには許されぬ贅沢だ。その場で斬り捨てる。……そして貴様は、ヴォルティアナ最強の戦士として、ここで斬られねばならぬ!」
「本当に?」
藤井は刀を両手で握り、頭上へ掲げた。
刀身が上へ伸び、純粋な氷でできた巨大な刃を形作る。その両側には、鋭い棘が並んでいた。
ドワーフたちが後ずさる。
鋼牙さえも、恐れを浮かべてそれを見上げていた。
「まずい! 逃げろ!」
藤井が刃を振り下ろした。
通りが割れ、裂け目を満たした氷が地表一帯へ広がっていく。
ドワーフたちは足を滑らせ、水滑り台にでも乗ったように道の先へ流されていった。
藤井は、鋼牙が氷に覆われた通りを慎重に渡ってくるのを見据える。
司令官は将軍の前へ跳び下り、肩で荒い息をしていた。
藤井が額の汗を拭う。
「こんなふうに踊るのは久しぶりだ。ドワーフにしては悪くない」
「嘲りは取っておけ。貴様は間もなく死ぬ。器は我らのものとなり、あの者が貴様らの腐り果てた種族を、この地上から拭い去る」
「器か。……お前たちは、それが何なのか一度も詳しく語らなかったな。我が国を襲い、報復を招く危険まで冒す。戦うことすら好まん少年一人のために、その全てを?」
鋼牙が鼻を鳴らした。まるで笑いを噛み殺しているかのようだった。
「己が何かも理解せぬまま、追いかけてきたのか? 愚かなことだ。器の来歴などどうでもよい。我らに必要なのは、あの者の協力と、覚醒した力。その二つを得たとき、貴様らは皆、栄光と悔恨の炎の中で死ぬ」
「ああ、予言か。どこかの本で読んだのか、それとも……?」
「否」
鋼牙が答える。
「我らは我らの……後援者から、証を得ている」
藤井が不意に動きを止めた。
その声から、傲慢な響きが消える。
「後援者……誰だ?」
「貴様らの国をついに引き倒す方法を、数え切れぬ歳月をかけて解き明かした者たちだ。そして、ついに成し遂げた。……貴様が疑い続けたあの少年こそ、貴様らの破滅を引き起こす触媒となる」
藤井が刃を握り直す。
「我々が先に確保すれば、そうはならん」
「ならば、ぜひ試してみるがよい」
角の向こうから鉄巨兵が進み出て、鋼牙の背後に壁を築いた。
藤井が氷の斬撃を放つ。
空を切り裂いて迫るそれを、三体の鉄巨兵が鋼牙の前へ飛び込んで受け止め、胴の半ばから崩れ落ちた。
鋼牙が小さく頷く。
まるで、その力を認めたかのように。
ヴォルティアナ族の兵士たちが鋼牙を照準に捉え、小銃を撃ち放つ。
鉄巨兵が守るために動き、その巨体を弾幕に引き裂かれていった。
ドワーフたちは屋根へ登り、矢を放って応戦する。
矢の雨が降り注ぎ、ヴォルティアナ族の兵士たちは車両の陰へ身を伏せた。
射手たちが次の矢をつがえる隙に、兵士たちがその体を撃ち砕く。
別の射手たちが狙いを定め、ヴォルティアナ族の胸へ矢を放った。
だが矢は、鎧に弾かれた。
鋼牙が近くの建物から壁の一部を引き剥がし、瓦礫を藤井へ投げつける。
藤井は顔を覆いながら刃を振るい、瓦礫を粉塵へ変えた。
その刀が蛇のように伸び、鋼牙の利き腕へ深い裂傷を刻む。
傷口から生じた氷が腕全体を覆い始める。鋼牙は肩を地面へ叩きつけ、それを砕いた。
藤井が首を狙う。
鋼牙は蠅でも払うように、その体を打ち退けた。
将軍は即座に体勢を立て直し、蜘蛛のように壁を駆け上がる。そこから跳び、鋼牙の背へ刃を向けた。
鋼牙が笑う。
さらに多くの鉄巨兵が地面を突き破って現れ、藤井を後方へ跳ばせた。
一団となって巨大な戦車さながらに前進し、その足元で通りを砕いていく。
一体の鉄巨兵が背後から藤井を掴んだ。
次の瞬間、その巨体は数十の小さな金属片へと刻み落とされていた。
藤井はほんの一瞬、空中で静止したようにさえ見えた。
そして続けざまに、三体の鉄巨兵の頭を斬り飛ばす。
さらに多くの鉄巨兵が突進してきた。
だが、どれも蠅のように落ちていく。
藤井は次から次へと巨兵を引き裂き、その金属の皮膜をバターのように削ぎ落としていった。
ドワーフたちが斧を投げつける。
藤井は刃の一振りで、それらを氷塊へ変えた。
*
その間も、巌雄は城の露台から戦場を見下ろしていた。
背後には岩が立っている。両手を固く組み合わせ、荒い呼吸を繰り返していた。
「見えるか、娘よ。これでようやく、我らが何を相手にしているか理解したであろう。……この有様を見ても、平和が勝ち取れると思うか? 暴君どもは一度我らの家を襲い、そして今、仕上げのために戻ってきたのだ」
岩は露台の縁へ歩み寄った。
その視線が藤井と鋼牙から、家々を押し潰しながら進む巨大な装甲指揮車へ移る。
周囲では、進路から外れたドワーフたちが逃げ惑っていた。
「違います……」
少女が声を震わせる。
「これは父上があの人を奪い、敵に攻め込む理由を与えたからです! 放っておけば、こんなことにはなりませんでした!」
巌雄が勢いよく振り向いた。
「では、どうしろというのだ? あの者どもが気づくまで待てと? あるいは、切り札の一つも持たぬまま襲われるのを待てと? あの者たちが方法を示したのだ、我が子よ。――先に敵を殺すか、殺されるかだ!」
王は再び通りへ向き直った。
「それで、器はどこだ。長引けば長引くほど、我らの敵に有利となる」
その視線が装甲指揮車へ据えられる。
「あの者どもの戦の機械は、明確な目的を持って動いている。器は、あちらにいるに違いない」
王と娘は、巨大な車両が城からさほど離れていない場所で停止するのを見つめた。
巌雄は、その真上に位置する露台から見下ろしている。
次の瞬間、巨大な蔓の手が、雑草が芽吹くように地面から跳ね上がった。
その掌の中には、ダチーが固く捕らえられている。
もがき、暴れながら――ダチーは露台に立つ巌雄の姿を捉えた。
王は真っ直ぐ、こちらを見つめている。
「器」
巌雄が低く漏らす。
その瞳が緑色に輝き、背から二本の太い蔓が伸び出した。
蔓はダチーめがけて、一直線に迫っていく。
「貴殿はいずれ、その選択を悔いることになる」




