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黎明魔界のティータイム〜最強の僕は、のんびりお茶を飲んでいたい〜  作者: 七割カカオ
第十章 七魔王茶会

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第40話 宣戦布告

瑠璃色の湖が、まるで底から巨大な魔獣が這い上がってこようとするかのように激しく波打つ。 水鏡楼の堅牢な壁が悲鳴を上げ、天井から美しい装飾の欠片が雪のように降り注ぐ中、ベルフェゴールはそんな状況など気にかけることなく、クッションに深く沈み込んだまま、重々しく口を開いた。


「……ゼニス様は、知っていたんだ。」


その声は、震動の中でも不思議とはっきりと魔王たちの耳に届いた。


「かつてゼニス様がこの大陸を統一した際、僕はこの海域に未知の島が存在する可能性を報告した。……でも、ゼニス様に止められたんだ。『あそこには絶対に行くな』と。」


ベルフェゴールの脳裏には、数千年前、初代魔王が見せた珍しく苦渋に満ちた表情が浮かんでいた。


「ゼニス様は言った。あの島には、我々の魔法体系が一切通用しない『天敵』が潜んでいる……。敵対すれば、我々が築き上げたこの世界の秩序は根底から崩壊するだろう、と。……あそこは孤島だ。無理に統一する必要はない。……そう言って、彼は地図からその場所を消し去ったんだ。」


ルシフェルが眉をひそめる。


「……我々の魔法が、通じない……?」


「そう。……あそこにいるのは、我々が知る魔族とは別の進化を遂げた、原初の鬼たち……『古鬼族こきぞく』だ。」


その言葉が終わるよりも早く、水鏡楼の天井が、轟音と共に内側から弾け飛んだ。 多層的な防御陣が、まるで薄い氷を叩き割るように無造作に粉砕される。瓦礫の雨の中、石畳に真っ直ぐに突き立ったのは、一人の男だった。


鋼のような肌。頭部からは歪な形をした二本の角が突き出し、全身には血管のように脈打つ禍々しい刺青。男が纏っているのは、魔力ではない。空間を物理的に圧迫し、呼吸さえも困難にさせる、圧倒的な暴力の気配だった。


「……カカッ! 随分としけた場所で茶を啜ってやがるな、偽物の王どもが!」


その鬼は、値踏みするように魔王たちを見回している。


「……今しがた俺たちのことを話してやがったな? 俺は古鬼族の『七人衆』の一人、ムクロだ。安心しろ。お前らが心配しなくても、ゼニスが恐れた『古龍』なら、もうこの世にはいねえよ。……この前、俺たちで殺して、その肉と心臓を全部喰らっちまったからなぁ!」


骸が自らの胸を叩くと、衝撃波で円卓がガタガタと揺れた。


「龍の心臓から得たこの『神力しんりき』。……食ってみるか? 俺の拳をよぉ!」


骸の視線が、円卓に座る魔王たちを舐めるように動く。 ルシフェルの峻烈な殺気も、ベルゼブブの冷徹な審美眼も、骸にとっては「玩具」を見つめるような軽蔑の対象でしかない。 だが、その視線が、ある一点でピタリと止まった。

そこには、他の魔王たちが戦闘態勢を整える中で、唯一、微動だにせずにお茶を淹れ直している青年がいた。


「…………ああ?」


骸が、腐食した床を蹴ってエルムに歩み寄る。一歩ごとに石畳が粉砕されるが、エルムの周囲だけは、不自然なほどの静寂が保たれていた。


「……おい、小僧。貴様、何だ。……魔力がない。殺気もない。……だが、何だこの空気は。……俺の神力が、貴様には届いていないらしい。」


骸の瞳に、初めて警戒と、それ以上の狂おしいほどの戦意が宿った。


「……気に食わねえな。その澄ました顔、……俺が今すぐ、その龍の力で捻り潰してやるよ!」


骸の肉体が爆発的に加速した。 骸の渾身の一撃。それは音速を超え、空間そのものを押し潰すような物理的質量の塊となって、エルムの胸元へと迫った。


「エルム……っ!」


エターナが杖を構えようとした、その瞬間だった。


「……お湯が跳ねてしまいますよ、骸さん。」


エルムは、ただ静かに、差し出していた茶器をわずかに横へずらした。 骸の拳が、エルムの鼻先をミリ単位で掠めて通り過ぎる。


「…………何っ!?」


骸は自分の目を疑った。 回避されたのではない。まるで、自分の拳が「エルムという存在を避けて通った」かのような、あまりにも自然で、あまりにも異様な虚脱感。 骸は反射的に、次の一撃を繰り出そうとした。


だが、気づけば、骸の右腕の関節には、エルムの携える刀の鞘が、静かに、そして重厚に添えられていた。 ただ、添えられているだけだ。 力は入っていない。魔力も感じられない。 それなのに、骸の鋼のような筋肉が、その古びた鞘の重みに耐えきれず、まるで全身の筋が弛緩したかのように力が抜けていった。


「…………が、……はっ……!?」


骸はたまらず、後ろへ大きく跳び退いた。 自分の右腕が、……震えている。 龍の心臓を食らい、魔法というルールを超越したはずの自分の肉体が、名もなき人間の少年の「鞘」一つに、本能的な恐怖を覚えている。


「……カ、カカッ……! おもしれえ……! 偽物の王の中に、一人だけ『計り知れない化け物』が混じってやがるな!」


骸は、引きつった笑いを浮かべながら、壊れた天井から見える青空を見上げた。


「……おい、偽物の魔王ども。……今回は、海の向こうから面白そうな気配がしたから、俺様が独断で顔を見に来てやっただけだ。……本番は、まだ先だぜ。」


骸はエルムを指差し、不敵な宣告を楼閣全体に響かせた。


「……お前ら七人が、大事に囲い込んでる残りの七匹の龍。……近いうちに、俺たち『七人衆』が全員で、残さず喰いに来てやる。……その時まで、せいぜい震えて待ってろ!」


骸はそれだけ言い残すと、重力を無視したかのような一度の跳躍により、一瞬で楼閣の彼方へと消えていった。

静寂が戻る。 楼閣の天井は開かれ、吹き込む風が冷たく魔王たちの肌を撫でる。


ヴァレリウスの視線がエルムに向けられる。 エルムは、少し冷めてしまったお茶を静かに一口啜り、それから優しく微笑んだ。


「……骸さん。あのお茶、飲んでいってくれれば良かったんですけどね。……皆さんも、少し落ち着きましょうか。……お茶、淹れ直しますね。」


その穏やかな声だけが、崩れかけた楼閣の中で、唯一「いつもの色」を保っていた。 物語は、大陸の覇権争いを越えた、世界の存亡を懸けた戦いへと舵を切っていく。


—— 第一部 完 ——

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