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黎明魔界のティータイム〜最強の僕は、のんびりお茶を飲んでいたい〜  作者: 七割カカオ
第九章 水の都の魔王

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第34話 魔王の覚悟

「――死を以て、その罪を償え! 略奪者エルム!!」


魔王サタンの咆哮が、アクア・ポリスの空を貫いた。 その瞬間、都を流れる運河が同時に逆流を始め、重力を無視して跳ね上がった膨大な水は、一瞬にして意思を持つ巨大な「水の龍」の形を成し、城門に立つエルムたちへと牙を剥いた。


ドォォォォォォン!!


城門の白石を粉砕せんばかりの勢いで、水龍が急降下する。だが、その直撃を前にして、パーティー『BEE』の面々は驚くほどに平然としていた。


「エターナ、見てよ。水の都の歓迎式典かな? あの水龍、本物みたいに動いてるよ」


エルムは小脇に抱えた『水鏡の琥珀糖』の包みを大切そうに守りながら、のんびりとした声を上げた。


「ふーん。龍の造形は悪くないね。でも、少し出力が高すぎない?私、 濡れるの嫌なんだけど。」


エターナは他人事のように水龍を評価し、2個目の温泉饅頭に手を伸ばす。


「主様! あれ、すっごく冷たくて気持ちよさそうです! 私、ちょっと水浴びしてきますー!」


シロハが目を輝かせ、弾むように前方へ飛び出した。 地面を蹴った瞬間、その幼い少女の姿が鮮烈な光に包まれ、一瞬にして全長十数メートルに及ぶ『ブリザード・ドラゴン』の姿へと膨れ上がる。


「グルゥゥゥゥアアアッ!」


シロハは咆哮と共に、サタンが放った『水龍咬断』を正面から受け止めた。 都を破壊せんばかりの濁流がドラゴンを飲み込むが、氷の加護を纏うシロハは、凍てつく冷水を全身に浴びて尾をバタバタと振って大喜びしている。


「あはは、冷たくて最高ですよぉ! 鱗がシャキッとしますね!」


魔王の猛攻は、氷の化身たるドラゴンの前では、心地よい冷水シャワーの役割しか果たせなかった。


「 シ、シロハちゃんっ!? ドラゴンだったの!? 聞いてないんですけど……」


背後で、バスティアンの驚愕が響き渡った。


「エルムのアニキ、エターナ嬢! みんな呑気に構えてていいのか?サタン閣下はブチ切れてると思うんだが……」


「「え? そうなの?」」


どうやらエルムもエターナも気付いてなかったらしい。


「おかしいですね……サタン閣下への謁見のアポはちゃんと取ってあるんですけど。」


ベルが手帳を片手に首を傾げる。


(おいおい……どんなに高ランクの冒険者でも、あの水龍を見たら普通逃げ出すだろ……この人たち、なんなんだ……。)


ヴァンパイアではあるが常人の感覚を持つバスティアンは、このパーティーの異常さに驚きを隠せなかった。


† † † † †


その頃。アクア・ポリスから遠く離れたサタン領の街のカフェ。


「……あらあら。あの子、本気で街を沈めるつもりかしら?」


艶やかな扇を口元に当て、第七魔王ミレイユが眉をひそめていた。 都から放たれた異常な魔力反応を察知し、広域望遠魔法『千里眼(スコープ)』を用いて、眼下の状況を観察していたのだ。


ミレイユの視線が、城壁のバルコニーで瀕死の態を装い横たわるマルコシアスを捉える。


「……おかしいわね。マルコちゃんが、そんなに簡単にやられるはずがないわ。それに、マルコちゃんが纏う魔力の違和感……」


ミレイユは扇を閉じ、鑑定魔法を走らせた。


真実の鏡(ヴェリタス)……」


透視されたマルコシアスの肉体。その内側は、肉も血も通っていない精巧な人形だった。高度な幻惑術式と精神汚染の呪いが詰め込まれた、悪辣な『偽造品』だ。


「やっぱりね〜。誰かさんが、サタンの純粋すぎる正義感を最悪の形で利用したわけね。……エルちゃんを悪者に仕立てて、二人に殺し合いをさせる魂胆かしら。」


ミレイユの背後に、魔王としての苛烈な圧力が立ち上る。


(誰だか知らないけど、魔王を騙すなんて一万年早いわよ。……仕方ない、ちょっと確かめてくるか。私の至福のティータイムを邪魔した代償は払ってもらうからね。)


ミレイユは即座に空間を指先で切り裂いた。 向かったのは、北方の街『スノー・グレイス』。


† † † † †


スノー・グレイス。

執務室では、本物のマルコシアスが溜まっていた書類仕事を片付け、満足げな溜息を吐いていた。


「ふむ……。久しぶりに仕事が一段落したな。エルム殿に戴いたテ・セレストの限定茶葉、満を持して開封させていただきましたぞ……」


彼がまさに茶を啜ろうとした、その瞬間だった。


バキィィィィン!! と、空間が割れる音が響き、ミレイユが部屋の中央に現れた。


「あら、マルコちゃん、やっぱりいるじゃない。のんきにお茶を飲んでる場合じゃないわよ〜」


「ちょっ、ミレイユ様!? 驚かさないでください、お茶が零れる……」


「あんた、今アクア・ポリスで死にかけてることになってるわよ! さっさと来なさい、緊急事態よ。私だってティータイムの途中だったんだから!」


「な、何を仰って……うわあああああ!?」


ミレイユはマルコシアスの襟首を掴むと、カップを置く暇さえ与えず、再び超広域転移魔法を展開した。マルコシアスは、無理やり次元の渦へと引き摺り込まれていった。


† † † † †


再び、アクア・ポリス。


「……魔法が通じぬなら、この剣を以てその首を断つまで!」


サタンはバルコニーから音もなく飛び降りた。 落下するその姿は、水面に落ちる一滴の雫のように滑らかだったが、手にした魔王の宝剣が抜かれた瞬間、大気が激しく震動した。サタンの身体が水蒸気のように霧散したかと思うと、次の瞬間にはエルムの喉元に鋭い刃が迫っていた。運河の水を媒介とした空間跳躍を伴う、オリジナルの最高剣技。


キィィィン!!


エルムは鞘のままの刀を垂直に立て、サタンの刺突を完璧なタイミングで受け流した。 サタンは即座に剣を引き、流れるような円運動で次の斬撃へと繋げる。建物でさえケーキのように切り裂く、水を凝縮した刃を伴い、一撃必殺の剣撃を連続で繰り出す。


サタンの剣筋は、美しく、そして苛烈だった。 一方、エルムはそのすべての猛攻を、最小限の動きでいなし続ける。


(ありえない……私の本気の攻撃をこれほど容易く!)


サタンの心に、焦りと、それを上回るほどの正義の憤怒が燃え盛る。


「サタン閣下。……何か、大きな勘違いをされていませんか?」


至近距離で刃が交錯する中、エルムが静かに問いかけた。エルムの黒い瞳が、バルコニーで瀕死を装う偽のマルコシアスへと向けられる。


「黙れ! 人を騙し、命を平然と奪い、世界を弄ぶ略奪者の言葉など聞くものかっ!」


(これで私の街や民、そして世界が救われるなら、この命は惜しくない。差し違えてもいい……)


サタンは大きく距離を取ると、天に向かって剣を掲げた。 都を囲んでいた水の結界が、すべて剣先へと収束し、周囲の光さえも屈折させるほどの高密度な魔力塊となる。


エルムは、自分が抱えていた琥珀糖の箱を、そっとベルに向かって放り投げた。


「ベル。これ、ちょっと持ってて。お菓子を渡せる雰囲気じゃないみたい……」


「わ、分かってますっ!エルムさん、早くサタン閣下の誤解を解いてくださいね!!」


サタンがとんでもない攻撃を仕掛けようとしていることを察し、ベルは恐怖に(おのの)きながら箱を受け取った。


(なるほど、ベルちゃんはこっちよりの感覚の持ち主か……)


バスティアンは、サタンのキレっぷりに引きつつも、まともな感覚を持つ仲間がいたことに安堵している。


その瞬間、エルムの澄んだ黒い瞳が、深い淵から湧き上がるような鮮烈な『紅』へと塗り替えられた。 背後に顕現する、光を吸い込むほどに重厚な漆黒の翼。


「――ッ!?」


サタンの動きが、凍りついたように止まった。 目の前の青年から放たれたのは、先ほどまでの穏やかさとは次元の異なる、魂を直接押し潰すような絶望的な圧力。


(なんだ……この感覚は……! 私の本能が、屈服を求めて震えているのか!?)


サタンの指先が、わずかに震える。魔王としての矜持が、本能的な畏怖によって激しく揺さぶられていた。


「魔王サタン。その誤解を解くまえに、まずは会話ができる状態にさせてもらう……」


エルムが、鞘に入ったままの刀を静かに構える。 そこにあるのは、世界そのものを静止させるような絶対的な静寂。


サタンは恐怖を振り払うように咆哮を上げ、すべてを刃に込めた全力の一撃を解き放った。


「―― 奥義……『孤月無双(こげつむそう)』!!」


激突。

アクア・ポリス全土が、眩い閃光と、世界の終わりを予感させるような轟音に飲み込まれた。 その時、空の裂け目から、ミレイユに引きずられた本物のマルコシアスが戦場へと飛び込もうとしていたが――その叫び声は、全てを押し流す爆音の中に消えていった。

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