第3話:泥の中のツインテール
異世界に青年「タクト」として転生してから、早くも数年が経過していた。
タクトは辺境の街『グランツ』の片隅で、小さな看板を掲げていた。【タクト芸能プロモーション】。地味な平服を着た平凡な黒髪の青年が一人で営むその場所に、興味を持つ住人は誰もいない。それもそのはず、今のタクトには、荒くれ者の冒険者を威圧するようなオーラも武力も、1ミリも存在しないからだ。
「そろそろ一期生をスカウトしないと、事務所維持費が払えなくなるな……」
タクトが頭を抱えながら市場の広場を歩いていた、その時だった。
ドカッ、という鈍い肉声とともに、小さな人影が泥水の中へと激しく吹き飛ばされた。
「おいおい! これでも高貴なる『勇者の血筋』の生き残りかよ!? 聖剣は抜けない、攻撃魔法の才能は皆無、ただすばしっこいだけの木偶の坊が!」
罵声を浴びせているのは、いかつい中堅冒険者たち。彼らの足元で、泥に塗れながらじっと痛みに耐えているのは、12歳ほどの少女――アリスだった。
アリスは戦闘の才能がまったく開花せず、先日ついに「勇者育成機関」を戦力外通告になり、街へ放り出されたばかりだった。バサバサに傷んだ金髪ツインテールに、サイズが合わないブカブカな革鎧。顔は泥と涙でドロドロだった。
「ひっ、うぅ……ごめんなさい……ごめんなさい……」
「謝るくらいなら、奴隷並みにこき使ってやるからよ。ほら、立て!」
いかつい冒険者がアリスの髪を掴み上げようとした瞬間。
その分厚い手首が、ガシリと掴まれた。
「おい、そこの不当労働極まりないブラック先輩方。うちの『未来のトップスター』に、随分な真似をしてくれるじゃないか」
掴んだのは、鎧も武器も持たない平凡な男――タクトだった。




