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黎明魔界のティータイム〜最強の僕は、のんびりお茶を飲んでいたい〜  作者: 七割カカオ
第六章 双月の丘と雲羊

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24/40

第24話 3人とも、あまりにもズルすぎます!!

双月の丘を後にした馬車は、次なる目的地を定め、緩やかな街道を進んでいた。車内には、雲糸で仕立てられ、エルムから3人に贈られたコートの、柔らかな温もりが満ちている。


休憩を取るために馬車を止め、エルムはいつものように手際良くお茶を淹れていた。


「……そう言えば、(あるじ)様」


シロハが、自分の新しいコートの袖を愛おしそうに撫でながら、ふと思い出したように口を開いた。彼女の透き通るような碧眼(へきがん)が、車窓から差し込む冬の光を反射して、静かな海のように深く輝いている。


「スノー・グレイスで主様がお話ししてくれた、お父様のカイル様のこと。伝説の勇者が主様のお父様で、しかも魔族だったなんて……。私、今でも時々、なんだか不思議な気持ちになるんです。主様の強さから考えると納得なんですけど。」


その言葉に、さっきまでペンを走らせていたベルは手帳を閉じて顔を上げた。エターナも、膝の上の魔導書に目を落としたままだが、ページをめくる手が止まっている。


「そうだね。僕にとってはただのお節介な父親だったけれど、世間から見れば、語り継がれるべき歴史の当事者だったんだよね」


「ヴァレリウスとお話した際に、カイル様もご存知のようでした。」


ベルが、テ・セレストの最高幹部であるヴァレリウスから受け取った身分証をひらひらさせながら言った。


「うん。父さんも、旅に出る僕に『困ったらヴァレルを頼れ』と言っていたんだ。二人の間柄については良くしらないから、いつかヴァレルに直接聞いてみたいと思っているよ。」


さらりと「ヴァレル」という愛称を口にするエルム。ベルは心中で

(……あの大陸中に名を知られる最高幹部を、あだ名で呼べる人が世界に何人いるのでしょう)

と、今更ながら、目の前で優雅にお茶を淹れるエルムが世界にとって特別な存在であることを再認識させられた。


「少し風が冷たくなってきたね。そろそろ行こうか。 僕が運転するよ。少し多めにお茶を淹れておいたから、みんなで飲んで。」


エルムが爽やかな笑顔を残して、馬車の外へと出ていった。


† † † † †


エルムが御者台に移動し、車内が女性三人だけになると、ベルは深いため息を一つついて、窓の外を見つめた。


「……ようやく、全ての点と線が繋がりました。」


「なに? 急に。」


エターナが顔を上げずに応じる。


「エルム様の持っているあの古びたポーチ。……以前、お父様からもらった『無限収納の魔導嚢(マジックバッグ)』だと仰っていましたが。伝説の勇者カイル様が息子に持たせたものだとすれば、あれ、現存するどの国宝よりも高機能な、神話級のアイテムですよね……」


「まあ、そうだね。今の管理局が作っている安物とは次元が違うよ。」


「それに! エルム様が『母さんにかけてもらった』と言っていた、あの汚れを一切寄せ付けない魔法! 大魔法使いアストレア様直々の術式だったなんて……。私、以前からずっと思っていたんです。なぜこの人たちは、過酷な旅路でも手ぶらで、おまけに服に埃一つついていないのかって」


ベルは、かつてパンパンのトランクを引きずり、汚れまみれの官服を必死に洗っていた自分を思い出し、眼鏡を指で押し上げた。


「お二人の『余裕』の正体は、伝説級のサポートのおかげだったわけですね。……事務方として言わせてもらえば、そんなの、ルール違反を通り越してチートです。ズルすぎます!」


ベルの熱弁を、シロハは目を瞬かせながら聞いていたが、何かに気づいたようだ。そして、自分のコートの裾についた、移動中に跳ねた僅かな泥を指差した。


「……ねえ、ちょっと待ってください! ベルお姉ちゃん!」


「はい、シロハさん?」


「それ、どういうことですか! なんでベルお姉ちゃんも、エターナも、そんなにピカピカなんですか! 私だけ、大切なコートが汚れないようにさっきから一生懸命手で払ってるのに、二人は何もしてないのに全然汚れないじゃないですか! おかしいです、不公平です!」


シロハは頬を膨らませて、自分の服についた埃と必死に格闘している。どうやら、魔法の存在自体を今初めて知ったらしい。


ベルは、(この場面、既視感がありますね)と少し前の自分とシロハを重ね合わせて微笑みながら、優しくシロハに語りかける。


「あ、シロハさん。これも魔法ですよ。エターナ様がかけてくださった、『清潔を保つ結界』です。これがあれば汚れを自動的に弾いてくれるんですよ。その気持ち、痛いほど分かりますよ。」


「……っ!! ズルい! 3人とも、あまりにもズルすぎます!!」


シロハは馬車の座席を叩いて身を乗り出した。


「エターナ! 当たり前でしょって顔しないでください! なんで私だけ仲間外れなんですか!」


エターナが、面倒そうに魔導書を閉じた。


「……別に、仲間外れにしたわけじゃないよ。君はドラゴンなんだから、魔力抵抗が強くて並の魔法は弾かれるから、あの魔法をかけるのはちょっと面倒なんだよ。それに、私は頼まれていないしね。」


「早く言ってくださいよ〜!じゃあ、今頼みます! エターナ、私にもその魔法かけてください! いつもピカピカの碧い鱗とコートでいたいんですっ!」


シロハが勢いよくエターナの膝に身を乗り出した。エターナは、ぐいぐいと迫るシロハを本で押し戻そうとしたが、ふと、シロハが着ている真っ白なコートが目に入り、動きが止まった。……それは、エルムが自分にも贈ってくれたものと同じ、大切な「贈り物」だ。


「別に、かけてあげないこともないけれど。……条件があるよ。」


「条件? なんですか、美味しいお魚とかお肉ですか?」


「違う。私は獣じゃないから……その、あんまり、エルムにベタベタしすぎないこと。旅の規律として、節度を保って。いい?」


エターナは、あくまで淡々と、魔導書で鼻先を隠しながら言った。先日、自分だけがプレゼントに赤面した姿を見られたことへの、彼女なりの精一杯の防衛策だった。


だが、シロハは首を傾げ、まっすぐにエターナを見つめた。


「え? なんでですか? ……あ、もしかしてエターナ、主様のこと好きなんですか?」


「………………は?」


車内が、凍りついたような静寂に包まれた。ベルは手帳で口元を隠し、気まずそうに視線を逸らした。エルムがいないこの空間で、シロハの野生の直感が、禁断の領域に土足で踏み込んでしまったのだ。


「だって、私が甘えるのを気にするなんて、それ以外に理由がないじゃないですか。エターナ、先日もコートをもらって顔を真っ赤にしてましたし。……あ、そっか! 主様のことが好きで、私が羨ましいんだ!」


「…………なっ、……な、何を……」


みるみるうちに、エターナの顔が沸騰したように赤くなっていく。耳の先、首筋、指先までが鮮やかな朱色に染まり、銀色の瞳が激しく泳いだ。


「……不合理。あり得ない推論だよ。……私が、ただの……その、す、好き、だなんて。……不快だ。不快すぎる……」


エターナはそれ以上、言葉が続かなかった。魔導書をパタンと閉じ、両手で顔を覆って馬車の背もたれに深く沈み込む。その姿は賢者の威厳など微塵もなく、ただ図星を突かれて完全に余裕を失った少女そのものだった。


「エターナ、分かりやすすぎ。でも、なんかごめん……」


シロハが容赦なく追い討ちをかける。


「……シロハさん、それくらいにしてあげてください。エターナ様の魔法の演算が乱れています」


ベルが苦笑しながら助け舟を出したが、エターナは扇の陰で


「静かにして。今の記憶、今すぐ消去しなさい……命令だよ……」


と消え入るような声で呟いている。

結局、シロハが「できるだけ、ベタベタしないように努力しま〜す!」という怪しい約束をすることで、エターナは震える指先でシロハに清潔維持の魔法をかけた。

魔法がかかった瞬間、シロハのコートや髪から僅かな汚れが弾け飛び、青い髪と鱗が光を反射して輝きを取り戻した。


「わあ! ピカピカです! ありがとうございます、エターナお姉様!」


「お、お姉様って呼ぶな。早くあっちに行って……」


エターナは賢者らしからぬ深いため息をつき、それからずっと真っ赤な顔のまま、一度も本を開くことはなかった。


やがてエルムが「少し雲行きが怪しくなってきたね」と中に戻ってきたとき、エターナが異常なほど大人しく座っているのを見て、不思議そうに首を傾げた。


「あれ?何かあったの?」


「何でもない。……早く、お茶を淹れて……」


両手で顔を隠したままのエターナに、エルムは「あはは、わかったよ」と笑いながら準備を始める。


自由奔放なドラゴンに、二人目のお姉様ができた瞬間だった。一行を乗せた馬車は、次の目的地に向けて街道をひた走る。

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