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黎明魔界のティータイム〜最強の僕は、のんびりお茶を飲んでいたい〜  作者: 七割カカオ
第十章 七魔王茶会

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第39話 瑠璃色の楼閣と魔王達の茶会

瑠璃色の湖『ラピス・レイク』を臨む街、ラピス・ポート。

その水面に浮かぶ、今回の茶会用に建築された楼閣『水鏡楼』は、陽光を透かす薄氷のように美しく、同時に大陸最高の結界によって外界から隔絶された「聖域」となっていた。


「――定刻でございます。各魔王閣下、転移座標の固定を確認。入室を許可いたします」


水鏡楼の中央、円卓の北側に立つヴァレリウスが、厳かに宣言した。

楼閣の四方に設置された転移陣が、同時に激しい光を放った。 最初に入室したのは、第一魔王ルシフェル。


「相変わらず悪趣味な派手さと明るさだな、アスモデウス。この光の中では、私の闇が居場所をなくしてしまう」


「あら、相変わらず皮肉がお上手ね、ルシフェル。せっかくエルちゃんが美味しいお茶を用意してるんだから、その不機嫌な顔をどうにかしなさいよ」


主催者席に座るミレイユが、扇を広げて艶やかに笑う。彼女の隣には、サタンの鎧を纏ったマルコシアス(サタン代理)と、その護衛として控えるソフィア、そしてシロハがいた。


続けて、爆音のような足音と共に第二魔王マモンが巨体を現した。


「ガハハ! 堅苦しい挨拶は抜きだ! おい、アスモデウス。そこで茶を淹れてるのが、ヴァレリウスが認めたっていう『男』か?」


エルムの周囲の床が、ミシリと音を立てて数ミリ沈み込む。

その時、第六魔王アバドンが影から滲み出るように現れ、さらにその背後から、宙に浮く豪奢な巨大クッションに身を預け、欠伸をしながら漂い込んできた男がいた。


「……ふわぁ。歩くのはカロリーの無駄。……アスモデウス、早く終わらせて。寝る時間が削られるのは困るよ」


第五魔王ベルフェゴール。究極の効率主義者である彼は、挨拶すら最小限のエネルギーで済ませ、円卓の一角にクッションごと収まった。


アバドンは無言で席に着いたが、その内心は既にパニック状態であった。

(……罠はどこだ。この穏やかなお茶の香りか? 嗅覚を麻痺させて意識を刈り取る魔毒か? それとも、この楼閣自体が巨大な仕掛けなのか? ……!)


アバドンは内心であらゆる「最悪のシナリオ」をシミュレートしていたが、ミレイユはその様子を横目で眺め、(……アバドン、相変わらずテンパってるわね)と、密かに楽しんでいた。


最後の一人、第四魔王ベルゼブブが凛とした足音を響かせて中央へと歩み寄った。彼女は他の魔王たちのような威圧を放つことはしなかった。ただ、その場にいるすべての「美しくないもの」を否定するかのような、峻烈(しゅんれつ)な審美眼。


「……不味いものは、食べないわ。美しくない言葉も、聞くつもりはない。……私を満足させられなかった時、この湖は干上がると思いなさい」


ベルゼブブの言葉と共に、楼閣内の温度が急降下した。


「――そこまででございます、閣下。これより『七魔王茶会』を開始いたします」


ヴァレリウスの合図でエルムが立ち上がる。 エルムは、ラピス・レイクの輝きを宿した「光る水」で淹れたお茶を配膳しながら、マモンの前で立ち止まった。


「マモン様は、初めてお会いする人には腕相撲を申し込まれると伺いました……。僕も試されるおつもりだったのでしょう。もしよろしければ、僕の『覚悟』を確かめてから召し上がっていただけませんか?」


エルムが差し出した、細いが筋の通った右手。


「……ガハハハハ! 面白い! いいだろう、小僧。貴様の『覚悟の重み』、このマモン様が直々に測ってやる!」


マモンが、丸太のような腕をテーブルに叩きつけた。彼が腕を置いただけで、魔導強化されたはずの黒檀の円卓が、重量負荷で悲鳴を上げた。エルムは静かに、その巨腕の前に自分の手を添えた。


「では、私が……レディ……ゴー!」


ヴァレリウスの合図と同時に、楼閣内の空気が爆発した。


「ぬおおおおおっ!」


マモンが咆哮を上げる。彼の全身から、星の質量を一点に集約したかのような超重力の圧力が放たれ、周囲の空間が目に見えて歪んだ。楼閣の外の湖面が、その余波だけで巨大なクレーター状に押し下げられる。


(……ひっ!? 始まった! あの青年が粉砕された瞬間に、衝撃波で我々もろとも消し去る、マモンの奇襲なのか……!)


アバドンが内心で絶叫し、防御術式を展開しようとした、その時。


「……あれ?」


マモンの表情が、驚愕に染まった。いくら力を込めても、エルムの腕が「一ミリも」動かない。それどころか、エルムの右手に触れているマモンの感覚は、まるで「大陸そのもの」を押しているような、底知れない違和感に包まれていた。


「……ふんっ!」


エルムが、ほんの少しだけ指先に力を込めた。ただ、それだけだった。


ドォォォォォォォン!!


あっけなく決着は付いた。大陸最強の怪力を誇る第二魔王が、一切の抵抗も許されず、机に腕を叩きつけられたのである。


「…………なっ」


ルシフェルが目を剥き、ベルゼブブが初めて扇の手を止めた。ベルフェゴールも、寝そべっていた姿勢を正し、食い入るようにエルムを見つめる。


倒れたマモンは、呆然と自分の右手を見つめていた。痺れなどない。不思議なことに、爽快感すら伴う敗北。


「ガ……ガハ、ハハハ! ……完敗だ! 貴様、何だその腕は! まるで世界そのものを相手にしているようだったぞ!」


マモンは豪快に笑い飛ばし、埃を払って立ち上がった。


「認めよう! このエルムという男、紛れもなく我らと対等、いや……それ以上の『格』を持つ者だ! その男が淹れる茶だ、飲まぬわけにはいかんな!」


マモンは豪快に笑い飛ばし、エルムの淹れたコバルトブルーの茶を煽った。


「……うまいっ! なんだこれは。こんな旨い茶は初めて飲んだかもしれん。」


次にエルムが歩み寄ったのは、ベルゼブブの前だった。 差し出されたお茶。そして、バスティアンがラピス・レイクの青を写した、宝石のようなスイーツ。 ベルゼブブは、まずその造形を凝視し、それから一口、茶を啜った。


「…………」


彼女はゆっくりと目を閉じた。繊細な彼女の魂を、お茶の香りが優しく包み込み、スイーツが「美への渇望」を、鮮やかな旋律で満たしていく。


「…………見事ね。エルム、と言ったかしら」


ベルゼブブが目を開けた。そこには、先ほどまでの冷徹な拒絶はない。


「貴方のその所作。その感性。魔王の茶室で朽ちさせるには、惜しいわ。……どうかしら、私の領地へ来ない? 貴方が望むすべての素材、すべての環境を用意しましょう」


その瞬間、楼閣内の空気がわずかに変わった。 エルムの背後で、分厚い魔導書に目を落としたままのエターナが、無言でページをめくる手を止めていた。


「…………」


エターナは顔を上げない。だが、彼女の周囲にはパチパチと小さな氷の粒が浮き上がり、彼女が握る杖の先から漏れ出した冷気が、足元の石畳を薄っすらと白く染めていた。


「……ベルゼブブ。彼は私たちとの旅の途中なんだ。……勝手に連れて行かれるのは困るね。」


エターナの声は、どこまでも平坦で、凪いでいた。だが、うっすらと赤みがかる耳と頬。そして、その瞳に宿ったのは、明らかな拒否感だった。


「あら、ベルゼブブ。私の大事な弟を、そんな安い言葉で誘わないでくれる?」


ミレイユが扇を閉じ、エターナの言葉に重なるように、魔王としての圧を放つ。


「彼は、カイル様とアストレア様の正当な後継者なのよ。……そして何より、姉のわたしがそれを許すはずがないでしょ?」


エルムは困ったように笑い、ベルゼブブに頭を下げた。


「身に余る光栄です。でも、僕はまだ、みんなと一緒に見たい景色がたくさんあるんです。……だから、ここを離れるわけにはいきません」


ベルゼブブは


「……そう。惜しいわね。伝説の第一賢者に魔王まで……なかなかの色男じゃない。気が変わったらいつでもおいでなさい。」


と、艶やかに微笑み、短く引き下がった。彼女にとって、エルムのその「意志」さえもが、一つの美学に映ったのかもしれない。


お茶とスイーツによって、魔王たちの「武装」は完全に解除された。 しかし、これこそがミレイユの狙いでもあった。


「……さて。お茶を楽しんだところで、本題に入りましょうか」


ミレイユの声音から、甘さが消えた。


「最近、私たちの足元で妙な動きをしている連中がいるわ。犯罪組織『牙』……。ただのならず者の集まりかと思っていたけれど、どうもそうじゃないみたい」


ミレイユが合図を送ると、ベルが緊張した面持ちで、一つの魔導映像を空間に投影した。

そこに映し出されたのは、水の都の『月光水門』で繰り広げられた、エルムとサタンの激闘の記録だった。


「……これは?」


ルシフェルが目を細める。


「色々あって、エルちゃんがサタンと戦った時の記録よ。でも見て、この映像の端。……何者かが高度な隠蔽魔法を使って、この戦闘の『魔力波形』をリアルタイムで解析し、どこかへ送信していた痕跡があったの」


ミレイユの言葉に、ベルフェゴールが鋭く反応した。


「解析? ……あのレベルの戦闘データを抽出して、どこへ送るというんだ。……現在の魔導通信網では、あれほどの情報密度を瞬時に飛ばせる場所は限られている」


「そうなのよ。私たちの調査でも、送信先は管理局のどこかだったんだけど、そこを経由して、どうやら……大陸の外側、地図上には何も存在しないはずの海域へ消えていたわ」


ミレイユは円卓を見渡した。


「単なる情報漏洩じゃない。誰かが、魔王たちの情報を、何かの目的で集めている。……送信先に心当たりがある人はいないかしら?」


静寂が場を包む。ルシフェルは沈黙し、ベルゼブブは興味なさげに茶器を弄んでいる。


(……お、終わりだ。犯人がこの中にいたら、今すぐ殺し合いが始まる……。それにしても、送信先が『外側』? それはつまり、この世界の理が通用しない場所……)


アバドンが内心で泡を吹いて倒れそうになっていた、その時。


「……それ、僕が知ってるかも」


ポツリと。

クッションに埋もれて欠伸をしながらベルフェゴールが、片手を上げた。

彼の眠たげな瞳の奥で、何かが冷たく光る。


「……かつて初代魔王ゼニス様が、大陸を統一する際に何らかの理由で手を出さなかった『島』。……その辺りの海域だったと思う。」


その時、楼閣の外、湖の底から、再び不気味な地鳴りが響いた。

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