表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黎明魔界のティータイム〜最強の僕は、のんびりお茶を飲んでいたい〜  作者: 七割カカオ
第三章 最強コンビの路銀稼ぎ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/40

第9話 最強Fランクパーティの初仕事

白亜の自由都市。その朝は、一滴の雫も零さないほど完璧な青空とともに始まった。 しかし、そんな輝かしい街並みの裏側で、三人が宿泊しているボロ宿の屋根裏部屋は、どんよりとした沈黙に包まれていた。


「……行きますよ、お二人とも」


ベルの声は、静かだが揺るぎない。 昨夜の徹底的な収支報告によって、自分たちの「経済的死」を十分に理解させられたエルムとエターナに、もはや反論の余地はなかった。


「ところで、ベル。ギルドに行くなら、パーティー名が必要になるんじゃないかな?」


エルムが思い出したように提案すると、ベルは歩きながら短く頷いた。


「ええ、もう考えてあります。私たち3人の取って、登録名は『BEEビー』でいこうと思います。ベル、エターナ様、エルムさんの頭文字です」


「ミツバチ……か。可愛い名前だね」


「羽虫の名前じゃん。弱そうだね。まあいいか…」


こうして、新パーティー『BEE』は、白亜のギルドへと足を踏み入れることになった。


† † † † † †


冒険者ギルド「銀翼の天秤」は、経済の中心地に相応しく、豪華な建物だった。 吹き抜けの天井からは巨大なシャンデリアが下がり、床は鏡のように磨き抜かれた大理石。


「はい、こちらがプレートになります。」


冒険者登録が完了し、受付嬢がカウンターに放り出したのは、簡素な鉄のプレートだった。『Fランク』。この都市において、社会の底辺を意味する階級だ。


「おいおい、見ろよ。また命知らずの『お遊び組』か?」


振り返ると、そこには数々の修羅場を潜り抜けてきたであろう、傷跡の残る大男たちが、酒場を兼ねたテーブル席からこちらを値踏みしていた。


「そこの兄ちゃん、その茶缶、中身はママが淹れたハーブティーか? ここは戦場を斡旋する場だぜ。そんなもん大事そうに抱えて、ピクニックにでも行くつもりかよ」


一人がニヤリと笑うと、隣の男もエターナの傍らで浮遊している古書を指差した。


「嬢ちゃんもだ。そんな難しそうな本を読んでる暇があったら、自分の身を守る術でも勉強してきたらどうだ? 死にたくなきゃ、今のうちにママのところに帰りな」


エターナはその声を受け流し、プレートを指先で浮かせた。


「センスないプレート…。こんなの首からぶら下げるの?」


「まあまあ、エターナ。これも旅の記念だと思えばいいさ。」


エルムは穏やかに微笑んでプレートを手に取り、掲示板から剥ぎ取った依頼書を手にするベルの後を追った。振り返ったベルは、二人の顔を真っ直ぐに見据えて羊皮紙を広げた。


「お二人とも、今日の仕事内容を説明します。よく聞いてくださいね」


ベルの口調は、管理官としてのそれに戻っていた。


「依頼主は都市管理局のインフラ部門。内容は『中央下水道の魔鼠駆除、および浄化装置の簡易点検』です」


「下水道で鼠?!」


エターナの顔が、目に見えて引き攣った。


「そうです。都市の地下に広がる排水路の清掃と安全確保です。異常発達したダイアラットという魔鼠を十匹以上間引くこと、そして設置されている魔導ろ過器が正常に動いているかを確認して報告します。


報酬は銀貨五枚。私たちの貴重な原資です。……お二人とも、お分かりですね? 余計な騒ぎは起こさず、地道な作業として終わらせてください。いいですね?」


ベルの必死とも言える説得に、二人は静かに頷いた。 男たちが「せいぜい鼠の餌にならねーように気をつけな」と吐き捨てる声を背中に受けながら、パーティー『BEE』の初陣が幕を開ける。


† † † † † †


地下への扉が開いた瞬間、地上の優雅な白亜の街並みは嘘のように消え去った。  肺に突き刺さるような腐敗臭。澱んだ魔力が生み出す、粘りつくような霧。石造りの壁には不気味な粘液がこびりつき、足元を流れる汚水はどす黒い沈殿物を運んでいる。


「臭っ…………無理…帰る」


エターナは、入り口で完全に硬直していた。ハイエルフの鋭敏すぎる嗅覚にとって、この場所は「毒ガス地獄」も同然だった。彼女は即座に浮遊魔法を展開し、靴底を正確に床から一センチ浮かせた。


「ダメです、エターナ様…さあ、行きましょう。明日の朝食にハチミツを付けるためです」


ベルは布で鼻と口を覆い、断固とした足取りで奥へと進む。エターナは絶望的な表情を浮かべたが、隣を歩くエルムは、まるでお気に入りの庭園を散歩するかのように、穏やかな表情を崩していなかった。


「エターナ、深呼吸の仕方を工夫すれば大丈夫だよ。……あ、ターゲットの鼠ってあれかな?」


闇の奥から、数十の赤い目が光った。異常発達した巨大な鼠、ダイアラットの群れだ。一匹一匹が小型犬ほどの大きさがあり、その牙には金属すら腐食させる毒が宿っている。


「デカっ…気持ちわるっ…」


エターナが不快そうに杖を握り直す。エルムが鼠たちに向かい


「ここは僕が。ごめんね、依頼だから…」


と言うと、無造作に一歩前へ出て、ほんの一瞬だけ圧を飛ばす。


――ズンッ。


襲いかかろうとしていた数十匹の魔鼠たちは、悲鳴を上げる暇もなく一斉に白目を剥いて絶命し、左右に分かれて折り重なるようにして静まり返る。


「さあ、点検に行こうか」


エルムが依頼の達成条件に必要なダイアラットの尻尾を切断している横を、エターナが優雅に涼しい顔で通り抜けた。ベルは呆然としながらも、


「他の冒険者がこの光景を見たら腰を抜かしますよ……」


と頭を抱えていた。


† † † † † †


下水道の中枢、巨大な排水ろ過室。

そこに設置されていたのは、数十年前に管理局が導入した『自動浄化装置』だった。その光景を目にした瞬間、エターナの表情が変化を見せた。


「…………ふーん?」


彼女の口から漏れたのは、怒りではなく、獲物を見つけた狩人のような、あるいは面白いおもちゃを見つけた子供のような、弾んだ声だった。


「エターナ。やっぱり壊れてる?」


エルムが問いかけると、エターナは聖木の杖の先で装置をコンコンと叩き、その瞳を銀色の分析光で輝かせた。


「壊れてるなんてもんじゃないわ。魔力供給源のクリスタルはひび割れ、回路の干渉係数はデタラメ。伝導液は安物の代用品……。これ、設計した奴は天才だけど、保守してる奴が無能だね。でも…」


エターナの口角が、吊り上がった。彼女は装置の周囲を浮遊しながら一周し、ニヤリと笑った。


「いいこと思いついちゃった。これ、設計思想の根幹だけ利用して、私の術式に書き換えたら……ただの浄化装置どころか、都市全体の魔力循環を司る『中枢』に化けるよ。エルム、ベル、ちょっと見てて。このガラクタ、私が最高に面白くしてあげる」


彼女にとって、不完全な術式を自分の手で魔改造することは、何物にも代えがたい娯楽だった。


「ちょっと下がってて。」


エターナが空中に魔法陣を展開する。それは、現代の魔術師が一生をかけても到達できない、神話時代の複雑な多層幾何学。


「まずは空間内の汚れた物質全てを浄化して…」


指を鳴らした刹那、地下の闇が、爆発的な銀の光に塗りつぶされた。降り注いだのは、光の粒子で構成された雨。


それはヘドロを一瞬で分解し、悪臭を消し去り、壁の汚れを浄化作用のある美しい発光苔へと書き換えていく。一秒前まで地獄のようだった下水道が、今はまるで神々が住まう「地下聖堂」のような神秘的な空間へと変貌していた。


「さて、ここからが本番」


エターナの指先が閃く。宙に浮いたボロボロの装置が、物理法則を無視して分解され、パーツが超高速で再構成されていく。彼女は懐から、昨日買ったばかりの「古代の魔導核」を無造作に取り出すと、それを心臓部へと叩き込んだ。


「エターナ様! それ、金貨二十枚の……!」


ベルが悲鳴を上げるが、エターナは不敵に笑った。


「ごめんね、ベル。この回路には、これ以外の『正解』がないんだよね。」


駆動を開始した装置は、もはや元の姿を留めていなかった。白金に輝く美しい筐体から、神聖な魔力の波動が広がる。


流れ込む汚水は一瞬で、クリスタルのように透き通った「聖水」へと変わり、心地よい水音を立てて流れ出した。


「よし、完璧。ついでに、この街の水道蛇口から『癒やしの魔力』が微量に漏れ出すように設定しておいた。『BEE』の最初の仕事だから、初回サービスだね。」


ベルは、その光景をただ呆然と見守ることしかできなかった。  彼女の知る『浄化装置』とは、鈍い音を立てて水を濾過する機械だった。しかし今、目の前にあるのは、水そのものの性質を書き換え、都市に神聖な力を送り出す『奇跡の泉』だ。


(……地道な、作業……。私は、お二人に地道な掃除をお願いしたはずなのに……!)


あまりのスケールの違いに、ベルはめまいを覚えた。


† † † † † †


ギルドに戻った三人を迎えたのは、血相を変えて飛び出してきたギルドマスターだった。


「……あ、あの、Fランクの皆様! 今、現場の確認に行った職員から連絡が……! 下水道が『聖域』に変わっていると! 水は飲めるどころか、浴びれば病気が治りそうなほど浄化されていると!!」


ギルド内が騒然となる。嘲笑っていた冒険者たちは、腰を抜かして床にへたり込んでいた。


「依頼は完了したよ。……はい、これが証拠の魔鼠の尻尾」


エルムが、淡々と報告する。

ベルは、報酬の銀貨五枚を受け取った。使われた魔法の規模と、組み込まれた魔導核の価値を考えれば、この銀貨五枚は、世界で最も「割に合わない」報酬に違いなかった。


「…エルムさん、エターナ様。お疲れ様でした。とりあえず、明日のハチミツ代は確保できましたね」


ベルは絞り出すようにそう言ったが、ギルドマスターに詰め寄られるエルムの背中を見ながら、心の中では絶叫していた。彼らが「普通」に仕事をすることなど、最初から不可能だったのだ…


† † † † † †


その日の夜。ボロ宿の一室で、約束通り一杯のお茶を楽しんでいた。


「ふぅ。やっぱり、お茶を飲むと心が落ち着くね。」


エルムが満足げにカップを置いた。その瞳は、昼間の疲れなど微塵も感じさせないほど、生き生きとしている。そして、


「ベル、明日の仕事だけどさ、これ、掲示板に貼ってあったんだけど、隣の山での『薬草採取』っていう依頼、面白そうだね。もっと本格的に路銀を稼げるんじゃないかな!」


と、1枚の依頼書を差し出す。


「ええ……。まあ、下水道よりは報酬も高いですし、エルムさんたちの知識なら適任かとは思いますが……」


ベルは、張り切っているエルムを不安げに見返した。ただでは済まない予感。それは、グランカレ村の母樹を生き返らせた時や、今日の下水道を聖域に変えた時と同じものだ。


「よし、明日は気合を入れて薬草を探そう! 山の空気は美味しいし、名水も湧いているかもしれない。楽しみだね、エターナ」


「そうだね。あの不潔な地下よりはマシかな。山なら貴重な魔石も見つかるかもしれないし。」


なぜか満更でも無いエターナ…ベルは、そっと自分の胃のあたりを押さえた。明日は「ただの薬草採取」で終わるはずがない――。


彼女の心配をよそに、規格外の新人冒険者2人は明日の冒険へと思いを馳せていた。

白亜の都市を揺るがす「最強のFランク」の伝説は、まだ始まったばかりである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ