第6話:すり減った聖女の噂
アリスをスカウトしてから数日。タクト芸能プロモーションの仮拠点では、早くも「ホワイトな地獄のレッスン」が始まっていた。
「はいアリス、ワン、ツー、スリー! ステップを踏むときは常に笑顔! 観客は君のステップだけじゃなく、その表情から元気を貰うんだ!」
「はいっ、プロデューサー!」
タクトの叩く手拍子に合わせて、アリスは熱心にステップを踏む。
その横で指導するタクトの容姿は、相変わらず街を歩けば三分で記憶から消え去るほど平均的で、地味な平服がよく似合う「平凡を絵に描いたような男」だった。
だが、アリスにとってその地味な後ろ姿は、今や誰よりも大きく、信頼できるものになっていた。タクトのスキルによる『絶対的説得力』の残響もさることながら、彼が真剣な目で自分を真っ直ぐに見つめてくれるたび、アリスの胸の奥はトクンと妙な高鳴りをあげるようになっていた。
「よし、アリスは一回休憩! 水分補給とストレッチを忘れないようにな」
「はーい!」
アリスに特製のスポーツドリンクを渡しつつ、タクトは街で仕入れてきた「噂」に思考を巡らせていた。
この街にある『大教会』の支部には、どんな大怪我も一瞬で癒やす歌声を持つ、世にも稀な「聖女」がいるという。しかしその実態は、教会の幹部たちが金儲けのために彼女を24時間体制で酷使しているという、最悪なブラック労働の噂だった。
「敏捷性の次は、歌唱力の補強が必要だ。……よし、ちょっと大教会へ営業に行ってみるか」
平凡な男は、事務員のような足取りで、街の中心へと歩き出した。




