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黎明魔界のティータイム〜最強の僕は、のんびりお茶を飲んでいたい〜  作者: 七割カカオ
第十章 七魔王茶会

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第37話 飢えた観察者

水の都『アクア・ポリス』。

先日の騒乱による傷跡は、マルコシアス総督の指揮と、都の魔導修復術式によって驚異的な速さで塞がれつつあった。だが、都の最上階、かつて魔王サタンが君臨していた『水鏡の間』に満ちる空気は、修復された石壁の白さとは裏腹に、かつてないほどに重く、冷え切っていた。


「……結論から言うわね。エルちゃん、あなたはもう『ただの旅人』ではいられないわ」


第七魔王アスモデウス――ミレイユが、愛用の扇をパチンと閉じ、卓上に置かれた一枚の黒い石を指差した。それは、逃げ遅れた『牙』の残党の頭部から直接摘出された、特殊な魔導記憶石だった。彼女の瞳には、いつもの艶やかな余裕はなく、大陸の一翼を担う魔王としての、鋭利で容赦のない光が宿っている。


「マルコちゃんを連れてここに戻ってきた時に、怪しい奴がいたから捕まえたのよ。それでね、その刺客に、禁忌術式を仕掛けて頭の中を覗かせてもらったの。相手の脳に直接アクセスして、自白という曖昧なフィルターを通さず、その魂が刻んだ記憶を直接略奪する……最も確実で、最も残酷な術式よ」


「「ひぃぃ……」」


シロハとベルが想像して静かに悲鳴を上げる。


「その中にね、奇妙なノイズが走ったの。刺客の脳内に、あらかじめ『意識操作』と『記憶の自動焼却』の呪印が刻まれた形跡があった。私が一番深いところへ触れようとした瞬間、その男の記憶そのものが内側から消滅して……。読み取れたのは、断片的な計画の残骸だけ」


ミレイユはエルムを真っ直ぐに見つめた。


「奴ら……『牙』の背後にいる組織は、最初からエルちゃんとサフィアを戦わせるように仕向けていた。そして、その激突を遠くから『分析』していたわ。エルちゃんの魔力に頼らない格闘術、サフィアの空間跳躍剣、そして二人が全力でぶつかった際に発生する空間の歪みのデータ……。まるで、新型兵器の性能テストを観測するような、ゾッとするほど冷たい視線を感じたわ」


「僕たちの戦いを観察……」


エルムは困ったように眉を下げた。


「その分析データを誰が、どこへ送っているのか。……そこを覗こうとした瞬間に、私の術式が弾かれた。管理局のトップクラスか、あるいはそれ以上の『何か』が背後にいるのは間違いないわね」


ミレイユは立ち上がり、窓の外に広がる水の都を見渡した。虹のかかる美しい景色。だが、その平和の儚さを、彼女は魔王としての直感で悟っていた。


「サフィア。あなたは、この先どうしたい?」


ミレイユの問いに、サフィアが顔を上げた。彼女の肌は、エルムたちの視線を浴びるだけでまだ朱に染まっているが、その瞳にはかつてない確かな光が宿っていた。


「私は……。私は、エルム殿と共に行きたいのです。師匠の見た景色、そして……私が画集に描いたけれど、まだ本当の意味で知らない世界の輝きを、私の足で、私の目で、確かめたいのです」


「……そう。だったら、マルコちゃん」


ミレイユが背後に控えていたマルコシアスに向き直った。その視線は、冗談を一切許さないほどに鋭い。


「マルコシアス。あなたに、『魔王サタン代理』を命じるわ」


「はっ……。サフィア様が不在の間、都の政務を預かること、このマルコシアス、謹んでお受けいた……」


「違うわよ、マルコちゃん。私が言っているのは『中身』の話よ」


ミレイユが指を鳴らすと、床に転がっていた魔王サタンの仮面と、ひしゃげた鎧の残骸が、一瞬にして綺麗に修復された。


「サフィアがこの都を離れれば、『魔王サタンの領地は今、手薄な状態である』という隙を晒すことになる。例の黒幕がそれを見逃すはずがない。……だから、あなたがその『鎧』と『仮面』を被りなさい」


「……なっ!?」


マルコシアスの顔が、驚愕に引きつった。


「私が、サタン様のふりをする……と?」


「ええ。体格は幻惑魔法で誤魔化せるわ。でも、中に入る者の精神までは変えられない。あなたがサタンとして振る舞うということは、何があっても、誰に対しても、その正体を悟られてはならないということ。……たとえ、かつての同僚や友人と剣を交えることになっても、あなたは『冷酷非道な水の魔王』として振る舞い続けなければならないのよ」


ミレイユは一歩、マルコシアスに歩み寄った。


「それがどれほど孤独で、苦しい道か分かるわね? サフィアという一人の少女の自由を守るために、あなたは自分という存在を消して、『魔王サタン』を演じ続けなければならない。……マルコシアス、その覚悟、本当にあるの?」


重苦しい沈黙が『水鏡の間』を支配した。 サフィアが、心配そうに、そして申し訳なさそうにマルコシアスを見つめる。マルコシアスは、床に転がる無機質な鉄の仮面をじっと見つめていた。それは、これまで自分が仰ぎ見てきた主の「孤独」そのものだった。


「…………」


マルコシアスはゆっくりと跪き、その仮面を両手で拾い上げた。


「……サフィア様は、数百年もの間、この冷たい鉄の裏側で自分を押し殺して震えておられました」


彼の声は、低く、しかし強さを帯びていた。


「主がその重荷を捨て、外の世界の輝きを見たいと願うのであれば……。それを背負うのは、臣下たる私の誉れ。たとえこの魂が仮面に食らい尽くされようとも、サフィア様の自由を脅かす全ての者に、私は『魔王』として牙を剥きましょう」


マルコシアスは仮面を自身の顔に当てた。その瞬間、彼の巨体から放たれる魔力が、サタン特有の冷徹な波動へと書き換えられていく。


「……今日より、私はマルコシアスに非ず。この地を統べる者、魔王サタンである」


仮面の奥から響くその声は、もはや聞き慣れた忠臣のものではなく、世界を拒絶する「王」の響きだった。サフィアの目に、大粒の涙が浮かぶ。


「マルコシアス……ありがとう。……ごめんなさい、ありがとう……」


「泣かないで、サフィア。彼の忠義を、あなたの旅の糧にしなさい」


ミレイユは優しくサフィアの肩を抱き、それから満足げに頷いた。


「体制は整ったわ。エルム、これであなたも心置きなく彼女を連れ回せるわね」


ミレイユは空中に巨大な魔導陣を展開し始めた。


「私はこれから『七魔王茶会』を招集するわ。魔王全員が参加するサミットみたいなものね。マルコちゃんがサタンとして出席し、今回の『黒幕』の情報を共有する。……エルちゃん。世界は、あなたの淹れるお茶ほど優しくはできていない。大きな流れに巻き込まれる覚悟をしておいてね。」


エルムは苦笑しながら、手元の茶器を愛おしく撫でる。


「わかった。まあ、出席者はともかく、茶会でしょ?でどんなに大きな流れに放り込まれたとしても、僕らがやることは何も変わらないよ……ね、エターナ?」


「……当然。美味しいスイーツとお茶さえあれば、私はどこにだってついていくよ。それが魔王のサミットでも、世界の果てでも。」


虹のかかる水の都。その平穏な空気が、新たな物語の序曲を告げるように、ゆっくりと、しかし確実に震え始めていた。


† † † † †


その頃。 大陸から遠く離れ、決して晴れることのない嵐の海に囲まれた『絶海の孤島』。 そこには、管理局の最新鋭地図にさえ記されていない土地があった。


かつて初代魔王が世界を支配する前、九頭の古龍のうち、七頭を産み落とした最古の二頭が終焉の地として選んだその島では、大陸の誰しもが想像すらできない光景が広がっていた。


「分析データが届いたぞ。大陸の『魔王』どもが、特異個体・エルムを巡って動き始めたようだ」


巨大な龍の骨を「椅子」として座る、岩のように強靭な肉体を持った男が、手元の魔導モニターを覗き込み、低く、濁った声で笑った。 その男の周囲には、同様に「圧倒的な生命力」を漂わせる者たちが数名控えていた。彼らの肌には、刺青のように黒い龍の紋章が脈打っている。 


「古龍の肉はとうに食らい尽くした。次なる獲物を探していたが……。ほう、この『エルム』という男の動き、まるで龍よりも龍らしいではないか」


男は、卓上に置かれた「龍の心臓」の干物の一部を噛みちぎり、無造作に咀嚼した。


「全軍に伝えろ。準備を急げと。……我ら『古鬼族こきぞく』が、七頭の古龍と、それを飼い慣らした気取り屋の魔王どもを喰らう宴……その時は近いぞ」


島の中央にそびえ立つ、二頭の古龍の骸。その影から、数千、数万という赤く光る眼が、大陸の方向を飢えたように見つめていた。 それは、魔法を否定し、生命を捕食することで神へと近づこうとする、最悪の軍勢の胎動であった。

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