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黎明魔界のティータイム〜最強の僕は、のんびりお茶を飲んでいたい〜  作者: 七割カカオ
第十章 七魔王茶会

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第38話 茶会の準備

瑠璃色の湖『ラピス・レイク』を臨む街、ラピス・ポート。

魔王の重圧を解放されたサフィアは、エルムたちが浄化し、本来の輝きを取り戻したこの湖を、半日近く眺めたり湖の周りを散歩したりと、静かに流れる時間を楽しんでいた。

(エルム殿たちは本当に凄い……またこの景色が見られるなんて……)


一方、湖のほとりにある迎賓館では、1時間後に迫った魔王たちの会合――『七魔王茶会』に向けた「最終ブリーフィング」が執り行われていた。


テラスの大きな円卓の上には、会場となる湖上の特設茶室の図面や、周辺地域の警備配置図が広げられている。


「――以上が、テ・セレストが保証する会場の結界、および転移座標の固定状況でございます。ここまでの内容で、何か懸念事項はございますかな?」


完璧に整えられた燕尾服を纏った執事の装いのヴァレリウスが、瑠璃色の湖面を背景に問いかけた。テ・セレストの最高幹部であり、魔王たちからも一目置かれる彼は、今回、魔王間の均衡を保ち、会談を円滑に進めるための「司会進行」という極めて重要な役割を担っている。


エルムは、ヴァレリウスがこの日のために用意した、透明な硝子細工のような質感を持つティーポットからゆっくりとお湯を注ぎ、穏やかに頷いた。


「ありがとう、ヴァレリウス。準備は完璧だね。ミレイユ、お茶が入ったよ。少し深めに蒸らしておいた」


エルムがいつもの柔らかな笑顔でカップを差し出す。ミレイユは「あら、ありがとう、エルちゃん」と、一人の姉としての柔らかい笑みを浮かべてそれを受け取った。 エルムが注いだその茶は、ラピス・レイクの浄化された水に反応し、カップの中で淡くコバルトブルーに発光している。かつてエルムたちが復活させた伝説の光景の一つだった。


「ふふ、このお茶、本当に綺麗ね。やっぱりエルちゃんの淹れるお茶の香りは、カイル様やアストレア様といたあの頃を思い出すわね」


ミレイユは当然のようにエルムの隣に座り、茶の香りを愉しんでいる。かつて勇者カイルと賢者アストレアの下で、血の繋がりを超えた「家族」として数十年を共に過ごした二人。その距離感は、言葉を介さずとも通じ合う独特の空気を醸し出していた。ミレイユはエルムの襟元がわずかに乱れているのに気づくと、愛おしそうに指先でそれを直した。それは恋人へのそれというより、幼い弟の身なりを整える姉のような、慈しみに満ちた所作だった。


「…………」


その様子を、少し離れたソファで分厚い魔導書を広げていたエターナが、じっと見つめていた。 エターナの瞳はいつも通り凪いでいるように見えたが、彼女が手に持つ本のページは、さっきから一頁もめくられていない。


(家族なのは分かっている。二人が共に育ち、同じ景色を見てきたことも。……でも)


エターナは無意識のうちに、杖の先端に魔力を込めていた。 彼女が感じているのは、単なる嫉妬ではない。エルムとミレイユの間に流れる、自分には決して踏み込めない「共有された長い歴史」という名の見えない壁。それに、ほんの少しだけ胸の奥がチクリと痛むのだ。


自分は数千年を生きた賢者だという自負がある。魔術の深淵も、世界の理も知り尽くしているつもりだ。だが、エルムと過ごした時間はまだ数ヶ月に過ぎない。ミレイユが語った「あの頃」という言葉に、どうしようもない疎外感を覚えてしまう。その事実が、氷の賢者の心を微かに波立たせていた。


「エターナ、どうしたの? お茶のおかわり、淹れようか?」


エルムが気づいて声をかける。その真っ直ぐで汚れのない瞳に見つめられ、エターナは慌てて視線を本に戻した。


「別に。何でもない。……ミレイユ、早く話を進めて。」


「あら、ごめんなさいね、エターナ」


ミレイユは全てを見透かしたようないたずらっぽく、それでいて優しい笑みを浮かべ、居住まいを正した。


「魔王の茶会には一つ、古くからの鉄則があるの。それは『主催者がお茶と甘味を用意し、他の王をもてなす』というルール。今回は私とサタン――ソフィアの合同主催だから、私たちの陣営……つまり、エルちゃんとバスティアンが、世界の頂点に君臨する五人の王たちの胃袋と心を満足させなきゃならないのよ。この美しいラピス・ポートを会場に選んだのも、この水を使った『奇跡のお茶』を見せたかったからなの」


ミレイユは扇を広げ、テーブルに広げられた資料を指し示した。


「『参加者』つまり、他の魔王たちを紹介するわね。まずは筆頭魔王、ルシフェル。あいつは美しさと秩序の権化よ。能力は『極光と常闇』。光を操って敵の視界と方向感覚を奪い、自分は影と同化して背後から音もなく刈り取るのが基本スタイルね。でも一番質が悪いのは、相手の心の傷……『闇』を直接増幅させて絶望させる精神干渉。あいつの前に立つと、みんな自分の人生を恥じて膝を突くわ」


「……光と影、そして心。秩序を愛する方なんだね、ミレイユ」


「エルちゃんはポジティブねぇ。……じゃあ次は、第二魔王のマモン。重力魔法を極めた完全なパワー型よ。あいつは挨拶代わりに『腕相撲』を仕掛けてくるわ。そこで力の強さだけじゃなく、相手の『格』を測るの。認められない奴は、交渉の席に座ることすら許されないわ」


「腕相撲、か。力と力の対話……分かりやすくて良いと思うよ」


「……じゃあ、次は第四魔王ベルゼブブ」


ミレイユが少し声を潜めた。


「あいつは、他の連中とは毛色が違うわ。孤高にして潔癖。不味いもの、美しくないもの、価値のないものには一切の興味を示さない……究極の審美眼を持つ女魔王よ。あいつの前に並ぶものは、味だけじゃなく、その存在そのものに『美』が宿っていなきゃならない。もし機嫌を損ねれば、茶会の会場ごと消し飛ばしかねないわね」


「孤高の女魔王……。美しくないものには興味を示さない、か」


エターナが本を閉じた。彼女の瞳には、未知の強者に対する純粋な知的好奇心が宿っている。


「……面白いね。美の定義なんて、人によって千差万別なのに。彼女の基準がどこにあるのか、少し興味があるよ」


「エターナ、喧嘩は売らないでね。……次は第五魔王、ベルフェゴール。究極の効率主義者よ。とにかく動くのが嫌いで、常に寝そべってるけど、頭の中は超高速で回転してる。戦闘になれば相手の弱点を瞬時に分析して、たった一撃で終わらせる『最短ルート』だけを模索する天才よ。お茶を飲む動作すら無駄だと言い出しかねないわね」


「動かないための努力、か。哲学を感じるね」


「最後は第六魔王アバドン。……私が一番苦手な奴。とにかくネガティブ! 根暗で、何より辛気臭いのよ! 闇の魔法使いなんだけど、戦局を悲観的にしか見ないから、『負けないため』に、必要以上に策を練って、罠を張って、相手が動く前に封殺する。周りは『天才策士』って崇めてるけど、本人はただ不安で予備の策を万単位で用意してるだけ。あいつが来ると、部屋の温度が三度下がるわよ」


ミレイユの説明を聞き終えたエルムは、少し考え込むように顎に手を当てた。


「……みんな、それぞれに守りたいものがあって、譲れない理由があるんだね。茶会が楽しみだよ、ミレイユ」


「エルちゃん、本当に呑気なんだから……」


ミレイユは肩をすくめると、今度は同伴者の話題へと移った。茶会の規定により、魔王一柱につき同伴者は二人まで。


サタン陣営からは、マルコシアス扮するサタンと共に、護衛としてソフィア(本人)と、守護龍シロハが同行する。シロハは「主様を守る守護神……ブリザード・ドラゴンの格好良さを見せつけるですよ!」と意気込んでいる。


そこに、ちょうど湖の散歩を終えたサフィアが戻ってきた。


「サフィア、湖は楽しめた? あなたはサタンの護衛という名目でマルコちゃんに同伴してもらうわよ。」


「はい、最高でした。み、皆さん、あの景色を再現していただき……本当にありがとう、ございました。はい、も、もちろん!マルコシアスの護衛、しっかり努めたいと思います」


サフィアは顔を赤らめながも、しっかりと自分の言葉で感謝の意と茶会への意気込みを伝えた。


そしてミレイユの陣営。「私の同伴者は、実弟のエルちゃん。そして、第一賢者のエターナ。……文句を言わせない最強の布陣ね」


「運営は私ヴァレリウスが。そして、歴史的な会談の一文字も漏らさぬよう、記録・書記係としてベル殿が参加いたします。皆様、抜かりなく」


「わ、私、責任重大ですね……。頑張ります!」


ベルが緊張で震えながら、真新しいメモ帳を抱きしめた。


準備は整った。 エルムの淹れる一杯のお茶。エターナの知略。ベルの管理能力。バスティアンの至高のスイーツ。ヴァレリウスの気品。そして、ミレイユとソフィアという二柱の魔王。


「……さあ、行きましょうか、エルちゃん。世界の王たちが、瑠璃色の湖の上で、あなたのお茶を待っているわよ」


ミレイユが立ち上がり、エルムの隣を歩く。エターナはその後ろ姿を追いながら、少しだけ頬を膨らませ、エルムのもう片方の袖を控えめに、だがしっかりと掴んだ。


ラピス・ポートの港。 瑠璃色の湖面に、魔王たちの紋章を掲げた巨大な魔導艦が転移によって次々と出現し、この美しい街へと集結し始めていた。

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