第5話:最初のレッスン(スキル
「えっ――!?」
アリスが目を見開いた瞬間、冒険者の大剣が猛烈な風を切って振り下ろされる。
本来なら足がすくんで動けないはずだった。しかし、研究生として登録されたアリスの身体は、すでにタクトのチートスキルによって極限までブーストされていた。
タタッ、と軽い足音が響く。
アリスは無意識のうちに、流れるような美しいステップで大剣の軌道を紙一重でかわした。
それどころか、まるで頭の中で軽快な音楽が流れているかのように、次々と繰り出される拳や大剣の横振りを、軽やかに、優雅にステップを踏みながら避けていく。
「な、なんなんだこいつ……!? 攻撃が掠りもしねえ!」
「すごい……私、動ける……!? 身体が、すごく軽い……!」
アリスの瞳に、初めて歓喜の光が宿る。ただ泥を這うためだけだった足が、今はタクトのスキルによって自分の意志で最高に楽しく地面を弾んでいる。「この人といると、自分が凄くなれる」という、出会って数分での圧倒的な成功体験。これがアリスの心をタクトへ完全に縛り付けた。
「よし、合格だ! アリス、そのままバックステップで俺のところへ戻ってこい!」
アリスは華麗に宙を舞い、トントンと小気味よいステップを刻んでタクトの隣に着地した。その瞬間、タクトは懐から一枚の魔導書類を取り出し、息を切らす冒険者たちに突きつけた。
「はい、時間切れです。今しがた彼女の同意を得て『商業ギルド』の魔導原簿に【タクト芸能プロモーション】の専属タレントとして正式登録を完了しました」
「あんだと……? 商業ギルドだぁ?」
怪訝な顔をする冒険者たちに、タクトは平凡な顔のまま、冷徹なビジネスマンの笑みを浮かべて見せた。
「この街の経済を握る商業ギルドの規約はお分かりですね? ギルドに正規登録された『所属タレント』は、我が商会の重要な『資産』扱いです。これ以上彼女に傷をつけるなら、単なる喧嘩ではなく**『他商会への故意による資産損壊および営業妨害』**として、ギルドの法務部門を通じてあなた方を徹底的に訴えます。冒険者資格の剥奪、および街からの追放処分になりますが……やりますか?」
元システムエンジニアとして、異世界の法律と規約を徹底的にハッキングしたタクトのハメ技。
武力では勝てずとも、ギルドという巨大組織の「法」を後ろ盾にした地味な青年の威圧感に、冒険者たちは完全に気圧され、舌打ちをして退散していった。
静かになった広場。アリスは自分の足を、そしてタクトの手をじっと見つめていた。
スキルの強制介入はすでに終わっている。しかし、アリスの心に刻まれた「タクトへの絶対的な信頼」は、もう消えなかった。
「私……本当に、出来損ないじゃないのかな……?」
「ああ。お前は俺たちの『秘密兵器』だ。これから地獄のレッスンが始まるが、定時退勤と美味しいご飯、それと最高の輝きは保証する。ついてこれるか?」
「……うん! よろしくお願いします、プロデューサー!」
アリスの顔に、最高に眩しい「アイドルの笑顔」が咲いた。
スキルによって強引に開かれた心の扉。しかし、これから彼女を支えるのは、タクトが前世の経験から注ぎ込む、本物の「ホワイトな優しさ」だ。
地味なプロデューサーへの、少女たちの甘酸っぱいガチ恋ロードの歯車が、ここに確実に噛み合った。




