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黎明魔界のティータイム〜最強の僕は、のんびりお茶を飲んでいたい〜  作者: 七割カカオ
第六章 双月の丘と雲羊

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第22話 自分なりの戦い

「この絵のように羊たちが輝くことは、もう二度とないのかもしれんな」


カシムが、(すす)けた布の下から現れたフィアの絵を見つめながら、枯れた声で呟いた。ベルがその理由を問うと、老羊飼いは窓の外、不気味に青白く光る羊舎を指差した。


「領主のバートロン男爵がこの地を治めてから、伝統ある『放牧』は禁じられた。管理局と組んで個体管理を効率化し、二十四時間体制で魔導ランプを浴びせることで、羊毛の収穫量は三倍になった。だがな、二つの月の魔力を直接肌で浴びない羊たちは、次第にその輝きを失っていった。……今や、この地で取れるのは、魔力も神秘も宿さない、ただの白い糸だ」


効率という名の搾取が、長い間守られてきたこの町 街の宝を殺している。その事実に、ベルは管理局の一員として、そして一人の旅人として、静かな怒りを覚えた。


その時、家の外で軍靴の音が鳴り響き、乱暴に扉が開け放たれた。


「おい、カシム! 男爵様からの最終通告だ。その残りの羊も、今すぐ差し出せ!」


踏み込んできたのは、管理局の腕章をつけた局員たちだった。彼らはカシムが大切に撫でていた老いた羊たちを、無情にも縄で縛り上げようとする。


「待ってください! この子たちはもう老いている。あんな場所に閉じ込めたら、すぐに死んでしまう……!」


「死んだら肉や皮として加工するまでだ。それが資源管理の鉄則だろうが。……おい、邪魔だ、どけ!」


局員がカシムを突き飛ばそうとした、その瞬間。 ベルがいつの間にかカシムの前に立ち、局員の腕を力強く、だが静かに掴んで止めた。


「な、何だ貴様は……。旅の小娘が、管理局の公務を妨害する気か!」


「お引き取りください。私はテ・セレストの外交管理官、ベルと申します」


ベルは、最高幹部ヴァレリウスから預かっていた、テ・セレストの紋章が刻まれた身分証を突きつけた。管理局といえど、外交上の特権を持つ身分証を無視することはできない。


「テ、テ・セレストの外交官……!? なぜ、こんな場所に……」


「現在、この地で行われている管理体制が、魔王サタン閣下の本来の統治方針に照らし合わせて、重大な『解釈の誤り』を含んでいる可能性を指摘します。サタン閣下が掲げられる『神秘資産の永続性』とは、単なる収穫の維持ではありません」


ベルは、毅然とした態度で、目の前の男たちを黙らせた。側で見ていたシロハの目に、羨望の色が浮かぶ。


「明後日の朝、バートロン男爵に対し、この体制がいかに非合理的であり、閣下の意志に背いているかを証明する改善案を提示します。一日の猶予を要求します。外交管理官として、正式な異議申し立ての手続きです。……それまでは、一頭たりとも連れて行くことは許可しません」


ベルの剣幕に圧倒された局員たちは「……チッ、1日だぞ!」と逃げるように去っていった。


† † † † †


それからベルは、かつての「管理官」の経験と知識をフル活用し、全力で改善案の策定に取り組んだ。


彼女はすぐさま街へと降り、役所や市場を一人で回った。エルムたちが手伝おうとしたが、ベルは「これは、私の仕事ですから」と優しく、しかし決然と断った。


ベルは、かつての自分と同じように管理局の規律に縛られ、怯える職員たちの言葉の端々から、真実を拾い上げていく。市場では、かつて世界最高峰と謳われた雲糸が、今や「安価な代用品」として扱われている現状をその目で確かめた。


(この街の宝を捨ててまでして羊毛の生産量を増やしたのに、街の経済は潤わない……。間違って伝わったサタン閣下の指示を優先して、大切なものを見失っている。)


エルムたちは、そんな彼女の邪魔にならないよう、カシムの家で彼女の帰りを待ちながら、周囲の警戒に当たっていた。


† † † † †


夜。カシムの家の裏の野原に、ベルは一つのテントを張った。  カシムは「家の中に泊まりなさい」と勧めてくれたが、ベルはフィアの絵を見つめ、静かに首を振った。


「あの方――フィアさんも、ここで夜を明かしたのですよね。私も、同じ風を感じて考えたいんです。この丘が、本当はどう在るべきだったのかを」


二百年前に、暖かい家の中ではなく、孤独なテントを選んだ画家。ベルは、彼女が守りたかった景色に自分の筆を重ねようとしていた。


テントの中。エターナは、彼女の集中力を維持するため、『読書のため』という名目で、室温と明かりを魔法で完璧に調整し、静かにエターナの隣で本を読んでいた。エルムは外で、ベルの思考をクリアにする特製のブレンド茶を差し出す。


「……ベル、少し休もう。これ、頭がスッキリするよ。焚火に当たりながら飲まない?」


「ありがとうございます、エルムさん。……あと少しで、糸口が見えそうです」


ベルが一口啜り、深く息を吐いた時、テントの入り口からシロハがひょっこりと顔を出した。


「……ベル、まだやってるんですか?」


シロハはテントから出てきてベルの隣に座ると、膝を抱えて焚き火を見つめた。パチパチと爆ぜる火の粉が、彼女の青い髪をオレンジ色に染める。


「ねえ、ベル。……私、ずっと『甘えられる相手』がいなかったんです」


シロハは、静かに過去を語り始めた。 幼い頃、故郷の竜人族の村が戦火に包まれ、両親を失ったこと。預けられたリザードマンの村で、ある日突然『ブリザード・ドラゴン』として覚醒したこと。


「それからは、みんな私を『神様』として崇めるようになったんです。リザードマンたちは守らなきゃいけない存在だし、私より弱いから甘えられない。グラキエス様はずっと寝てるし……。誰も、私と対等に話してくれなかった。私はずっと、誰かに『頑張ったね』って、頭を撫でてもらえるのを待ってたのかも」


シロハは、ベルのペンを握る手を見つめた。


「ベルは……私と同じ、竜人の血を引いてる。なのに、力じゃなくて、その小さな紙とペンで、あの大きな権力と戦おうとしてる。昨日の夜は、凄くカッコよかった!! 強くて、優しくて……本当のお姉ちゃんみたい。……私、ベルのこと、甘えてもいいお姉ちゃんだって思ってもいいですか?」


ベルは、自分に寄り添うシロハの体温を感じ、その青い髪を優しく撫でた。自分より遥かに強大な力を持つはずの少女が、今は一人の寂しがり屋な妹に見えた。


「……もちろんです、シロハさん。……私も、あなたに誇れるような『お姉ちゃん』の仕事をしてみせますね」


テントの中で本を読んでいたはずのエターナは、いつの間にかページをめくる手を止めていた。外で交わされる会話を聞きながら、彼女の口元が、本人も無自覚なほどわずかに、そして優しく(ほころ)ぶ。彼女は再び本に目を落としたが、その瞳に宿る光は、夜風を防ぐ魔法よりもずっと温かなものに変わっていた……


シロハの孤独な心に触れ、ベルのペンにさらに熱がこもる。男爵が作り上げた「歪んだ効率」を、本来あるべき「豊かさ」へと書き換える。フィアが愛した、そしてサタン閣下が真に求めていたはずの、この丘の真実の姿。


月が沈み、東の空が白み始めた頃。ベルの手元には、この地を再び輝かせるための「改善計画書」が完成していた。


「……さて。行きましょうか。フィアさんが描いた、この丘の本当の姿を生き返らせるために。」


眼鏡を指で押し上げたベルの瞳には、かつての「社畜」の影はない。一つの世界を救う、最高のプロフェッショナルとしての光が宿っていた。

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