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黎明魔界のティータイム〜最強の僕は、のんびりお茶を飲んでいたい〜  作者: 七割カカオ
第二章 狙われた大樹と社畜管理官の旅立ち

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第4話 一杯の希望

グランカレ村の空気は、物理的な重さを伴って肌にまとわりついていた。人工的な花の香りと、焦げ付いた魔力の臭い。


それは、古来よりこの地を包んでいたはずの、雨上がりの土と茶葉が混ざり合う清冽な香りを完全に塗り潰していた。


エターナとエルムが辿り着いたのは、村の北端、切り立った崖を背にしたひどく静かな一角だった。そこには、村のどこよりも古く、巨大な一本の茶の樹が立っていた。


一際(ひときわ)太い幹には、歳月の重みを感じさせる深い皺が刻まれ、あちこちが白く剥げ落ちている。


周囲の茶畑が紫色の不気味な魔光を放つ中で、その樹だけは、冬の寒さに耐えるように、ただひっそりと、そして誇り高く佇んでいた。


「…………」


エターナは無言でその樹を見上げた。

樹の根元で渦巻く魔力の流れが、強引な外部干渉によって今にも焼き切れそうになっている絶望的な光景が映っていた。


「酷いな…。この樹、もう呼吸ができない状態になっている。たくさんの人々に豊かさを届けてくれた、村のシンボルでさえ使い捨てにするなんて。」


エルムが静かに告げると、樹の陰に座り込んでいた人影が、びくりと肩を揺らした。


そこにいたのは、亜麻色の髪を後ろで緩く結んだ少女だった。彼女の額には二本の小さな角が生えていた。竜族の血を引く証である。


泥で汚れたエプロンの下に見えるのは、仕立ての良さを感じさせる重厚な官服。かつてはこの村の誇りであった管理官としての正装だが、今やその生地はあちこちが擦り切れ、色褪せている。


「あの……申し訳ありません。ここは管理局の特別制限区域ですので……早くお帰りください。見つかったら、皆さんも管理局に目をつけられてしまいます。」


振り返った少女の瞳は、深い絶望に塗りつぶされていた。だが、彼女が両手で抱えている分厚い帳簿と、精密に整えられた農具の数々が、彼女がどれだけこの樹を守ろうとしていたかを無言で語っていた。


「管理局……さっきの、術の構成も理解していない役人たちのことだね。あんな粗末な薬で無理やり育てた茶葉を、さも至高の品のように扱うなんて。術を編む者としての誇りが欠如しているよ。」


エターナが、冷めた瞳で少女を見つめた。


銀髪のエルフの容赦ない、けれど真理を突いた言葉に、管理官の少女は呆然と彼女を見上げた。


この少女のような容姿の人物が放つ、ただそこに立っているだけで周囲を圧倒する「格」。その時、青年が隣から静かに、慈しむような声で彼女を呼んだ。


「エターナ…。あまり彼女を責めないであげて。彼女はこの樹と同じように、ずっと一人で耐えてきたんだと思う。管理局の理不尽な要求に応えながら、誰にも知られずにこの母樹を守り続けてきたんじゃないかな。」


「え、エターナ……?」


少女が目を見開いた。透き通るような銀髪。冬の湖底のような藍色の瞳。そして、隣の青年が何気なく口にした、その名。


管理局の過酷な事務作業の中で世界の情報を整理してきた彼女の脳裏に、ある一つの名前が雷光のごとく閃いた。


(まさか……『遺忘(いぼう)の図書室』の主……伝説の第一賢者、エターナ様……!?)


少女は戦慄した。世界の歴史を学んだ者にとって、『エターナ・ルミナス』を知らないものはいない。目の前の少女が、あの歴史上の賢者であるという事実に、膝が震え出す。


「あの…第一賢者のエターナ・ルミナス様、なのですか? 本当にお目にかかれて光栄です…」


少女は、エターナに会えた嬉しさと、それを上回る悲痛さが混じった声で、言葉を紡ぎ出す。


「初めてお会いしたばかりで、こんな相談をさせていただくのは心苦しいのですが…私……いつまで、あの方たちの嘘に加担して、この子(樹)を苦しめればいいんでしょうか……」


少女の目から、大粒の涙がこぼれ、泥に汚れた帳簿を濡らした。彼女は震える手で、大切に布で包まれた、古びているが磨き上げられた小さな茶缶を取り出した。


この神話の賢者こそが、歪んだ世界を正せる唯一の希望であると確信し、彼女は自分の命よりも大切な「最後の一握り」を託す決意をしたのだ。



「私は魔導管理局の管理官のベルといいます。…エターナ様、旅のお方…今の私から献上できるものはこちらしかありません。せめて最後に、この村の本当の輝きを味わってください。誰にも汚されていない、本当の『夜明け(ドーン)』を。これが、私が守りたかったものなんです。」


「僕はエルムといいます。大切なものを…ありがとう、ベルさん。僕が淹れさせてもらうよ。」


エルムは優しく茶缶を受け取ると、焚き火でゆっくりと湯を沸かし始めた。


「あ、それと、これは私が焼いた『胡桃とハチミツのこビスケット』です。良かったら、お茶と一緒に、召し上がってください」


エルムが、慣れた手つきで茶葉を淹れる。

差し出された陶器のカップ。そこから立ち上る湯気は、澱んだ村の空気を一瞬で浄化するような、清廉(せいれん)な雨上がりの森の香りがした。


エターナは、火鉢から立ち上がる香りに、初めてこの旅で「本能」が揺さぶられるのを感じた。


エターナは、まずベルの焼いたビスケットを手に取った。手作業で丁寧にローストされた胡桃の香ばしさと、野生のハチミツの深い甘みが、全粒粉の素朴な麦の味と共に口の中に広がる。そこに、エルムが淹れた『夜明け(ドーン)』の茶を滑り込ませた。


その瞬間、エターナの背筋に電流が走った。


「…うんまっ!」


エターナはカップを握りしめたまま、震える声で呟いた。


(ビスケットの油脂とハチミツのブドウ糖が、お茶のタンニンと出会った瞬間に…脳内を直接刺激してくる。ヤバっ…)


頬を赤らめ、潤んだ瞳で必死に「賢者」としての分析を続けようとするが、その口元はだらしなく緩みきっている。


「この優しい甘さは、魔法の力を借りない、手作りでしか出せない味でしょ? …君、本当にあの管理局の堅物どもの仲間なの? 信じられない。」


その時。村の中心にある豪華な迎賓館から、重厚で威圧的な鐘の音が響き渡った。


「…何の音だろう。」


エルムが尋ねると、ベルは顔を伏せ、絞り出すように答えた。


「今から…領主ガストン様が管理局と結託し、各地の有力者たちを招いた非公開の式典が始まるんです。

あの母樹から魔力を絞り出して作った毒を、夜明け(ドーン)の新作発表という名目でもてなし、飲んだ人々を洗脳するための儀式です。

私も…給仕係として駆り出されているので、これから行かなければなりません。」


管理局の過酷な環境下で、膨大な事務から現場の調整までを一人でこなしてきたベルは、その計画の全貌を正確に把握していた。


「ベルさん。その式典に僕たちも飛び入り参加させてもらうね。エターナ…。美味しいお茶とお菓子をご馳走になったお礼をしなきゃいけないね。」


エルムが立ち上がる。その瞳には、穏やかさの中に、冷徹なまでの怒りが宿っていた。


「そうだね。お茶の味も分からない連中が、これ以上好き勝手するのは、見てるだけで不快になるから。あ、ベル。ビスケットのお代わり、あとで絶対、用意してね。」


エターナは少しだけ、子供のように口角を上げて笑った。



3人は、黄金の嘘に彩られた迎賓館へと歩き出した。

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